1月21日より、今年も卓球の全日本選手権が行われる。注目を集めるのは、男子の張本智和と女子の張本美和の張本兄妹。妹、美和のパリ五輪での戦いぶりを見ても、兄と妹での同時優勝がいよいよ現実味を帯びてきた。しかし、特に女子シングルスにおいて日本の選手層の分厚さは近年でも類を見ないほどにハイレベルで混戦。そこには、ある一人の「バックを振れる」キーパーソンの存在もある。一方、男子シングルスでもブレイクが期待されている選手がいる。パリ五輪のリザーブメンバーとしての帯同を「二度とやりたくない」と言ってのけた、強靭なメンタルを持つ17歳の少年だ。
(文=本島修司、写真=Schreyer/アフロ)
女子の次世代“ゲームチェンジャー”大藤沙月
ここ数年で卓球大国の中国が女子卓球の「男子化」を掲げてきたように、近年は日本から台頭する若手選手も、皆、攻撃力が目を見張る。早田ひなのパワー。伊藤美誠の打点の速さ。平野美宇のハリケーンと呼ばれる前陣速攻。すべてが攻撃力だ。
しかし、そこに少し違った魅力を放つ選手が登場してきた。20歳になって才能が開花し始めた大藤沙月だ。彼女には「大藤だけの魅力」がある。
「自分が日本勢力の中で一番バックを振れる」
そのことは本人も堂々と口にしている。そして、現代卓球において両ハンドでの攻撃、つまり「バックを振れる」ことは、かなりのストロングポイントとなる。
最も強いインパクトを与えたのは2024年10月に行われたWTTチャンピオンズモンペリエ・女子シングルス。この大会で大藤は、2回戦で平野、準々決勝で伊藤と日本を代表する2選手を撃破。現在の大藤の勢いを思えば、決勝進出までは「あるかもしれない」と感じていたファンも多かったはず。
準々決勝では、伊藤の前陣速攻の立ち位置に合わせるかのように、自分も台に近い位置でプレー。表ソフトラバーで弾いて打ってくる伊藤のバックミートに、バックミートでカウンターを打ち込み続けて勝利。
この試合では、台から少し離されたシーンでも、しっかりボールに合わせつつ、大きくバックを振って圧倒するシーンがあった。 逆に、大藤は台の中に入る台上プレーでも、逆チキータでバックを振る。どこでも振れるバックハンドは精度抜群だ。
女子卓球ではなかなかお目にかかれない大技
勢いに乗って迎えた、WTTチャンピオンズモンペリエ決勝戦。
しかし、決勝戦の相手は同じく今まさに勢い抜群の張本美和。この試合で大藤は度肝を抜くようなプレーを連発して、4-2で圧勝。やはり目立ったのは「バックハンド」の強さだった。前陣でも、中陣でも、バックが強い。こういう選手はなかなかいない。
序盤は劣勢で1-2から開始。しかし、このあたりからエンジンがかかり始める。カウント1-3からのボールは、あまり見かけない光景だった。
大藤はフォアに大きく動かされ、体が流れてしまっている状態に。張本は、あとは左右に振るだけとばかりに、ガラ空きのバック側に軽くハーフボレーのように返球。しかし、大藤は走り込んで戻り、ようやく間にあったはずのこのボールを、大きくバックスイングを取ってのバックハンドスマッシュで打ち抜いてしまった。
台から離され、大きく動かされつつ、フォームの大きなバックスマッシュ一発。こんな光景は、今の女子卓球ではなかなかお目にかかれない。そのまま張本を追い詰めて、この試合を決めてしまった。
この大会での平野、伊藤、張本を相手にしての3連勝は大藤にとってかなりの手応えがあったと思われる。これまで「自分から先に攻める」という雰囲気がない場面も多かったが、ビッグネーム相手に3連勝を決める中で、どんどん自分が先に攻めるという姿勢が全面に出てきたように感じた。
伊藤と平野の存在感もあり「前陣速攻」であることが定番となった女子卓球。その中で、大藤の「大きくしっかり振るバックハンドドライブ」は、やはり目を引く。
この戦い方が、日本女子卓球が世界を取る上での一つの“ゲームチェンジャー”となるかもしれない。 事実、世界も注目する大藤は、昨年4月には125位だった世界ランクが異例の急上昇となり、11月の段階で10位まで押し上げている。
男子の次世代“ゲームチェンジャー”松島輝空
「ロサンゼルス五輪では自分が出てメダルを取りたい」
パリ五輪の後に、松島輝空はこう口にした。
公式の会見。普通であればこれだけのコメントでもよさそうなものだが「大会前から行きたくない気持ちはあった」「(リザーブでは)二度と行きたくない」とも付け加えた。率直な気持ちであるとともに、とても強気な内面を感じる言葉だ。
リザーブとは、レギュラーで出場する選手のサポートをしたり、もしケガなどがあった場合に代役で出場したりする立場だ。試合に出られないことへの悔しさを最も強く感じる立場でもあり、その気持ちは誰もが理解できるところ。
それでも、あの早田ひなも一度はオリンピックのリザーブを経験してメダリストなった。悔しいと同時に一番近くでオリンピックを見られる、経験することには意義があるはず。そこを「二度と行きたくない」と素直に言い切ってしまう松島の「強気さ」は、卓球ファンの間では“鋼のメンタル”とも呼ばれている。
試合を「自分のもの」にする能力
松島輝空にも、印象的な試合がある。2024年2月、世界卓球・団体戦。台湾の英雄的存在、荘智淵との激闘だ。
この試合で目立ったのは「バックミートでコースはクロスへ。それにより、右利きの相手を大きくフォアに動かしてからのフォア回り込みストレートドライブ」という形。
左利きの王道のコース取りとも言えるが、松島の場合、バッククロスへ相手を動かした際に、相手が大きく動いて飛び込み、強めに返球してきても、回り込みフォアでいく。このあたりに強気さが滲み出る。
強めの返球、しかも相手は大きくフォアサイドへ動き切っているので、こちらはコースさえつけば(空いたバック側へ返球さえすれば)軽いバックミートでの返球でも大丈夫そうな場面だ。
ただ、その場合、相手の足が間に合ってしまい、ロビングなどに持ち込まれ、有利な形のままとはいえもう少しラリーが続くことにもなりえる。
その可能性を潰すように、ガラ空きのコースにさえも回り込みフォアドライブを思い切り叩き込むのが松島輝空流なのだろう。明らかに“トドメ”の一発を放ちにいっている。
この姿勢は、今までの男子日本人選手には見られなかったもの。試合を、雰囲気や精神面を含めて「自分のもの」にする能力は、今だかつて見たことがない存在と言える。
そのような戦い方を支えているのは、間違いなくメンタルの強さだろう。なによりこの試合でこのプレーを繰り出していたのは、点数に余裕のある場面ではなく、接戦の場面。5ゲーム目。10―9の場面だったのだから。
捻じ伏せられた荘智淵の、呆然とする表情も印象的な一戦だった。
思えば、2023年8月のWTTコンテンダーリオデジャネイロでは、ティモ・ボルと並ぶドイツの英雄、ドミトリ・オフチャロフを圧倒して驚かせたこともある。まだ国際舞台での経験値が少なく、チャンスボールの打ちミスもありながらそれでも勝ち切ってしまった姿に世界が驚愕した。 あの時も、この浮いたボールを逃したら精神的に引きずるだろうというミスを出した後も、平然とプレーしたのが印象的だったが、当時、松島輝空はまだ16歳だった。
新機軸「バックを大きく振る女子」と「鋼のメンタル」
日本代表に足りなかったもの。
それは土壇場で見せる「捻じ伏せるような力」だった。絶対的なエース張本智和でさえも、常にこの弱点は内包している。
松島輝空は、まだ17歳。パリ五輪では不本意なリザーブだったかもしれないが、あの期間は、間違いなく彼の「経験値」と「世界のトップへ駆け上がるための起爆剤」という財産になっているはず。その財産が大きな形で爆発するのが、今回の全日本選手権という可能性も十分にありそうだ。
大藤沙月。そして松島輝空。
2人が、まず国内で大きなブレイクを果たす時。日本の卓球が世界の頂点まであともう一歩前進するための、「切り札」となるのかもしれない。
<了>
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