“応援”が、野球観戦を彩る欠かすことのできない要素の一つであることには、誰も異論はないだろう。だがその応援が、“誰のために”、“何のために”、行われるものかと問われると、その立場によって意見が分かれるのではないだろうか。
中日ドラゴンズの与田剛監督が応援歌の歌詞について意見を述べたことを発端に起こった自粛問題をはじめ、近年、野球の応援についてさまざまな議論が巻き起こっている。
“応援”について議論をする上で、決して忘れてはいけない根幹となるべきものとは何か――?
今あらためてその在り方が問われている“応援”について、中学・高校・大学野球から社会人、プロ野球まで、年間300試合以上を取材する西尾典文さんに執筆いただいた。
(文=西尾典文、写真=Getty Images)
応援について議論が巻き起こった2019年のプロ野球界【重要なお知らせ】
この度、当団体で使用している「サウスポー」について、チームより不適切なフレーズがあるというご指摘を受けました。この件について球団と協議した結果、当面の間「サウスポー」の使用は自粛させて頂くこととなりました。
皆様には何卒ご理解、ご協力の程宜しくお願い致します。
(中日ドラゴンズ応援団 Twitterより)
7月1日に中日ドラゴンズ応援団の公式アカウントによるツイートである。選手に対して『お前』というフレーズがあることが不適切であるという情報が流れると、SNSを中心に驚くほどの話題となった。
また、シーズン開幕前には著作権の問題から、東北楽天ゴールデンイーグルスが選手の応援歌を刷新すると発表したことで一部のファンから抗議の声が挙がっている。
ここまで応援について議論が巻き起こることは珍しいのではないだろうか。そこで今回は野球における各カテゴリーでの応援の特徴、問題点などを洗い出しながら、本来選手に対する応援がどのようなものであるべきなのかを考えてみたいと思う。
近年、応援が話題になっているのはプロ野球だけではない。高校野球の世界でも応援が取り上げられることが増えているのだ。その大きな理由は演奏を行っている吹奏楽部に脚光が浴びるようになったことである。
昨年史上初となる2度目の甲子園春夏連覇を達成した大阪桐蔭は吹奏楽部も全国的な強豪であり、2005年の創部ながら3年連続全日本吹奏楽コンクールで金賞も受賞しているのだ。
大阪桐蔭の特徴としてはヒット曲をいち早く応援に取り入れるというところ。昨年もDA PUMPの「U. S. A.」をすぐさま応援テーマにアレンジして甲子園で披露していた。
そして高校野球の応援という意味で象徴的な存在といえるのが習志野だ。その圧倒的な音量で一糸乱れぬ演奏から名付けられた異名は“美爆音(びばくおん)”。習志野の初回の攻撃で響くその音量が相手チームを圧倒することも多い。
今年のセンバツでも初戦で対戦した日章学園は秋季大会8試合で4失策と守備が売りのチームだったが、美爆音に圧倒されたのか初回から守備のミスを連発していきなり7失点を許し、自分たちの野球ができないまま早々に甲子園を去ることとなった。
2015年には千葉県内でしのぎを削る拓大紅陵の吹奏楽部と野球部の応援曲のみで行うコンサートを実施しており、その応援を聞きたいから球場に足を運ぶというファンもいるほどだ。
高校野球、特に甲子園での応援を見ていて感じることは、応援には球場の空気を変える一因となるということだ。チャンスの時に流れる智弁和歌山の『ジョックロック』、龍谷大平安の『怪しいボレロ』などは魔曲ともいわれており、球場全体に得点が入りそうな雰囲気を醸し出すことも多々ある。守っているチームにとってもその応援は大きなプレッシャーとなっていることだろう。
しかしその一方で過剰ともいえる応援が問題視されたことがあるのも事実である。2016年の夏の甲子園、八戸学院光星と東邦の試合は7回表を終わって八戸学院光星が7点リードという一方的な展開だった。
しかしその裏から東邦の反撃が始まると、タオルを回して東邦を応援するファンが球場全体に広がり、最終的には東邦が9回裏に5点を挙げて大逆転でのサヨナラ勝ちをおさめたのだ。負け投手となった八戸学院光星の桜井一樹投手は試合後に「周りみんなが敵に見えました」と話している。
そしてこの試合以降、終盤に負けているチームが反撃を見せると球場全体でファンがタオルを回して逆転を促すような雰囲気が広がることが増え、翌年には大会本部から各校に対してタオルを回しての応援を自粛するように呼び掛けるという事態となった。
高校野球、甲子園大会では時に考えられないような大逆転劇が起こることもあるが、その一因を応援がつくり出していることがよく示された例といえるだろう。
高校野球に比べると一般的な注目度は低い大学野球と社会人野球だが、応援に関しては高校野球以上に華やかな部分もある。大学野球ではやはり長い歴史と伝統のある東京六大学の応援が圧倒的だ。
各大学の応援団(応援部・応援指導部)から成る「東京六大学応援団連盟」という組織があり、応援団所属のブラスバンドによる合同演奏会も実施されている。
リーグ戦では現役の応援団だけでなくそのOBも多くがスタンドに詰め掛け、7回の攻撃時には世代の垣根を超えて応援歌を歌う姿は東京六大学の名物ともいえる光景になっている。
最近の若い世代はそうでもないが、東京六大学のOBに母校への愛情が強いのはこの応援があるからともいえるだろう。またこの応援の雰囲気の中で野球がしたいという理由で、東京六大学への進学を希望する高校球児も少なくない。
東京六大学の応援が華やかな一方で、それ以外のリーグとの落差が大きいのも大学野球の特徴である。同じ神宮球場でプレーしている東都大学野球はリーグ戦が平日開催ということもあり、学生も一般のOBも東京六大学とは雲泥の差がある。
さらに地方リーグになると、応援団やブラスバンドは一切おらず、スタンドには野球部の控え部員だけということが大半である。しかしそんな控え部員だけの応援にも何ともいえない面白さが漂っているのもまた事実である。
2013年に全日本大学野球選手権でも優勝を果たしている上武大の応援はとにかく声量がすごい。試合前に控え部員の全員が全力で発声する校歌を初めて聞いた人は、思わず鳥肌が立つことだろう。
また、セブンイレブンのCMソングにも使われている『デイ・ドリーム・ビリーバー』のメロディに乗せて「ずっと夢を見て~、練習してきた、俺ら、起床4時半で、帰るのは9時(21時)~」と歌う姿からは厳しい練習をして鍛え上げてきたという自負がにじみ出ている。
社会人野球といえば現在行われている都市対抗野球の応援合戦が華やかだ。しかし都市対抗と日本選手権以外の公式戦は、応援らしい応援が見られることはまずない。
スタンドには関係者と選手の家族というケースがほとんどである。
しかしそんなわずかな観客からは決して大きな声を出さなくても、懸命にプレーする選手に対する熱い気持ちが伝わってくることは多々ある。
こうしてみると、甲子園での過剰なタオル回しなどの問題はあるものの、アマチュア野球全体では、選手を純粋に応援する気持ちが伝わってくるケースが多い。また、控え部員でもそのチームの一員として懸命にアピールする姿に胸を打たれることもある。
時にはヤジのような声援が飛ぶことはあってもそれはごくごく一部である。
その一方でプロ野球の応援においては、相手投手が降板した時に蛍の光を流す、「くたばれ」のような言葉を使う、などといった相手チームをおとしめるような光景が見られるのは非常に残念なことである。
高い年俸をもらってプレーしているプロだから非難されるのも仕方ない、という考え方も確かにあるかもしれないが、応援とはまず懸命にプレーをしている姿に対するリスペクトがあってしかるべきではないだろうか。
今回の問題を機に、どのカテゴリーにおいても選手に対して純粋に応援する気持ちが全面に出るような応援文化になっていくことを切に願いたい。
<了>