競技の垣根を超えて行われた「部活動サミット」の開催が注目を集めている。
今年7月に行われた「第2回 部活動サミット」には、“ボトムアップ理論”で知られる畑喜美夫氏(一般社団法人ボトムアップパーソンズ協会・代表理事)や高校サッカー界の名将・平岡和徳氏(熊本県宇城市教育長/大津高校サッカー部総監督)が登壇し、高校生と熱く意見を交わした。
「短時間練習」で結果を出す静岡聖光学院高校ラグビー部の選手たちが主体となって開催し、全国から部活動に関わる選手・監督が集結するこの活動を通して、“量より質”にシフトする部活動の未来を探る。
(文=鈴木智之、写真=Getty Images)
ブラック部活動からの脱却方法とは?近年、部活動に向けられる目が厳しくなってきている。長時間活動による教員の過剰労働、パワハラ、体罰などから「ブラック部活動」という言葉も聞かれるようになり、学生スポーツのありかたについての議論が活発化。長時間活動を是正する流れが出てきており、2018年3月にはスポーツ庁が、義務教育である中学年代の部活動のガイドライン(『運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン』)を設定。休日は週に2日以上(平日1日、週末1日)、1回の練習時間は平日2時間、週末は3時間程度が望ましいと発表した。
長時間労働を止め、質の向上に取り組む「働き方改革」が叫ばれて久しいが、スポーツ界にも必要な考え方だろう。実際に、長時間練習を止め、質の高さを追求することで結果を出しているチームは増えてきている。
静岡聖光学院高校の“主体性”たとえば、ラグビーでは静岡県の静岡聖光学院高校が有名だ。練習は週に3回まで、夏場は1回の練習が90分、冬場は60分という学校が定めたルールのもとに活動をしている。2時間、3時間練習が当たり前の高校スポーツ界では、異例ともいえる練習時間の短さだが、2018年には静岡県を勝ち抜き、花園へ3年ぶり5回目の出場を果たした。
短時間練習で結果を出すことを追求した、星野明宏前監督(現・校長)からバトンを受け継ぎ、今年で4年目を迎えるのが佐々木陽平監督だ。かつては長時間練習で選手たちを鍛えていたが、現在は「限られた時間で工夫して、結果を求めること自体が楽しい。なおかつ勉強の時間もできるので、子どもの生活にとって絶対に必要。これしかないと思っています」と言葉に力を込める。
佐々木監督が考える、短時間練習のキーワードは「主体性」だ。
「短時間練習で結果を出すためには、選手たちが主体的に動かないと絶対にできません。もともと、学校にそのような土壌はありましたが、もっとやるぞとなったのは去年で、私自身も失敗を経てたどり着きました」
佐々木監督が言う「失敗」とは、2年前の静岡県大会決勝で敗れ、花園行きを目前で逃してしまったこと。佐々木監督は悔しい敗戦を経て「当時のメンバーに、主体的に取り組もうという気持ちを持った選手が多かったので、彼らに任せるようになりました」と振り返る。
ボトムアップが生み出す力参考になったのが、ボトムアップ理論で有名な畑喜美夫氏の存在だ。4年前から当時畑氏が率いていた広島の安芸南高校サッカー部に通い、ボトムアップ理論を学んでいた佐々木監督は、「生徒たちに直接見せたほうが早いかと思って」と中心選手を広島へ行かせ、選手たちが学んだことを持ち帰って取り組んだところ、チーム力が格段にアップ。指導方針に悩んでいた佐々木監督も「これしかない」と手応えを感じるようになった。
「練習時間は最大90分なので、後半になると体力が落ちていました。前半逃げ切り型だったのですが、ハーフタイムに選手たち同士で話し合うようになったことで、県大会の平均スコアがそれまで1.5倍相手を上回っていたところから2倍上回れるようになったんです。今までの仮説が吹っ飛んで、花園でも後半に点を取りました。選手たちが自主的に動くことのすごさを感じました」
ボトムアップの力は、スポーツの場面だけに留まらない。昨年と今年の2回、静岡聖光学院高校ラグビー部の選手たちが主体となり「部活動サミット」を開催。これは短時間練習を実施し、生徒が主体的に活動することで、チーム強化に役立てている部活や指導者を招き、ディスカッションをするというもの。企画から登壇者の選定、アポ取りを生徒たちが行い、費用はクラウドファンディングで集めた(ちなみに、2年連続で100万円超が集まった)。
「ゼネラルマネージャー」という役割2019年7月に行われた「第2回 部活動サミット」は、北海道、青森、東京、静岡、岡山など全国からチームが集結。サッカー、ラグビー、バスケットボール、柔道など競技の垣根を超えたチームが参加し、ゲストスピーカーには畑喜美夫氏が登壇。さらには「100分練習」で、大津高校サッカー部を全国的な強豪に押し上げ、5人の日本代表と50人以上のJリーガーを輩出した、平岡和徳氏を招き、全国的な名将と高校生が意見を交わした。
畑氏は広島観音高校サッカー部の監督時代、平日の全体練習は2日間。試合のメンバー、練習メニューは選手たちが決めるという取り組みで、インターハイで全国優勝を果たした。のちに赴任した安芸南高校でも、同じ手法で4部リーグから勝ち上がり、4年間で1部昇格を果たし、県有数の強豪に育てあげた。
畑氏は、チームを作る上で自身を「ゼネラルマネージャー」とし、選手監督をはじめ、ほぼすべての選手たちにフィジカルや戦術、メンタルの担当リーダーとして役職を与え、積極的にチームに関与する体制を作り上げている。
「自主自立の精神で、自分たちでチームを作る。これが主体性です。先生に監視されて、あれしろ、こうしろと言われても、おもしろくもなんともないですよね。自分たち主体で取り組むから楽しいし、『こうしたらどうだろう?』と工夫する気持ちが芽生えてくる。うまくできないことを試行錯誤することで、課題発見力が身につき、力がついていくんです」
「100分間全力でプレーすることが大事」時短練習で成果を出すためのキーワードが「自ら進んで取り組むこと」。つまり自主性だ。大津高校サッカー部総監督の平岡氏は「24時間をデザインする」という表現で、自主性を育てるための取り組みを紹介。「部活動サミット」に参加した高校生たちは、真剣な眼差しで聞き入っていた。
「大津高校の練習は100分です。なぜ時間を決めるかというと、人間は終わりが見えないと頑張れないからです。100分間全力でプレーすることが大事なので、居残り練習はさせません。練習後はシャワーを浴びて、30~45分以内に夕食をとり、勉強をするという24時間をデザインする力が重要なのです」
大津高校の選手たちは、全体練習で出た課題を朝練で取り組んでいる。参加は強制ではないが、早朝の薄暗い時間から、多くの選手が自主的にトレーニングに励んでいる。
部活動で社会に出るための土台作りを静岡聖光学院高校、広島観音高校と安芸南高校、そして大津高校と、質を上げる取り組みをすることで、短い時間でも確実に成果を上げている。畑氏は言う。
「プロになれるのは一握りですし、プロになったとしても27、28歳で看板を下ろさなければいけない選手はたくさんいます。看板を外したあと、自分に何が残っているか。日本一になったという看板なんて、世の中に出たら通用しないんです。それよりも、大人になったときに、一人でも生き抜けるような力をつけてあげたい。それを部活動でチャレンジしています」
日本特有の部活動という制度を通じて、社会に出ていくための土台を作る。そのためのツールがスポーツであるということを、改めて感じさせるサミットだった。今後、短時間練習で質の高い取り組みを目指すチームは、さらに増えていくことだろう。
<了>