5年ぶりにリーグ優勝を果たした読売ジャイアンツ。4年ぶりに現場復帰した原辰徳監督を筆頭に、新体制で再建への道に挑んだ2019シーズンの舞台裏には、監督や選手のみならず、チームスタッフ、球場で働く人々、ファンなど、“ジャイアンツ”をかたどる人たちの知られざる姿があった――。
それぞれの立場における真実の姿、想いを、7つのエピソードにわけて完全密着したドキュメンタリー『GIANTS 復活への道』。リアルな人間模様を描いた本作のエグゼクティブプロデューサーを務めた「DAZN(ダゾーン)」・水野重理氏に、制作にあたっての想いを語ってもらった。
(インタビュー=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=軍記ひろし)
「知っているようで意外と知らないジャイアンツ」を描きたかった『GIANTS 復活への道』は、日本制作としては初めての長編ドキュメンタリーになります。今回のプロジェクトの中で水野さんはどういう役割だったのでしょうか?
水野:エグゼクティブプロデューサーとして、企画の立ち上げから編集含め、すべて統括しています。
“ジャイアンツ”という、日本で最も人気があって、長い歴史と伝統を誇る球団に長期間密着し、ドキュメンタリーとして描くのは、かなり大きなプロジェクトだったと思うのですが、この企画自体、どのような経緯で生まれたのでしょうか?
水野:DAZNは2016年8月のサービス開始当初から「ライブ」、つまり試合中継の部分を大切な柱としているのですが、ファンが一番知りたいところって、実は試合以外にもあって、リアルな選手の声や姿、試合中継では映らない“生”の部分だと思ってたんです。サービスを年々進化させていく中で、試合中継以外に、より選手にフォーカスしたコンテンツ、ドキュメンタリーに近いものをずっと模索していました。グローバルでは、昨年くらいからオリジナルドキュメンタリーシリーズがスタートしましたが、日本でも何か出したいなと思っていたんです。
その第1弾が、「日本で一番有名なプロ野球団」ジャイアンツのドキュメンタリーというわけですね。
水野:ジャイアンツさんとは、球団、読売新聞社さん含めて今シーズンから放映権だけでなくより広い包括的なパートナーシップを結ばせていただいたんです。これをきっかけに、せっかくやるんだったらシーズンを通して密着させてもらう、インサイドドキュメンタリーをやらせてくださいというお話をしました。
ジャイアンツって、日本球界を代表するプロ野球団でみんなが知っていますけど、知っているようで意外とちゃんと知らない。原辰徳監督が3回目の監督就任をされるタイミングというのも大きかったですし、原監督の2度目の監督時代、2014年以来リーグ優勝から遠ざかっているというのもありました。その間には、不祥事などのネガティブなニュースもあり、原監督が戻ってきて変わろうとしているシーズンだからこそ、描く意味があるんじゃないかなと。開幕ギリギリに決まったのでスタッフにも苦労をかけましたし、受け入れ側の選手たちとも、どうやって信頼関係を築いて近づいていくかが大事なポイントでした。
インサイドドキュメンタリーの場合は選手や監督との信頼感、距離感が非常に大事だと思います。取材の間合いやタイミングに苦労されたのでは?
水野:一番苦労したのはその部分です。信頼されるためにはやっぱり時間もかかりますし、他の記者の方たちもいらっしゃるので、皆さんの取材を邪魔しないように密着取材をしなくてはならないので、その間合いにも気を遣いました。ファンの方々にも取材させてもらったのですが、彼らの目的はあくまでも試合を楽しむこと。その邪魔をしないように気をつけました。
できるだけファンに近い目線で描くためには、知り過ぎていると気づかない面白さや、分かっているつもりで聞かない質問というのはすごく重要です。ディレクターチームには、野球の取材に慣れているスタッフだけでなく、番組づくりに長けたディレクターも入れました。
『GIANTS 復活への道』では、さまざまな映像が使用されていました。取材体制も相当大規模だったと思うのですが、カメラは何台くらい回していたのですか?
水野:ホームゲームでは毎試合最低2台、ビジターで1台、二軍の撮影では2カ月間毎日2台。節目のホームゲームには4、5台カメラが入りました。ディレクターは常時3、4人は毎日取材に行っているという状況でした。今回、選手や監督だけでなく、ファンやビールの売り子など、まわりにいる人たちにもカメラを向けていたため、かなりの人数でしたね。
“野球離れ”が叫ばれる中、どこを前提にするのか、野球についてどこまで説明するか、その度合いの難しさもあったのかなと思います。
水野:そうですね。どこに焦点を合わせるかは難しかったです。ただ、ドキュメンタリーでは主人公のキャラクターや考え方が滲み出ることが一番大事だと思うんです。日本のドキュメンタリーはどちらかというとナレーションで説明していくスタイルですが、それを極力排除して、海外のドキュメンタリーのように選手や監督の声で語っていただくという手法にこだわりました。日本人は外国人と比べて自分の言葉で表現するということがなかなか難しいので、そういう意味では海外のドキュメンタリーのように饒舌に語っている感じではないんですけど、逆にそういう“間”が味になっていると思います。
選手、監督、チームだけでなく、ファンやビールの売り子さん、記者やライター、まわりの人たちにもフォーカスされているのが印象的でした。
水野:私自身も、子どもの頃からジャイアンツという存在は当然のように生活の中にありました。「ジャイアンツって何なんだろう?」と考えると、モヤッとした像みたいなものはあったんです。今回描きたかったことの一つは、なんとなく頭の中にある「ジャイアンツ」を映像にしたいなということだったんです。東京ドームという舞台の中には選手や監督もいるけど、裏方でチームを支えている人、ファン、ビールの売り子さん、ウグイス嬢、記者さんなど含めて、いろいろな角度からジャイアンツに接している人たちに語っていただくことで、最終的に「ジャイアンツとは何なのか?」という像が結びつくと思ったのです。
すべては原監督の“ジャイアンツ愛”から始まった海外のスポーツチームのドキュメンタリーを見ていると、歴史や伝統、積み重ねてきたものが“文化”として定着している空気を感じてうらやましくなったりもします。今回『GIANTS 復活への道』を拝見して、「日本にもちゃんとあるんだ」という再発見がありました。僕も小さい頃は当たり前のように野球中継、ジャイアンツの試合をテレビで見ていて、大人たちはジャイアンツが勝った負けたの話題で盛り上がっていました。生活の中に野球があった、そういう時代があったことをみんな忘れているのでは?と。
水野:そうですよね。改めて私も再発見でした。いろいろな人たちの想いでジャイアンツっていうのができているんだなって。
王貞治さん、松井秀喜さんをはじめとするレジェンドも多数出演されて、それぞれの思いを語られていました。栄光の巨人軍、その歴史の重みも本作の軸になっていると思います。ジャイアンツの歴史を掘り下げる内容はもともと企画されていたのですか?
水野:やっぱりジャイアンツには伝統があるので、歴史の部分は絡めたかったです。今だけを切り取ったコンテンツではないですし、1シーズン通して密着することってなかなかない機会なので、やる以上はここで一つの完成形として作りたいと思っていました。また、海外のDAZN配信地域でも見てもらいたいと考えていたので、日本のいち球団の今シーズンとという切り口ではたぶん興味を持ちづらい。日本の野球文化を知ってもらうために、歴史の描写も必要だと判断しました。Episode5でビールの売り子さんにこだわったのは、海外にはない日本らしさがあるからです。
本作では原監督へのインタビューが軸になっていると思います。原監督へのインタビューは何回くらい行ったのでしょう?
水野:全部で6回ですかね。初めて原さんと接したのはCM撮影の現場でした。そこでご挨拶も兼ねてジャイアンツについて話していただいた時に、1時間近く熱く語ってくださったんです。改めて、言葉もお持ちで、情熱とキャラクターが素晴らしくて、この作品では原さんに語っていただきたいと思ったんです。当初の予定では、10~20分程度のインタビューを5、6回ということでしたが、1回目のインタビューで予定時間を大幅にオーバーして、40分くらい語っていただきました。インタビュー後、原さんご自身から「楽しかったよ」と言っていただいてホッとしました。それからメインディレクターも原監督へインタビューをする中で信頼関係を築けましたし、テレビをよく知ってらっしゃる宮本和知コーチ、元木大介コーチの存在にも助けられました。お二人ともジャイアンツのコーチという重責を担っている中で、「何でも話すよ」とおっしゃっていただけたので、原監督、宮本、元木両コーチ3人の言葉を軸に引き出していきました。あとは、シーズン通して何か起きるか分からないし、ある程度テーマは決めてその時々の出来事は追いつつ、走りながら作っていきました。
Episode1でバントについて問いかけられた原監督が、身を乗り出して語るシーンがありました。ああいう緊張感のあるシーンが普段は見られないドキュメンタリーの醍醐味だと思いますが、現場では緊張感含めどんな雰囲気だったのでしょうか?
水野:担当したディレクターは野球の専門家ではないのですが、ドキュメンタリー制作の経験が豊富な人でした。だからこそ、あえてああいうことも聞けるんですよね。それに対して、原さんが球を投げ返してくれた外国人選手にバントをさせることについての答えもそのシーズンのジャイアンツの勝負強さを象徴するような面白さがありました。
原監督は最初の撮影の時から「伸び伸び」とおっしゃっていましたけど、選手に聞くと、「そう言われてもできないです」っていう声があったり、その一方でバントを含め、勝つためのチームプレーは徹底しているんです。「伸び伸び」と勝負への厳しさはどう整合性がとれるのか? ディレクターの純粋な疑問が取材のモチベーションになっていました。
結果として密着したシーズンでペナントレース制覇という制作側としても願ってもない結果を得られました。選手、監督、スタッフがチームの勝利、優勝という目標に向かって邁進する中で、取材スタッフは、ある意味で「チームの勝利に直接関係ない」存在でもあります。リーグ優勝という結果についてはどう感じていますか?
水野:もちろんチームのリーグ優勝には1ミリも役には立っていませんよね。ジャイアンツの応援団長の方を取材した時に「試合をしているのは選手たちなので、応援団は勝ち負けに参加していない、でも我々はどんな時も応援するのが役割なんです」とおっしゃっていたんです。その話を聞いて、改めて制作チームの役割を考えた時に、我々の役割はきっちり記録することであり、その上で起こったことをリアルに、脚色せずに描くことだと思うようになりました。この映像を見て、選手や監督たちに「自分たちはそういう戦いをしたんだ」とか、「あの時はこういうことを感じていたんだな」と感じていただけることをきっちり描くことがもしかしたらチームへの貢献ということになるのかもしれません。
原監督に1年間インタビューをさせてもらって「いやー、楽しかったよ」と言ってもらえたんですね。夏から球団の社長になった今村司さんは、もともと日本テレビの役員だった方なんですけど、視聴後に「傑作だ」とおっしゃっていただいて。そういう声をいただけるのはうれしいですね。ジャイアンツの「中の人」たちが、この密着取材、ドキュメンタリーを通してジャイアンツについて考えるきっかけになったとしたらこんなにうれしいことはありません。
視聴傾向でいうと、『GIANTS 復活への道』は、ジャイアンツファン、野球ファンはもちろんですが、実はJリーグや海外サッカー、F1を主に見ている方、つまり野球を普段見ない方にも視聴いただいているんですね。野球ファン以外の方たちにも日本の野球、ジャイアンツに興味を持ってもらう機会になったとしたらうれしいですね。
今後も、こういったドキュメンタリーを制作する予定はあるのですか?
水野:『DAZNオリジナル』というコンテンツを広げていきたいので、もちろんやっていきたいです。Jリーグでもさまざまな形のコンテンツをやってきましたが、長編ドキュメンタリーはまだやっていないのでやりたいですね。それ以外にも、モータースポーツでも日本人選手が活躍していますし、野球もジャイアンツの今後はもちろん、他のチームにも力を入れていきたいと考えています。
ストーリーを描く上でのこだわり、手間暇は惜しまない水野さんご自身、ドキュメンタリーを作る上でのこだわりは?
水野:本作では、映画などで使われるような一眼レフカメラを使い、毎試合必ずハイスピードカメラを入れるなど、映像にはすごくこだわりました。音声も、可能な限りマイクを増やして、インタビュー以外の練習の時はどうやってピンマイクをつけたらよいかなど、実は舞台裏の苦労やこだわりはけっこうあります。
映像の中で、印象的なプレーをスローモーションで描くことで、感情を引き出すような工夫もしています。クライマックスシリーズ・ファイナルステージ前に無観客試合があったのですが(編集部注:2019年10月5日に東京ドームで行われた紅白戦)、この試合では音にすごくこだわりました。いつものような声援がない中でボールやバットの音、選手の息づかいなど、リアルに聞こえるものをどうやって録音して表現するかにこだわりました。映像に関しても、編集が終わった後に、カラーグレーディングといって映画並みの色調補正などもしているので、質感にもこだわっています。
ドキュメンタリーは実際やってみないと展開も分からないですし、素材も膨大になると思います。編集も大変な作業ですね。
水野:編集は大変ですよ。今回は1000時間以上も撮影フィルムがありますが、当然世の中に出るのはほんの一部です。テレビサイズのドキュメンタリーと比べても圧倒的に素材が多いですね。30分ものでも編集に2~3週間かかりますが、本作は1~2カ月かけて編集しました。例えばEpisode1で、原監督のバントの話を使おうとなったら、そこに絡んでいそうな映像をもう一度見直します。そうするとまた新たにストーリーが出てくるので。ストーリーを撮ったから、さらにそれらを紡いでいくために行ったり来たりしながら、その都度編集し直して……の繰り返しです。
ファンが見たい内容をいかに作っていくかということがミッション
スポーツコンテンツを世界に向けて配信しているDAZNとしては、日本発のコンテンツを世界にという思いもあると思います。グローバル配信はもうされているのですか?
水野:今英語化している最中なので、これから各地へ配信していきたいと思っていてイギリスの担当部と打ち合わせすることになっています。野球に対する温度感が国によって違うのでうまくいくかわからないですけど、やっぱり、読売ジャイアンツ、そしてファンの応援、ビールの売り子さんなど、日本の野球文化を海外に知ってほしいというのが今回のパートナーシップにおける目的の一つなので、なるべく多くの国に届けたいと思っています。
日本のスポーツメディアとして、野球を含め日本のスポーツ文化を世界へ伝えていくというミッションもあると思いますが、そのあたりについて今後の展望は?
水野:DAZNの特徴として、いち配信事業者としてだけでなく、各リーグと共にそれぞれのスポーツの価値そのものを高めていくというスタンスがあります。なので、Jリーグとも10年という長いお付き合いをさせていただいて、フライデーナイトJリーグをやったり、ライブ配信では表れないサッカーの面白さとは何か?を改めて追求しています。配信に表れるところでは、カメラ台数を増やすなど。ファンが見たい内容をいかに作っていくかということをど真ん中に、やっていくことがミッションだと思っています。
海外では多くの配信事業者がドキュメンタリーの制作に乗り出しています。『GIANTS 復活への道』はスポーツのコンテンツの価値を考える意味でも、DAZNにとって大きなチャレンジですね。
水野:そうですね。大きなチャレンジでしたし、結果的にジャイアンツが優勝したということもありますし、何よりも原監督をはじめ、球団の協力を得てここまでこれたので、まさにこれまで誰も見たことのない映像が作れたのも、読売新聞社のOKがなければできなかったので。もう一つ加えると、負の側面も含めて描くというのは、なかなか球団自身だと描けない部分もあるので、メディアとして、パートナーとしての距離感だからこそできることは大事にしていきたいですね。
DAZNが試合中継以外のコンテンツをやる意味の一つとして、シーズンを通してお客さまにDAZNのコンテンツを楽しんでもらいたいというのがあります。特に野球はサッカーと比べてシーズンが終わるのが早いので、こういったコンテンツで「シーズンオフだけどまだまだ野球を楽しめる!」という環境を提供できればなと思っています。
僕自身も、作品に携わり、改めて球場に足を運ぶ中で、ジャイアンツの伝統や歴史の重みを感じるとともに、野球ってこんなに面白いんだ、球場ってこんなに楽しいんだという再発見がありました。『GIANTS 復活への道』がジャイアンツや野球を知りたかったけれど知る機会がなかった、あるいは一旦遠ざかってしまった人たちが野球の面白さに触れるきっかけになればうれしいです。
<了>
PROFILE
水野重理(みずの・しげのり)
1992年、日本放送協会入局。スポーツ、ニュースや報道・ドキュメンタリー番組の制作を担当。主な番組にNHKスペシャル「変革の世紀」「地球大進化」「女と男」などがある。 2016年、Perform Investment Japan株式会社(現 DAZN Japan Investment 株式会社)に入社し、中継映像や番組制作の責任者として従事する。