12月30日より「令和」初の第98回全国高校サッカー選手権大会が開幕する。
現在の高校サッカーは、名門・暁星高校サッカー部を長年指導し、高円宮杯実施委員長も兼務する林義規監督の目にどう映っているのか?
“あの頃”と“今”の高校サッカー、なかなか結果を出せないでいるJユースの苦戦の原因、そして部活動の未来について名伯楽が語る。
(インタビュー・構成=篠幸彦、写真=Getty Images)
監督の腰が落ち着かないクラブのユース43年間にわたり暁星高校サッカー部を指導し、多くの選手、サッカーに関わる人材を輩出。現在では日本サッカー協会(JFA)理事、高円宮杯実施委員長、東京都サッカー協会会長を務める林義規監督。育成年代の問題点について、そして近年パワハラや教師の長時間労働など多くの問題を抱え、その存在の在り方まで問われている“部活動”について語ってもらった。
――高校サッカーといえば帝京の古沼貞雄監督(現・矢板中央アドバイザー)や国見の小嶺忠敏監督(現・長崎総合科学大学附属)、武南の大山照人監督(2019年退任)、市立船橋の布啓一郎監督(現・松本山雅FC監督)など、数々の名将と言われる監督が各県にいて、しのぎを削ってこられました。今でも流通経済大学柏の本田裕一郎監督や前橋育英の山田耕介監督、大津の平岡和徳総監督などがいらっしゃいます。一方で最近では例えば興國高校の内野智章監督のようにこれまで全国大会への出場はなかった(今年度の第98回全国高校サッカー選手権大会で初出場が決定)ものの、多くのJリーガーを輩出している指導者もいます。昔と比べてというわけではないですが、現在活躍されている指導者の方々を林監督はどう見られていますか?
林:確かに各県に重鎮と言われる指導者の方々は何人もいましたね。あの頃と比べると指導者が薄いんじゃないかと言われることもありますが、決してそんなことはない。今言われた監督もそうだし、青森山田の黒田剛監督や立正大淞南の南健司監督、米子北の中村真吾監督など良い指導者はいます。ただ、Jリーグのユースの監督はちょっと色合いが弱いかもしれない。じゃあJユースに優秀な指導者がいないのかと言われたらそんなことはないんです。
――ではどうして高体連(全国高等学校体育連盟)と比べてJユースの監督は色合いが薄く感じてしまうのでしょうか?
林:一番の理由は監督の腰が落ち着かないこと。例えばFC東京のユースを7年くらい見ていた佐藤一樹監督が京都サンガF.C.のトップチームのコーチになったり、ガンバ大阪ユースを見ていた實好礼忠監督もトップのコーチに上げられたりユースに戻ったり、今度は京都の監督をやるらしい。優秀な監督はいるけれどとにかく腰を落ち着けて指導ができないのは大きな問題です。学校の先生は悪いことさえしなければクビになることはないけれど、ユースの監督は違う。普通は子どもを見て指導をするものだけど、彼らはフロントを見なければいけない。そうなると監督というのは思い切ったことができないわけです。だから色合いが薄いんですね。
――思い切ったことができないことで色が出ないし、長くやれないことで色が定着もしないということですね。
林:例えば静岡学園は井田勝通監督のサッカーを川口修監督が受け継いでいるわけです。Jクラブのユースは社長が代われば監督が代わり、コーチが代わり、その結果、フィロソフィーが根づかない。私は高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグの実施委員長を9年やっていて、今年の2月に監督会議をやったんですね。監督会議は年1回なのだけど、これではダメだと8月にもう一度やったんです。なぜかというと、育成組織の監督なのに4人も5人も代わっているからです。トップチームであれば4連敗しました、5連敗しましたといったら監督交代というのは当然ですよ。プロですから。でもトップの監督がクビになったからユースの監督を上にあげるとか、新しい監督が就任したらユースの監督に下すとか。育成組織の監督はそういうものではないでしょうと。それとユースの監督を自分のサクセスストーリーのステップにしてしまうきらいがあります。とりあえずユースでやってみて、それで次にトップのコーチだとか。育成の指導者はそういうことじゃないと思うんですよ。
――確かにそれでは腰を落ち着けて指導するという環境ではないですね。
林:だからJFAに掛け合ってまずは日本代表が範を示すべきだと言って、U-17日本代表とU-20日本代表の監督は少なくとも10年くらいは雇いましょうと。それで今回U-17を森山佳郎監督、U-20を影山雅永監督が指揮をとって日本はどちらも2大会連続でワールドカップに出場したのみならず、グループリーグも揃って突破しました。世間からは大きく注目はされなかったかもしれないけれど、アンダー世代の代表の歴史を遡ってもこんなことはないんです。
――Jユースでもそうした腰を落ち着けて指導できる環境を与えれば、良い指導ができる優秀な指導者はたくさんいるということですね。
林:先ほど学校の先生は悪いことをしなければクビにならないと言いましたが、公立校の場合は異動があるから難しい部分もあります。でもJクラブはこれと思った監督を10年とか長期にわたって雇うことができるわけですよね。少なからずユース、ジュニアユースの指導者はクラブのフィロソフィーやサッカーのスタイル、考え方が合致するこれぞという人を社長が選んで雇う。それで勝とうが負けようが長く続けられるという安心感のもと指導できるようにしていかなければいけないと思います。
中村俊輔、本田圭佑、上田綺世の系譜――監督がすぐ代わってしまうことでフィロソフィーが根づかないということですが、その他に指導者が腰を落ち着けられないことで子どもたちの成長部分ではどんな弊害があると思いますか?
林:端的に言えばもっと伸びていいと思いますね。Jユースにはその地域や地域外からもそうですが、一番うまい子どもたちが集まってくるわけです。その中で例えば先日(FIFA)U-17ワールドカップ(ブラジル2019)のメンバーに桐光学園の西川潤選手、桐生第一の若月大和選手、市立船橋の畑大雅選手、それからケガで行けなかったけれど東福岡の荒木遼太郎選手という高体連の4人が選ばれました。本来であれば一番うまいのがJクラブに集まっているのだから全員Jユースの選手でもいけるはずなんです。それが4人を選ばざるを得ないと。つまり伸びていないわけですよね。もっと伸びていいのに足踏みというか。そこから上にいけていないんです。
――中村俊輔選手や本田圭佑選手のようにジュニアユースからユースに上がれなくて、高体連に行って伸びるというケースもいまだによく見られます。
林:最近で言えば鹿島アントラーズに行った上田綺世選手がそうですね。彼は鹿島のジュニアユースからユースに上がれず、鹿島学園に入って法政大学から鹿島のトップに入団しました。そういった選手たちというのは本当にたくさんいますよ。
――もっと伸びるはずの選手が、指導者が安定しないことで伸び切らない。逆に指導者が安定している高体連の選手がグッと伸びているということですね。
林:例えば黒田監督の青森山田は(高円宮杯)プレミアリーグEASTから9年落ちていないんですよ。そして今シーズンはEASTで優勝しました。一方FC東京はあれだけいい選手がいるけれど、優勝した次の年に降格したんです。ガンバ大阪やセレッソ大阪も降格はしないけどチャンピオンにはなれていない。ここらへんがJユースはもっと伸びていいと思うところです。良い練習環境があって、良い選手が揃っているわけだからあとは指導者だと思いますよ。そんな中で柏レイソルやサンフレッチェ広島のようにユースから何人もトップに選手を送り込んで成功している例もあります。マスコミはあまり取り上げないけれど、彼らはもっと評価されるべきだと思いますね。
――指導者の環境が改善されれば、それこそ高体連の名将の方々のような指導者がJクラブから出てくるかもしれませんね。
林:Jリーグができてまだ27年。最初の10年は差し引いても15年、16年ずっとユースの監督をやっている、ジュニアユースの監督をやっているという人が出てきてもいいと思うんです。自分のことを引き合いに出してあれだけど、私は43年やっているんです。他にもそういう先生方はいますよ。それと5、6年やっているという指導者を比べても子どもの扱いというのは全然違うのは当然ですね。 いろんなタイプの子どもがいて、そういう子たちを相手に我々指導者が経験の中からあらゆる面でこれは良くて、こっちはダメだから直しなさいと言えるかどうか。Jユース時代にとんでもなくうまかった子が、プロになって苦労している姿はいくらでも見てきていますから。
熱を持ってやっている先生を殺しちゃいけない――指導者の環境というところで、部活動の環境もブラック部活動という言葉が生まれたり、働き方改革で教員の環境が見直されたり、昨年スポーツ庁から中学校の部活動のガイドラインが交付されました。部活動の環境が変わろうとしていますが、現状を林監督はどのように感じていますか。
林:ブラック部活動だったり、パワハラだったり、今教育の現場には本当に多くの問題があって、我々も日々その対応に追われています。ただ、私は全部を一般化してしまうのではなく、分けて考える必要があると思います。例えば関東にしろ、関西にしろ、都会の中学生は学校での部活をやらなくてもクラブに入ればサッカーを続けることはできます。だけどクラブがない地方の子どもたちは部活動がなくなってしまうとサッカーをやりたくてもやる場所がないんです。それはサッカー界としても人材を失うことにつながります。だから一律にしないで、それが中央のことなのか、地方のことなのか、公立なのか、私学なのか、いろんな要素があるので分けて考えなければいけないと思います。
――確かに地域によって事情がまったく異なるところをすべて一律に考えてしまうのは問題かもしれません。
林:もちろん、小学校や中学校でものすごく忙しい先生方がいるのは確かです。そこの改革は必要だと思います。でも一方で情熱を持った先生もいます。それを無視して土日は練習してはいけないとなると、サッカーがしたい子どもたちや指導したい先生たちはどうなるんでしょう。サッカーの場合、練習時間は短くていいと思います。3時間も4時間もやるのはダメだけれど、1時間や1時間半であればそれほど負担ではないと思うんです。
――忙殺されている先生の改善も必要な一方で、部活動をやりたい子どもたちの思いを無視してしまうもよくありませんね。部活動の在り方も問われている中で、これからの部活動に求められるのはどんなことだと思いますか?
林:例えば今までは受験でも一つの答えを早く正確に見つけることが要求されてきたわけです。ジグソーパズルみたいなものですね。でもこれからの教育に求められるのは、答えは一つじゃないということ。レゴブロックですね。レゴを広げてここから何かを作ってみなさいと。そういう人材が求められているし、そういう価値観でいなければいけないと思います。だから部活がダメだからと一律に切ってしまったり、極端に制限してしまうと、それに応えようがないと思うんです。ただ、非常に難しい問題であることも確か。こういう問題は解決しようと思うとやっぱり非常に面倒なんですよ。だから一般化して簡単にしようとするわけです。でもこういうところを合理性や効率性、経済性にだけ頼るとうまくいかないと思います。
――さまざまな問題がある中で部活動が担ってきたものはなんなのでしょう。
林:やっぱりこの国のスポーツ文化を担ってきたのは中学にしろ、高校にしろ、部活動なわけです。中には部活動が強いことでメディアに取り上げられ、それによって多くの生徒が集まり、学校が潤うという付随することもあります。でもそうではなくて純粋に部活動がやりたい子どもたちがいて、純粋にその子どもたちの指導がしたいという情熱を持ってやっている熱心な先生はたくさんいるんですよ。ただ、一生懸命時間を割いてやっている先生や得意じゃないことを必死になってやってくれている先生、なにもやっていないような先生もみんな給料は一緒です。その現状が辛くて仕方ない先生もいます。でもその中で情熱を持ってやっている先生を私は殺しちゃいけないと思いますね。
<了>
PROFILE
林義規(はやし・よしのり)
1954年生まれ、東京都出身。暁星高校、早稲田大学を経て、教員免許を取得し、母校・暁星学園に赴任。小学生年代から指導を始め、中学生、高校生と年代を上げ、暁星高校を全国高校サッカー選手権に10回、インターハイには12回導く。その傍ら国体(国民体育大会)の東京選抜や高校サッカー選抜の監督を歴任し、現在では日本サッカー協会(JFA)理事、高円宮杯実施委員長、東京都サッカー協会会長を務める。