世界ボクシング協会(WBA)ミドル級王者・村田諒太(33=帝拳)が12月23日、横浜アリーナに同級8位のスティーブン・バトラー(24=カナダ)を迎えて再戴冠後の初防衛戦に臨み、5回2分45秒TKO勝ちを収めた。持ち味の右強打を連続ヒットしたあと左フックをフォローして倒す豪快な勝利だった。ベルトを守った直後のリング上でマイクを向けられた村田は「リアル(本物)と戦いたい」と吠えた。その真意と今後の展望について考えてみたい。
(文=原功)
9歳若い挑戦者に実力差を見せつけた圧勝村田よりも9歳若い挑戦者のバトラーは30戦28勝(24KO)1敗1分の戦績を残していたハードパンチャーで、今回の試合が決まる前は世界ボクシング機構(WBO)では1位にランクされていた。射程をつかんだときに繰り出す右ストレートは破壊力抜群で、村田も要注意といえた。実際の試合でも「左ジャブが思った以上に強くて驚いた」と王者にいわしめたようにリードパンチも重量感があり、得意の右もパワフルだった。
しかし、戦前の予想どおり総合的にみれば王者の圧力、パワーが一枚も二枚も上だった。勝敗を分けたのは、両者の実力差と言い切ってもいいだろう。5対1のオッズどおりの結果が出たといえる。
目についたのが村田の持ち味である前進力、馬力だ。2回までは互角に近い内容だったものの、以降は王者の圧力が効き、バトラーは徐々に攻め手を失うことになった。4回には村田の打ち終わりに左右のパンチを狙い撃ってきたが、王者はそれにも対応して流れを渡さなかった。
5回、村田は前に出る。距離を潰し、パワーのある右で追い立て、最後は後退する挑戦者に左フックを浴びせて葬った。これまでは絶対の自信を持つ右に頼ることが多く、ダウンやKOのほとんどをその右で生み出してきたが、今回は左で仕留めた点も評価できる。負ければ引退の危機に瀕していた7月のロブ・ブラント(29=米国)戦よりも「緊張した」という試合だったが、前戦同様、最良の結果がついてきたことで村田本人も「及第点」をつけた。この2試合で馬力を生かしながら前に出て攻め落とすスタイルを確立したといっていいだろう。
6度目の世界戦で4度目のKO(TKO)勝ちを収めた村田は、興奮冷めやらぬなかリング上から「尚弥の試合(11月7日の井上尚弥対ノニト・ドネアのWBA&IBF世界バンタム級タイトルマッチ)を見て思ったけど、みんな“リアル”と戦ってほしいと思うんです。会長、“リアル”な試合をお願いします」とプロモーターの帝拳ジム、本田明彦会長に大物とのマッチメークをリクエストした。
誤解のないようにフォローしておくが、今回の相手(バトラー)が不甲斐ない対戦相手だったというわけではない。「リアル」とは、あくまでも上昇志向の強い村田なりの新たな挑戦の意思表示だっただけだ。
410億円契約のアルバレス、110億円契約のゴロフキン村田が頭に描いている「リアル」な相手とは、4階級制覇の実績を持つサウル・カネロ・アルバレス(29=メキシコ)と、2010年~18年にかけて20度の防衛を果たしたこともある現国際ボクシング連盟(IBF)世界ミドル級王者のゲンナジー・ゴロフキン(37=カザフスタン)の2人を指している。
かねてから村田は自らの立ち位置を客観視して「日本のプロボクサーとしてはある程度の名声をいただいたと思うが、世界のトップ・オブ・トップかといえばそうではない。それを目指すことがモチベーションになる」と話している。村田が言うところのトップ・オブ・トップがアルバレス、ゴロフキンの2人なのだ。
ここで米国の老舗専門誌「リング・マガジン」が発表している、団体の枠を越えた同誌独自のミドル級世界ランキング(12月21日付)を見てほしい。
王者=アルバレス(56戦53勝36KO1敗2分)
①ゴロフキン(42戦40勝35KO1敗1分)
②WBO王者デメトリアス・アンドレイド(31=米国 28戦全勝17KO)
③WBC王者ジャモール・チャーロ(29=米国 30戦全勝22KO)
④セルゲイ・デレビャンチェンコ(34=ウクライナ 15戦13勝10KO2敗)
⑤村田(18戦16勝13KO2敗)
⑥カミル・シェルメタ(30=ポーランド 21戦全勝5KO)
⑦WBA暫定王者クリス・ユーバンク・ジュニア(30=英国 31戦29勝22KO2敗)
⑧マチエイ・スレツキ(30=ポーランド 30戦28勝11KO2敗)
⑨ブラント(27戦25勝17KO2敗)
⑩リアム・ウィリアムス(27=英国 25戦22勝17KO2敗1分)
世界王座認定団体がWBA、WBC、IBF、WBOと4つあるうえ17階級にスーパー王者やフランチャイズ(特権)王者、正王者、暫定王者、休養王者など数え切れないほどの世界王者がいる現在、村田に限ったことではなくベルト保持者といえども簡単に「世界最強」を名乗れない現状がある。
こうしたなか、現在のミドル級シーンで主役の座にいるのがアルバレスとゴロフキンの2人であることは村田のみならず誰もが認めるところだ。単に強さだけを測るならばチャーロもアルバレスやゴロフキンと肩を並べる実力者といえるが、知名度や人気を含む商品価値という点では両者に遠く及ばない。
特に「リング・マガジン」が階級に関係なくボクサーの強さ指標として発表している「パウンド・フォー・パウンド」ランキングでも1位にランクされるアルバレスは世界のボクシング界をリードするスーパースターで、2018年10月にDAZNと5年間に11試合、総額3億6500万ドル(約410億円)という超大型契約を交わしている。その初戦では1階級上のスーパーミドル級で豪快な3回TKO勝ちを収めWBA王座を獲得。2戦目では当時のIBF王者ジェイコブスとのミドル級王座統一戦に臨み、12回判定勝ち。そして11月には2階級上のライトヘビー級に進出し、WBO王者のセルゲイ・コバレフ(36=ロシア)を11回KOで屠って4階級制覇を成し遂げた。
そのアルバレスと2戦して1敗1分のゴロフキンはライバルを追うように2019年3月にDAZNと3年契約を締結。こちらも6試合で1億ドル(約110億円)という破格の報酬が約束されている。すでに2試合をこなしており、10月にはデレビャンチェンコに勝って空位のIBF王座を獲得したところだ。次戦は2020年2月、IBF3位のシェルメタとの指名試合が計画されている。
「リアル」な注目ファイト実現は5月か6月? 鍵握るDAZNとESPNこうしたなか村田はアルバレス、ゴロフキンとの対戦を熱望しているわけだが、仮にアルバレス戦が実現するとしたら最速で5月の可能性がある。毎年、アルバレスはメキシコの戦勝記念日(5月5日)の週と独立記念日(9月16日)前後に試合を行うことが慣例となっている。5月に計画されている次戦の枠に、日本開催(東京ドーム)の村田戦がすんなりと納まるかどうか。
ネックになる問題のひとつが、両者の試合を放送(配信)する局が異なることが挙げられる。村田はプロ転向に際して米国の大手プロモート会社、トップランク社と契約を交わしている。同社はESPNと放映権に関する契約を締結しており、DAZNとはライバル関係にある。それでもESPN系の選手とDAZN系の世界王者が互いの王座をかけて対戦した例はある。要は両陣営を納得させるだけの条件が整うかどうかだ。
カギを握るのは主役のアルバレスとDAZNだ。アルバレスはライトヘビー級王座こそ返上したが、次戦で村田と戦うとなると7kg軽いミドル級に戻さなければならない。減量が厳しいと判断した場合、ライトヘビー級とミドル級の間のスーパーミドル級でWBA王座の防衛戦を行う可能性もある。WBAスーパー王者のカラム・スミス(29=英国 27戦全勝19KO)もアルバレスとの対戦に興味を示しているだけに、今後の動きに注目したい。選択肢の多さと選択権を持っている点がスーパースターの強みともいえる。まさに特権だ。また、DAZNが村田戦にどれだけの興味を抱き、どんな条件を提示できるかも気になるところだ。本田会長は「できることならば5月に日本でやりたい。あとはDAZN次第」と話している。
同様のことは村田対ゴロフキンの場合にも当てはまる。ただ、こちらは早くても実現は6月になる見通しだ。これはゴロフキンが2月にシェルメタとの防衛戦を控えているためで、試合間隔、さらに東京五輪前というタイミングから打ち出されたものだ。
あくまでも村田の標的はアルバレス、ゴロフキンだが、2人との対戦のタイミングが合わないときは「試合が組めるまで待つ姿勢」(本田会長)という。その場合、村田は防衛戦をこなしながら頂上決戦に向けて待機することになりそうだ。3度目の対戦を希望しているブラント、暫定王者のユーバンク・ジュニアらがV2戦の対戦相手候補として浮上してくる可能性もある。
果たして「リアル」な2人との頂上決戦は実現するのか――。2020年、村田諒太の拳に注目が集まる。
<了>