野球の世界最高峰の舞台、MLBでその存在価値とさらなる進化を見せている、ダルビッシュ有と、独自の視点によるキャッチャーの分析をSNS上で発信しプロ野球選手や専門家からの支持を集める“一般人”、raniさん。
ダルビッシュをして「高度すぎて頭おかしくなりそうでした」と言わしめた異例の「キャッチャー」をテーマにした対談の後編では、ダルビッシュがキャッチャーに求める2箇条や、一番組みたい日本人捕手を明かしてくれた――。
(インタビュー・構成=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、撮影=浦正弘)
問題は「自分で考える力」という点
rani:この対談はアマチュアの方に参考になればということでもあったので、今回の対談を前にアマチュアのトップに現状を聞いてみようと、慶応義塾大学でキャッチャーをやっている郡司裕也選手(2019年 中日ドラゴンズ・ドラフト4位指名)に聞いてきました。実際に僕のTwitterアカウントを見て参考にもしてくれているそうなんですが、今はこれだけ情報が溢れている中、自分で情報を取りにいく時代になっているのかなと思うんです。先ほどの話にもつながるんですけど(※キャッチャー経験の無いキャッチャー専門コーチ、タナー・スワンソンが、マイナーリーグやミネソタ・ツインズで結果を出し、ニューヨーク・ヤンキースに引き抜かれた/前編参照)。それって別に僕のアカウントを見ろとかではないし、僕の発信する情報が気に食わなければ自分で研究すればいい。そうやってどんどん情報を収集していくべきだと思うんです。
他にも慶応義塾大学の野球部って本当にすごくて、旧来の常識にとらわれずいろいろな人の意見や考え方を柔軟に取り入れ、それを部内で共有したりしているそうなんですね。津留崎大成選手(慶応義塾大学/2019年 東北楽天ゴールデンイーグルス・ドラフト3位指名)がダルさんのウェイトの理論を独自で研究しメンバーに伝達したり、投手陣がお股ニキさん(※)のスラット理論を参考にしたり。やっぱり、そういうことはアマチュアだって今やできるんじゃないかと思うし、特にキャッチングなんかはアマチュアだったら差をつけやすいんじゃないですか?
(※お股ニキ:鋭い視点をもとにTwitter上で野球の分析を展開する“プロウト(プロの素人)”。多くのプロ野球選手や専門家から支持を集め、ダルビッシュ選手との親交を持つ。著書『セイバーメトリクスの落とし穴』『なぜ日本人メジャーリーガーにはパ出身者が多いのか』)
ダルビッシュ:そうですね。「プロ野球選手としてどう生きていくか?」を二十歳の時に考えて、実践したのがまさにその考え方です。みんなが長けていない部分を探して、そこを伸ばすことによって周りとの差をつける。これが僕の作戦だったんです。
rani:周囲が長けていなかったのはどのような部分だったんですか?
ダルビッシュ:プロ野球界の中で長けていない部分としては、サプリメントのこと、トレーニングのこと、筋肉とかそういうことに関する知識。コンディショニングコーチでさえ、あまり理解していなかった。だから、その部分を伸ばすことで周りの選手と差をつけられるし、さらに僕の挑戦が仮にダメだったとしても、元プロ野球選手でトレーナーのこともできる人って今までいないから、そちらの分野でも勝負できるなという発想でした。
rani:アマチュアの選手も上からの指示を待つのではなく、自分で考えてどんどんやればいいと思うんですよね。
ダルビッシュ:問題は「自分で考える力」という点。高校、大学、社会人と、日本の野球界にずっといると、頭が凝り固まってしまい、そういう発想が思い浮かばなくなってしまうんですよね。
rani:そもそも「考える」ということ自体が難しいと思うんですよね。「考える」ことに慣れないといけないですよね。
ダルビッシュ:そう。考えずに野球をやってきたから。敷かれたレールの上にずっと乗っていくというのがうまいってだけで。
rani:ちなみに、ダルビッシュ選手はキャッチャーに対して何を求めますか?
ダルビッシュ:一番は何があっても態度に出さないこと。そしてフレーミング。この2つですね。だから、仮に僕が打たれたり、フォアボールを出したとしても、「はぁー」とか「うわー」って態度をするヤツは論外。フレーミングに関しては、タイラー・フラワーズ(アトランタ・ブレーブス)みたいにボール球をストライクにしろとは言わないけれど、せめてストライクゾーンのボールはストライクにしてほしい。だってストライクに投げてんねんもん(笑)。枠に投げているのに、その人の技術とか、面倒くさがって雑に捕ったことによってボールにしてしまうとか、そういうのは違う。
rani:逆球とかもそうですよね?
ダルビッシュ:逆球なんて特にね。右打者のインコースに構えていたところ引っ掛けたツーシームが来たのをミットが流れてボールにしてしまう。まあ、あれは難しいからわからないわけではないけど、うまい人はそれも全部ストライクにする。そこの差ってやっぱり大きいなと思いますね。勝敗に関わってくるところですし。
――ちゃんと準備しておけって話ですよね。
ダルビッシュ:そう、準備も大事だし、技術ももちろん大事。「フレーミングで1球ぐらいストライクを取っても大したことないのでは?」って言う人もいるけど、うまい人だったら1試合で3、4球の差が出てきます。ピッチャーにとって、2ボール1ストライクと1ボール2ストライクは全然違うんですよ。1ボールが1ストライクになるのは全然違う。
rani:投げている側からしたら本当にそうだと思います。
ロボット審判は「絶対になし」
rani:フレーミングに関して言うと、「審判が悪いんじゃないか?」という人もいるんですよ。ボールをストライクにしているってことは「審判のレベルが低いからじゃないか?」と。そして、そこから「ロボット審判にしろ」という話にもつながってくる。「機械と比べて」レベルが低い、とかそんなの当たり前ですよね(笑)。人間なんだから。そもそも、プロ野球の審判ってものすごくレベルが高いはずなんですよ。160キロのボールに最高レベルのキャッチング、その中で見極めているんですから。それなのに例えば、「俺は普段審判をしている時に、ミットを動かすキャッチャーがいたらすぐにボールにする。それなのにあいつらはだまされているからレベルが低い」とか言うんですよね。いやボールの速度もキャッチャーのレベルも全然違うでしょと。
ダルビッシュ:本当にそうですね。
rani:フレーミング数値には再現性があるという話があるじゃないですか。例年上位に並ぶメンツが似通っていると。それって、審判が「こいつはミットを動かすからボールにしたろ」とか、「こいつフレーミングがうまいらしいからボールにしたれ」なんて適当なことをやっていたら再現性なんて絶対に出ないんですよね。再現性があるということ自体、(一定の基準で判定を続けられているという意味で)もはや審判のレベルの高さを証明しているのではないかと。レベルの高い審判、レベルの高いピッチャー、そしてレベルの高いキャッチャーによる究極の駆け引きが、再現性というものにつながるのではないかと思って。だから審判も堂々とすればいいと思うんですよね。
ダルビッシュ:なるほど。でもやっぱりフレーミングのうまいキャッチャーの時、審判は「ボールっぽい球はストライクと言わないぞ」というような、ちょっとしたプライドがあると思うんです。フラワーズとかバーンズの時なんか、「俺は絶対にだまされないぞ」という感じで入ると思いませんか? それでも毎回だまされてしまう。もちろん、その舞台にいるんだから審判のレベルも高いんですよ。審判ももちろんハイレベルなんだけど、その上をいくフラワーズ選手やバーンズ選手のレベルの高さもすごいなと思いますね。
rani:審判にとってはどうしようもないですよね。
ダルビッシュ:でもそれこそ審判をロボットにしてしまったら、フレーミングとかそういう技術がもう関係なくなってしまうわけじゃないですか? そこで生きている選手の仕事もなくなるし。むしろボールさえ捕れればいいってことになってきてしまいますよね。
rani:何ならランナーいない時はキャッチャーいらなくなっちゃうんですよ。
ダルビッシュ:キャッチャー、ブライス・ハーパー(フィラデルフィア・フィリーズ/外野手)でもいいわけですよね?(笑) 捕れればそれでいいということになる。
rani:そうなったら技術が一つ消えることになるんですよね、技術を消すなんて、絶対にダメだと思います。
ダルビッシュ:しかもそこの技術ってかなり大きいですもんね。
――そう考えたら、ロボット審判はダメですね。
rani:個人的には絶対なしですね。
ダルビッシュ:自分も絶対なしだと思います。
rani:でも、なんだかその流れになりつつあるのが本当に怖いなと思って。
ダルビッシュ:それは嫌だな。
rani:投げている側からしたら、ロボットであればストライクゾーンはバカ広くなると思うんですけどね。
ダルビッシュ:楽にはなりますよね。
rani:でも、それって野球なのかとはなりますね。
ダルビッシュ:一応、後ろに審判はいるけど、それがロボットって……。
rani:考えられないですよね。
「ビタ止め」という表現が生む誤解
rani:あと、「ミットを動かすな」って言葉をよく聞きますけど、あれってどう思いますか?
ダルビッシュ:動かさなかったらボール球はボールで終わるわけでしょう? それじゃあフレーミングではないですね。
rani:そうなりますよね? 動かすに決まっている。でも日本ではよく、キャッチャー側も審判に気を使うのか、「いや、俺は動かしていない」「ちゃんとビタッと止めているだけなんだ」って言うんですよ。でも、それってもういいんじゃないかなと思うんですよね。動かすのが当たり前なんだから。
ダルビッシュ:動かさないとボール球はストライクにならないですよ。よくYouTubeでビタ止めとかって聞くけど。
rani:あのビタ止めという表現もあまりよくない、誤解を生むと思うんですよね。
ダルビッシュ:確かにそれはちょっと違うなと思いますね。
rani:でも、ユーザーの多くはそれを求めているんですよ、ビタ止め。僕のフレーミングの動画にも「ビタ止めすごい」って言ってくる人がたくさんいるんですけど、「いや、ちゃうやん。動いてるやん」と。
――止めているように見せて、動かすのはいいんですよね?
rani:そういうことです。動かしているんですよ。「動かし方」の問題なんです。
ダルビッシュ:動かしているんだけれど、わからないヤツは「いや、これは止めたほうがいい」って言い出すんですよね。で実際に試合でも全く動かさずビタッとかやっちゃう。
rani:勘違いする人がいるんですよ。何がまずいかって、(マウンドの)上から落ちてくるボールを、ただ止めようとすると負けてミットが流れるんですよ。動かそうという意識がないと難しい。
――確かに、そのまま引っ張られてボールになってしまいますよね。
rani:それを防ぐためという目的もあるんですよね。
ダルビッシュ:そうか、日本人選手って手だけを動かそうとしますよね? でもこっちの人って、例えばフラワーズとかでもうまいこと体も使うじゃないですか? 日本人選手はあまりそういうことをしないような気がする。
rani:あと、よく議論になるポイントで、「捕球前にミットを下に降ろすか」というのがあるんです。捕球前に脱力を入れるか、ピッチャーに捕球面、的を見せ続けるか、という話です。ピッチャーからすると捕球面は見せてほしいですか?
ダルビッシュ:そこはどっちでもいいですね。僕は少し特殊で、投げる時にミットを見てないんですよ。ボワーッと見て、身体の感覚で投げるんです。チームメイトのカイル・ヘンドリクスとかホセ・キンタナとかはずっとミットを見ているんですけど、僕はミットを見ながら投げられないんで、構えは気にしないです。どう捕るか、だけですね。最初から地面につけて構えていてもいい。
rani:フレーミングという観点で言うと絶対に降ろした方がいいですよね。何なら面を見せ続けるなんて(フレーミングには)デメリットしかないです。そこもリスク(フレーミングへの悪影響等)とリターン(一部の投手が投げやすい等)の差を考えた方がいいという話です。
ダルビッシュ:こういうのも影響力のある人が言ってるから良い、悪いではなく、なぜ良いのか、なぜダメなのか、というのを考えるクセをつけた方がいいと思いますね。
「感触はすごくよかったので来年が楽しみですね」
rani:日本人選手で組みたいキャッチャーを挙げるとすると誰ですか?
ダルビッシュ:組みたいキャッチャー? やっぱり鶴岡(慎也)選手(北海道日本ハムファイターズ)じゃないですか? ずっと一緒にやっていたし、あの人がやっぱり一番思い入れがありますね。キャッチングに関しては正直なところ誰がうまいのか……。よく言われるのが坂本(誠志郎)選手(阪神タイガース)ですよね?
rani:彼はとてもうまいですよ。
ダルビッシュ:うまいですよね。あの人を見ていると気持ちがいいし、どんなフレーミングなのか1回投げてみたいですよね。
rani:僕は日本で一番だと思っています。
ダルビッシュ:フラワーズとどっちがうまいですか?
rani:うーん……やっぱりフラワーズです。
ダルビッシュ:あ、でも「うーん」って考えるぐらいなんだ?
rani:そうですね。坂本選手も、ものすごくうまいです。でも、データがないんで完全主観なんですけど。配球なんかは、どういう考えでやっていますか?
ダルビッシュ:やっぱりアメリカは進んでいますよ。データがあるので。面白いのが、例えばニューヨーク・メッツのマイケル・コンフォルト。インコースを打つのがものすごくうまいんだけど、外真っすぐが全く打てないんですよ。アウトコースは全体的に数字が低いんですけど、1ストライクカウントの時だけ外を打つんです。で、(その時は)インコースが打てないんですよ。そうやってカウントによって個性が出るし、アプローチが見えてくるんですよね。それがすごく面白いかな。
――ダルビッシュ選手は対戦相手について自分で調べるんですか?
ダルビッシュ:自分で見ますね。基本的に球団はやってくれて、紙を作ってくれたり、ミーティングはするんですけど、それだけだと全部ではないので。直近のデータは自分で見ないといけないし、過去2週間と過去1週間を見るとまた違うし、そういったところから傾向を探っていく。配球って結局結果論で、打たれたら絶対言われるんで、なるべく打たれるリスクが低いものを選択し続けていくというのが大事なんだと思いますね。
――組み立てが重要になってくるんですね。
ダルビッシュ:あと、感性というのも意外とありますね。ずっと同じリズムで投げ続けても打たれるから、たまには相手の得意な球を見せてみるというのも大事だったりするんです。
rani:5月のセントルイス・カージナルス戦でマット・カーペンターから「絶対カッターを狙っていると思ったから」と、フロントドア・ツーシームで見逃し三振にとったやつなんかはまさに感性でしたね。
ダルビッシュ:そうそう、カウント3-2で皆がカットだと思っていると感じたから、あのボールを投げましたね。
――配球については自分で決めることが多いんですか?
ダルビッシュ基本的には自分ですね。キャッチャーもサインを出しますけど、気に食わなかったら首を振るから、結局は僕ですね。
――それにしても、2019年9月の奪三振率はすごかったですね?
ダルビッシュ:あの時期はカーブがよかったんですよね。
rani:今シーズン最終戦の高速チェンジアップも印象的でした。2017年にジェイ・ブルース(フィリーズ)から空振りを取ったボールに近いなと思って。
ダルビッシュ:握りは一緒だったんですけど、あのボールを再現することがまだできていなくて。でも、「こうなんじゃないか?」と、再現性を高めるために必要なものが思い浮かんだのであのゲームで試しました。感触はすごくよかったので、来シーズンが今から楽しみです。
<了>
PROFILE
ダルビッシュ有(ダルビッシュ・ゆう)
1986年生まれ、大阪府出身。MLBシカゴ・カブス所属。東北高校で甲子園に4度出場し、卒業後の2005年に北海道日本ハムファイターズに加入。2006年日本シリーズ優勝、07、09年リーグ優勝に貢献。MVP(07、09年)、沢村賞(07年)、最優秀投手(09年)、ゴールデン・グラブ賞(07、08年)などの個人タイトル受賞。2012年よりMLBに挑戦、13年にシーズン最多奪三振を記録。テキサス・レンジャーズ、ロサンゼルス・ドジャースを経て、現在シカゴ・カブスに所属している。
PROFILE
rani
独自の視点による野球の分析をSNSで発信。特にキャッチャーの技術論には定評があり、ダルビッシュ有をはじめ多くのプロ野球選手や専門家からの支持を集める。Twitterアカウント:@n_cing10