高校野球は優秀な選手を全国から集める強豪私学の時代となりつつある。資金力で劣る公立校が強豪校と対等に渡り合うため必要な“何か”とは? 昨年、春夏連続で甲子園出場を果たした米子東高校・紙本庸由監督のユニークな取り組みからそのヒントが見えてくる。
(文=中島大輔、写真=Getty Images)
「監督は経営者と一緒」チーム運営の根底にある経営学高校野球の「二極化」が進むなか、3月19日に開幕する選抜高等学校野球大会には全32校のうち7校の公立高校が出場する。そのうち3校は21世紀枠での選出で、一般選考で選ばれたのは県岐阜商業、明石商、倉敷商、大分商の4校だ。
資金力に優る強豪私学と公立が伍して戦うには、チーム力を突出させる“何か”が不可欠になる。例えば県岐阜商を率いるのは、高い指導力に加えてアマチュア球界に太いパイプを持つ鍛冶舎巧監督だ。明石商業は町おこしの一環で、練習場の整備やスポーツ科学コースの設置など環境面が整えられた。
教育の一環とされる高校野球だが、「ヒト、モノ、カネ、情報」の4大経営資源なくして現代の戦いを勝ち抜くのは難しい──。
そうした観点からチームマネジメントを行い、鳥取の古豪を再建した男がいる。2013年夏から母校の米子東を率い、昨年、春夏連続で甲子園出場を果たした紙本庸由監督だ。県内きっての進学校にとって、春の出場は23年ぶり、夏は28年ぶりの快挙だった。
「監督は経営者と一緒。部を経営しているわけですから」
現在38歳の紙本監督はそう語る。中学生の頃から米子東の監督になるという目標を抱き、選手としては大成できなった一方、どうすれば大好きな「米東(べいとう)」を指導者として日本一に導けるか突き詰めた。身体動作やトレーニング、心理学などさまざまな観点から強化を進めるなか、チーム運営の根底にあるのが経営学だ。
「待っていてもダメ。できない言い訳はいくらでもできるけど、どうやったらできるかを考えないといけない」
米子東の場合、「学校からの部費はあってないようなもの」だという。しかし、部を強くするためにカネは不可欠だ。どうすれば集めることができるか。
「うちでいうならOB会費や後援会費ですね。OB会や後援会の方々に野球部に興味・関心を持っていただき、強化に参画してほしい。どちらかというと『口を出すな』となりがちですが、僕は真逆。興味・関心を持ってもらえれば、チームの結果が出ると、お金って集まるじゃないですか。OB会の若い人を巻き込んで、お金を集める仕組みをつくり、どんどん助けてもらいたい」
甲子園への出場を決めた高校には、億単位の寄付金が集まることも珍しくない。2018年夏に吉田輝星(現・北海道日本ハムファイターズ)を擁して旋風を巻き起こした金足農の場合、総額約2億9000万円の寄付金を集め、1億9780万円が手元に残った。
紙本は米子東で甲子園に出場して1億円の寄付金を集め、グラウンドや室内練習場を整備、新築しようと目論んだ。「今の選手には思い出だけ残して、新しくした設備を使いながら次の10年間で強化する。1000万円だけ残し、計画的に強くしていく。そう考えていたけど、言うほどお金が集まりませんでした」。
紙本監督はそう苦笑するが、OB会や後援会のサポートが増え、以前に比べて部を支援するカネが集まるようになったのは事実だ。「昔より、やりたいことがやれるようになった」という。
プロテインは不要。「お母さんの食事で十分」味方につけるのはOB会や後援会だけではない。選手の最も近くにいる母親たちには、保護者会の際にこう語りかけている。
「世の中の監督は『いつもお世話になっています。皆さんのおかげで』と言うけど、僕は本当にそう思っています。支援とかではなく、皆さんは戦力です」
強豪私学では体づくりのためにプロテインやサプリメントを摂取させることも珍しくないが、紙本監督は否定派だ。必要のある場合は取らせるものの、食事をしっかり食べていれば栄養学的には必要ないという根拠を持ち、部員たちにはこう語りかけている。
「お母さんは君たちの体のことを考えてご飯やお弁当をつくってくれているのに、『プロテイン買って』と言われたらショックだと思うよ。お母さんの食事で十分だよ」
新入生が入ってくると栄養士を学校に招き、母親と部員、コーチとともに調理実習を行う。一般的な講習会と異なるのは、上級生の母親が先生役となり、「お弁当にこんな工夫をすると残さなくなるよ」「嫌いなものを食べさせるには、こうするといいよ」などと新入生の保護者に教え、自然発生的に母親の間でネットワークができていくことだ。
米子東の野球部員は普段から母親の料理をよく食べ、トレーニングをたくさん行い、十分な睡眠をとった結果、周囲のライバルより体が大きくなっていく。2019年夏に甲子園に出場した際、強豪私学にも体格的に負けていなかった。ちなみに1日の全体練習時間は平均3時間、大学進学を見据える部員たちは勉強も欠かさない。
“共に戦う仲間”を増やし、一緒に成長するそれでもグラウンドで成果を出せるのは、合理的に練習しているからだ。身体動作は前田健氏、トレーニングは高島誠氏という日本トップの専門家に学び、普段の歩き方や自転車の漕ぎ方から筋肉や関節の働き、地面半力や重力などを考え、体を効果的に動かせるように意識している。そこにスケールアップした体をかけ合わせ、長打を狙っていくのだ。狙い通りに柵越えを打てた選手には、ホームランボールを母親にプレゼントさせている。
「昔の野球では父親と二人三脚で素振りをするという感じでしたけど、うちでは母親がホームランを打たせています。選手がホームランを打つと、僕はお母さんの顔が浮かぶ。だから『打たせてくれてありがとう』ってプレゼントさせています」
米子東では母親も“共に戦う仲間”だ。そうした意識が相互にあるからこそ、母親たちは地元の中学生に対して「野球をやるなら米東だよ」と優秀な営業マンになってくれる。硬式のボーイズや中学野球部のエースだけでなく、普通のレベルの選手も米子東でプレーしたいと望み、受験での合格を目指して勉強に励む。もちろん全員が受かるわけではない。だが米子東で野球をしたいという気持ちが、入学後も向上心へとつながっていく。
紙本監督が選手や母親、OBも魅了するチームづくりを進めた結果、理学療法士がボランティアを志願して来てくれるようになった。
「いろんな人が自然と集まってくださるチームにしたかったんです。『いいです』って排除することは簡単だけど、僕は逆。みんなで成長して、みんなでいい思いをできるようにしたい。それが地域に返っていくようにしたい」
通算20回以上の甲子園出場を誇る米子東にはブランド力があり、もともと根強い人気がある。偏差値は60台後半で、学力の高い子がそろっている。
しかし、そうした名門だから復活できたわけではない。2008年から夏の地方大会で5年連続初戦敗退した低迷を脱することができたのは、紙本監督が「ヒト、モノ、カネ、情報」の4大資源が集まりやすい仕組みをつくったからだ。
「少人数の部員でも、公立高校でも、進学校でも、一流監督じゃなくてもやれることを示したい」
今後の高校野球では少子化と野球離れが同時に進み、強豪私学が優秀な選手を全国から集める傾向はますます強くなるだろう。そうしたなか、公立はどうすれば伍して戦っていくことができるか。
紙本監督が示しているように、これからの監督やチームに問われるのは、現実を変えていくための「経営力」だ。
<了>