広島カープの2020年ブレイク候補は誰か?
プロ野球の世界に限らず、“立ち位置”を変えるのは容易なことではない。しかも、それが「グラウンドの監督」といわれる捕手というポジションであり、ペナント奪還を狙うチームとなればそれはなおさらのこと。しかし、今季の広島には、その高いカベに挑み、“もしかすると……”と期待を抱かせる選手がいる。高卒4年目の坂倉将悟だ。今春キャンプでは異例の5人体制でスタートさせるなど、球団も育成を特に重視したポジション争いに挑む若鯉だ。
(文=小林雄二、写真=Getty Images)
日大三の小倉監督、スカウト、2軍監督もその非凡な才能を絶賛もう、4年目か……。というのが素直な印象だ。
坂倉将吾。2016年のドラフト4位で日大三高から入団した、右投げ左打ちの捕手だ。高校球界でも指折りの打力を誇る日大三高時代は「巧さがあり長打力がある」(同校の小倉全由監督)打力で1年から4番を任された好素材。その高校時代に捕手となったのは2年秋からと経験は浅かったが、投手の長所を引き出せるインサイドワークとキャッチング、そして試合の流れを読む力には広島の苑田聡彦スカウト統括部長も「ああいう捕手は40年やってきて初めて(見た)」とうなった逸材だ。そのインサイドワークに関しては「配球に正解はない。“絶対に、こう”と決めつけられるのは好きじゃない」(坂倉)と言ってのけるメンタリティーも高校生離れしていたように思う。
高評価はプロ入り後も変わらなかった。当時、直近で見ていた水本勝己2軍監督が「センスとしては前田智徳が入団してきたときくらいのものを持っている」と絶賛。言葉通り、坂倉は2軍ながらもルーキーイヤーから規定打席に到達して、ウエスタンリーグ2位の打率.298を記録するなど非凡な打力を披露して優勝に貢献。同リーグ優秀選手賞、新人賞、期待賞、ビッグホープ賞の“4冠”獲得はその後の活躍を予感させるには十分なものだった。
小宮山悟が「モノが違う。レギュラーとして起用して」と訴えるも…2軍で実績を残した坂倉はシーズン終盤には1軍に昇格、チームとしては鈴木誠也以来となる高卒新人野手として試合出場を果たし、9月30日DeNA戦ではプロ初安打を記録。これは、チームの高卒新人捕手としては1965年の衣笠祥雄氏以来、実に52年ぶり、2人目というから“事”の大きさが分かる。
同年、広島の2軍が26年ぶりに進出したファーム日本選手権ではスタメンマスクを被り、同期入団の先発・高橋昂也を好リード。試合を見た野球解説者の谷繁元信氏が「(捕手としての)雰囲気があり、最も注目して見てみたい選手」と認めているあたりに捕手としての非凡さも伝わってくる。加えて、打っては決勝打となる3点本塁打を放つなど、一昔前の表現を使えば“持ってる”感も満載だ。
明けて2年目の春キャンプ。オープン戦を見た解説者の小宮山悟氏(現・早稲田大学硬式野球部監督)にいたっては「モノが違う。将来、3割、30本塁打をマークする可能性を秘めているのではないか。レギュラーとして起用すれば結果が出ると思える。スタメンで使ってくれ! これは野球界の希望です。こっち(守備)は絶対にキャリアを積まないとダメ。だからこそ目をつぶって使ってみて!」と“嘆願”したほどで、右と左の違いはあるものの、第2の鈴木誠也的ブレイクは、広島ファンの間でも大いに期待されていたところ“だった”のだ。
ところが前述の小宮山氏の発言のあった2018年シーズンの出場は、わずかに9試合。春先に故障があったとはいえ、2軍では58試合で打率は前年を大きく上回る.329、4本塁打とらしさを発揮していたにもかかわらず、1軍でまともにチャンスを与えられることはなかったといっていい。
もちろん、起用の難しさはあったとは思う。
同年はリーグ3連覇に向かって突き進んだシーズンであり、正捕手の會澤翼も、前年は石原慶幸からポジションを“引き継ぎ”、完全な独り立ちを目指した側面もあったからだ。ただ、将来を担うはずの伸び盛りの逸材が2軍、あるいは1軍のベンチが主戦場では、伸びるものも伸びないのもまた事実。同年の起用法は坂倉の成長にストップをかけたようにも思えてしまうのだ。
高い“カベ”が立ちはだかるも、コンバート拒否で見据えるは…翌2019年は51試合に出場。
出場試合数だけを見ると一歩も二歩も前進したようにも見えるのだが、内容を見ると61打数14安打の打率.230、1本塁打、7打点。坂倉のポテンシャルを考えると物足りないどころではない。
夏頃だったか、巨人戦のラジオ中継で実況のアナウンサーが坂倉の打撃について「入った当初から非凡なものがありますね」と称賛したところ、解説の横山竜士氏(現・1軍投手コーチ)の発したコメントはこうだった。
「僕は伸び悩んでいると思います。1年目の期待値とバットコントロールを考えるとね」
この言葉こそ、ここ数年の坂倉の“現在地”なのだ。
結局、坂倉は昨季、ほぼ代打という立ち場に終始。スタメン出場した(わずか)4試合はいずれも外野での起用。試合の途中にはプロテクターをつけてブルペンで球を受けたが、捕手としての出場はわずかに3試合で、そのいずれもが途中出場だった。
まるでベテラン選手のような選手起用。肝心なバットの調子が上向かないのであれば、むしろ2軍での調整&実戦経験を……という判断もあってよさそうなものだが、坂倉はベンチにいた。背景には前任の1軍バッテリーコーチの意向もあったようだが、事情はともあれ、パッとしないままに若手有望株がシーズンを終えた事実だけがそこに残った。
同年オフには打力を生かすために三塁、もしくは外野へのコンバートも検討された。本来なら、とっくにブレイクしていてもおかしくない存在であっただけに、ある意味ではそれも自然な流れだったのかも知れない。ましてや正捕手の會澤はチームを飛び越えてプレミア12で活躍を見せて“JAPAN”の正捕手筆頭となり、昨季、はポスト會澤の1番手扱いだった磯村嘉孝も年々着実に伸長をみせるなど、カベは高さを増していたからだ。
ところが坂倉はコンバートを拒否。
「やっぱり捕手として出たい」(坂倉)というのがその理由だ。就任したばかりの倉義和1軍バッテリーコーチも「中途半端に(外野、三塁を)やるより捕手として一本立ちをしないと」と坂倉の姿勢を後押し。覚悟はそのまま練習にも表れ、秋季キャンプは練習濃度を増し、オフにはWBCに2度出場経験のある炭谷銀仁朗(巨人)に弟子入り、捕手としての技術を吸収した。人見知りするタイプでありながら、なんのつながりもなかった球界の先輩に関係者を通じてアプローチしたあたりにも、坂倉の思いの一端がうかがえる。
會澤に次ぐ2番手捕手のポジションから。挑戦を選んだ逸材の先捕手にこだわって迎えた今春はキャンプからアピールを続け、オープン戦に入ると快打を連発。間近で見守る倉コーチも「自分がやると決めたことを実行する力がある」と評価したその姿勢を結果に結びつけた。途中15打席の“沈黙”もあったが、佐々岡真司体制となった新首脳陣は坂倉を積極的に起用するなど追い風も吹いている。
そんな環境が功を奏したのか、オープン戦終盤のソフトバンク戦では岩嵜翔の投じた147キロの直球を、坂倉らしいフルスイングで右中間スタンドへたたき込んだ。試合後、「これまでは迷いがあった。明日以降も(この打撃を)続けていきたい」と坂倉自身も一定の手応えをこのタイミングでつかめたのは大きなプラスだ。一方で「調整する立場じゃない。アピールしないといけないので」と手綱を締めるが、現時点は會澤に次ぐ2番手捕手のポジションにまでたどり着いた感はある。
もちろん、會澤との差がそう簡単に縮まるわけがない。まずは経験の上での圧倒的な違いがあるうえに、坂倉の持ち味である打撃面で比較しても、會澤は昨季、リーグトップの得点圏打率を残したポイントゲッターでもあるからだ。しみじみと、カベは高いのである。
それでもなお、“そこ”を目指し、挑戦することを選んだ逸材の台頭を望めそうな状況に期待は膨らむ。そして、その坂倉が躍動するようなことになれば、今季の広島攻撃陣はかなりの猛威を振るうだろう。
う~ん、それにしてもシーズンが、待ち遠しい……。
<了>