新型コロナウイルス問題への対応に追われ、無観客試合の開催、開幕の延期、再延期といった対応を余儀なくされているプロ野球界。では、そもそもプロ野球を運営する上での重要事項を決めているのは誰なのか? 理事会、実行委員会、オーナー会議……、その組織体は非常に複雑でわかりにくい構造になっている。今後、新型コロナウイルス問題がさらに混迷を極めれば、ガバナンス上のリスクも懸念されるプロ野球の「不思議な意思決定」を紐解く。
(文=大島和人、写真=Getty Images)
プロ野球の構造は「二世帯住宅構造」全世界のプロスポーツが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う日程再編を強いられている。問題が収束する見通しはほとんど立たず、リーグ戦の中断期間は伸びる一方だ。
日本のプロ野球を例に挙げれば、2月末にまずオープン戦が無観客開催となった。さらに当初は3月20日に予定されていた開幕の延期が、3月9日に決定している。開幕は3月23日に4月24日以降まで繰り下げられた。オープン戦の日程終了後も続けられていた練習試合は打ち切られた。
3月26日には選手の新型コロナウイルス感染が判明。各球団は練習も含めた活動休止を相次いで決めた。4月3日の12球団代表者会議で、開幕戦を5月中旬以降へ繰り下げる再々延期が決まり、今に至っている。
そもそもプロ野球の日程、新型コロナウイルス対策を討議しているのは誰か? それを今回は皆さんに紹介したい。
注意深く報道を見ていると、不思議な現象に気づくだろう。4月3日に日程の再々延期を決定したのは12球団代表者会議だった。一方で4月6日にフリーエージェント制度の特例などを討議した会合は「日本野球機構(NPB)の理事会と12球団による実行委員会」と記事にある。
他競技の例と比較してみよう。例えばサッカーのJリーグ、バスケットボールのBリーグは公益社団法人だ。株式会社の取締役会に相当する理事会が原則毎月開催される。各クラブの代表権を持つ経営者が議論する実行委員会という機能もある。定例、臨時の実行委員会で集約された方向性を、理事会が決定する流れだ。
プロ野球のガバナンスは複雑で、少し掘り下げた説明が必要だ。その構造は一般社団法人日本野球機構(NPB)と日本プロフェッショナル野球組織(プロ野球組織)の二世帯住宅構造になっている。
他の主要競技は公益社団か公益財団で、大学野球や高校野球の統括組織も公益財団法人として運営されている。それと比較して、まず一般社団法人に留まっていることは大きな驚きだ。
13ページの「定款」と38ページの「協約」しかもNPBという機構は、プロ野球の運営と距離がある。興行やビジネスの統括でなく競技団体の性質が強く、「一般社団法人 日本野球機構 定款」の第4条には「日程の編成」「試合の主催および開催支援」「規則の制定および野球技術の研究」「選手、監督および審判の養成」「選手、監督、審判および野球関係者の表彰」といった事業内容が記載されている。しかし定款は13ページで終わるシンプルな内容でプロ、職業野球についてはなかなか記載がない。
定款の第4章第12条にようやく「この法人の事業遂行に必要な専門的事項を処理するため、理事会の下に日本プロフェッショナル野球組織を設ける」との記載がある。この組織が実務上の極めて大きな機能を持つ。もっともプロ野球組織自体は法人格を持たない寄り合い的な任意団体にすぎない。厳密には一般社団法人日本野球機構の理事会の下に設けられた一部門だ。
「日本プロフェッショナル野球協約」はプロ野球組織という寄り合いのルールだ。38ページと分量も多く、12球団の保護地域(フランチャイズ)やフリーエージェント、ドラフト、ドーピングなどの細目はそちらに記されている。新球団の加盟申請、紛争・提訴の解決といったシビアな事項も規定されている。それがプロ野球の憲法といわれる所以だ。
任意団体であるプロ野球組織のトップは「コミッショナー」と野球協約に定められている。一般社団法人のトップは会長で、協約の第5条には「コミッショナーは原則として機構の会長がこれを務める」となっている。例えば斉藤惇コミッショナーという表記は不十分で、「一般社団法人日本野球機構会長兼日本プロフェッショナル野球組織コミッショナー」が彼の正しい役職だ。
野球に少し詳しい人ならば、オーナー会議の存在をご存知だろう。プロ野球組織の最高意思決定機関で、代理出席は認められているものの、原則的にはソフトバンクグループの孫正義氏、楽天の三木谷浩史氏といった親会社の代表権を持つ大物がメンバーとなる会議体だ。
ただしオーナー会議にも2種類がある。一つは一般社団法人、NPBの総会として開催されるオーナー会議(A)。もう一つはプロ野球組織の最高意思決定機関となるオーナー会議(B)だ。総会は株式会社の株主総会に相当し、年に1回開催される。しかし実務的な話については別の会議体がある。
まず理事会は企業の取締役会に相当し、原則として月に1回行われる。それと同じタイミングでプロ野球組織の実行委員会も開催される。
NPBの理事は機構の総会で選出され、プロ野球組織の実行委員会に出席する実行委員はコミッショナーに届け出られた12球団の「代表」が務めている。清武英利氏は2011年11月に「清武の乱」を起こすまで、読売巨人軍の取締役を務めつつ、球団代表の地位にあった。理事会と実行委員会は通常、同じメンバーで構成されている。
実行委員会は各球団の役員クラスが参加し統一契約書、球団の譲渡、事業計画や予算、日本シリーズやオールスターなどのオペレーションについて討議する場だ。実務上は理事会と実行委員会が1セットとなり、前半が理事会、後半が実行委員会というような切り分けをして開催していると聞く。
問題が深刻化すればガバナンスが機能不全を起こす可能性も
新型コロナウイルス問題のような大きな問題が起こると、月1回の会議では議論や決定が追いつかない。例えば4月3日には12球団代表者会議が開催されたが、これは理事会や実行委員会と同じく、球団代表が参加する場だ。実行委員会は報告、決議が必要な事項を扱うのに対し、代表者会議は特定の事案について討議することが多い。
一般社団法人の仕組みに話を戻すと、プロ野球組織は機構の理事会傘下にある。つまりプロ野球組織のオーナー会議(B)は構造上、子会社役員で構成される理事会の下に位置する奇妙なねじれがそこにはある。もっとも理事会が報告する相手は「一般社団法人の総会/オーナー会議(A)」なので、例えるならばサンドイッチのような構造だ。
各種の会議に限らず、NPBの内部で重要な役割を果たすのがコミッショナー事務局の事務局長だ。協約の第24条には「事務局長は、コミッショナーの命を受け、事務局職員を指揮監督する」とある。
事務局長は意思決定に参加しない一方で、プロ野球組織のオーナー会議(B)、実行委員会の決定を実務に落とす重職だ。会議の進行でもコミッショナーとともに大きな役割を果たす。読売新聞、共同通信から派遣される慣例があり、現在は読売新聞出身の井原敦氏が務めている。
プロ野球組織のトップはコミッショナーだが、オーナー会議や実行委員会に対して指揮命令を下す権限は持っていない。協約の第8条で規定されているコミッショナーの役割は「事務職員を指揮監督してオーナー会議、実行委員会および両連盟(編注:セ・リーグとパ・リーグ)の理事会において決定された事項を執行する」とある。
同8条には「コミッショナーが下す指令、裁定、裁決および制裁は、最終決定であって、この組織に属するすべての団体および関係する個人は、これに従う」ともあり、重職であることは間違いない。しかし12球団が決定した事項を遂行するのが事務局で、それを統括するのがコミッショナーという立て付けになっている。必ずしも組織の先頭に立って引っ張るリーダーでなく、JリーグやBリーグのチェアマンとは性質が違うポジションとなっている。
プロ野球のガバナンスは複雑でわかりにくい。ここまで読み切った辛抱強い読者の方なら、それを痛感したはずだ。
オーナー会議、実行委員会の議決はともに4分の3以上の同意を必要としている。各球団の経営がおおよそ順調で、球団同士の対立が小さい今は意思決定の停滞が表面化していない。
ただし新型コロナウイルス問題のような危機が深刻化すれば、各球団の利害対立は強まりがちで、ガバナンスが機能不全を起こす可能性がある。加えて他競技のプロリーグと違ってこのような問題に対応し得るプロパー、競技運営の専門家がリーグでなく各球団に散っている。そこは球界の特徴で、弱みともいえる。
NPBの不思議な意思決定はこの難局でも、まだ辛うじて機能している。しかしそのガバナンスをよりねじれの小さい、スムーズで、透明なものに進化させられれば、メリットは大きいはずだ。
<了>