2018シーズンにロサンゼルス・エンゼルスに移籍した大谷翔平。MLBの舞台でもその才能を思う存分に発揮している怪物を怪物たらしめているものとはいったい何だろうか? 大谷が自らのモデルとして追いかけた菊池雄星の背中、母校・花巻東の恩師・佐々木洋監督の教え、そして大谷をそばで見てきた男たちの言葉をひも解くことで、その解を求めてみたい――。
(文=氏原英明、写真=Getty Images)
花巻東・佐々木監督が伝える「投資と消費」とは?菊池雄星、大谷翔平ら2人のメジャーリーガーを輩出した花巻東の佐々木洋監督は、普段の授業の前に生徒たちに語りかける時間をつくっている。自身の指導バイブル書を用いての0時間目の授業だ。
そのバイブルの基になっているのが、これまで関わってきた菊池、大谷らあまたのOBを指導して得た、成功への道標だ。
菊池らの現役当時とは表現の仕方こそ異なっているものの、佐々木監督が特に伝えるのは「投資」と「消費」の話だ。
「漫画を買うことと、参考書を買うこと。どちらが消費で、どちらが投資なのか。あるいは、ドラマを見る時間と、参考書を開く時間はどちらが消費で、投資なのかということです。私自身、昔は投資や消費について考えなかったんですが、何かのアクションに対してのリターンとは何かを考えるようになりました。勉強でのリターン。ゲームをしていてのリターン。リターンがないのは消費ですよね。選手たちにはドラマを15話見ていることのリターンはあるのかないのか。人のドラマに感動している時間があったら、自分のドラマをつくることに時間を費やしたほうがいいんじゃないかという話をしています」
人生は選択の連続だ。今、何をすべきかどうかの葛藤がある中で、その決断が人生を左右する。今の満足を得るだけの消費なのか、将来の何かの役に立つための投資になっているかを考えさせることは、高校生たちにとって貴重な時間といえるだろう。
「雄星は、本当に将来への投資をする選手でした。親からもらったお金は、トレーニングの本やDVDなどに当てていました。(埼玉西武)ライオンズに入ってからも、いろんな人と会ったり、トレーニングを勉強したりする時間をつくったり、その姿勢は変わらなかったと思います」
大谷の「目標達成シート」、実は菊池をまねていたそうした菊池の成功法則を見て、成長を遂げたのが大谷だった。
意外に知られていないことだが、大谷ほど菊池をモデルにした人物はいない。
その証拠となるのが、大谷が高校1年生の時に、学校案内のパンフレットに書いたあるメッセージだ。
大谷は「実際に成功した人の足跡をたどる以外に確実に成功する方法はない」という見出しの記事にこうつづっている。
「僕が中学3年生の時に見た光景がある。岩手県の人が熱狂して岩手のチームを応援していたこと。高校野球で岩手が一つになっていたこと。その花巻東には世界を巻き込み日本中を騒がせたすごい男がいた。だから、僕も雄星さんのように尊敬される選手になりたい。愛されるプロ野球選手になりたい。ドラフト1位で。僕もドラフト1位で……」
大谷と菊池は3学年離れている。つまり、菊池が高校3年生だった時、大谷は中学3年生だ。花巻東フィーバーに沸いた、2009年の出来事(※)を目の当たりにした大谷は、純粋に成功するために、花巻東に進学することが近道だと感じ、菊池を目指したというわけだ。
(※編集注:2009年、菊池を擁する花巻東は、春のセンバツで準優勝、夏の選手権でベスト4進出を果たし、社会現象を巻き起こした)
大谷がプロに入って成功を収めていくうち、その足跡として注目されたことの一つに目標設定を明確に記した81マスからなるマンダラチャート(目標達成シート)がある。これは花巻東では伝統となっている選手たちにとってのお守りだが、佐々木によれば、大谷は菊池のものをまねていると語る。
「目標というのは車に乗ってカーナビをセットするように、今日どこへ向かうのかというものです。夢を描いたはいいけど、どうやってかなえるかはわからないので、目標を設置することから始めていくということです。81マスからなる目標設定用紙は、大谷で有名になりましたが、大谷は雄星のものを参考にしていました」
もちろん、全ての項目を同じようにしたというわけではない。
菊池のようになるためには、菊池が書いていた目標を参考にしながら、さらにその上の目標を設定して、追い抜こうとしていたのだ。
佐々木はこうも言っている。
「正直に言いまして、雄星を指導していた時は、僕自身もあれだけの選手を預かるのは初めてで全てが手探りでした。しかし、大谷の時は、雄星という成功例がありました。だから、雄星の時のまま大谷に伝えました。大谷が上で、雄星の方が下のように世間では言われていますが、もし、彼らの入学してくる順序が逆だったら、僕は雄星のほうが先にメジャーリーガーになっていたと思います」
<出典:『メジャーをかなえた 雄星ノート』(文藝春秋/菊池雄星・著)
花巻東高校から西武、そしてシアトル・マリナーズへ――。「いつかメジャーリーガーになる!」という夢を実現するため、中学時代から書いていた秘蔵の野球日誌を一挙公開。菊池雄星の野球人生の苦楽を知ることができる、野球人生で一度しか作れない、唯一にしてスペシャルな一冊>
大谷が優れているのは、高校時代に染み付いた教えをプロに入ってからも続けたことだ。目標設定を常に頭の中で描き、野球のための時間の投資を惜しまなかった。
北海道日本ハムファイターズの選手教育ディレクター・本村幸雄がこう証言している。
「大谷は立てた目標は必ずやります。先輩との用事が入ったりして、やろうとしていたことなどを後回しにすることってありますよね。大谷はそういうことが絶対にないんです。遅くに帰宅しても、決めたことは必ずやりますし、何時に何をするかなどのタイムマネジメントがしっかりできている。仮に大谷に野球の才能がなかったとして、これだけの取り組みができる素養であれば、どの世界でも成功できると思う。素材があっても、つぶれていくプロ野球選手は多いじゃないですか。その差は何かというと突き詰める能力なのではないでしょうか」
自分にとって、今のこの行為・行動がどちらにつながるのか、それを常に忘れずに人生の選択をしていたのが大谷だった。
また、侍ジャパンでチームメートになった同学年の鈴木誠也(広島カープ)も、大谷の取り組みに驚きを隠さない。
「(大谷とは)一緒にいればいいことあるかなと思って侍ジャパンでは部屋で話をしたり 一緒に行動しましたけど、大谷は自分のやるべきことを欠かさないです。トレーニングや食事など全て計算してやっていましたね。やるべきことをちゃんとやっている。だからあれだけの選手になるよな、と。朝食の時に『昨日の夜はこれを食べたから、今朝はこれにしよう』と体と栄養バランスを考えて選んでいたんです。好きなものを食べりゃいいじゃんって思うけど、すごいなと。あの体でこの取り組み方なら、僕がどれだけやっても追いつけないだろうと思います。意識の高さが違います」
目標を設定しただけで成長できるわけではない。
そこにたどり着くまでに何が必要かを常に自問自答し、投資と消費のすみ分けを明確にすることが成長につながるのだ。
大谷には背丈を含めた才能が宿していることはなんの疑いもない事実だ。しかし、それらを後押しするものが、彼の取り組みの奥深さにあることは、その才能以上に評価されるべきことだといえるだろう。
そして、その目標のレベルが異次元なのだ。
大谷が高校時代に語っていた言葉を思い出す。
「目標のレベルが高くなれば、野球のレベルは高くなると思うんです。僕が160キロを目標にしたのは、ピッチャーとして常識を覆したいという思いがあったから。160キロを出せば、また次に160キロ以上を目指す人が増えてくるじゃないですか。野茂(英雄)さんがアメリカで結果を残して、日本人の目標のレベルが変わったように、自分も世界レベルで活躍する選手になりたい」
トミー・ジョン手術からの復活を目指す今の大谷は、今季ないし、来季以降の二刀流の完全復活を目指している。報道などでは「マッチョ化」を危惧する声が聞こえるが、これまでの彼の行動を振り返ればそれらの心配は杞憂に終わるだろう。
大谷は目的を持たずにして動いたことはないのだ。目標へ到達するための一つの過程として、今の姿になっているのにすぎないのである。
<了>