ようやく開幕した2020シーズンのプロ野球で、虎が苦戦している。阪神タイガースは宿敵・読売ジャイアンツとの開幕カードで史上初の3連敗。屈辱のスタートとなった。その中で注目されているのが、捕手の起用法だ。昨季はプロ野球新記録となる123補殺をマークし、2年連続のゴールデングラブ賞を受賞した、梅野隆太郎でさえ固定されない。前代未聞の熾烈な三つ巴の正捕手争いの行方は――?
(文=遠藤礼、写真=Getty Images)
梅野、原口、坂本。開幕後も続く、日替わりの捕手起用厳しい船出だった。阪神タイガースは、6月19日からの巨人戦にまさかの3連敗。開幕カードの「伝統の一戦」でスイープされるのは史上初の屈辱だという。重苦しい展開が続いた3試合を消化する中で、4番ジャスティン・ボーアに結果が出なかったことや、投手陣が計21失点を喫したこと、一方で近本光司の先頭打者弾や、デビュー戦で大量失点したルーキー・小川一平投手の連投でのリベンジ成功などさまざまなトピックがあった。そんな中でも、個人的に印象に残ったのは、捕手の起用法だった。
初戦、エースの西勇輝とバッテリーを組んだのは梅野隆太郎。そして、2戦目は原口文仁が岩貞祐太と、3戦目は坂本誠志郎がオネルキ・ガルシアとのコンビでそれぞれ先発出場を果たした。少なくとも、担当する11年間では見たことのない光景。そこで、スポニチの記録部に調査を依頼すると、開幕3試合で先発マスクを別の3選手が被ったのはタイガースの歴史上で初めてだという。それでも、この3人の併用は「驚き」ではなかった。
シーズンへ向けた練習試合でも先発捕手は日替わりの起用で一人が1軍でスタメン出場する間、一人は2軍戦、そしてもう一人はベンチスタートで試合終盤に出番がやってくるという流れだった。開幕前という状況で各選手の出場機会を確保するための措置とも考えられただけに、開幕後はどうなるのか……率直に気になっていた。
球界屈指の能力を持つ梅野ですら、正捕手の座は不動ではない賛否両論あるのは想像できた。一番の要因は梅野の存在だ。昨年、129試合に出場し、打撃成績でもキャリアハイを記録。何より、特筆すべきは2年連続ゴールデングラブ賞を獲得した守備面でファンや虎番の間では「梅ちゃんバズーカ」で定着している強肩に加え、前回のコラムで触れたボールを後ろに逸らさない「ブロッキング力」は球界屈指。「あれだけ刺して、止めてくれたら……」。複数の投手から聞いた言葉が、そのまま梅野の唯一無二の強み。6年目で「正捕手」の座を一気にたぐり寄せたのは、誰もが認めるところだった。
しかし、開幕からの3試合を見る限り、その座が「不動」でなかったことが示された。個人的には、少なくとも開幕カードは梅野がマスクを被ると読んでいた。今は取材規制がかかり肉眼で確認できることが頼りになるため、開幕2戦目、背番号44がいないグラウンドを東京ドームの記者席から見て「梅野が故障したのでは?」とも勘ぐってしまったが、3戦目には途中出場して杞憂に終わった。
原口、坂本も特筆すべきストロングポイントを持つ考えられるのは、投手との相性を重視してのマッチング。西―梅野はもちろん、岩貞―原口、ガルシア―坂本は最後の練習試合で共に好結果を残した。それでも、梅野の昨季の貢献ぶりを見れば、非情にも感じてしまう。20日の出場は無く、目標の一つとして口にしてきた全試合出場も断たれた。一方、俯瞰して見てみると先発マスクをめぐるハイレベルな競争の火ぶたが切って落とされたことも意味していた。
控えにしておくには惜しいほど、3選手はそれぞれ魅力的なストロングポイントを持つ。原口は、20日の試合で打線全体が攻略に苦しんだ田口麗斗から左翼へ今季1号を放つなどパワフルな打撃が売り。2016年には11本塁打で球団の捕手登録選手では2010年の城島健司以来となる2桁アーチも記録している。ベンチにいても、代打として一際、存在感を放つ。そして、坂本はREAL SPORTSのインタビューでダルビッシュ有も絶賛したフレーミングは芸術の域。MLB捕手のプレー映像も研究材料に、技術を磨く。コース際のボールに対する球審の「ストライクコール」を呼び込むキャッチングで投手との信頼関係を築いてきた。まさに三者三様。3人が開幕1軍にそろって名を連ねたのは2年ぶりで、他球団もうらやむ層の厚い捕手陣が繰り広げる競争は、梅野のリードは揺るがないものの、完全決着は迎えずシーズンに突入した。
梅野が静かに燃やす反骨と強いプライドそんな現状を、すでに覚悟しているかのような言葉だった。開幕2日前の6月17日。本拠地・甲子園で最後の調整を終えて東京に向かう前、梅野はその質問をゆっくりと脳内に落とし込むように小刻みにうなずいた。「練習試合で捕手が日替わりになっていることについて思うことはあるか?」。新型コロナウイルス感染防止の対策で、取材はスポーツ紙の中で選出された1人の代表取材に限られている。その日偶然、筆者が担当になり、誰もが気になっていることを率直にぶつけた。
「自分はそういうのをはね返していくしかないと思う。そこに関しては監督の考えもあるし。そこはレギュラーとしてやるにはもちろん、昨年、一昨年といろんな経験をしてそこは負けないと思ってるし、何とかまた新たにコツコツとやっていくしかない」
静かに燃える反骨と強いプライドが混ざり合っていた。その日、29歳の誕生日を迎えた男は愚直にミットを構え、身をていして地道にアウトを積み重ねていくことに目を向けた。やるべきことは今までと変わらない。昨年、誰よりもマスクを被ってきたからこそ分かっていることだ。
混沌か、不動か……。「優勝、常勝に正捕手あり」といわれる中、かつてない“併用”で始まった正捕手を懸けた争いは、2020年のタイガースを追いかける上で、見逃せないストーリーラインになる。
<了>