10月26日、いよいよ“運命の一日”がやってくる。プロ野球ドラフト会議においてやはり「1位指名」は最も注目が集まる花形だ。球団にとっては中長期的な強化戦略に大きな影響を与えるだけに、誰を1位指名するかには特に頭を悩ませる。だが自球団にとって最も必要な選手を指名するのかといえば、事はそう単純ではない。そこには他球団の指名の読み合い、駆け引き、情報戦が存在し、そこからドラマが生まれていく。まさに、ドラフト最大の醍醐味だ。過去のドラフトを「たられば」で見ながら、今年の各球団の駆け引きを想像してみよう――。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
競合覚悟で目玉選手を指名する? それとも一本釣りを狙う?ドラフトは、情報戦だ。
10月26日に行われるプロ野球ドラフト会議が目前に迫り、各球団は指名選手のリストアップはもちろん、他球団の指名動向を注視し、「どの選手を何位で指名するか」に頭を悩ませているはずだ。特に、複数球団の競合が起こりうる「1位指名」を誰にするかは、各球団はもちろん、ファンにとっても最大の関心事だろう。
2006年を最後に希望入団枠制度が廃止されて以降、ドラフトでは「競合によるドラマ」が頻出するようになった。
競合覚悟で目玉選手の指名に踏み切るのか、抽選を避けて「一本釣り」を狙うのか――。
方針は球団によってさまざまだが、たとえ競合を覚悟したとはいえ「何球団が競合するか」にも、ドラフト前からの読み合い、駆け引きが存在する。見る側からすれば、その駆け引きこそがドラフトの醍醐味といってもいい。特にここ数年は「1位指名の読み合い」が大きなドラマを生んでいる。
2016年:外れ1位にまさかの5球団が競合。なぜそんなことが起こった?例えば、2016年。
この年のドラフトで「最大の目玉」と目されていたのは田中正義(創価大/現ソフトバンク)だった。即戦力の呼び声も高く、特に先発投手陣に厚みを持たせたい球団からすれば、喉から手が出るほど欲しい逸材。結果的に田中にはロッテ、ソフトバンク、巨人、日本ハム、広島の5球団が競合。抽選の結果、ソフトバンクが交渉権を獲得している。
ただ、ドラマが起きたのはその直後の「外れ1位指名」だった。
田中を外した4球団に、柳裕也(明治大/現中日)の抽選に敗れたDeNAを加えた5球団がすべて、佐々木千隼(桜美林大、現ロッテ)を指名したのだ。
ドラフト時の佐々木は田中と並ぶ大学屈指の右腕で、ドラフト前には当然のように「1位候補」に名前が挙がっていた。しかし、ふたを開けてみれば最初の1位指名で佐々木の名が読み上げられることはなく、「外れ1位で5球団競合」という珍事を生んだのだ。
おそらく、「先発投手」が欲しかった各球団は、田中も佐々木も、ともに複数球団が競合すると読んだはず。そのうえで「二者択一」で田中を選んだわけだ。事前の情報でもし「佐々木を単独で取れる」という情報をつかめていれば、間違いなく指名に踏み切った球団もあったはず。
ちなみに競合した5球団以外でも、阪神は直前まで佐々木の1位指名が有力視されていた。結果的に金本知憲監督(当時)の意向もあって野手の大山悠輔(白鷗大)を単独1位指名したが、もし佐々木の指名に踏み切れていれば、「1位で佐々木、2位で大山」という大成功ドラフトになった可能性もある。(もちろん、阪神が大山を単独1位で取っていなければ、他球団が外れ1位や外れ外れ1位、2位で指名した可能性もある)
2017年:清宮に7球団競合も、昨季新人王の村上は実は「外れ1位」翌2017年も、情報戦による「駆け引きのあや」が浮き彫りになるドラフトだった。
この年の超目玉は清宮幸太郎(早稲田実/現日本ハム)。高校野球史に残るスラッガーには、ロッテ、ヤクルト、日本ハム、巨人、楽天、阪神、ソフトバンクと、実に7球団が1位指名で競合した。
しかし、実はこの年は「高校生スラッガー」の豊作年でもあり、清宮以外にも村上宗隆(九州学院/現ヤクルト)、安田尚憲(履正社/現ロッテ)といった清宮と同タイプの左の長距離砲が他にも控えていた。それを証明するかのように、清宮の抽選を外した6球団はすべて「外れ1位」でこの2選手を指名している。(ヤクルト、巨人、楽天が村上を、ロッテ、阪神、ソフトバンクが安田を外れ1位で指名)
もちろん、当時の清宮の実力、スター性、評価が村上、安田より上だったのは間違いない。ただし、「頭一つ抜けている」というほどの印象ではなかった。事実、プロ入り後は村上が2年目にして大ブレイク。今や押しも押されもせぬヤクルトの4番に君臨し、安田も3年目の今季はロッテで4番を任されるまで成長した。
こちらも「たられば」ではあるが、もしあの時、清宮の1位指名を回避して村上、安田を単独指名する球団があったとしたら……。現在の戦力分布図も大きく変わっていたかもしれない。
2019年:佐々木、奥川、森下は競合必至!…のはずがまさかの一本釣りに一方、ドラフト1位指名の駆け引きで「お見事!」と言いたい快心の指名を見せたのが、昨年の広島だ。
昨年のドラフト直前まで「目玉選手」といわれていたのは佐々木朗希(大船渡/現ロッテ)、奥川恭伸(星稜/現ヤクルト)の高校生2人と、大学ナンバーワンの呼び声も高かった森下暢仁(明治大/現広島)の3投手。
高校生の佐々木、奥川が素質、将来性を評価されていたのに対し、大学生の森下は「完成度の高さ」では随一との評価で、3人とも「1位指名競合」が有力視されていた。
しかしドラフト当日、森下を1位で指名したのは広島だけ。1位で競合したのは佐々木、奥川と石川昂弥(東邦/現中日)の3選手だった。
広島が「単独指名」を確信していたかは定かではないが、結果的に大学ナンバーワン右腕を一本釣りすることに成功。その森下はプロ1年目の今季、10月23日時点で8勝を挙げ、新人王レースの先頭を走っている。
他球団からすれば、まさか森下を単独で取られるとは思っていなかったはず。「しまった!」と後悔した球団も、あったのではないだろうか。
駆け引き・情報戦から、2020年のドラフトを読み解くここで紹介した3例のように、「ドラフト1位指名」では毎年、ドラマが起こる。競合による抽選は運に左右されるが、そこに至るまでの戦略は「情報」と「読み」がモノを言う。1位指名でアテが外れてしまうと、そこからの巻き返しは至難の業。下位指名まで後手を踏んでしまうことにもなりかねない。
その意味では今年のドラフトも、まずは「1位指名」をめぐる情報戦が最初の見どころになるはずだ。
筆者が注目しているのは、佐藤輝明(近畿大/内野手・外野手)、早川隆久(早稲田大/投手)、高橋宏斗(中京大中京/投手)の3人。
佐藤については、かなり早い段階で「巨人1位指名」の報道が出ている。ここで肝になるのが、球団が公表したわけではなく、あくまでも報道による情報、という点だ。1位指名最有力なのは間違いないが、報道後にはオリックスやソフトバンクが1位指名を公表し、阪神の指名もうわさされている。「競合必至」となっただけに、果たしてドラフト前に巨人が指名を公表するのか、直前まで様子見に徹するのかも注目したい。
早川は最速155キロを誇る大学屈指の左腕。特に4年生になってからの急成長には目を見張るものがあり、「左腕」であることもプラス材料。「先発を任せられる本格派左腕」を欲しくない球団などあるわけがなく、こちらも指名を公表しているロッテを含めた複数球団の1位指名が有力だ。
しかし、今年は早川以外にも伊藤大海(苫小牧駒澤大)や木澤尚文(慶應大)、森博人(日本体育大)など、大学生に好投手が多く、「競合覚悟で早川を指名」するか「競合を避けて他の有力投手を狙う」か、情報戦はドラフト直前まで行われるはずだ。
急きょドラフト戦線に参入、中京大中京・高橋が指名戦略に与える影響は?高橋は当初、大学進学を希望していたが慶應大のAO入試に不合格となったことを受け、一転してプロ入りを表明。高校ナンバーワンといっていい実力を持つだけに、この決断は多くの球団の指名戦略に影響を与えるはずだ。
地元の中日は、1位指名が既定路線といわれているが、今年は同じ「地元枠」に社会人ナンバーワン投手の栗林良吏(トヨタ自動車)がいる。高橋がプロ志望でなければ、中日の1位最有力は栗林だったはずだ。
ただ、実力を考えると栗林を2位で指名できる可能性は限りなく低い。となると問題は高橋、栗林をどの球団が1位で指名するか。もし、高橋に指名が集中し、逆に栗林を単独指名できるようなことがあるなら、リスクを避ける可能性もある。
ドラフトにおける情報戦は、大げさでもなんでもなく各球団が実際に指名選手を記入する「直前」まで行われる。
コロナ禍によって例年よりスカウティングが不十分な今年は、より一層「情報収集力」がドラフトの成否を左右する。
10月26日、ドラフト会議。
果たして「情報」と「読み合い」を制し、今年のドラフトで「勝ち組」になるのは、いったいどの球団だろう。
<了>