近年「育成年代の投げ過ぎ問題」は日本の野球界でさまざまな議論を生んでいる。現役選手からの率直な提言なども続き、少しずつ子どもたちの成長よりも勝利を優先させる現状に対する問題提起も見聞きするようになった。それでもダルビッシュ有は「自分たちの世代が引退してコーチ・監督になる頃までは日本の野球は変わらない」と話す。日米それぞれの野球界に長年身を置く男は、現在の日本の野球界についてどのように見ているのか。
(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=浦正弘)
「なんでそんなに投げさせるの?」「ばかなの?」――2020年のコロナ禍の特殊なプロ野球のシーズンについて、第三者的な目線で、どういったシーズンに見えましたか?
ダルビッシュ:全然ちゃんとは見れていないのですが、あんまり(コロナ禍が)広がらずに普通にシーズンやっていたなと思いました。
――確かに。そういう中でプロはやりましたけど、高校野球は中止が相次いでいる状況です。
ダルビッシュ:プロ野球はやっているのだから、無観客であっても、高校野球もやらせてあげたいですけどね。お金がどうとかもあるんでしょうけど。
――あとは感染対策。無観客でやるにしても、メジャーリーグもそうだと思うんですけど、すごく神経も使うしお金もかかりますよね。その上で、なんとかやらせてあげたいっていうのはありますよね。
ダルビッシュ:そのためにずっと練習しているわけですから。やっぱり去年もかわいそうだったから……。
――限られた高校3年間という中で、自分のトレーニングの成果を披露する場所がないのは本当にきついですよね。ダルビッシュ選手が、高野連(日本高等学校野球連盟)の中の人だったらこうするというのはありますか?
ダルビッシュ:無責任なことは言えないですけど、プロ野球がやっているんだったら、無観客だとしても今年の春(選抜高等学校野球大会)はやらせてあげたほうがいいんじゃないかなと思います。もちろん、そのときのコロナの状況次第ではあると思いますが。
――近い将来コロナが落ち着いたら、高校野球界で改革したいことはありますか? 例えば育成年代の投げ過ぎ問題。これは高校野球に限らない話ではありますが。
ダルビッシュ:それはいつも言ってますが、球数制限だったり、イニング制限だったり、そういうのはちゃんとやらないといけないと思います。どこの監督も勝ちたいから、やっぱり自分のメンツとか考えて投げさせてしまったりすると思うんですよ。人間って、周りの声より最終的に自分が一番かわいいですから。そういう意味で、その部分を強制的にでも抑えるために、球数制限やイニング制限は大事じゃないかなと思います。
――ルールで縛らないと、どうしても勝利至上主義になっちゃいますもんね。
ダルビッシュ:小学校のときからしっかりと各学年ごとに、投球回数を制限するというのはすごく大事だと思います。アメリカでは、11歳、12歳とかで5回、6回投げているところはないです。みんないろいろなポジションから入れ代わり立ち代わりでピッチャーに入って投げていたりします。それでも足りなくなったらコーチが投げる。「なんでそんな5回、6回もわざわざ肘とか肩に負担があるのに投げさせるの?」「バカなの?」ってなっちゃう。
自らの経験を美化し、子どもたちに押しつけるべきではない――日本の場合、まだエースが連投している光景を目にします。
ダルビッシュ:そういうところもまだあるでしょうし、それを一つでも減らせるようにしないといけない。一種の洗脳じゃないけど、「僕は高校の時にすごく投げさせられまくって故障して、もうそのあと二度と投げられなくなっちゃったけど、感謝しているし、本当に大事な経験でした」って言う人もいるんです。人って結局自分がやっていたことを否定したくないじゃないですか。なんとかして肯定するほうにもっていきたくなるから。そういう人たちはそれでいいんだけど、子どもたちに「投げて大丈夫だよ」って言うのはやめてほしい。
――そうですよね。確かに自分の経験を美化して、自分の教え子たちにも押しつけてしまっている指導者はいるでしょうね。この問題は野球に限らず、精神論はどのスポーツにもまだまだ存在します。特に日本はその傾向が強いように感じます。
ダルビッシュ:本当にそうですね。
――そういった指導を受けている子どもたち自身も、そういった指導に疑問を持つというのは難しいことのように感じます。
ダルビッシュ:だってその大人たちですら、自分たちのやってきたことに疑問を感じて「これ実際どうだったんだ」と考えられていないわけですから。子どもたちにとってはもっと難しいじゃないですか。だから大人たちがまず変わらないと、一生変わらないんだろうなと思います。
プロやプロを目指す高校生・中学生の野球自体が変わってきている――野球の場合、メジャーリーグというさまざまな面で進んでいるモデルがあります。
ダルビッシュ:(日本でも)もっとメジャーの試合も映せばいいし、メジャーリーグやマイナーリーグ、少年野球でも、それこそすべてのリーグでどういうことがされていて、現地の人たちがなんて言っているかというのを聞きに行ったほうが、よっぽどプラスになるんじゃないかと思います。投げ過ぎ問題に関しても、日本で昔のプロ野球選手たちに「どう思いますかね」って聞くのではなくて。
――そうですよね。もちろんアメリカがすべて正しいわけではないですが、これまでいろいろ検証しながら、今のアメリカの野球があるわけじゃないですか。どんどん科学的な部分でも進化しているわけですよね。
ダルビッシュ:やっぱり「日本は日本」「俺たちは俺たちだ」という謎の保守的な部分がすごくありますよね。保守的な部分も大事なのかもしれないけど、すべてにおいて無条件で保守的な人たちもいるわけです。そこに関しては「頭使っているのかな」と思ったりしますけど。
――選手のほうがそういう部分に気づいて、自分たちでいろんなものを取り入れようとしているところはありますよね。
ダルビッシュ:プロ野球選手だったり、プロ野球選手を目指す今の高校生とか中学生はどんどん野球自体が変わってきているなというのはすごく感じています。(情報収集に)YouTubeもありますし。僕が10年くらい前からずっと言っているのは、自分たちの世代が引退してコーチ・監督になっていく頃からだんだんと野球が変わっていくんじゃないかと。球数制限だったり含めて。古いことが大きく変わっていくのは、僕たちの世代より下くらいがコーチ・監督にならないと難しいのではないかと思います。
――早くて10年後、20年後ぐらいな感じですか。
ダルビッシュ:そのぐらいには大きく変わっているんじゃないですかね。
<了>
PROFILE
ダルビッシュ有(ダルビッシュ・ゆう)
1986年生まれ、大阪府出身。MLBサンディエゴ・パドレス所属。東北高校で甲子園に4度出場し、卒業後の2005年に北海道日本ハムファイターズに加入。2006年日本シリーズ優勝、07、09年リーグ優勝に貢献。MVP(07、09年)、沢村賞(07年)、最優秀投手(09年)、ゴールデングラブ賞(07、08年)などの個人タイトル受賞。2012年よりMLBに挑戦、13年にシーズン最多奪三振、20年に日本人初となる最多勝を獲得。テキサス・レンジャーズ、ロサンゼルス・ドジャース、シカゴ・カブスを経て、2020年12月29日にサンディエゴ・パドレスへ移籍。