ラグビートップリーグ最後のシーズンで、クボタスピアーズが初の4強入りを果たした。下馬評では圧倒的に優勢だった王者・神戸製鋼コベルコスティーラーズを劇的勝利で下し、新たな歴史を創った。
だがこの快挙は、決して偶然ではない。前半のうちに1人退場者を出す危機的状況も冷静に乗り越えることができたのには、確かな布石がある。フラン・ルディケ ヘッドコーチ、田邉淳アシスタントコーチ、そして、立川理道主将。クボタのラグビーを築き上げてきた3人の男たちの絆を追った――。
(文=向風見也)
前王者・神戸製鋼を破り、初の4強入りを果たしたクボタ。快挙の裏側Twitterのトレンドワードに日本のラグビーのチーム名が入ったのは、この国の施政者が緊急事態宣言の延長を発令した2日後のことだった。
クボタスピアーズ。国内トップリーグで初めて4強入りする。
5月9日、静岡はエコパスタジアムでのプレーオフトーナメント準々決勝で神戸製鋼コベルコスティーラーズを破った。
神戸製鋼は元ニュージーランド代表アシスタントコーチ、ウェイン・スミスが総監督となり、度重なる工場見学や規律を重んじる練習方針で帰属意識と勤勉さを醸成。2018年の王者となっていた。戦力が入れ替わった今はニュージーランド代表として50キャップ以上の名手を3人擁し、2019年のラグビーワールドカップ日本大会に出た日本代表メンバーはクボタの1人に対して4人。
しかも当日の前半29分、17点リードのクボタはオーストラリア代表スタンドオフのバーナード・フォーリーを一発退場で失っていた。優勝候補を相手に絶体絶命のピンチを迎えたように映ったが、後の勝者は、動じなかった。
退場で1人減るも、立川主将は「今までとやることは変わらない。ただ……」南アフリカ代表フッカーのマルコム・マークス、共に身長2メートル前後というデーヴィッド・ブルブリング、ルアン・ボタの両ロックが、持ち前の力強さを生かしてボールを保持。守ってもフランカーのトゥパ フィナウ、ウイングのタウモハパイ ホネティといった国内移籍経験のあるトンガ人選手らが、強烈なタックルを重ねる。
立川理道主将は、「(全員が)ハードワークしてくれた」。自身はインサイドセンターで先発も、途中からフォーリーの抜けたスタンドオフを補完。後半9分頃には抜け出した相手を倒し、起き上がり、球へ絡み、向こうの攻めを断った。八面六臂(ろっぴ)の活躍ぶりだった。
ひたひたと迫られていたクボタは後半31分に逆転されながら、堅実なボールキープとモールで神戸製鋼の反則を続けて誘い、同36分、ウイングのゲラード・ファンデンヒーファーのペナルティーゴールで逆転する。23―21。ノーサイド。
勝負強い人は、思考が簡潔だ。多国籍軍を束ね難局を乗り越えた12番の主将は、オンライン取材でこう述べた。
「基本的には今までとやることは変わらない。ただ、1人少ない部分では、(残った)14人がハードワークすると共通認識を持っていました」
ルディケと田邉、異なる2つの哲学の共存試合結果は、試合前の準備に左右される。有事に動じないだけの準備をしてきたクボタの先頭には、フラン・ルディケが立っていた。2016年に来日のヘッドコーチだ。
母国の南アフリカでは教師を経てプロコーチに転身。ブルズを率いて国際リーグのスーパーラグビーで2度の優勝を果たし、この国でも内なる器の大きさで構成員を統率。着任から2年は16チーム中12、11位とやや低迷も、試合に出ないメンバーへレギュラー入りへの道筋を丁寧に伝えていた。
ボスの器の中身は、ここ数年で変質した。
2018年に7位と躍進し、2019年には田邉淳をアシスタントコーチに招く。2016年には日本代表とつながるサンウルブズでこの国初のスーパーラグビーコーチとなった田邉は、相手の穴を突くスリリングな攻撃を標ぼう。当時在籍の立川ら多くの選手に頼られた。
ところがワールドカップ日本大会で8強入りする日本代表からは外れ、クボタ入り直前の2019年2月には20歳以下日本代表の候補キャンプで指導にあたっていた。当時、選んだ言葉が味わい深かった。
「僕自身、この何カ月間かで、自分に対して正直になれた。3年間、どういう態度で仕事をしてきたか(を振り返り)、今は新鮮さを持ってやれている」
クボタでもサンウルブズ時代と同じく、果敢に展開するスキルと戦術を導入する。防御の盲点をえぐる。ディフェンシブな思想の根付く南アフリカで生まれ育ったルディケとは方針が異なるようにも映ったが、ルディケ自身の器の大きさが2つの哲学を共存させた。
田邉が「彼(ルディケ)もブルズでやっていたラグビーをコピー&ペーストしていても日本では勝てないと承知していて、相談も受けました。そして一緒に数字、プレーをレビュー。この1~2年で(必要な要素を)そろえられてきている」と新天地で感謝する中、指揮官はうなずく。
「常に刺激を与えてくれ、チャレンジする人の存在は大事です。毎回、毎回、同意ばっかりしてもらっていても仕方がないわけで。田邉の貢献は大きいです。彼はアタッキングマインドがあり、物事を別の視点で考えるのもうまい。フィロソフィーに違いがあったとしても、それは意見が2つあると捉えられます」
「ABC」で準々決勝・一発退場の危機を乗り越えられた2019-20シーズンのリーグ不成立を経て迎えた今季は、専門家とオンラインでつないでメンタルトレーニングを進める。ミスが起きれば「ABC」で乗り越える。
まず受け入れ(Accept)、呼吸を整え(Breath)、次に進むべき道を選ぶ(Choice)。スクラムハーフとして今季活躍の井上大介はこうだ。
「ミスをどう引きずらないか。その工夫の仕方を教えてもらった。(試合中や練習中に)円陣を組んだ時も、それぞれで水を取って深呼吸をして、そこから(リーダーの)話を聞くように……。これも教わったことです」
その井上をアクシデントで欠いた今度の準々決勝でも、青いセカンドジャージーのクボタは司令塔の一発退場という危機を乗り越えた。
立川とルディケの絆。お互いに敬意を表し合う関係性所定の枠組みに固執しないルディケの器は、今度の落ち着きぶりと無縁ではなかったのだ。そして、その器のもとでずっとリーダーを張ってきたのが、味方のハードワークをたたえた立川主将である。
2015年にはワールドカップイングランド大会で南アフリカ代表を下した元代表の31歳は、「それが言いにくいことであっても、自分の気持ちを正直に話すことが一番です。あくまで対フラン(・ルディケ)では(という意味)ですが」。レギュラーシーズンで開幕5連勝を決めながら、今いる場所での安心感を口にした。
「フランはどの選手もリスペクトしているというか……。真摯(しんし)に向き合っている姿は選手全員が分かっていた。ノンメンバー(控え)になった選手が(練習で)対戦相手の動きをするようになったこと(の裏)には――リーダーグループのドライブもあるんですが――フランが一人一人に声掛けをしていることが大きくあると思います」
チームによっては主力選手へ一任する控え組のケアを担うルディケは、逆に、立川のリーダーシップと心配りに敬意を表していた。
「ヘッドコーチと主将、他のリーダーとの関係性は大切です。彼らリーダー陣がプレッシャー下で正しい判断をしてくれることで、大事な試合に勝てるわけですから。過去5年、いい勝利もありましたし、接戦で負けたこともあった。それを通して、立川とはいい関係を築いてきました。クボタとしてどう勝ちたいのかがクリアになってきていて、お互いの理解が深まりました。そこにはリスペクトもあります」
ルディケ、田邉、立川らが築いてきたクボタスピアーズという器は、信頼関係の構築におおらかさが必要だと気付かせてくれる。16日には大阪・東大阪市花園ラグビー場で、過去優勝5回のサントリー サンゴリアスと激突。立川は「これで終わりじゃない」と、今も物語の続きを紡ぐ。
<了>