スポーツ界・アスリートのリアルな声を届けるラジオ番組「REAL SPORTS」。元プロ野球選手の五十嵐亮太とスポーツキャスターの秋山真凜がパーソナリティを務め、スポーツにまつわるゲストのリアルな声を掘り下げていく。今回のゲストはスポーツフォトグラファーの小中村政一。オリンピックやFIFAワールドカップを撮影するなど、世界のスポーツシーンで活躍するカメラマンだ。“FIFA(国際サッカー連盟)公認カメラマン“という異例の肩書を持つ小中村に、公認となるまでの経緯を聞いた。
(文=篠幸彦、撮影=小中村政一)
2000人以上に声をかけてたどり着いた「Welcome to FIFA」小中村:まずフリーのカメラマンがサッカー日本代表の写真を撮りたいと思ってもなかなか撮らせてもらえないんです。でも“FIFA”という看板を背負っていたら撮らせてくれますよね。そこで例えば東京でFIFAの人を探そうと思っても出会えないわけじゃないですが、でもワールドカップの会場には絶対にいるはず。だからロシアワールドカップの試合会場に行って、周りにいる人に「FIFAの人を知りませんか?」と2000人以上に声をかけて回ったら1人だけいたんです。
五十嵐:ロシアワールドカップということは、ロシア語で?
小中村:いえ、英語ですが、英語は話せないのでカタコトでした。それでFIFAの方と話せて、でも「今忙しいから決勝が終わったら時間を取るから、決勝後はどんな予定だ?」と聞かれて「モスクワから神戸まで飛行機を使わずにシベリア鉄道で2週間かけて帰る」と答えたんです。そしたら「おまえ、面白いな」と、「ちょっと話聞きたいからその電車の旅に付き合うわ」と。
その時、電車の中で唐突に「僕はフランス人だけど、めちゃくちゃ尊敬しているアスリートが誰かわかるか?」と聞かれたんです。僕は即答で「(ジネディーヌ・)ジダン」と。でも「それは当然だ。でも違う。そんな質問をすると思うか?」と言われて、「じゃあわからないです」と答えたら「イチローだ」と。FIFAの人で、しかもヨーロッパの人でイチローさんの名前が出るなんて夢にも思ってなかったんですよ。
五十嵐:日本人だからと気を使ってくれたわけではないんですよね?
小中村:違いますね。その人は阪神(タイガース)ファンで4年に一度甲子園に見に行くのが楽しみだって言うんです。「2019年にイチローが東京ドームで試合をするのを知っているか?」と聞かれて、正直知らなかったんですけど「知っています」と答えました。
「俺はその試合を見に行くからおまえはスポーツカメラマンならその試合を撮るんだろう?」と言われて、その時そんな予定は全くなくて、MLBとの付き合いもなかったのですけど「撮ります」と。日本に帰ってMLBにアポイントを取って直談判して、イチローさんの試合をMLBのオフィシャルカメラマンとして撮らせてもらいました。
秋山:有言実行のレベルがすごいですよね。
五十嵐:そんなうまくいくものなんですね。それでイチローさんの写真を撮って認められたんですか?
小中村:それはロシアワールドカップの決勝が終わって、モスクワからウラジオストクまでシベリア鉄道で7日間の旅をした間に、いろいろと話をして思いを伝えたんです。準決勝の時に3枚だけ写真を見せてくれと言われて、1枚目にとある写真を見せたんですよ。僕はこの時の1枚目で決まったと思いました。
それで「なんであの時この写真を見せたんだ?」と聞かれたんです。その写真は試合の写真でもなんでもなく、ロシアワールドカップ決勝戦のパブリックビューイングの写真(※編集部注:本記事のトップに掲載している写真)なんです。
僕は決勝のチケットも持っていましたけど、スタジアムでは見ずにパブリックビューイングの写真を撮っていたんです。それを見せて、彼は「なんでだ?」と。僕が答えたのは「2018年のワールドカップは観光客として来たけど、2022年のカタールはFIFAのカメラマンになっていると思うからその時は決勝のピッチで撮影をしているはず。このロシアのワールドカップはパブリックビューイングを撮れる最後のタイミングだと思ったから撮りました」と。
その瞬間に「Welcome to FIFA」って言ってもらいました。
「指が動かない」…。イップスになった2016年のリオ五輪五十嵐:野球やゴルフにはうまくボールが投げられないとか、うまくスイングができなくなる“イップス”と呼ばれるものがありますけど、カメラマンにもそういうのがあるんですか?
小中村:僕がイップスになったのは2016年のリオデジャネイロ五輪ですね。それまで国内でしか撮っていなくて、世界のカメラマンがどんな感じか全く知らなかったんです。日本のカメラマンは例えば「一塁側と三塁側で撮ってください」と言われたら絶対そこで撮るわけです。オリンピックでも「男子100mの決勝」だと絶対撮り漏れはダメじゃないですか。スタートからゴールの正面で撮れば絶対に撮り漏れないわけです。だから日本人はみんなそこで撮るんですね。
でも海外のフリーのカメラマンというのは、例えば(ジャスティン・)ガトリンはスタートがうまいので最初に前へ出て、(ウサイン・)ボルトはスタートが下手だから後から追い抜きます。そこで彼らはボルトがガトリンを追い抜く瞬間の横からの“点”を撮りにいくわけですよ。
五十嵐:じゃあ何mくらいで追い抜くというのを想像してカメラを構えているわけですか?
小中村:そうです。それを見た瞬間に、とんでもない世界だなと。でも世界一とか、世界唯一のカメラマンになるには、そこを目指さざるを得ないということを身に染みてわかってしまったわけです。僕もその時ボルトが追い抜く瞬間に一歩目を撮れたんですよ。
でも世界の壁はとんでもない。そう思ったら日本に帰ってくる直前くらいから急に写真を撮ることが怖くなってしまったんです。僕は連写じゃなくて1枚撮りなので、リオから帰ってきて3カ月くらいシャッターが切れなくなっちゃったんですよ。
五十嵐:そのシャッターを切る怖さっていうのはどんなものなんですか?
小中村:今だからわかるんですけど、そのままいくとまた2018年のロシアワールドカップであの人たちと戦わなくちゃいけないわけで、常にその世界で戦うというプレッシャーで手が動かなくなっちゃったんですね。
秋山:まさにイップスですね。
小中村:気持ち的にはロシアワールドカップに行って写真撮ってやろうとか、全米オープンゴルフに行ってタイガー(・ウッズ)の写真撮ってやろうっていうのはあるんですよ。でも指が動かない。
秋山:どうやって克服したんですか?
小中村:時間が解決してくれるんだろうなと思っていて、2017年は大好きなサッカーと野球を撮るのが怖くなったのでゴルフに行ったんですよ。1年間ツアーを回っていて、普通に撮れていたんです。ただ、野球やサッカーになると動かない。
五十嵐:どういうことなんですか?
小中村:やっぱり怖さがあるんだと思います。それはその競技に対して思い入れがあるからきっちり撮らなければいけない、誰にも負けたくないという気持ちがめちゃくちゃ強かったからだと思います。つまり勝負をしなければ負けないわけですよね。そこで若干負けてもいいやと思っているゴルフだから撮れていたんだと思います。それでゴルフを撮りながら時間が解決してくれると思ったら全然解決してくれませんでした。
次撮れなかったらもうスポーツカメラマンをやめよう小中村:2018年になって、今年ワールドカップがあるけど、どうしようと。これはもう海外で決着をつけるしかないと思いました。それで全米オープンゴルフの予選がたまたま日本で開催されて、その予選を撮ったんです。当然、会場には本土の人が来ているじゃないですか。そこで「今年の全米オープンゴルフを、進退をかけて撮りたいのでなんとか撮らせてくれないか」と直談判しました。ただ、スポーツ写真の中で世界で一番許可が下りないのがゴルフなんです。
秋山:そうなんですか?
小中村:でもそこで「一回だけチャンスをやる」と言われて、全米オープンゴルフの2018年シネコックヒルズゴルフクラブ(ニューヨーク)に招待してもらえて撮らせてもらいました。その時は全然怖さがなく撮れたんです。これはいけるかなと思って、そのままニューヨークからワールドカップが行われるロシアに飛んだんです。
自信を持って行ったんですけど、結局(グループステージの)日本対ポーランドでうまく撮れなくてその場で全部消して、次の(ラウンド16の)ウルグアイ対ポルトガルも撮れなくて消して。次撮れなかったらもうスポーツカメラマンをやめようと思いました。
僕はロシアワールドカップではベルギーが優勝すると思っていたので、最後に(準々決勝の)ベルギー対ブラジルを撮ろう。そう思ったら冷静に戻れたんですよ。そこでベルギーがブラジルに勝つためにはどんな戦法でくるんだろうと、4日間くらいずっと考えていたんです。それで絶対に先制点が必須やろうなと。だから前半にベルギーが攻める側のゴール裏のチケットを買ったんです。
ただ、みんなブラジル側を撮るわけじゃないですか。でもそこで第六感が働いたというか、「このコーナーキックでこの選手がヘディングで決める」というのがわかって、それが本当にそのまま入ったんですよ(編集部注:公式記録はオウンゴール)。コーナーキックは普通ゴール前にカメラを合わせるんですけど、僕一人だけニアサイドにいたんです。どう考えてもこの選手が決めるような気がして、そこに合わせてヘディングの瞬間が撮れていたんです。
2点目も(ケヴィン・)デ・ブライネという選手がミドルシュートを打つなというのがわかってその瞬間も撮れて。後半はブラジルが絶対に取り返しにくるから同じ席でカメラを構えていました。アーリークロスでこの選手がヘディングで決めるというのもわかって、ジャンプする前からその選手に合わせてその瞬間も撮ることができたんです。
五十嵐:その時の精神状態はどんな感じだったんですか?
小中村:結局、この試合でアカンかったらやめてもいいやと思っている精神状態だったから撮れたのかなと思っています。そこで撮れたのでFIFAの人にアタックしようと思えました。でもたまたま撮れたということもあるじゃないですか。だから準決勝でもう一試合、最後にもう一回確認しに行ったら普通に撮れました。そこでイップスを克服できて、世界で勝負しようと思って、今に至ります。
<了>
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InterFM897「REAL SPORTS」(毎週土曜 AM9:00~10:00)
パーソナリティー:五十嵐亮太、秋山真凜
2019年にスタートしたWebメディア「REAL SPORTS」がInterFMとタッグを組み、4月3日よりラジオ番組をスタート。
Webメディアと同様にスポーツ界やアスリートのリアルを発信することをコンセプトとし、ラジオならではのより生身の温度を感じられる“声”によってさらなるリアルをリスナーへ届ける。
放送から1週間は、radikoにアーカイブされるため、タイムフリー機能を使ってスマホやPCからも聴取可能だ。
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