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なぜマウスガードを着用するサッカー選手が増えているのか? 遠藤航・豊田の飛躍に専門家の見解

REAL SPORTS 2021年6月13日 9時10分

「日本人選手はフィジカルが弱い」という“常識”を打ち破った。サッカー日本代表の遠藤航は、ブンデスリーガでシーズン最多のデュエル(1対1の攻防)勝利数を記録し、現地メディアからも高く評価された。身長178cmと決して恵まれた体格ではない。欧州主要リーグに挑んだのも今シーズンが初めてだった。にもかかわらず、なぜ屈強な海外の選手に打ち勝つことができたのだろうか? その理由の一つにあったのは、意外にも“マウスガード”だった――。

(取材・文=土佐堅志、トップ写真=Getty Images、豊田陽平写真=S.D.CO.,LTD.)

遠藤航・豊田陽平のパフォーマンス向上は「マウスガード」のおかげなのか?

「芸能人は歯が命」とうたったコマーシャルが一昔前に話題となったが、いまや「アスリートも歯が命」といえる時代となっている。歯の状態がパフォーマンスに直結するとして、歯の定期検診や歯列矯正に取り組むアスリートは多い。主に格闘家が使うものと思われているマウスガードを着用して試合に臨むサッカー選手やバスケットボール選手が近年増えつつあるのも、そうした歯の重要性への認識が広まってきている証しの一つだろう。

その一方で、マウスガードには歯と口腔内の保護という目的以外にも身体能力を向上させる効果があるとの研究結果も数多く報告されていて、これについてはスポーツ医学の分野で今なお議論が続いている。果たしてマウスガードを着けると、どのような変化がアスリートの中で起きるのか。なぜマウスガードによって身体能力が向上するのか。それらの答えを探るために、実際にマウスガードを着用してプレーするJ1リーグ・サガン鳥栖所属の豊田陽平本人、そしてブンデスリーガ・VfBシュトゥットガルトの遠藤航のマウスガードを製作している歯科医師の宮川順充氏にそれぞれ話を聞いた。

J1・豊田陽平「何か自分を変えるきっかけにもなるかもしれない」

鳥栖のレジェンド・豊田陽平とマウスガードの付き合いは長く、鳥栖に入団した2010年から既に10年以上にわたってマウスガードを使用している。

「歯の治療が必要になって、当時鳥栖にいた先輩に『どこか良い歯医者さんはないですか?』と聞いたら、『サガン鳥栖のことをすごく応援してくれている近藤歯科っていう歯医者があるからそこに行ったほうがいいよ』ということだったので行って治療を受けていた時に、マウスガードも取り扱っている歯医者さんだったから『こういうのもあるよ』って話になったんです。『マウスガードだから口の中を守るっていうことがまず第一になって、その上で潜在的なパフォーマンスも数パーセント上がるという研究結果もあるんだよね』と言われて、『それは面白いな、やってみたいな』ってなって」

マウスガードを勧められた時点での豊田のイメージは、「ラグビー選手とかボクサーが着けるもの」。しかし、2007年に小腸破裂、翌08年には右脚骨折といった大ケガに加えて、口の中のケガも数多く経験してきた豊田にとって口腔外傷のリスク軽減というマウスガードの機能は非常に魅力的だった。

「僕のプレースタイルは相手との競り合いや空中戦が多いタイプなので、マウスガードを着ける前はしょっちゅう口の中が血だらけになっていたんです。肘が入ったり、相手と頭同士でぶつかったりとか。それで、口の中を守れてよりアグレッシブに自分の特性を生かすこともできるという期待も込めて『一回チャレンジさせてください』と。潜在的な能力が数パーセント上がるかもしれないっていう部分にも引かれました。『もっともっと上にいきたい』と思っていた時期とも重なって、何か自分を変えるきっかけにもなると思いました」


今はむしろなかったら試合をしたくない

使い始めた頃は異物感やしゃべりづらさがあったものの、それと同時に「歯が守られている」という安心感を得たことで、戦う姿勢を前面に押し出す豊田のプレースタイルはより激しさと鋭さを増し、その効果は個人成績にも如実に表れるようになった。マウスガードを着けるようになった翌年の2011年にはシーズン通算23ゴールでJ2 得点王となり、2012年もJ1で19ゴールを決めて得点ランク2位。さらにそこから2016年まで4年連続で15ゴール以上を記録し、その活躍が評価されて日本代表にも選出された。

「フィーリングは各自によって全然違いますし、なかなか数値で判断するのも難しいとは思うんですけど、僕に関してはマウスガードで劇的に良くなったという感覚があります。もうなくてはならないものだし、逆になかったら戦うのが怖い必需品になりました。空中戦だったりぶつかることをいとわずやれるっていうのは、自分のストロングポイントを生かせるということなので、今はむしろなかったら試合をしたくないという感じですね」

「この世界は自分の特徴を生かせないと生き残っていけない」とプロの世界の厳しさを語る豊田は、マウスガードを自身のトレードマーク、戦うスイッチを入れるための道具とも捉えている。そのため、現在は練習中は使用せず試合の時のみ着用するようにしているという。

一方、マウスガードを着用してスポーツテストを実施したところ、着用しなかった時と比べて垂直飛びの数値や20mのスプリントのタイムが向上したという結果が出たブロック大学(カナダ)のリカルド・マーティン助教授らが2018年に行った研究のように、主に酸素を必要としない瞬間的に発揮できるパフォーマンスが向上したという先行研究が多いのだが、そうしたマウスガードによる身体能力向上の効果について豊田に特段思い当たる節はない。

「『この一歩目が明らかに違う』っていうようなのは難しいんですよね。陸上選手のようにゼロコンマ何秒縮まったというような数値に関する比較をする職業というか種目でもないので、『分からない』というのが正直なところです」

マウスガードと身体能力向上はどのアスリートにも当てはまるのか?

ドイツ南西部の都市シュトゥットガルトで歯科医師として勤務する傍ら、昨年11月頃から遠藤航のために特注品のマウスガードを製作している宮川順充氏は、豊田がマウスガード着用後に感じた心理的効果と似たような話を遠藤本人から聞いている。

「『着けた感じは、ものすごく良い』と。遠藤君が言うには、ブンデスの当たりというのは、今までのキャリアの中でも最も強く感じたそうです。『マウスガードを着けていなければ、何回か歯が折れているかダメージを受けていたと思うような場面がある。これがあるからデュエル(1対1の攻防)の時でも強く当たれる』とは言ってました。遠藤君の身長は178cmで、ブンデスリーガの平均身長は183cm。178cmというと、日本人の中では決して小さくはないのですが、ブンデスの中では小柄な部類です。183cmぐらいの選手とぶつかると、その選手の両手の広がったところがちょうど彼の口のところに当たるんです。それがさらに当たりが強いと感じる原因の一つです」

一方、先行研究というエビデンスがあるので宮川氏自身もマウスガードと身体能力向上との間に何らかの関係性があることは認めているが、それは全てのアスリートに当てはまる現象ではないとも考えている。

「遠藤君の場合は、身体的なパフォーマンスが上がったかというと、恐らく変わっていないと思います。ただし、マウスガードと身体的なパフォーマンスに関係があるのかないのかといわれたら、私は関係はあると思っています。

 私にとってはここがポイントなんですが、単にマウスガードを口の中に入れるのではなく、最適な顎の関節の位置を模索しなければならないんです。本当に0.1mmぐらいの単位でです。マウスガードを口に入れて食いしばることでパワーを上げるというよりも、顎の位置を最適なところに持ってくることによってパフォーマンスが上がる可能性のほうが高いのではないかと考えています。

 顎の関節がマウスガードによって良い方向に誘導されることで、今まで下がっていたパフォーマンスを元に戻してあげる効果があるというのが正しい表現だと思います。ですので、私個人としては(マウスガードとスポーツのパフォーマンスは)関係のある人にはあると思っています」


「戦う」という気持ちの部分に変化や磨きをもたらすなら…

顎関節の状態がカギになってくるという宮川氏の考えの根拠は、自身のこれまでの臨床経験にある。あらゆる診察を受けても体の不調やパフォーマンス低下の原因が分からなかったが、マウスガードを着けて顎の位置を修正したことで状態が上向いたというアスリートに数多く接してきた。

「比較的最近のことですが、私のところに陸上短距離のドイツ代表選手が来ました。オリンピックの派遣標準記録まであと0.01秒足りないって伸び悩んでいて、さらに腰とか膝も痛くなっていて整形外科に行ったけど原因がよく分からないということで送られてきた人がいました。それでマウスガードを着けて調整して何回かやったら、急にタイムが上がったんですね。顎関節の位置が何らかの影響で全身に影響を与えるというのは経験的に分かっているんです。

 ただし、頭痛や肩こりを伴う顎関節の状態悪化、顎関節症がマウスガードによって良くなるという正確なメカニズムはまだ分かっていません。顎のあたりの筋肉は非常に複合的で、たくさんの筋肉で構成されています。首にもつながっていれば、他のいろいろなところにも連結されていて、そのために顎の状態によって肩や背中、腰に影響が出てくると考えられます」

二人の話を基にして考えると、マウスガードによる身体能力の向上はケースバイケースであり、仮に向上していたとしても本人が感覚的に自覚できるほどの向上幅ではないようだ。むしろ、口腔外傷に対する恐怖心が減ることで相手選手と接触する際によりアグレッシブに戦えるという心理的効果のほうが大きく、「相手と激しくぶつかっても歯は大丈夫」といった安心感が、豊田のマウスガード着用後のゴール数の増加や、遠藤が今季のブンデスリーガでリーグ最多のデュエル勝利数(476回)を記録したことに一役買った可能性はある。客観的なデータで因果関係を検証するのが難しい分野ではあるものの、「戦う」という気持ちの部分に変化や磨きをもたらしてくれるものなのであれば、マウスガードは接触プレーの多い競技に取り組むアスリートの間で今後さらに普及していくことになるのかもしれない。

<了>






PROFILE
豊田陽平(とよだ・ようへい)
1985年4月11日生まれ。石川県出身。2004年に星稜高校から名古屋グランパスエイトに入団し、期限付き移籍でモンテディオ山形、京都サンガF.C.への完全移籍を経て2010年にサガン鳥栖へ移籍(2010年から2年は期限付き、2012年に完全移籍)。2018年に韓国・蔚山現代FCへ期限付き移籍後、同年6月にサガン鳥栖へ復帰。プロ通算で公式戦486試合出場175ゴール、日本代表では国際Aマッチ8試合出場1ゴール。

宮川順充(みやかわ・ゆきみつ)
1971年3月23日生まれ。1995年歯科医師免許取得、2001年歯科博士取得。ドナウ大学顎口腔機能学講座講師(オーストリア)、歯科教育インスティテュートIDEA講師(カリフォルニア・アメリカ)を経て2009年よりシュトゥットガルト市内の歯科医院に勤務。 

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