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五十嵐カノアを金メダル本命に推す“3つの理由”。「僕にはあの時優勝することが分かっていた」

REAL SPORTS 2021年7月24日 16時6分

25日、東京五輪・サーフィン競技が実施される。追加種目として初めて採用された東京五輪の金メダリストは、“初代王者”としてその歴史に名を刻むことになる。サーフィンジャーナリストの李リョウ氏は、「日本人選手にはメダルの可能性が十分にある」と話す。その中でも特に金メダルに近いと見ているのが、五十嵐カノアだ。その半生をひも解きながら、金メダルの本命に推す『3つの理由』を解説してもらった。

(文=李リョウ、写真=Getty Images)

五十嵐カノアは金メダルに欠かせない“3つの要素”を備えた稀有な存在

「僕はどのヒートも重要だと考えています。だから予選からファイナルヒートとして戦います。逆にファイナルでは予選と思うようにします。対戦相手が誰でも戦略は変えません。いつも同じ戦い方をします」(五十嵐カノア)※

オリンピックの歴史上、初めてサーフィンが競技種目として戦われる。もし日本人サーファーが東京大会で金メダルに輝けば、歴代のメダリストと同じように、後世に語り継がれる存在となるだろう。

さて、サーフィンで日本人がメダリストになれるのか?と疑う人もいるだろう。東京五輪の追加種目として正式に決まった2016年当時は、わたしも同じ意見だった。しかしその後、金メダルを狙えるサーファーが、オリンピックに照準を合わせたかのように現れた。五十嵐カノアである。

すでに、さまざまなメディアで取り上げられているから彼の名を知る人は多いだろうが、残念なことにアイドルを扱うような記事が多く見られる。ここでは“コンペティター”五十嵐カノアと金メダルの可能性を探ってみたい。

「五十嵐カノアは金メダルを取れるか?」ともし問われたら、「可能性は十分にある」とわたしは答える。チームジャパンの4人でメダルの可能性が一番高いのはやはり五十嵐だ。USオープンで日本人として初めて勝った大原洋人、ワールドサーフリーグ(WSL)のチャンピオンシップツアー(CT)で連戦中の都筑有夢路、そしてWSLの元世界ジュニアのタイトルを持つ前田マヒナ、どの選手もメダルに手が届く可能性はある。しかしその中で一歩、いや二歩は抜きんでているのが五十嵐カノアだ。彼が金メダルに近い『3つの理由』をこれから説明する。

理由その① 波:釣ヶ崎のビーチブレイクが、五十嵐カノアを有利に導く

“カノア五十嵐”はカリフォルニア出身で、ホームブレイクはハンティントンビーチ(以下ハンティントン)。ちなみにホームブレイクとは日常的にサーフィンをする場所を指す。ハンティントンは世界的にサーフィンで有名なところで、ウェーブマグネットともいわれている。

ウェーブマグネットと呼ばれる理由は、波をまるで磁石のように引きつけて、毎日のようにサーフィンができるからだ。「ハンティントンに行けば必ず波がある」。これはサーファーの間では常套句(じょうとうく)となっている。波が毎日あるということは、つまり毎日サーフィンの練習ができる。これはサーフィンの上達には重要な要素だ。だから、カリフォルニアはもとより世界中から、サーファーが波を求めて大挙してやってくる。そのため、ハンティントンはいつも混雑している。優秀なサーファーも多く、ハンティントンはサーフィンの激戦区ともいえる。

さらにハンティントンは、波の質がビーチブレイクというタイプで、海底が砂で形成されている。この波質はブレイクが変化に富んでいるために、いろいろなテクニックなどが要求され、サーフィンの練習には最適だ。ちなみに東京五輪会場の釣ヶ崎海岸もビーチブレイクで、ハンティントンと波質が似ている。

理由その② タクティクス:ハンティントンだからこそ培われた五十嵐カノアの資質

ハンティントンをホームブレイクとする五十嵐は、いわゆるそこのローカルサーファーだ。子どもの頃からこのビーチブレイクでサーフィンの技術を磨いてきた。繰り返すがハンティントンは激戦区、しかもサーファーは上級者が多い。アジア人の顔をしたサーファーが、海の中で他のサーファーと対等にサーフィンをするには、テクニックだけでなくメンタル面のタフさも要求される。

そのようなシチュエーションでサーフィンを学んだ五十嵐には、ある種の才能が培われたとみていいだろう。それは、波を手に入れるためのタクティクス(直感的な戦術)だ。サーファーで混雑している海の中で、一本でも多くの波に乗るには、いつどの方角から波がやってくるか、波を待つサーファーたちがどう反応するか、そのためにどこで波を待てばいいかと、俯瞰(ふかん)的な状況判断と、直感力が求められる。五十嵐はそのタクティクスを、ハンティントンの混雑した海の中で、自然に身に付けたはずだ。それは彼に限ったことではなく、日本でも試合に強いストラテジックなサーファーが、混雑しているサーフポイントで育つことがよくある。

そのタクティクスの資質を証明するデータがある。アマチュア時代の五十嵐の驚異的な戦歴だ。いろいろな大記録を残している五十嵐だが、なんといってもすごいのが2009年、11歳の時に最多優勝記録30勝で全米タイトルを取ったことだ。

アマチュア時代に30勝を挙げたサーファーは、五十嵐の他にもう一人いる。サーフィン界のカリスマで元世界チャンピオンのトム・カレンだ。サーフコンテストは、試合中に波に恵まれるかどうかという不確定要素があるために、波運(なみうん)に左右されやすい。その運を補うのが、試合前の戦略と、試合中の直感的なインスピレーション(タクティクス)だ。

全盛期のトム・カレンは、まるでマジックを見ているようなタクティクスを試合中に披露して伝説化した。試合に勝つにはサーフィンがうまいだけでなく、いい波を手に入れるタクティクスがなければ、30勝もの戦績は達成できない。五十嵐のアマチュア時代の戦歴がその資質の高さを証明している。

理由その③ ゾーン:五十嵐カノアが2年前に見せた、悟りにも近い精神状態

『むしろ僕はプレッシャーが好きなんです。プレッシャーを敵のように感じて対立するのではなく、プレッシャーとどう折り合いをつけるかと考えるんです。僕が、試合が好きな理由がそこにあるんです。ただ試合に勝ちたいというのではなく、もちろん試合には勝ちたいけど、ただ勝つのではなくプレッシャーと向かい合って、それを乗り越えた先に勝利がある。楽をしようと考えるより、そっちの方が面白いんです』(五十嵐カノア)※

WSLのチャンピオンシップツアー(CT)で初優勝したバリの試合の時、五十嵐は精神的なゾーンに入っていたことを、あるインタビューで告白している。バリが日本に近いこともあり、この試合には多くの日本人が応援に駆けつけていた(CT戦は日本では開催されていない)。したがって五十嵐にとっては普段よりもプレッシャーが強くかかる状況であった。並の選手ならばそのプレッシャーにつぶされてしまっただろうが、五十嵐はその大きなプレッシャーを取り込んでポジティブなエネルギーへ変換させて、スポーツ心理学でいわれるゾーンを獲得し見事に勝利した。

優秀なアスリートは、大試合に臨んでもゾーンを獲得して素晴らしいパフォーマンスを発揮できる。だが、ゾーンに入るにはまず大きなプレッシャーと対峙(たいじ)することが必要で、そこを乗り越えないとゾーンを獲得できない。オリンピックでは、バリの試合以上に五十嵐への期待がかかる。オリンピックの記者会見で五十嵐は大きなプレッシャーを感じていることを素直に認めていた。彼は、それを乗り越えた先に、全てを超越した悟りにも近いゾーンが待っていることを知っているのだ。試合前にその領域に到達できれば、彼は表彰台の中心に立つことになると、わたしは確信している。

「バリで優勝することは僕には分かっていた」

試合はどうなるか始まってみなければ分からない。テニスの世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチも、負けるときには負ける。しかし五十嵐カノアは、波・タクティクス・ゾーン、その3つを備えた稀有(けう)な存在であり、金メダルに限りなく近い選手であることは確かだ。

『あの時のバリはクレイジーというか、いつもと違う気分でした。実は勝利を予感していたんです。バリでは僕の勝利を信じている人が周囲にたくさんいて、友人や家族も、みんなが特別なイベントになるって信じていました。あの時は勝利に道が通じているような感じでした。僕は映画を見ているような気分で、それはなんだか昔見たことがあるような映画で、試合会場を映していました。そして映画がどういう結末を迎えるかも分かっていました。だから勝った時はすごく不思議な気分で、でもどうなるか僕には分かっていたんです』(五十嵐カノア)※

(※五十嵐カノアの語りは、豪『トラックス』誌の記事“Kanoa Igarashi is the Rising Son”より抜粋/翻訳=李リョウ)

<了>








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