2022年FIFAワールドカップ・カタール大会の出場を懸けた長く険しい戦いが始まる。サッカー日本代表は9月2日から、半年にわたるアジア最終予選に臨む。53年ぶりのメダルとはならなかったものの、U-24日本代表は自国開催のオリンピックで4位と一定の成果を収めた。A代表と東京五輪世代の代表を兼任してきた森保一監督だが、発足からの3年間で気になるデータがある。それは「先制されると勝てない」ことだ。サッカーにおいて先制点をあげたチームが優位に立つことに疑いはない。だが森保監督のチームの場合、その傾向が極端に表れる――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
久保建英が初めて挑むW杯最終予選に思い描くイメージこれまではテレビ越しに応援する立場だった、FIFAワールドカップ出場を懸けたアジア最終予選へ、チーム最年少の20歳、MF久保建英(マジョルカ)が興味深い言葉を残した。
「経験が無いのでどんなものなのかは一概にいえないんですけど、自分がテレビで見て感じるのはやはりレベルが高いですし、均衡した試合になるんじゃないかなと」
大阪府内での代表合宿中に行われた、オンラインによるメディア対応中のひとコマ。アジア最終予選と聞かれて脳裏に浮かび上がるイメージをこう明かした久保へ、特に初戦で対戦するオマーン代表との戦い方を問う質問も飛んだ。
「(シュートの)数を打っていかないといけないと思います。引いてくる相手というのは当然、一発という策も持って、ただ引いているだけじゃないはずなので、そういう点も警戒しながら自分たちが先手を打っていくことも大事じゃないかなと」
オマーンと問われれば、堅守速攻という言葉が真っ先に浮かび上がる。速攻に留意しつつも、チームで堅守を打ち砕く。前線で攻撃を担う選手の一人らしい返答だった。
先制すれば不敗も、先制されると極端に弱い。広島時代から続く傾向サッカーの試合で勝利を収める上で、先制点は一丁目一番地に位置づけられるセオリーとなる。その中でも森保一監督が指揮を執る試合ではとりわけ重要になる。冒頭で興味深いと記したのは、久保が「先手を打っていく」と言及した点にあるからだ。
現役時代の大半をプレーしたサンフレッチェ広島で、森保監督は2012シーズンから初めて指揮を執った。2017年7月の退任後は、同年10月に東京五輪へ臨む男子代表監督に就任。翌年7月からは西野朗前監督から、A代表監督のバトンも引き継いだ。
以来、1-3で完敗した東京五輪・3位決定戦のU-24メキシコ代表戦まで、森保監督は広島、日本代表を合わせて333試合で指揮を執ってきた。
そのうちスコアレスドローだった22試合を除いた311戦の得点経過と、最終的な試合結果を照らし合わせると、決して看過できない相関関係があぶり出される。
広島および日本代表が先制した177試合では、145勝22分10敗の星が残されている。特に代表戦では45試合で39勝6分。先制すれば不敗――が継続されている。
対照的に先制された134試合では22勝23分89敗と真逆の結果になる。その中でも東京五輪世代となる年代別代表の試合では、横内昭展コーチが監督代行を務めた試合を除いた12試合で1分11敗と未勝利のまま、東京五輪本番を4位で終えた。
サッカーが持つ競技性を考えれば、当然ながら先制点を奪ったチームが優位に立ち、勝利に近づく確率が高くなる。それでも森保監督の場合、率いたチームが先制した試合と先制された試合とで、あまりにも両極端の結果が残されている。
試合中の布陣変更で流れをつかんだメキシコに対し、日本は…先制した試合で勝率が高い理由は、事前の入念な準備を抜きには語れないだろう。対戦相手の攻守両面におけるスカウティングだけでなく、ピッチへ送り出す自分たちの選手たちを鼓舞する、モチベーターとしての森保監督の一面も見逃せない。
対照的に入念な準備を施しながら先制される、イコール、想定外の事態がピッチ上で生じたと受け止めれば、不測の展開に対応できなかった結果と考えていい。対応できなかったのは選手たちであり、さらには指揮官の采配を含めたベンチとなる。
象徴的な一戦が現時点でA代表が喫した最後の黒星となっている、昨年11月にオーストリア・グラーツで行われたメキシコ代表との国際親善試合となる。
前半の主導権を握ったのは[4-2-3-1]システムで臨んだ日本だった。攻撃のタクトを振るったトップ下の鎌田大地(アイントラハト・フランクフルト)を中心に、何度も鋭い攻撃を仕掛けてメキシコゴールを脅かすもスコアレスで折り返した。
迎えたハーフタイム。先に動いたのはメキシコのヘラルド・マルティノ監督だった。中盤の形をメキシコ伝統のアンカーを置く逆三角形型からダブルボランチを配置する正三角形型に、システムを[4-3-3]から[4-2-3-1]に変えた。
マルティノ監督は試合後に、布陣変更の理由を「日本に先回りしたかった」と説明した。狙いは単純明快。ダブルボランチで鎌田の動きを封じ込めるためだった。存在そのものを消し去られた鎌田は、今年6月の代表活動期間中にこう振り返っている。
「ぶっちゃけ、あれをされるのが本当に一番嫌というかきつかったですね」
中盤での攻防で後塵(こうじん)を拝した日本は、63分と68分に連続失点。反撃の糸口を見いだせないまま鎌田も77分にベンチへ下がり、試合もそのまま敗れた。
東京五輪も同じだった。戦況を変える効果的な一手が打てない日本の森保監督はどう動いたか。陣形はそのままに5人の選手を入れ替えたが、中盤で生じたずれを解消するには至らない。2-0から逆転負けを喫した、ワールドカップ・ロシア大会ラウンド16のベルギー代表との一戦をフラッシュバックさせたのか。MF原口元気(現ウニオン・ベルリン)が悲痛な声をあげた。
「僕からすると『またか』と。実力のある相手に対して、試合の後に『なんで毎回こうなるんだ』という感情になったというか。ベルギー戦もそうでしたけど、勝てるんじゃないかと思った後に、やはり簡単には勝たせてもらえないレベルの相手だったと思えて」
ピッチ上でプレーする選手の踏ん張りだけでは、どうしても限界がある。メキシコのマルティノ監督のように、ベンチが一体となってこそ難しい局面を打開できる。
その意味で考えれば、くしくも“弟分”のU-24メキシコ代表に1-3の完敗を喫した、東京五輪の3位決定戦は昨秋のメキシコ戦をほうふつとさせる試合展開だった。
前半にPKとセットプレーから2失点を献上し、迎えた後半とともに森保監督は動いた。しかし、左サイドハーフを相馬勇紀(名古屋グランパス)から旗手怜央(川崎フロンターレ)に代えただけでは、残念ながら戦況は変えられなかった。
個人的には後半開始から、MF三笘薫(現ロイヤル・ユニオン・サン=ジロワーズ)を投入すべきだと思わずにはいられなかった。
大会を通じて精彩を欠き、U-24スペイン代表との準決勝ではベンチからも外れた三笘だが、3位決定戦で再びメンバーに加えたのは切り札になると期待を込めたからだろう。
苦境をはね返すには個の力が必要だ。しかし、三笘が投入されたのは致命的な3点目を奪われた直後の62分。その三笘が個人技から一矢を報いるも時すでに遅し。結果論になるが、反発力を生じさせる一手を森保監督は効果的に打てなかった。
東京五輪で敗れた後、キャプテン吉田麻也が残した言葉
久保がピッチ上で人目をはばからずに号泣するなど、無念さが日本サッカー界を支配していた東京五輪閉幕直後。民放テレビのスポーツニュース番組でインタビューに応じた、キャプテンのDF吉田麻也(サンプドリア)がこんな言葉を残している。
「大会を通していうと、6試合を戦う上で、できればローテーションしたかったな、と。最後の試合は僕もそうですけど、選手たちがかなり疲弊していたし、疲労からくる判断力や集中力の欠如というものがあったと思うんですよね」
吉田はフィールドプレーヤーではただ一人、東京五輪の6試合、計600分に先発フル出場した。遠藤航(シュトゥットガルト)と田中碧(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)のダブルボランチ、久保と堂安律(PSVアイントホーフェン)も全試合で先発した。
東京五輪は3位決定戦までの6試合を、全て2日の過密日程で戦った。大会期間中の気象条件を考えれば、あまりにも過酷な条件だった。吉田の言葉は決して監督批判ではなく、実際に戦った選手だからこそ発信できる悲痛な思いだった。
それでもGK谷晃生(湘南ベルマーレ)を含めて、6人を先発で固定した森保監督の選手起用を見て、広島時代を思い出さずにはいられなかった。
広島時代の選手起用。優勝した3シーズンに共通するデータとは?
森保監督のもとで広島は2012、2013、2015シーズンでJ1リーグ戦を制している。そして、全てのシーズンに共通するデータとして、リーグ戦の全34試合のうち出場試合数が「32」を超えている選手が実に「8」を数えていた。
しかも、大半の選手の出場時間数が3000分前後だった。マックスで3060分だから、先発陣が固定された戦いの軌跡が伝わってくる。対照的に出場試合数が「30」を超えた選手が少なかった2014、2016シーズンは苦戦を強いられ、2017年7月に退任している。
優勝した3シーズンの合計で、先制した61試合では54勝5分2敗と圧倒的な成績を残した。2013、2015シーズンは逆転負けが一つもなかった。こうした軌跡が評価されて、フィリップ・トルシエ氏以来となる、A代表と五輪代表の兼任監督を託された。
ただ、対照的に先制された計34試合は7勝6分21敗。2012シーズンは初優勝を達成しながら、逆転勝利が一度もなかった。固定メンバーのもと、シナリオ通りに試合を運べればめっぽう強いが、想定外の状況になるほどもろさが顔をのぞかせてくる。
舞台をA代表に移しても、前述したように先制すれば25勝3分と無敗を継続中だ。逆に先制された試合は2勝6敗。逆転での白星はいずれもアジアカップ2019・グループステージでトルクメニスタン、ウズベキスタン両代表からあげたものだ。
前者は大会初戦で日本の入りが悪く、後者はともに連勝でグループステージ突破を決めて、メンバーを大幅に入れ替えて臨んだ最終戦だった。むしろカタール代表に完敗した決勝、メキシコに完敗した前出の国際親善試合が悪い意味でクローズアップされてくる。
豪州、中国、サウジアラビア、ベトナム、オマーン。難敵ぞろいの最終予選迎えるアジア最終予選は因縁のオーストラリア代表をはじめ、ブラジルからの帰化選手をそろえた中国代表、ポゼッションにスタイルを変えたサウジアラビア代表、代表チームを中心に国内がサッカーブームに沸くベトナム代表、そして初戦に備えて長期合宿を敢行して日本へ乗り込んでくるオマーンと決して油断できない相手が続く。
しかし、ワールドカップ・カタール大会のベスト8以上を目標に掲げている以上は、先制されれば極端に勝率が落ちると、特にアジアの戦いでいつまでもいっていられない。
吉田に加えて、名門アーセナルへの移籍が決まり、ドーハで中国と対峙(たいじ)する7日の第2戦前に合流する冨安健洋のセンターバックコンビは磐石だ。デュエルの強さでブンデスリーガを席巻する遠藤がボランチの軸を務める守備陣は、おそらく大崩れはしない。
ならば、3連勝した東京五輪のグループステージの延長線上にある戦いを貫くしかない。守備に絶対の信頼感を寄せられるからこそ、久保が言及したように相手の一発を警戒しながら、ゴールを奪える状況を数多くつくり出し、常に先手を奪う展開を目指す。
勝率の差うんぬんを久保が知ってか知らずか、ゴールを奪う仕事を託される選手の思いを代弁したのだろう。
柴崎岳が3年前のW杯後から提唱し続ける持論一方で昨年11月以来となる復帰を果たしたボランチ柴崎岳(レガネス)は、以前から唱えてきた持論をオンライン対応で再び展開した。
「僕自身はロシア・ワールドカップ後から一貫して『選手の層、ベンチメンバーを含めて次の本大会に臨まないといけない』『安定してチームとして戦えるようにならないといけない』と言ってきた。僕のポジションに限らず、僕がいない間にいろいろな選手が出てきて、それでも戦える信頼のようなものもできてきていると思っている」
戦える選手の層が厚くなるほど、森保監督の采配の幅も広がってくる。来年3月末まで10試合を戦うアジア最終予選。所属クラブの状況次第でコンディションもばらつく恐れもあるだけに、柴崎が言うように選手層は厚いほど不測の事態にも対応できる。
その中で、チーム内において突き上げ役を託される一番手たちが、東京五輪を戦い終え、気持ちも新たにA代表に臨む、久保をはじめとする24歳以下の選手たちになる。
オマーン戦は冨安の位置に植田直通(ニーム)が、新型コロナウイルス防疫で定められた期日までに帰国できなかった守田英正(サンタ・クララ)の代わりに柴崎が入る以外は、森保監督が選ぶ先発陣は3月や6月シリーズとほとんど変わらないだろう。
それでも先手を握り続ける展開を貪欲かつしたたかに目指し、同時にカタールの地を見据えながらチーム内の競争を激化。指揮官を悩ませるような陣容を膨らませていく、チーム内の切磋琢磨(せっさたくま)と並行させていく意味でも、アジア最終予選は目が離せない戦いになる。
<了>