いよいよ今年もプロ野球ドラフト会議が始まる。世間の注目はやはり1位指名の選手に集まる。だがあくまでもその評価はドラフト時点でのものにすぎず、実際にプロ入りした後に活躍できるかどうかの保証にはならない。逆に下位指名からその評価を逆転させることだってある。千賀滉大、甲斐拓也、戸郷翔征、佐野恵太……。下位指名や育成からスタートした彼らは、なぜ球界を代表する選手へと飛躍を遂げられたのか? 男たちにはある“共通項”があった――。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
ドラフト下位指名・育成指名から這い上がった男たちの“共通項”ドラフト会議では毎年、100人以上の選手が指名を受け、プロ野球の門戸をたたく。ただ、その中でメディアの脚光を浴び、入団時から大きな注目を集めるのはドラフト1位選手の中でも数人だ。残りの100人程度は皆、“名もなき選手”としてプロ生活をスタートさせる。
しかし、現在のプロ野球界で“一流”と呼ばれる選手が全員、プロ入り時から騒がれていた「ドラフト1位選手」かというと、もちろんそうではない。下位指名や育成指名から這い上がり、プロの世界で頂点を極めた選手も大勢いる。
彼らはなぜ、ドラフト時の評価を覆し、プロで飛躍を遂げることができたのか。
筆者はこれまで数多くのプロ野球選手を取材してきたが、その中にも当然、下位指名や育成指名でプロ入りした者がいる。
一体、彼らの“共通項”は何か――。
千賀滉大と戸郷翔征が1年目から口にしていた決意と覚悟あらためて振り返ってみたとき、まず脳裏に浮かんだのが「現状把握」という言葉だ。
例えば以前、福岡ソフトバンクホークスに育成ドラフト4位(2010年)で入団している千賀滉大はプロ入り時の心境をこう語っている。
「プロ入りしたときは、全てのプロ野球選手の中で自分が最も底辺にいると思っていました。自分より下の選手なんて一人もいない。じゃあ、何をすればいいのか。やるしかないですよね。だから1年目はとにかく全てのことを野球に注ぎ込みました。『努力』ではないです。一番下の人間なんだから、やるのが当たり前。ただ、それでもプロでの最初の1年間は、誰に見せても恥ずかしくないものだったと思います」
また、2018年にドラフト6位で読売ジャイアンツに入団した戸郷翔征は、プロ1年目、まだ1軍デビュー前の時点で筆者にこんなことを話してくれた。
「今は2軍で投げていますけど、プロでやっていけるだけの手応えも少しずつ感じています。ただ、僕はドラフト6位なので、決してたくさんチャンスをもらえる立場ではないことも理解しています。だからこそ、与えられた機会で確実に結果を残して、まずは1軍に上がる。年内にはその目標を達成したいと考えています」
実際にこのインタビューから数カ月後、戸郷はチームの優勝が懸かった横浜DeNAベイスターズ戦で1軍先発デビュー。勝敗こそつかなかったが4回2/3を投げて2失点と試合をつくり、チームの勝利に貢献した。その後、ポストシーズンでも高卒ルーキーながら登板を果たし、2年目以降は1軍のローテーションに定着している。
「全てのプロ野球選手の中で、自分が一番底辺にいた」と語った千賀も、プロ2年目には支配下契約を勝ち取り、3年目には1軍で51試合に登板してブレイク。現在は不動のエースに君臨している。
プロ野球は実力社会だが、新人選手が全て横一線のスタートではない彼らに共通しているのが、前述した「現状把握」だ。「危機感」と言い換えてもいい。
育成4位の千賀と、ドラフト6位の戸郷。共にドラフト時のチーム内評価は決して高くはなかった。ただ、それを一番理解していたのは、他ならぬ自分自身だった。
プロ野球は実力社会だ。ドラフト順位が低くても、実力さえあれば上にいける。それは、間違いない。しかし、新人選手たちが全て「横一線」でスタートするかというと、少し違う。
なぜなら彼らには、プロ入り時点ですでに「ドラフト順位」という序列があるからだ。プロの舞台でいう「実力社会」は、実はドラフトの時点から始まっている。
下位指名選手は、上位指名選手よりも少ないチャンスを確実にモノにしないといけない。誤解を恐れずにいえば「数年間かけてしっかりと実力をつけていけばいい」といった余裕などないのだ。
だからこそ千賀はプロ1年目に「誰に見せても恥ずかしくない」1年間を過ごし、戸郷は1年目の時点で「今季中に1軍に上がる」という明確な目標を掲げて野球に打ち込んだ。
自分が下位指名であるという現状をしっかりと把握し、「では、何をするべきか」を理解する。その上で「与えられるチャンスは多くない」と危機感を持って1年目からプレーする。それが、彼らが下位指名、育成指名から1軍にまで這い上がれた大きな要因ではないだろうか。
決して現状に満足しない。甲斐拓也と佐野恵太に共通する思考法また、下位指名選手による“下克上”に必要な要素は「現状把握」だけでない。それを気付かせてくれたのが、2010年育成ドラフト6位でソフトバンクに入団した甲斐拓也と、2016年ドラフト9位でDeNAに入団した佐野恵太だ。
共にチームの主力選手となった2選手に共通しているのは、決して現状に満足しない「向上心」に他ならない。
今年の春季キャンプで甲斐拓也に話を聞いた時のことだ。正捕手に定着してから4年連続日本一。キャッチャーとしてチームを勝利に導き、「甲斐キャノン」という流行語も生んだ。それでも本人は「100%満足できたことは一度もない」と語る。取材中、日本一のキャッチャーの口からは、自身の課題が次から次へと飛び出した。
現代野球は複数捕手制が主流となっている。ピッチャーとの相性や疲労を考慮して、たとえ正捕手であっても休養を挟んだり、試合途中で交代するケースは多々ある。シーズンフル出場を果たすようなキャッチャーは、もうしばらく現れていない。
しかし甲斐は、現代野球のトレンドには理解を示しつつも「やっぱり、出られるなら全試合マスクをかぶりたい」と言う。日本一のキャッチャーに上り詰めた男が、「試合に出たい」というシンプルな願望を口にし、そのために何が足りないかを考え続けている。
佐野も、同様だ。昨季途中、雑誌のインタビューに編集者として同席したが、彼の口から出るのは甲斐と同じ、自身の課題ばかりだった。インタビュー時点での佐野は、開幕からチームの4番として全試合にスタメン出場。打率、本塁打、打点の打撃三冠全てでリーグ上位の数字を残していた。プロ4年目にして大ブレイクを果たし、さぞ充実したシーズンを送っているのだろうと思いきや、「現時点では半分は納得できる結果、もう半分は納得できていない」と、自己評価は予想外に低かった。
「まだまだやれるし、やらないといけない。あとは『この時点で自分に満点をあげたくない』というのが本音です。もっと上を目指しているし、そのためには満足なんてしていられません」
ドラフト9位入団の選手がプロ4年目にして4番に座り、結果的にこのシーズンは首位打者を獲得することになる。少しは自分を褒めてあげてもいいのでは……と思ってしまうが、彼は自分を律し続けた。
2021年ドラフトの下位・育成指名選手にも、球界を席巻する選手は現れるかこの「向上心」は、下位指名選手に限らず、一流選手全てに共通する要素でもあるが、やはり「下位指名から成り上がった」選手からはより一層の“強さ”を感じる。
「現状」を「把握」することで「危機感」を持ち、トップに上り詰めた後も「向上心」を絶やさない。
下位指名、育成指名から頂点を極めた選手には、令和の時代には似つかない、そんな泥臭い共通項がある。
逆をいえば、それだけの覚悟がなければ、厳しいプロの世界で「下克上」は起こせない。
今年のドラフトは、10月11日に行われる。下位指名、育成指名で入団し、ほとんど注目されない選手も大勢いるだろう。
その中から、彼らのように“泥臭い”素質を持ち、数年後に球界を席巻するような選手が現れるのを、期待したい。
<了>