イギリスを本拠地とするStatsBomb社は、5大リーグのチャンピオンクラブなど20カ国以上のプロサッカーチームに、正確かつイノベーティブなフォーマットの解析データを提供している。元サッカーデータアナリストの テッド・ナットソン氏により2016年に設立されて以来、急成長を続けているサッカーデータ解析に特化した企業だ。世界の 80 以上の大会において、1試合あたり約3400以上のイベント指数データを独自に収集し、データアナリストがその膨大なデータを解析する。StatsBomb社による最新の解析データの実態とプロサッカーチームでの活用方法について、同社の事業開発責任者であるイスマイル・タリ氏に話を聞いた。
(インタビュー・構成=八杉裕美子、写真=Getty Images、データ画像=StatsBomb)
一言でデータ解析といっても、その文脈や状況によって意味が変わる――StatsBomb社がサッカーデータ解析サービスを通じて提供している最も重要な価値について教えてください。
タリ:StatsBomb社のCEOのテッド・ナットソンは複数のサッカーチームでアナリストの責任者を務めてきました。弊社以前にもサッカーデータ解析を行っている企業はありましたが、サッカーチームにはより一層正確で優れたデータ解析が必要だと考えたことが始まりです。私たちのミッションは最も正確であると同時に、客観的な視点で解析された総合的なデータをチームに提供することです。2017年以降はデータ収集もすべて自社で行い、データ収集センターで管理しています。平均して1試合につき約3400以上のイベント指数データをチームに提供しています。これは他社の約2倍のボリュームです。
――StatsBomb社は解析したデータを視覚化したグラフとして提供しています。数値のみのデータと比較して、視覚化したデータの利点を教えてください。
タリ:データは重要ですが、そのデータをシンプルで分かりやすい形で提供することが最も効果的です。例えば、スタッフに説明する時に10の異なる数字を並べるよりも、1つの視覚化したグラフを見せる方が分かりやすいですよね。情報を把握していることは大切ですが、その情報をどのように伝えるかが非常に大切ということです。数千に上るデータを提示したとしても、それぞれのデータの相関までを全員が理解するのは難しいことですから。視覚化したグラフを用いるのは情報を分かりやすくシンプルに伝えるための手段です。
――StatsBomb社は提供するデータ解析方法を進化させてきましたが、最新の「StatsBomb 360」というデータ解析と従来の一般的なデータ解析の違いを教えてください。
タリ:先ほど申し上げたように、私たちは1試合平均約3400以上のイベント指標データを収集しています。一つのイベント指数データは、ある一つのアクションを取った選手に関わるデータのことです。例えば、選手がパスを受けた時に、そのパスはどれぐらいの高さだったのか、選手はどちらの足でそのパスを受けたのか、その選手はパスを受けた時に相手チームの選手からのプレッシャーはあったのかなど、これらを1つのイベント指標データとして考えます。一方で、最新のデータ解析「360」は、その瞬間のコンテクスト(文脈・状況)まで明らかにするデータです。あるイベントが起きた際の周囲の状況までを可視化したデータです。そのイベントが起きた時に、ボールと直接関係のあるアクションを取った選手以外の他のチームメートのポジション、相手チームの全選手のポジションまでを包括した総合的なデータで、全体の状況を理解することができます。約3400以上のすべてのイベントを解析します。
――確かにある一つのイベントを分析するにしても、そのシーンだけにフォーカスして近視眼的に捉えるのと、コンテクストで捉えるのとは大きな違いがありますよね。ピッチ全体でその瞬間にどのような状況であったかまでを確認することで初めて見えてくることがあるということでしょうか?
タリ:おっしゃる通りです。
――コンテクストで捉える解析データを提供しているのは現在のところStatsBomb社だけとお聞きしています。
タリ:はい、私たちだけです。最初に「360」を導入したのはリバプールでした。コンテクストで捉えるデータのほとんどは、チームのデータトラッキングに伴う作業に相当するものです。膨大なデータを正確に、そして適切に分析するのは非常に難しい作業です。ですから、「360」の解析データはあらゆる面でチームにとって便利なツールだといえます。
より正確な情報を手にした者がサッカーを制する
――「360」はまだサービス提供が始まって日が浅いですが、リバプールをはじめとして現時点で利用しているチームからはどのような声が届いていますか?
タリ:ポジティブな声ですね。「360」は基本プランではなく追加サービスです。「360」のプランを利用していないチームにはこれまで通りコアデータのみを提供していますが、「360」はデータアナリストがコアデータを解析し、視覚化したデータにしてからチームに提供しています。現段階ではこの新しいサービスを知ってもらうことに専念して、来シーズン以降にブレイクさせたいと考えています。
――約3400以上のイベント指標データをさらに解析するのは膨大な作業になると思いますが、この新サービス「360」のためにスタッフを増員されたのでしょうね。
タリ:ご指摘の通りです。2年前と比較すると、現在は約2倍のスタッフが働いています。そして、引き続き一緒に働く仲間は増え続けているという状況です。
――すでに画期的なサービスを展開していますが、クライアントのためのサービス向上を視野に入れて、人員を増やすという投資をしているのですね。
タリ:私たちはこの業界でもまだ“よちよち歩きの子ども”のような存在で、もっと成長できると考えています。クライアントの成功のために、クライアントをサポートすること、サービスを開発すること、既存サービスを改善するということを日常的に意識して取り組んでいます。
――StatsBomb社で解析されたデータは、サッカーチームでどのように活用されているのか具体的に教えてください。
タリ:サッカーチームとの契約の場合、データは選手個人ではなくてチームのアナリストやコーチなどに提供します。チームスタッフは解析データを通して、選手のパフォーマンスを客観的に評価することができます。選手の評価にはピッチ上でのパフォーマンスだけでなく心理面も含めてさまざまな要因がありますが、客観的なデータを活用することで、正当な評価につながります。また、チームはスカウティングでも活用できます。候補に挙がっている選手を比較する際に活用できますし、チームの視野に入っていなかった逸材を新たに発掘する際にも役立ちます。
――選手の分析だけでなく、スカウティングでも有効活用されているのですね。
タリ:そうです。例を挙げて説明しましょう。あなたがスカウトだと仮定して、一人のMFを探しているとします。マーケットによりますが、250~300人ほどの選手がその候補リストにいるとします。現場に足を運んでそれだけの人数の選手を一人一人正確に、そして多額の経費をかけずに評価するのは不可能です。ですが、解析データを基に事前にフィルタリングすることで20人にまで絞ることができます。20人の候補からチームのスカウティングレポートを基にさらに10人にまで絞り込むことができれば、その10人は実際に足を運んで選手を見てスカウティングすることができます。それが南米であったとしても現地に行けばいいのです。スカウティングに必要な時間も予算も大幅に削減できるということです。
――効率的であり、効果的なスカウティングを可能にしている。
タリ:はい、正確な情報は大きなアドバンテージになります。
アジア、特に日本と韓国は大きな可能性を持つ市場――StatsBomb社は設立されてからまだ数年にもかかわらず、野心的に急成長を遂げ、業界の中でも重要な存在となっています。これまでにどのようなチャレンジをしてきたのでしょうか?
タリ:他のどの業界でも同じだと思うのですが、新たにその業界に参入する際に重要なのは認知度を上げることが最初のステップになります。マーケティングが重要ですので、現地の言葉が話せるスタッフも必要です。また、拠点によって時差が違いますので、時差対応もチャレンジの一つですね。そして、サッカーチームもFA(連盟)もすでに契約を結んでいる業者が存在しますので、新たにアプローチする適切なタイミングを見計らうことも重要です。
――同業他社と比較して最大の強みは何だとお考えですか?
タリ:最も正確なデータを提供するためにベストを尽くしていることです。そして、クライアントを全面的にサポートします。すべてにおいて全力で取り組むことですね。ビジネスだけでなく、コミュニティー活動にも力を入れています。例えば、依頼があれば地元コミュニティーのために無料で試合のデータ解析も行っています。
――では、今後の新たなチャレンジについてどうお考えですか? サービスの革新、新たな市場の開拓など、いろいろと考えられますが。
タリ:私たちは成長の余地がまだ十分にあると考えています。プレミアリーグのほとんどのクラブをはじめ、ヨーロッパの多くのクラブとも契約を締結しています。しかし、まだすべてのクラブと契約を結べてはいません。私たちはクライアントであるサッカーチームのことを「ファミリー」と呼んでいますが、できる限りファミリーを増やしたいのです。アジアは大きな可能性を持つ市場ですし、中でも日本と韓国は特に重要な市場です。アジア市場に最先端のツールを導入したいですね。具体的には日本ではまず認知をしてもらえるように、進化したデータ解析とこれまで一般的に知られているデータ解析との違いを知ってもらいたいです。正確な解析データがチームにどれほど大きな違いをもたらすことができるのか。
――StatsBomb社ではクライアントを「ファミリー(家族)」と呼んでいるのですね。
タリ:クライアントに対して何かサービスを提供して終わりではなく、サポートを続けることをとても大切にしています。文字通り年中無休で対応しています。チームに解析したデータを渡して終わりではなく、家族のように寄り添い、いつでも相談に乗ります。フレンドシップ(友情)と呼んでもいいかもしれません。
――正確な解析データを提供するだけでなく、互いに信頼して絆を深めることにも注力している。
タリ:そうすることが私たちの業務を改善するという視点からも重要な意味を持つのです。改善のためには良いフィードバックが重要ですが、フィードバックは信頼できるものでないと意味がありません。そのためにはお互いに信頼できる関係性を築く必要があります。正確なデータと信頼できる関係性。両方とも大切です。私たちのカスタマーサクセスチームは24時間体制で対応しており、クライアントに高く評価されている点でもあります。
香川や冨安にもStatsBombの恩恵が。アスリートマネジメント会社との提携
――StatsBomb社は香川真司選手や冨安健洋選手のマネジメントをしている株式会社UDN SPORTSとアジア初となるパートナーシップを締結しました。アスリートのマネジメントを行う企業はどのように解析データを活用できるのでしょうか?
タリ:サッカーチームと同様に選手の評価をする際に役立ちます。例えば、チームと年俸について交渉する時には選手のパフォーマンスの解析データを基にチーム内の他の選手と比較したり、リーグの平均的な選手と比較することができます。それによってチームとフェアな交渉を行うことができますよね。また、選手の移籍先を検討する際には、その選手がどのチームに最もフィットするかを判断するための材料としてもデータを活用できます。
――StatsBomb社にとって、株式会社 UDN SPORTSとのパートナーシップはどのような意味を持つのでしょうか?
タリ:UDN SPORTSの関係者の方々とこれまでコミュニケーションを取ってきました。会社として素晴らしい仕事をされていることはもちろんのこと、皆さん信頼できる正直な方ばかりです。私はビジネスにかかわらず、信頼できて尊敬できる人と行動を共にすることを大事にしています。ビジネスにおいては、UDN SPORTSは広いネットワークをお持ちなので、私たちの業務を有意義なものにしてくれると考えています。例えば、StatsBombが単独で日本でビジネスをやることは難しいですが、ベストを尽くしてくれるパートナーのおかげで何かやりたいと思った時にそれをただ実行するだけではなく、さらに良くするためのアドバイスまでもらえます。言い換えるならば、離れたところに信頼できる友人ができたという感じでしょうか。ビジネスパートナーとはお互いを尊敬できる関係性であることが大切です。このパートナーシップと友情が長く続くことを願っています。
<了>