アメリカ・ヒューストンで行われたITTF世界卓球選手権大会。日本勢は、混合ダブルスと、女子ダブルスが最大の見せ場となった。これら一連のダブルス競技では、「早田ひな」という存在が一気にクローズップされた。若い世代の中で伊藤美誠、平野美宇に続く第3の選手のようなポジションにいた早田が、世界卓球でブレイクした瞬間といえる。これまでの道のりでも大きく評価されてきた彼女の実力、そしてその持ち味を思えば、遅過ぎたくらいだろう。早田ひながなぜ“ダブルス”で開花したのか、彼女の強みがどこにあるのかを分析した。
(文=本島修司)
名実ともに日本女子の頂点を極めた“最終兵器”早田ひなは、福岡県の名門・石田卓球クラブで4歳の頃から練習を開始。すぐに頭角を現した。そこからの輝かしい足跡は、説明不要だろう。伊藤美誠、平野美宇と共に“黄金世代”と称される一人となり、瞬く間に日本の女子卓球のトップ選手に上り詰めていく。
2020年は全日本卓球選手権大会で伊藤とペアを組んで優勝。大会3連覇を飾った。そして、女子シングルスでは準決勝で盟友の伊藤美誠、決勝では先輩の石川佳純を破り、初優勝。これにより、名実ともに日本女子の頂点を極めた。
2021年の東京五輪では、「リザーブ選手での選出」に留まっていた早田。世界ランキングでは伊藤と石川が上だったこと、団体戦の最終メンバーに平野が選出されたことによるものだった。これにより、早田の悔しさと闘争本能は、極限まで高まっていたのだろう。その気持ちが爆発したかのような戦いぶりを見せたのが、全日本選手権の優勝だった。
長いリーチから繰り出される、男子選手のようなパワーのあるドライブ。日本の女子の中では、卓球王国・中国が最もマークする伊藤と双璧の実力。すでに早田は、打倒中国のための“最終兵器”ともいえる存在にまでなっていた。
そして、迎えた世界卓球。伊藤とのタッグで決勝まで駆け上がった女子ダブルス。準決勝で圧倒した相手は、他ならぬ、中国ペア。東京五輪・女子シングルス金メダリストの陳夢と銭天一のペアに競り勝って決勝進出を果たした。
なぜ左利きは、ダブルスで有利なのか?「左利きは、ダブルスで有利」。よく耳にする言葉だ。左利きと右利きのペアは、ハの字を書くようにして、物理的にお互いの懐まで入り込める。動きやすい。この点で有利になる。さらにはレシーブの際に、左利きの選手は回り込むような形で台の中まで入ってプレーできる。構えている段階からすでに回り込みに近いくらいの選手もいる。この点も有利となる。これらは、卓球におけるセオリーだといわれている。
そして左利きである早田が世界卓球で決勝まで勝ち上がったのは、混合ダブルスと女子ダブルス。つまり、“ダブルス競技”だった。
では、他に「ダブルスの名手」といわれる選手には、どんな選手がいるか。日本の男子、森薗政崇。中国のペンホルダー、許昕。この2人は特に有名だ。そしてやはり、2人とも左利きなのだ。また、いうまでもなくレジェンド水谷隼もダブルスの名手。そして左利きだ。
「男子並みのドライブを打てる左利きの女子選手」。こうして見ると、早田ひながダブルスの名手として名を馳せていくのは必然的だったのかもしれない。
張本智和との“珍しい形”を生み出した早田の真骨頂さらに世界卓球では、混合ダブルスにおいて、早田の長所が最大限生かされることになった。
早田は長い手足を巧みに使った腕がしなるようなドライブで、他の女子選手よりも、やや台から離れてプレーすることができる。例えるなら男子の水谷のようなスタイルが取れる。今回ペアを組んだのは、張本智和。張本は男子選手の中でも、現代卓球の申し子といえる存在。台から離れず、打点の速い高速卓球を展開する選手だ。
通常、混合ダブルスというのは、女子が前、男子が後ろ、という配置でプレーすることが多い。例えば、東京五輪で金メダルを取った水谷・伊藤ペアは、決勝戦において、伊藤が前でさばき、水谷が後ろから追撃をするような卓球を展開している。この王道の混合ダブルスのスタイルで、金メダルを獲得した。そしてこの時、決勝戦の相手だった許昕・劉詩雯の中国ペアもまた、女子の劉詩雯が前、男子の許昕が後ろから追撃する、というスタイルのペアだった。「左利き」が入っていることがいかに有利か、そして、女子が前にいることがいかに王道のやり方であるかが、このことからもよくわかる。
しかし、張本・早田ペアとなると話が違ってくる。
男子の、張本が前。そして、女子の早田が後ろなのだ。この形でのプレーが多くあった。この珍しい形は、早田が「後陣からもドライブでプレーできる女子選手」だからこそ可能となったはずだ。
世界中が警戒し始めた“早田ひな現象”卓球のダブルスでは、交互に球を打つという特性上、どうしても「どちらかがどちらかをより生かすことに専念する」か「どちらかが自分のスタイルを少し引っ込める」ということが求められる場合がある。しかし、張本にとっては早田が入ることでその点が解消される。張本は、前で、台に近い普段の立ち位置でプレーできる。
世界卓球・混合ダブルス準決勝。対戦相手は、林高遠・チャン・リリーの国際ペア。
最終セットまでもつれこんだこの一戦は、5セット目で序盤から張本・早田ペアが4連続ポイント。特に4本目は張本が前で放つバックミート、5本目は張本が台の中に入り込んで放つチキータだった。当然、展開によっては早田が前に飛び込んでくるシーンもたくさんある。互いが、前でも、後ろでも、大丈夫。両方のパターンに隙がない。こうして、見事なコンビネーションが出来上がった。
張本だけではない。伊藤もまた、現代卓球の申し子のようなスタイルだ。決勝戦まで進んだ女子ダブルスでも、早田が自らの体を倒しながら沈み込むようにして、いつものドライブを放つ姿は、まるで「やや後ろから打つ男子選手が一人混ざっている」かの様に感じた。そして、前で打つバックハンドミートや、台上のチキータ、逆チキータなど、伊藤の持ち味が最大限に生かされていた。
どちらも決勝で敗れての銀メダルに終わったが、高い完成度の中で、相性も抜群の両ペアだった。そして、「世界一」まであと一歩のところにいる選手の中に、「早田ひな」の名前が加わった大会だった。
おそらく、中国をはじめ世界中が警戒し始めた“早田ひな現象”。今大会のプレーを見て、彼女へのマークはさらに強まっていくかもしれない。それでも、リーチの長さという生まれ持った才能を、悔しい思いと途方もない努力で開花させた彼女の行く先には、全日本選手権、次の世界卓球、そしてその先のオリンピックと、“金色”の明るい未来が待っていそうだ。
<了>