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やっぱり「食べたもので体はつくられる」。長友佑都を蝕んだ入院生活を支えた専属シェフ・加藤超也の“至高の一品”

REAL SPORTS 2022年1月24日 11時45分

記録の更新、技術の進歩。まさに日進月歩のスポーツ界では、パフォーマンスの向上のために日々の練習はもちろん、食事、睡眠、日常の過ごし方、心の持ちようなど、生活の全てがトレーニングとして捉えられるようになった。それぞれが科学的な根拠に基づき、成果を出すために欠かせないものになっている現在、アスリートから大きな注目を集めているのが“食事”とパフォーマンスの相関関係だ。古くから体をつくる栄養とスポーツの関係は深かったが、現代のスポーツの現場では、“食”の可能性がさらに広がっている。35歳になったいまも日本代表としてプレーする長友佑都の専属シェフとして話題を集める加藤超也シェフに、スポーツと“食”の可能性について聞いた。

(インタビュー&構成=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、写真提供=株式会社Cuore)

長友佑都の“鋼のメンタル”をむしばんだ入院生活

「絶対あそこには戻りたくない」

ストイックに自らを律し、さまざまなトレーニングとコンディショニングで自身を鍛え上げてきた“鉄人”長友佑都が、もう二度と戻りたくないと振り返るのが、トルコ・ガラタサライに在籍中に患った肺気胸での入院生活だ。

2018-19シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ、ホームのシャルケ戦で、ボールが当たった衝撃で肺に穴が開き、現地の病院で手術を受けた。

「10月の末に起きたアクシデントだったのですが、2019年1月にはアジアカップを控えていたこともあり、長友選手のショックは大きかった。正直、あんなに落ち込んでいる長友選手を見たのは後にも先にもあの時だけですね」

こう振り返るのは、2016年から長友の専属シェフとして食事からコンディショニングを担当する“専属シェフ”として道をともにしていた加藤超也シェフだ。

当初は長友もそれほど深刻には捉えていなかった。自宅に直帰しようと考えていたが、クラブのドクターに促されて病院へ。そこで医師から適切な処置をしていなければ命にも関わる病気だったと告げられた。

受傷箇所が心肺機能に影響する肺であることから、無尽蔵のスタミナでサイドのスペースを上下する長友のスタイルへの影響も心配された。

「アジアカップに間に合わない。長友選手がネガティブな言葉を発するのはとても珍しいことですし、手術後には筋力も衰えていって、憔悴(しょうすい)しきっていました」

手術後は当然、固形物が食べられない。無機質な病室で栄養のためだけに流動食をすする生活は、長友の心をもむしばんだ。

肺気胸からの復帰を助ける食事とは?

「“あれ”なら食べられる。つくって持ってきてくれないか」

長友が専属シェフの加藤にSOSを出したのは、術後間もない時期だった。

ただでさえ気がめいる入院生活。食べるのが“愉しみ”でもある長友にとって、流し込むだけの食事は焦りや不安を助長するものだったに違いない。

長友の様子を見ていた加藤も、SOSに応えるには“あれ”しかないと思っていた。

“あれ”とは、加藤が長友の専属シェフになる直接の決め手になったスペシャリテ(シェフの代名詞になるような特別な一品)、「ポタージュ」だった。

「固形物が食べられない状態でもポタージュであればさまざまな味を感じられます。具を工夫すれば、失われた肺の一部の回復に必要なたんぱく質を効果的に摂取できます。アスリート食として取り組んでいたファットアダプト(糖質摂取量を抑え、たんぱく質と脂質は積極的にとる食事法)の監修者である北里大学北里研究所病院の山田悟先生に相談し、現地の病院の許可を得た上で、アジアカップに間に合わせるための“食事によるリハビリ”を始めました」

長友と加藤が肺気胸からの回復、アジアカップまでの復帰にいちるの望みを託したのが、二人の出会いのきっかけになったポタージュだった。

“ファーストタッチ”で専属シェフの座を勝ち取った一品

以前の原稿で詳細に触れているが、長友との最初の面談で加藤が“勝負の皿”として披露したのは、「白タマネギ」「トウモロコシ」「枝豆」のポタージュだった。そもそも素材の力を引き出す料理を得意としていた加藤シェフは、アスリートこそ「何を食べているか自分の舌で実感できる食事をしてほしい」という思いがあった。

「食べたもので体はつくられている。当たり前のことですけど、アスリートにとってこの感覚ってより実感しやすいものだと思うんですね。余計なものが入っていていない、食べたものが自分の体にどんな作用があるかがはっきりとわかる」

初めての一口で長友を特に驚かせたのは、白タマネギのポタージュ。スプーンから口に含んだ時の驚きの表情が忘れられない。

「あの時は、意図をわかってもらえたという気持ちがありました。タマネギというありふれた素材、塩とオリーブオイルだけ。余計なものが入っていないポタージュがここまで甘いのか、うまいのかというのを舌と体で感じてほしかった」

加藤は「これでわかってもらえなかったら仕方ない」と思っていたそうだが、この“ファーストタッチ”で長友は加藤を専属シェフに起用することを決め、二人はともに食とスポーツのコンディショニング、アスリートのパフォーマンスの可能性を広げる旅に出ることになった。

無機質なトルコの病室を彩った食べる喜びが詰まった“ポタージュ”

場面は戻ってトルコの病室。

「ちょっとヤバかった。どうにかなりそうだった」

長友が振り返るように、精神的に追い詰められていた時、滋味あふれるポタージュは体だけでなく心にも染みた。

長友との“はじまりの一皿”になったポタージュは以降もさまざまなバリエーションで食卓に登場してきたが、回復を念頭に高たんぱく質、高脂質の素材を使ったポタージュが連日病室に運ばれた。

「あれがなかったらいろんな意味でヤバかった」

術後の痛みにも苦しみ、点滴などの管につながれて身動きすることもできなかった長友にとって、加藤シェフが保温ポットに入れて持ってくるポタージュは、唯一心が安らぐ時間であり、希望が持てる瞬間でもあった。

「食事って、どんな人にとっても栄養素を取り込む以上の意味があるものだと思うんです。おいしいこと、感情が動かされる料理であることもやっぱり重要。アスリートは、記録や結果、パフォーマンスの良し悪しに左右される生活を送っていますから、メンタルケアというか、そういう側面もとても大切だと思っているんです」

結果的に、肺気胸からの競技復帰は当初医師から告げられた2カ月半を1カ月も縮める1カ月半でかない、長友は日本代表としてアジアカップ出場にこぎ着けた。長友本人の努力が一番だが、その陰に無機質な病室を彩った加藤のポタージュの存在があったのは間違いない。

食べたもので体はつくられている

加藤はいま、この時の体験をもとにアスリート専属シェフの機能を多くのアスリートに知ってもらう、スポーツと食事の栄養学だけではなく本当の関係性を広める活動を行っている。個人でさまざまなアスリートのサポートを行うのはもちろんだが、この道を切り開いた先駆者として、世界最高峰の現場で感じたまったく新しい次元の「アスリートに本当の意味で必要な食事」を伝えるタスクにも積極的だ。

その象徴でもあるポタージュは、「THE POTAGE」として商品化もされている。

機能性と嗜好(しこう)性、その両立を目指したこのポタージュは、京都府亀岡市生産素材を使用した『かぶ(聖護院かぶら)』、北海道北見市産の『白玉ねぎ(真白)』、北海道ニセコ産『とうもろこし(味来)』のラインナップで、長友が驚いた白タマネギの素材の味の濃さ、ピュアさを前面に押し出した商品になっている。

素材選定には細かなこだわりを大切にし、加藤自ら生産地に出向き、改めて食材の大切さを実感した。

「たとえばトウモロコシの味来という品種は、ミラクルコーンとも呼ばれ、糖度が高いのが特徴です。ポタージュにするに当たっては、粒皮がすごく薄い、裏ごしせずに丸っと使えるという点もポイントでしたが、生産地についても寒暖差が大きく、遮るものが何もない広大な北海道の大地でしか成育しないといえるくらい違いがあるんです」

現地に足を運び、その場に立ってみる。高い建物どころか光を遮断するものすらない環境が、トウモロコシの甘さを存分に引き出すのだと体で実感する。 

また、聖護院かぶらの生産地である京都府亀岡市では、四方を山に囲まれ、保津川が流れる地形で育つ意味を体験した。 

「盆地で川が流れている。朝には霧が立ちこめるくらい湿度が高くなるんですね。なおかつ昼近くには温度が急激に上がる。この水分と寒暖差が聖護院かぶらをみずみずしく育ててくれる」

日本には四季があり、その気候を生かした素材が育てられてきた。そしてそのうま味は、長い年月をかけて育まれ、熟成されて受け継がれてきた。

栄養素だけでなく、旬、食べる楽しさを意識した食事をすべての人に

「長友選手とさまざまな国を訪問させてもらって感じるのは、日本ほど季節、旬を感じながら食材と向き合う国はないということです。『THE POTAGE』については、長友選手ともよく話しているんですが『日本のものづくりの力を世界に広めたい』という大きな野望もあるんです」

『THE POTAGE』では旬を閉じ込めるために、保存方法も改良を重ねている。2月からは、ポタージュの入った瓶ごと冷凍できる設備を投入。保存期間を大幅に伸ばしつつ、旬を瓶に封入することに成功した。

「ビタミンCの王様として特に栄養価の高い食材として有名なのがブロッコリーですが、ブロッコリーも旬の冬と季節外れの夏では栄養価に差がある。『とにかくアスリートはずっとブロッコリー』という食べ方は必ずしも正解ではないと思うんですね」

毎日必ず口にする食事だからこそ、プロの知識や技術が介在する余地がある。

今後の展開としては、食の楽しさ、「食べたもので体はつくられる」を多くの人に実感してもらうために、商品開発も行っている。

初めてつくった時、長友が目を見開いた「白タマネギのポタージュ」の生産地である北見では、タマネギは生でそのまま食べるものというのが常識だそうだ。水でさらさずとも辛味が少ない。辛味成分である硫化アリルが少ないからできることなのだが、加藤が目指すのは、「生でかぶりつくより素材そのものの味がするポタージュ」。

「素材の持ち味を大切に、何を食べているかわかる料理を」

この言葉を残したのは、“料理界のダ・ヴィンチ”と呼ばれたフランス料理界のレジェンドシェフ、アラン・シャペル。日本とも縁深いシャペルは、技巧が重視されがちなフランス料理にあって、なぜその素材をその方法で調理するのか? 素材に適した調理法、材料のおいしさを引き出す手法はどれか? という本質にこだわったという。

長友を救ったポタージュに象徴される食とスポーツの関係は、アスリートのコンディショニングに限らず、すべての人の体づくり、心の豊かさを広げる可能性を持っている。

<了>






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