米メジャーリーグベースボール(MLB)、ピッツバーグ・パイレーツに所属する筒香嘉智は、毎年オフに中学時代に在籍していた大阪府の堺ビッグボーイズで子どもたちを前に「将来ある子どもたちの野球に対する思い」を語ってきた。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、昨年同様リモートでの開催となったが、1月8日、「野球界の未来を考えよう」をテーマとしたオンラインイベントが開催された。今回は、早くから筒香の提言を取り上げ発信を続けているスポーツライターの広尾晃氏が、イベント後の筒香に行ったインタビューの模様をお届けする。
(インタビュー・写真=広尾晃)
心と頭を縛る「負けたら終わり」のトーナメント――筒香選手自身は、横浜高校時代、夏の甲子園で1試合の打点記録を作るなど活躍したが、以前から、甲子園をはじめとする高校野球のトーナメント制に疑問を呈していた。プロ野球などで一般的なリーグ戦とトーナメント戦では、どういうところが異なると思うか?
筒香:まず「準備の仕方」が違うと思います。トーナメントは一1回勝負ですので、今後のこと、将来のことを考える余裕はなくて、目の前の試合、その試合での勝利、成績など一つのことにしか心・頭が働かないような状況ではないかと思っています。
MLBでプレーしている僕は今、毎日試合をするような境遇ですが、そんな中で必要なのは、今日の試合のことだけでなく明日のこと、次につながることを自分で考えて準備することです。子どものころから、そういう習慣をつけることが大事だと思っています。
リーグ戦では、次の試合を見越して準備をするとか、いろんなことに対処する方法が自然に身に付くのではないかと思います。野球から何かを学ぶ、将来に役立つ何かを身に付けるという点では、リーグ戦の方が役に立つと思います。
――トーナメント戦は常にベストメンバーで戦うことになるため、必ず控え選手が生まれる。高校時代、試合に出られない仲間がいるということをどう感じていたか?
筒香:僕自身はキャプテンもやらせていただく中で、全員で戦いたいという思いが常にあったのは確かです。でもメンバーの人数は決められていますし、よく試合に出る選手もほぼ固定されていたので、控え選手は面白くないのではないか、他の選手はやりがいを感じないのではないかとは思っていました。
一つのチームなのだから何か一緒にできることはあるはずですし、試合に出さえすれば将来に生かせることはたくさんあるのに、トーナメントだと、ただグラウンドに来ているだけという状況が起きやすいのではないかと思います。
みんなが心から野球を楽しむために――キャプテンの筒香選手としても、控え選手が試合に出てくれた方がうれしいと考えていたのか?
筒香:スポーツなので、試合に出るメンバーがある程度決まるのは仕方がない面はありますが、僕の中では、控えの選手も含めて家族のような存在だと思っていました。だからみんなが、心から野球を楽しめる仲間であるべきだと思います。
チームのみんなが自分の損得を考えずに動けるような、思いを一つにできるような集団になれば、今後の人生に生きてくるのではないでしょうか。そういう意味でもトーナメントよりリーグ戦の方が、チーム全体のまとまりもできて、みんなが成長できると思います。
――一戦必勝のトーナメント戦の場合、勝ちに固執するあまり相手を見下したり、攻撃するようなヤジが飛んだり、ギスギスした試合になることがある。筒香選手もそういう試合を経験してきたと思うが?
筒香:僕が中学時代に所属した堺ビッグボーイズは、メガホン禁止でしたし、ヤジを飛ばすのも禁じられていたので、中学時代はそういう経験はありません。しかし小学校時代は「こんなこと言うんや」というような罵声を聞いたことがあります。どうしてそうなるのかと思っていました。
小学校時代もトーナメント戦が多かったので、それだけが原因ではないにしても、一戦必勝の弊害という部分はあったと思います。
金属バットでは、打撃に必要なバットの構造、機能を知ることができない――高校野球のもう一つの弊害として「飛びすぎる金属バット」の問題がある。筒香選手自身は、高校時代まで金属バットを使用し、プロ入りしていきなり木製バットを使うようになった。どんなギャップを感じたか?
筒香:まずは木製バットは「飛ばない」ということですね。金属バットの場合「芯」を外れても本当に飛んでいきます。高校時代はそれが当たり前だったのですが、プロ入りして木製バットで打って「バットの芯で打たないと飛ばない」ということを痛感しました。
金属バットは金属の筒に充塡(じゅうてん)物を入れてできています。単純なつくりなので、木製バットと異なりどんなに研究しても「バットの構造、機能」をよく知ることができません。だから金属バットを使い続けていたら、技術の向上にもかなり遅れが出ると思います。
僕自身はプロ入りしてしばらくは「バットのことがわからない」「バットと自分が一緒になれない」というギャップを埋めることができませんでした。
力はある方だったので、プロで木製バットを使ってのバッティング練習でも、全然飛ばないという感覚はなかったのですが、試合に入るとそのギャップが顕著に出るなという感じでした。
金属バットでは、芯を外しても内野の間を速い打球が抜けていって安打になっていましたが、木製の場合、芯を外れるといい打球は飛ばない。金属バットを使い続けた選手には、それが大きな問題になるのかなと思います。
――木製に比べて高反発な金属バットの打球は速かったとのことだが、高校生が金属バットで打つ打球とプロ選手が木製バットで打つ打球では、守備についていてどちらが速いと感じたのか?
筒香:野手として守っていて、高校時代よりプロに入ってからの方が、打球が遅いと感じたことはたくさんあります。
ただ、ボテボテの打球や、当たりそこないのフライでも金属と木製では球の回転の仕方、切れ方が全く違い、落下点も異なります。だから、高反発な金属バットと木製バットでは、守備側の準備の仕方も違ってくると思います。
金属バットはある程度芯を外しても速い打球が来ますので、守備側は受け身という感覚になると思うのですが、木製バットの場合、ボテボテの打球でも複雑な動きをしますから、受け身ではなく思い切って突っ込むなど、守り方も変わってきます。バット一つ違うだけで、いろんな弊害が起きているのが現状ではないかなと思います。
――高校からプロに入って、金属バットから木製バットに替わって、使いこなせるようになったと思ったのは、どれくらいからか?
筒香:本当の意味では、4年間かかったかなと思います。慣れて違和感がなくなったなと思ったのは、大学卒業の同級生が入ってきた頃だったので、4年たったな、と思ったのを覚えています。
小学生が「飛ぶバット」で“サク越え”を放つ意味――すでにアメリカでは木製バットに近い反発係数に準拠したBBCOR(BBCOR(Bat-Ball Coefficient of Restitution)仕様の金属バットを導入しているが、日本高野連(日本高等学校野球連盟)はこれを採用するのではなく、バットの形状を変えた新たな金属バットを開発して対応しようとしているが、どう思うか?
筒香:「変わった」というだけになってほしくないなと思います。形だけを変えて「変わりました」と世の中に発信するだけになるのはやめてほしいです。実質的な効果があるものにしてほしいですね。
――年末に日本野球機構とプロ野球12球団が主催するジュニアトーナメント(NPB12球団ジュニアトーナメント KONAMI CUP)があって、小学生が軟式野球の大会で、ウレタン素材を一部使用した軟式用の合成バットで、サク越えのホームランを打ったという話があったがどう思うか?
筒香:僕も神宮球場で実際に見せていただいたのですが、ちょっと考えられなかったですね。YouTubeなどでもああいうバットで大きな打球を飛ばしている画像がたくさん上がっていますが、少なくとも少年野球はそうなってほしくないなと思います。もちろん草野球をしている方などがそのバットを使って飛べば楽しいでしょうし、それはいいと思いますが、子どもたちが同じバットを使うとなると意味が違ってくると思います。
将来がある子どもたちには、子どもたち用のバット規定を設けて、しっかり芯で打たないと飛ばないバットで打つようにしないと、後々苦労するのは子どもたちだと思います。こういうことを大人がちゃんと考えてほしいと思います。
――筒香選手は大阪府、長野県、新潟県を中心に始まった高校野球のリーグ戦、Liga Futuraを応援してきた。昨年からLiga Agresivaとなって全国的に展開しているが、どのように思っているか?
筒香:高校野球のリーグ戦というだけでなく、BBCOR仕様の低反発金属バットや木製バットを使用し、球数制限も実施しているということで素晴らしいと思います。また、試合だけでなく選手や指導者がスポーツマンシップについて学んでいるのもい良いと思います。
どんなことでも、これまでやったことのないことを始めるのは大変だと思いますが、大人たちが野球をする子どもたちの将来を本当に考えて、これからも勇気をもって発展させていただきたいと思います。
<了>