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髙梨沙羅へのメイク批判は正当か?「メイクしている暇があったら練習しろ」の大きな間違い

REAL SPORTS 2022年2月6日 10時59分

昨日2月5日に行われた北京五輪のスキージャンプ女子ノーマルヒルで3度目の大舞台に挑んだ日本のエース、髙梨沙羅選手は素晴らしいジャンプを見せたものの結果は4位。惜しくも2大会連続メダル獲得をかなえることができなかった。多くのプレッシャーがかかる中で日本スキージャンプ界のトップランナーとして活躍してきた彼女を筆頭に、女性アスリートに対し「メイクにうつつを抜かしていないで練習しろ」という批判があがる現状はいまだに変わらない。実際、“アスリートにメイクは不要”なのか? アスリートビューティーアドバイザーとして活動する花田真寿美さんに、アスリートとメイクの関係性におけるリアルを解説してもらった。

(文=花田真寿美、写真=GettyImages)

スキージャンプ・髙梨沙羅のメイクにいまだ注がれるネットバッシングへの疑問

アスリートがメイクアップ(以下、メイク)をすると「チャラチャラしている」「競技に集中していない」「モテようとしている」「イメージが変わってしまった」「メイクをする時間があるなら練習しろ」そんな批判をされることがある。「そんな古い考え、まだあるの?」と思う方もいるかもしれないが、つい先日も、とある競技のアスリートからそんな批判が怖いという相談を受けた。「成績が出ていないのにメイクにお金をかけている」などと周りから言われるそうだ。

メイクをして競技をする姿に注目を浴びたスキージャンプの髙梨沙羅選手も、さまざまな意見を浴びせられているアスリートの一人。髙梨選手のメイクについて書かれたネット記事や批判的なコメントを目にするたびに、疑問を感じていた。

髙梨選手が全日本スキー選手権で優勝し大会3連覇を果たした2019年にも、彼女の優勝をたたえる記事に対し競技成績ではなくメイクや髪型などに対して批判的なコメントが相次いだ。その後も髙梨選手に対するネットバッシングはエスカレートしていき、愛車やテレビ出演時に語ったことに対しても「調子に乗っている」というような攻撃が続いていった。

そのことについて書かれた記事に対し、Twitterでバドミントンの奥原希望選手は「これを読んだ時、アスリートは人間としての自由がないのかなと考えてしまう。普通の一女の子としてオシャレしたいとか、可愛くいたいとか、好きなものに囲まれたいとか思ってそれを実現したら...全て「調子に乗ってる」となるのでしょうか。」(原文ママ)と発信。

リオデジャネイロ五輪銅メダリストの元柔道選手、近藤亜美さんは「アスリートってなんなんだろう。スポーツ選手に憧れる人と同じように「普通」に憧れる事がある。人間だもの化粧したって、結婚したっていいじゃない。24時間365日スーツ着て常にパソコンに向かってる人なんて…いないよね。そゆこと。オンオフないと死んじゃうよ。」(原文ママ)とツイートしていた。アスリートがメイクをすることで批判されることに対し疑問を呈する選手たちも増えてきている。

選手たちのリアルな声から読み解く「メイクが及ぼすポジティブな影響」

私はアスリートビューティーアドバイザーとしてアスリートたちの試合や記者会見時、アワードや表彰式前にメイクをしたりメイク直しのサポートに入ったり、選手が自分でできるようメイクの講習を実施したりしている。メイクをすることで選手が持つ魅力を引き出し、自信を持って舞台に立つことが目的だ。

アスリートがメイクをするのは、批判されるべきことなのだろうか――?

サポートしているアスリートからは、メイクをすると「スイッチのオンオフになる」「自信を持ってコートに立てるようになった」「積極的なプレーが増えた」「記者会見時、自然と背筋が伸びた」という声が届いている。メイクや肌の調子を含め、「ベストなコンディションの自分で競技に臨みたい」という選手は少なくない。

メイクをレース前のルーティーンにしている選手もいる。今年1月31日に引退を発表した陸上選手の木村文子さんは、宿舎を出発する前にメイクをしてからウォーミングアップをする。レース直前になると不安や緊張が出てくることがあるが、メイクをしている最中は集中するので雑念を払拭(ふっしょく)することができるそうだ。

また、緊張をすると唇が青くなってしまう体質の選手がいる。彼女はネットを挟む対面競技で相手との距離が近いため、緊張していることがバレると狙われたり、相手が強気になり攻め込まれたりする。そういったことを防ぐために顔色が良く見える口紅を取り入れている。

肌荒れを気にしていた選手は、囲み取材が苦手だった。何人もの記者に近距離でインタビューされながら「肌が荒れているなと思って見ているんじゃないか」とか、メディアを通して見た人にも「肌荒れしていると思われるのではないか」とか……そう考えると視線は自然と落ち、インタビューも早く終わってほしいとさえ感じるようになったそうだ。しかし、メイクを取り入れて肌をキレイに見せることでインタビューでも堂々と発言できるようになったと話していた。

表彰式前にメイクを施したスポーツクライミング選手の場合。彼女は普段全くメイクをしないそうだが、親御さんやコーチから表彰式が終わった後に「表彰台の上でいつもより笑顔が多かった」という言葉をもらったという。

「メイクをすること自体が『勝ちメンタル』」

女性に限ったことではない。男性アスリートの表彰式前や撮影時にメイクサポートやヘアセットに入ることもある。パラリンピック競技であるブラインドサッカー日本代表の加藤健人選手も、スキンケアやヘアスタイルにこだわりを持つ。「自分には見えなくても周りから『かっこいい』と思われていると思うと、自信が持てる」と話してくれた。メイクをはじめ「ビューティー」が持つポジティブな影響は、性別も、障がいの有無も関係なく作用していることがわかる。

私は中京大学とメイクの有無が与えるパフォーマンスへの影響を研究している。メイクをする前と後では、競技種目、性別問わず、メンタル面では「堂々とできるようになった」「コミュニケーションを積極的に取れるようになった」など前向きな変化が見られた。パフォーマンスや動作について20種類近くの検証を行い、ある動作は全員一致でパフォーマンスが向上していることがわかった。(さらに検証を重ねる必要があり、研究途中のため内容は非公開)

「結果が出てくるとメイクをし始める選手が増える」

陸上競技のコーチが話していた。「勝てるようになると注目が集まり、見られる意識を持つからでは」とのことだ。

「メイクをすること自体が『勝ちメンタル』だと思う」

スポーツクライミングオリンピアンの専属トレーナーは言っていた。「メディアに撮られるためにメイクをしている=勝つことを前提として取り組む姿勢」だと。「見られる立場」「魅せる覚悟」の意識が生まれるのではないか。

現在、テキサス・レジェンズでプレーする馬場雄大選手へインタビューした際も、彼が学生からプロ(アルバルク東京)に変わった時に何が一番変わったかというと「身だしなみを意識するようになった」ことだと言っていた。その時彼が話していたことを振り返る。

「自分がプレーできているのはスポンサー、ファンの方々、家族など周りの支えがあってこそ。感謝の気持ちを伝えるには、そして喜んでもらうにはどうしたらいいか考えた時に、寝癖がついたまま……ではなく『かっこよくいる』ということも重要だという意識が芽生えた」

メイク講習を受けたことすら公表できない現状

さまざまな競技のアスリートのリアルな声に耳を傾けると、メイクをすることや髪型をおしゃれに変えることに対して頭ごなしに批判することが正しいことなのかどうか、改めて考えてみていただけたらうれしい。

例えば私たちが、すっぴんで街中を歩くとなった場合は、なるべく人に見られたくないし、自然と猫背になり、知り合いがいても気づかれないように……と、消極的な行動を取るだろう。反対に、プロにヘアメイクをしてもらったり、美容院の帰り道には「何か予定を入れたいな」「このまま帰るのはもったいないな」「誰かに見せたいな」というように、前向きで積極的な気持ちになることは安易に想像できるはず。「アスリートだから」と区別をするのはおかしいのではないか。

近年、「アスリートビューティーアドバイザー」という活動に興味を持ったり共感をしてくれる方が増えた。その中には、現在は指導者や競技団体に携わっている女性が多い。「自分が現役の頃は、メイクなんてNGだった。でも引退後にメイクを知り、もっと早く知りたかったと思った」と語ってくれる。

しかし、スポーツ業界の中ではまだまだタブー視される風潮が残る。メイク講習やサポートを受けたことは公表しないようにと、競技団体や選手個人、親御さんから頼まれることもある。結果が出なかった時に「メイクをしているから負けたんだ」「うつつを抜かしていないで練習しろ」と批判されることを防ぐためだ。

覚悟の有無や勝敗とメイクをしていることをひもづける考え方や「アスリートなのに」といった概念がなくなることを願いながら、私自身も“アスリートにメイクは不要”論に一石を投じていきたい。そして、職業や性別、障がいなどにとらわれず、それぞれの表現を自由に選択できる社会の実現を心から願う――。

<了>






PROFILE
花田真寿美(はなだ・ますみ)
1987年生まれ、富山県出身。アスリートビューティーアドバイザー。現役アスリートを中心に、引退後のアスリートや学生アスリート、スポーツを楽しむ多くの方に向けて、粧い(よそおい)と内面の両方を磨く「美」をテーマに、女性が自信をもって目標を達成するためのプログラムをプロデュース。学生時代は、バドミントンでインカレ出場。Precious one代表。

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