世界最高峰の欧州トップレベルのクラブで活躍する選手たちは、育成年代でどのような素質を見いだされて今に至るのか? 自らもイングランドと日本におけるU-12年代(12歳以下、日本における小学生年代)の指導者ライセンスを持つ現役選手である柴村直弥が、トッテナムのアカデミー採用やイングランドサッカー協会タレントID(才能発掘および育成)の最高責任者を担ってきたリチャード・アレンへのインタビューを通して、育成年代でもっとも重要視される能力について探る。
(インタビュー・文=柴村直弥、トップ写真=Getty Images、本文中写真提供=リチャード・アレン)
世界で活躍する選手に共通する、育成年代で求められる素質とは?近年、欧州のトップリーグで活躍する日本人選手たちが増えてきている。
これまで、ドイツ・ブンデスリーガのドルトムントや、イングランド・プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドなどで活躍した香川真司や、イタリア・セリエAのインテルで長く活躍した長友佑都、UEFAチャンピオンズリーグ日本人最長出場記録を持つ内田篤人、名門ACミランで10番を背負った本田圭佑らが欧州トップリーグでの日本人選手の地位を築き上げた。
そして現在も欧州の最前線で戦い続ける吉田麻也、プレミアリーグの名門リヴァプールでプレーする南野拓実や、アーセナル不動の右サイドバックとして定着した冨安健洋など、日本代表のメンバーも半数以上が海外組となっている。
さらには、10歳の頃からFCバルセロナの育成組織でプレーしていた久保建英や、9歳からレアル・マドリードの育成組織でプレーする中井卓大など、育成年代の段階から欧州の地でプレーする日本人選手も出てきている。
では、日本国内で活躍するだけではなく、世界最高峰レベルの欧州の地で飛躍を遂げる選手たちは、育成年代でどのような資質を持っている選手なのだろうか?
「あの太った子は誰だ?」最下層だったハリー・ケインを見出せた理由プレミアリーグのトッテナムでアカデミーのスカウティング部門の最高責任者を長らく務めた経歴を持つリチャード・アレンに、育成年代でどのようなポイントで選手をスカウトしていたのか話を聞いた。
「U-12年代ではフィジカルは重要ではありません。なぜならまだ体は成長過程にあり、その後の発達で大きく変化してくるからです。それよりも重要なのは、特別なサッカースキルや、サッカーに対するマインドの部分です」
リチャードは、2005年から8年間トッテナムの採用部門に従事し、その後、クイーンズ・パーク・レンジャーズ(現イングランド2部)のアカデミー統括最高責任者、イングランドサッカー協会のタレント発掘&育成の最高責任者も歴任している、育成年代の選手の素質を見抜くスペシャリスト。
そんな彼が、偉大なストライカー、ハリー・ケインを11歳のときにトッテナムへスカウトしたのはイングランドではBBCでも取り上げられるほど有名な話だが、ハリー・ケインは当時フィジカル的に周囲よりも劣っていたという。
「ケインは足が遅く、体もかなり小さかったです。10m、20mのスプリントやアジリティーなどを測定したフィジカルテストでは最下層レベル。彼は8歳の頃から所属していたアーセナルのアカデミーをわずか1年でアウトになっていました」
フィジカル的に明らかに劣っていたハリー・ケイン。これといった活躍をしていたわけでもなく、当時周囲からは獲得を疑問視する声もあった。
「コーチの1人は私に率直にこう言いました。『あの太った子は誰だ?』と。ケインは、フィジカルテストでは明らかに周囲よりも劣っていましたが、キック精度が高く正確で得点感覚に優れていました。そして、なにより練習熱心でクレバーでした。お父さんの身長は高かったので、身長は伸びる可能性があるとも思っていました。もちろんネガティブな面に目を向けるとリスクもあり、ケインの獲得に疑問を持つ人もいましたが、私は彼には特別な資質があると考えて獲得を決めました」
リチャードの見る目は正しかった。ハリー・ケインは18歳のときにトッテナムのトップチームでデビューし、19歳でプレミアリーグデビューを果たす。
体も大きく成長して現在では188cm・86kgの体躯。11歳の頃は劣っていたスピード面も体の成長にともなって格段に速くなった。そして、リチャードに見いだされた得点感覚は熱心に練習に取り組んだ成果もあってさらに成長し、プレミアリーグで3度の得点王、2018年のFIFAワールドカップでも得点王に輝いた。
ハリー・ウィンクスも育て「イングランド屈指の育成クラブ」にリチャードがハリー・ケイン獲得を決めたポイントがもう一つあるという。
「ケインは7月28日生まれで、日本でいう早生まれだったことも大きなポイントでした」
イギリスでは9月から学年が変わるため、7月生まれは日本でいう2月生まれということになる。
「トッテナムでは、早生まれの選手たちを優先的にリストアップしていました。U-12年代ではとくに早生まれの選手たちは成長が周囲よりも比較的遅いため、フィジカル的な要素はその後の発達によって大きく成長する可能性があります。フィジカル的に周囲よりも劣っていて活躍できていないものの、テクニックや得点感覚に優れていたり、クレバーであったりする選手などにあえて注目してチェックしていました。同じロンドン内に名門のアーセナルがあり、競合すると選手を獲得できなかったため、ほかとは違った方法で選手をスカウトする必要があったこともあります」
将来性のある子どもたちを獲得するだけでなく、その後クラブ内で育成していくプログラムもリチャードが構築していった。トッテナム生え抜きの選手で、近年イングランド代表にも名を連ねているハリー・ウィンクスについても彼が幼い頃からプレーを見続けて、さまざまな施策を打ってきた選手だという。
「ウィンクスも体は小さかったです。しかし、正確なパスを出せるテクニックとゲームメイクするクレバーさを持ち合わせていました。育成の最中でうまくいかない時期もありましたが、状況に応じて、上のカテゴリーでプレーさせたり、逆に下のカテゴリーでプレーさせてみたり、試行錯誤しながら育成プログラムを組んでいきました。ウィンクスの場合、体はそれほど大きくはならなかったですが、長短の正確なパスと試合の局面に応じた状況判断、ゲームメイクする能力はプレミアリーグ屈指となるまでに成長しました」
このように、トッテナムのアカデミーでは、U-12年代ではフィジカル的な要素を重要視せず、特別なスキルやクレバーさなどに着目し、また、早生まれの選手たちにも注目してリストアップするなど独自の視点で選手を採用することで、他クラブとの競合を避けながら将来有望な子どもたちを獲得していった。
以降、トッテナムはリチャードがクラブの状況に合わせて構築したスカウティングおよび育成システムのもとに徐々に成果を出し、「イングランド屈指の育成クラブ」と評されるまでに発展していった。
育成年代でフィジカルよりも重要視されるのは…
現代の欧州では、育成年代でのフィジカル的な要素はそれほど重要視されていないといえる。
かつて、バルセロナのアカデミーで“メッシを超える評価”を受け、メッシとともにプレーしていたディオン・メンディは、同年代では突出した大柄な体格と驚異的なスピードでゴールを量産。15〜16歳のときの公式戦では29試合で97ゴールを記録し、メッシの30試合37ゴールをはるかに上回った。しかし、年齢を重ねていくにつれて周囲のフィジカル能力が発達し、逆にメンディの発達スピードが遅くなり、それまでフィジカル能力に頼りきっていたメンディは思うような活躍ができなくなった。結果、彼はバルセロナでトップチームに昇格することはもちろん、プロ選手になることすらかなわなかった。逆に体の小さかったメッシのその後の活躍は周知のとおりである。
このような事例は、欧州サッカー界でこれまで数えきれないほど繰り返されてきた。
激しいボディコンタクトが多く、フィジカル的な要素の重要度が高いとされているイングランドにおいてでさえも、ハリー・ケインの例からもわかるように、育成年代、特にU-12年代でのフィジカル的要素は重要視されていない。
「より上の年代になるにつれて、もちろんフィジカル的な要素の重要度も高まっていきますが、育成年代においては、U-17やU-19であってもまだ体は発達段階にあります。これまで多くの選手たちを見てきましたが、世界最高峰レベルで活躍するようになる選手には必ず特別なスキルがあります。その点を見逃さないことが何より重要です」
リチャードがこのように述べているとおり、世界最高峰レベルで活躍する選手の育成年代での資質とは、フィジカル的な要素ではなく、ハリー・ケインのような類まれな得点感覚であったり、ハリー・ウィンクスのような正確なパスやゲームメイク能力など、一芸に秀でた特別なスキルを持っていることであるといえる。
そして、11歳の頃のハリー・ケイン獲得の際のポイントとして、「練習熱心でクレバーであった」という点をリチャードが特筆していたことからもわかるように、練習に前向きに取り組むメンタリティと自ら考える力は、特別なスキルをさらに発展させていくベースとして、何より重要であるように思う。
<了>