スポーツ界・アスリートのリアルな声を届けるラジオ番組「REAL SPORTS」。元プロ野球選手の五十嵐亮太とスポーツキャスターの秋山真凜がパーソナリティーを務め、ゲストのリアルな声を深堀りしていく。今回はWebメディア「REAL SPORTS」の岩本義弘編集長が今一番気になるアスリートやスポーツ関係者にインタビューする「岩本がキニナル」のゲストに、法学者の谷口真由美さんが登場。今年1月に開幕したラグビー新リーグの立ち上げに深く関わりながら、突如としてラグビー界を追われた彼女が“若い世代のために”その思いを語る。
(構成=池田敏明)
「扉を開けたら全裸の男性が…」自宅は花園ラグビー場岩本:今日は、昨年に公益財団法人日本ラグビーフットボール協会理事、新リーグ審査委員長を退任された、法学者の谷口真由美さんにお話をうかがいます。早速ですが、著書『おっさんの掟〜「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」〜』には衝撃を受けました。
谷口:ありがとうございます。
岩本:そのお話も後ほどじっくり聞きたいのですが、まずは谷口さんとラグビーの関係について教えてください。
谷口:もともと、父親(谷口龍平氏)が近鉄ラグビー部(現・花園近鉄ライナーズ/JAPAN RUGBY LEAGUE ONE)で選手をしていたのですが、引退してコーチになるタイミングで、私の母が「独身寮の寮母になってほしい」と依頼されました。1981年のことで、当時、私は小学1年生。その頃は花園ラグビー場(現・東大阪市花園ラグビー場)のメインスタンドの下に寮があったので、家族でそこに移住し、6歳から16歳まで暮らしていました。
五十嵐:ラグビー場から学校に通っていたということですか?
谷口:そうです。ランドセルを背負って通学していました。1991年に改修工事があり、東花園駅の近くにある近鉄電車の車庫に寮が移ったので、車庫でも1年間、暮らしました。
秋山:住所が「ラグビー場」と「車庫」なんですね。
岩本:真凜さんはお父様がプロ野球選手、監督としてご活躍された秋山幸二さんなので、子どもの頃から周囲にプロ野球選手がいるのが当たり前の環境だったんじゃないですか?
秋山:でも、さすがに選手と一緒に生活はしていなかったです(笑)。
五十嵐:一緒に生活するってどんな感じなのか気になりますよね。男性ばかりいるわけですよね?
谷口:そうですね。18歳~30歳ぐらいまでの男性たち30人~40人ぐらいと一緒に暮らしていました。私の部屋は浴場の近くで、扉を開けたら全裸の男性がいるという光景でした。
五十嵐:選手が入った後にそのお風呂に入るんですか?
谷口:そうです。全国高校ラグビー大会の時は1日中、試合をしているので遅い時間までお風呂に入れなかったですし、浴室も汚れてしまうので、お湯を抜いて掃除してから入っていました。「ラグビーをよくご覧になっていたんですよね」と聞かれるんですが、「ご覧になっていた」というより、みんなが我が家に来てラグビーをしていた感覚です。
秋山:6歳から16歳って、一番、多感な時期ですよね。
谷口:そうです。当時、男性はみんな腹部がカブトムシみたいに割れているものだと思っていました(笑)。
五十嵐:ラガーマンはみんな筋肉質ですからね(笑)。
“スポーツ界あるある”断れなかった理事就任岩本:ラグビー協会の理事に就任されたきっかけを教えてください。
谷口:日本人で初めてラグビー殿堂入りをされた坂田好弘さんという方がいらっしゃるんですよ。坂田さんと私の父は近鉄ラグビー部で左右のウイングとして一緒にプレーしていて、私も小さい頃から親しくさせていただいていたんですが、2019年にラグビー協会の役員を改選した時に、その坂田さんが私のことを推薦してくださったそうです。
スポーツ庁が「女性理事の目標割合を40%以上にする」というガバナンスコードを掲げていて、その数字に近づけるために女性理事を増やしたい意向があったようです。静岡県のアザレア・スポーツクラブに一緒に関わっていた清宮克幸さん(2019年の役員改選で日本ラグビーフットボール協会副会長に就任)からもご推薦いただいたようです。
岩本:子どもの頃はラグビーが身近すぎるところにあったと思いますが、理事になられる前のラグビーとの関係は?
谷口:生活に近すぎて嫌いになった時期もありました。「運動会に父親が来てくれないのはラグビーのせいだ」と考えるなど、父親が奪われているという感情から、ラグビーを見たくないと思っていたこともありました。大人になってからは学者として研究に従事し、結婚や出産もあって忙しかったので、情報として耳に入れる程度で、スタジアムに見に行くような状態ではなかったですね。
岩本:2019年には再任も含めて5名の女性理事が任命されました。協会内に入って理事会等に出席されて、どのような印象を受けましたか?
谷口:それ以前も公益財団法人や一般社団法人などの理事は経験していたのですが、あまり見たことがないというか、不思議な感じを覚えました。それまで自分が知っていた団体とは違うな、という印象がまずありました。
秋山:ラグビーを見たくないと考えていた時期もあったとのことですが、理事になることへの抵抗はなかったんですか?
谷口:ありました。「ややこしいところだろうな」というのは想像できましたし、実際に聞いたこともありましたので、「あまり近寄りたくないな」という思いはありました。
秋山:それなのになぜ引き受けたのですか?
谷口:必然的というか、断るという選択肢を、先方がお持ちではない感じだったんですよ。“スポーツ界あるある”かもしれないんですけど、「頼むわ」という感じで年長者から言われると、それは「頼んだからよろしくな」ということで、断るという選択肢がないのかな、という雰囲気でした。
岩本:古い体質のスポーツ団体は、そういうところがありますよね。
谷口:そうですよね。そのあたりはどこも一緒だと思います。
“わきまえない女”と呼ばれても「黙るより発信することを選んだ」五十嵐:『おっさんの掟』は、どのようなきっかけで出すことになったのですか?
谷口:ラグビー協会が公益財団法人である以上、公に資する活動ができている必要があるのですが、やはりガバナンス不全の面は否めなかったですし、“おっさんの掟”と私が表現した鎖のようなものが組織内にあり、それをこのまま若い世代の方につないでいくと発展性がないだろうな、というのが見えていました。それについて黙っていることが私にとっては一番、楽なんですけど、若い方々に何を残せるのかを考え、公にすることにしました。暴露本だと言われることもあるんですけど、そんなに恨みつらみがあるわけではないですし、業界内で生きていきたいわけでもないですからね。
五十嵐:今までは黙っている方のほうが多かったでしょうからね。
谷口:そうですね。スポーツ団体は全体的に似たようなものだと思うんですけど、組織から外れた人が何かを言ったところで、負け犬の遠ぼえにしか聞こえない部分があるんですよね。私は組織にいる時からいろいろ言ってきたのですが、それが煙たがられて「わきまえない女」と呼ばれました。中で言っても聞いてもらえなかったですが、大切に思っているからこそ、外からちゃんと批判する人間もいないといけないな、と感じました。私は競技者出身ではないので、地位や名誉、プライドがあるわけではないですし、客観的に見た時に、このままいくと競技としては面白いかもしれないけど運営面はすごく心配だ、という部分をまとめました。
岩本:本のタイトルに「失敗の本質」とありますが、谷口さんご自身は何が失敗だと感じていますか?
谷口:サッカーには“サッカー村”、バスケットボールには“バスケットボール村”、ラグビーには“ラグビー村”があるんですけど、私が見た“ラグビー村”は、長には絶対服従の世界でした。
いわゆる〇〇村の長でよく見るのは、下の人に対して高圧的で、口癖は「みんなそう言っている」、「昔からそうですよ」。若い人が新しい提案をすると「リスクが大きい」、「誰が責任を取るんだ」。退職する日まで勝ち逃げできればいいと思っていらっしゃるんだろうな、と感じますよね。一方で、部下や若い方の功績は「あれは俺がやった」と自分の手柄にしていて、これを私は「アレオレ詐欺」と呼んでいます。「あいつは俺が育てた詐欺」もありますね。
五十嵐:“スポーツ村”には、確かにちょっと古い体質のところがあるかもしれないですね。野球界も否定できない気がします。僕はそういう方々との接点はあまりなかったんですけど、何となく感じるものってあるじゃないですか。
岩本:これはスポーツ界だけの話ではなく、日本の一般社会全体が抱えている問題だと思います。
谷口:そうですよね。『おっさんの掟』は、太平洋戦争は何で失敗したのかを書いた『失敗の本質』という名著のタイトルをサブタイトルに引用させていただいたんですけど、日本はその時代から組織の運営はずっと同じような体質で続けてきて、同質の人しか認めてこなかったんだろうなと。空気を読める人たちだけで運営しているとイノベーションは起こらないんですよ。違う意見の人や不便を感じている人がいることでそれが起こると思うんですが、長から「みんなわかっているよな?」と言われて「はい」と同調する組織では、何も動かない感じはありますね。
「誰がではなく、何が正しいか」で運営すべき岩本:本を読まれた方からはいろいろな声が届いていると思いますが、どういった感想が多いですか?
谷口:いくつかの反応があって、男性の反応は3通りくらいあります。1つが「誰がおっさんやねん!」と、とにかく感情的に怒っている方。急所を突かれて自覚があるんだろうな、という方ですね。2番目が「あれ? ひょっとして俺、おっさんやったんちゃうん?」というご反応。3つ目がちょっと厄介な人で「いるいる、こんな人」と言っているあなたが一番おっさんやで、というタイプの人。
岩本:ちょっと耳が痛いですね。実際、谷口さんはこの本の中で、おっさんの特徴の一つとして「『三国志』がバイブル」というのを挙げているんですが、僕は『三国志』が大好きなので、「やばいなあ」と思いました。
谷口:『三国志』って、誰も天下を取っていないんですよ。だから、あれは実は成功体験ではないんですよ。諸葛孔明は賢い人だったかもしれないですけど、彼もトップの能力が低いと全く役に立たなくなるわけですよ。
岩本:良さを出せず、思いを遂げられずに生涯を終えていくわけですからね。『三国志』の話をすると長くなるのでこのあたりにしましょう(笑)。そういう日本の社会を改善していくため、“おっさん病”を払拭(ふっしょく)していくためには、どんな取り組みをしていけばいいと思いますか?
谷口:一つは世代交代をドラスティックにやるべきだと思います。“おっさん病”に侵されている人たちは、それを自覚していても治りが遅いかもしれないので、ほとんどかかっていない人に世代交代してしまう。スポーツ界には「誰に許可を得てこんなことをしているんだ」などと口を出してくる年配の方が大勢いらっしゃるんですが、そういう方には黙っている訓練をしてほしいですし、見守る立場にならないといけないと思います。
岩本:でも、おっさんはそれがわからないし、退きたくないから退かないですよね。
五十嵐:さらに、そうさせない状況をその人がつくっているわけですよね。だからその状況を変えなければいけないですけど、それをどうするかですよね。
谷口:だからこそガバナンスコードなどを持ち出せばいいと思うんですよね。組織は「誰が正しいか」ではなく「何が正しいか」で運営しなければいけない。これがガバナンスの基本だと思うんですよ。だけど、誰が正しいかで動いてしまっているのが“おっさんの掟”なんですよ。これを社会に当てはめると「人治主義」の極みなんですよね。日本も「法治主義」で世の中が動いているので、ルールを決め、そのルールを適用しながらやっていけば、それなりにちゃんとできると思うんです。ただ、ルールがあってもみんな無視しているからこんなことになるんだろうな、と思います。
五十嵐:そう考えている人は大勢いるけれども、自分の身を守らなければいけないとか、立場が危険になる人が多いからこそ変えられないのかな、と思います。谷口さんみたいな人が声に出すことで、「それは違う」と言える人が増えていけば変わってきますよね。
谷口:今おっしゃっていただいたように、言いたくても言えない、という声も届いています。言うことによって自分が外されるんじゃないかという不安や恐怖があると言いたいことは言えないわけです。まずは心理的安全性を確保した形で組織を運営するということを、業界全体で勉強しなければいけないとも感じますね。
岩本:JAPAN RUGBY LEAGUE ONEは今年が創設元年ですが、谷口さんがいろいろ投げかけたことが変わっていくきっかけになっていると思います。
五十嵐:僕、ラグビー界に知り合いが多いので、話を聞いてみたいですね。
谷口:実は何人もの現役の選手からも「よくぞ書いてくれた」というご連絡をいただいて、現役選手の中にそんなことを思っている方がいらっしゃったのがすごくうれしくて。これは私のものの見方で、一つの提案だと思っていただきたいんですよ。他にもいろいろな提案やものの見方があって、組織が良くなればいいなと思っています。
五十嵐:選手の場合、環境はけっこうプレーに影響するので、組織がごちゃごちゃしていると影響が出ると思うんですよ。混乱がなければプレーに専念できるので、いろいろな意味でもどんどん改善していってほしいですよね。
谷口:そうですよね。プレーヤーの皆さんが一番、輝ける舞台を用意するのは運営側の責任だと思います。プレーヤーが輝きファンの皆さんが楽しんでくださることを考えず、自分たちの名誉やプライドを懸けているようでは意味がありません。協会にいる間に「命を懸けているんだ」という言葉を何度も聞いたんですが、そんなに簡単に命を懸けなくてもいいから、もう少しちゃんとしたことをやってくれませんか、と言いたいです。
<了>
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InterFM897ラジオ番組「REAL SPORTS」(毎週土曜 AM9:00~10:00)
パーソナリティー:五十嵐亮太、秋山真凜
2019年にスタートしたWebメディア「REAL SPORTS」がInterFMとタッグを組み、ラジオ番組をスタート。
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