遠征費を自己負担で工面し、現在デフサッカー女子日本代表が第24回デフリンピックの舞台で世界の強豪と戦っている。11日は地元ブラジルと対戦。そもそもなぜ聴覚障害を持つアスリートはパラリンピックには参加できないのか? デフサッカー女子日本代表を苦しめてきた「資金不足」とは? 女子日本代表の久住呂幸一監督に話を聞いた。
(文=宇都宮徹壱、写真提供=ちょんまげ隊長ツンさん)
なぜ聴覚障害を持つ選手はパラリンピックには参加できないのか?GW真っただ中の5月3日、サッカー女子の国際大会で日本が大勝利を収めたことをご存じだろうか?
ブラジルのカシアス・ド・スルで5月1日より開幕した、第24回デフリンピック。男女のサッカー競技のうち、日本は女子のみが出場して、初戦のケニア戦に12-0で大勝している──。といっても、このニュースはサッカーファンの間でも、ほとんど共有されていないだろう。
かくいう私自身、デフサッカーという競技やデフリンピックの大会の存在は知っていたが、実際に見たことはなかったし、詳細な知識を持ち合わせているわけでもない。
「2021年の調査によると、デフリンピックの認知度は16.3%でした。前回(2017年)の10.1%よりはアップしましたが、100%近いパラリンピックに比べると大きな隔たりがあります。去年の東京パラリンピックで、ブラインドサッカーの注目度が上がりましたが、デフサッカーについてはまだまだといったところです」
そう語るのは、女子日本代表の久住呂幸一監督。監督はろうあ者であり、今回のオンラインでのインタビューでは、手話通訳士の森本行雄さんに手話通訳をお願いした。余談ながら手話通訳は、外国語の同時通訳と同様、2人以上で交代しながら行われる。今回は森本さん一人にお願いしたため、途中で休憩を挟みながらのインタビューとなった。
障害者が出場するスポーツの国際大会といえば、まず思い浮かぶのがパラリンピック。それ以外に、スペシャルオリンピックスとデフリンピックがある。前者は知的障害者、後者は聴覚障害者が対象。ここで、一つの疑問が浮かぶ。なぜ聴覚障害を持つアスリートは、パラリンピックには参加できず、独自の国際大会を開催しているのだろうか。久住呂監督の答えは、こうだ。
「一番の理由は、やはり手話通訳の問題。手話ができる人をパラリンピックで集めるのは大変でしょう。もしもパラリンピックに参加できたとしても、われわれは競技の数を減らさなければならない。聴覚障害者のアスリートが、さまざまな競技ができるという点では、今のままでいいと思います」
ちなみに第1回大会の開催年(夏季)を比較すると、パラリンピックが1960年、スペシャルオリンピックスが1968年であるのに対し、デフリンピックは1924年。実は最も長い歴史を持つ障害者スポーツ大会なのである。
9年ぶりの国際大会に挑む日本を待ち受ける強敵たちそんなデフリンピックで行われているサッカー競技。そのルールは、健常者の11人制とほぼ同じである。唯一の違いは、主審がフラッグを手にしていることだ。プレーヤーは当然ながらホイッスルが聞こえない。そのため副審だけでなく主審もフラッグでジャッジを視覚的に知らせる必要がある。国際試合では、さらに両ゴール裏にも審判を置き、合計5人のフラッグを持った審判員によってゲームは行われる。
サッカー日本代表がデフリンピックに初参加したのは、男子が1985年のロサンゼルス大会。その後はアジア予選が行われるようになり、これを突破して2回目の本大会出場を果たすのは、20年後の2005年メルボルン大会である。女子の初出場は2009年の台北大会で、この時は男女そろっての出場。続く2013年のソフィア大会(ブルガリア)にも出場しているが、2017年のサムスン大会(トルコ)は、資金不足のため辞退している。
女子はアジア予選がないため、手を挙げれば本大会に出場できる(唯一のハードルが、遠征資金の確保の難しさであるわけだが、これについては後述)。いずれにせよ、今大会は男子がコロナ禍の影響で辞退し、女子のみが本大会に出場することとなった。
「私が女子(日本代表)の監督に就任したのは2015年。2年後のサムスン大会を目指して頑張ってきたのですが、残念ながら出場できませんでした。次のカシアス・ド・スル大会も、コロナ禍で1年延期となったので、女子にとっては9年ぶりの国際舞台となります。9年前と比べると、間違いなく日本はレベルアップしていますが、それは世界も同じこと。どこまで通用するかはわかりませんが、何とかメダルを獲得して、国内での注目度を高めていきたいところです」
そう語る久住呂監督。今大会は7カ国が出場予定だったが、イギリスが不参加を表明し、ロシアも国際情勢の影響で出場できなくなってしまった。出場国は日本の対戦順に、ケニア、ポーランド、アメリカ、そして開催国のブラジル。5カ国中3位以内に入れば、メダル獲得ということになるのだが、もちろんそんなに甘い話ではない。
アメリカは、出場したすべての大会に優勝している「女王」。ポーランドも、前回大会に銀メダルに輝いている。そして「サッカー王国」ブラジルが、デフだけ弱いということも考えにくい。初戦のケニアには大勝したものの、日本にとって地球の裏側での戦いは、ゆめゆめ容易なものでなさそうだ。
デフサッカー女子日本代表をめぐる厳しい状況ここで、デフサッカー女子日本代表を苦しめてきた「資金不足」について言及することにしたい。
GDPが低い国や戦乱で苦しむ国ならまだしも、なぜ平和な先進国であるはずの日本で「遠征資金の確保が難しい」という状況が生じてしまうのか? それを理解するには「デフサッカー特有の事情」を知る必要がある。
「デフサッカーの場合、11人制の他にフットサルもプレーする選手がいます。そして、それぞれにワールドカップがあるのですが、選手の負担を考えると両方に参加するのは難しい。監督に就任する前に(日本ろう者サッカー)協会に確認したところ、全日本ろうあ連盟の基準をもとに『大丈夫だろう』という話もあったので、デフサッカーのワールドカップは辞退することにしました。ところが『ワールドカップに出ていないチームが、デフリンピックに出場するのはおかしいのでは?』という話になってしまったんです」
これが、2017年サムスン大会辞退の一番の理由。現場を預かる久住呂監督としては、助成金だけで複数の国際大会に出場するのは厳しいと考え、前年のワールドカップを断念する判断を下したのだが、それが裏目に出てしまった。結果として肝心のデフリンピック出場についても、諦めざるを得なくなってしまったのである。
同じ轍を踏まないために、2020年に韓国で開催されるワールドカップには、日本もエントリーしていた。しかし、世界的なパンデミックにより中止。デフリンピック出場とはなったものの、またしても助成金が下りる見込みはなくなり、選手は自己負担で遠いブラジルを目指すこととなる。選手1人あたりの負担は60万円前後とのこと。
「渡航費もそうですが、他の選手との接触を避けるためにバスやホテルも貸し切りとなり、さらに出費がかさむことになりました。社会人の選手はともかく、学生の選手にとっては非常に大きな負担です。親御さんにお願いしたり、スポンサーではなく友だちのつてを頼ったり、という選手もいます。間もなくデフリンピックが開幕しますが、帰国後も寄付を募ることができればと思っています」
これが、昨年にパラリンピックを開催した国における、障害者スポーツをめぐる現実である。
日の丸を付けてブラジルで戦う、10代(現役高校生含む)から20代の女子たちにとって、60万円という負担がどれだけの重みがあるのか。それなりに人生経験を積んだ大人ならば、すぐに理解できるだろう。
デフサッカー女子日本代表はその後、ポーランドに2-5、アメリカに0-1と連敗。11日はブラジル戦に臨む。試合結果はもちろんだが、帰国後の彼女たちの発信にも、どうか注目していただきたい。かくいう私もチャリティーの告知があれば、わずかながらの寄付をさせていただくつもりだ。彼女たちもまた、私たちの代表なのだから。
<了>