地上波でのサッカー番組や試合中継の減少、コロナ禍によるスタジアム離れ、日本代表に対する関心の低下など、日本サッカー界は過渡期を迎えている。
将来的なサッカー人気の低下もささやかれる現状を、サンフレッチェ広島を3度のリーグ優勝に導き自身も2012年にMVPを獲得した佐藤寿人氏と、2011年FIFA女子ワールドカップで日本サッカー史上初の世界一を手にした近賀ゆかりはどのように見ているのか。
日本サッカー界をけん引してきた二人のレジェンドに、いまの日本サッカーに抱く危機感や、今後取り組むべきことについて語った。
(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、近賀ゆかりさん写真=2020 S.FC、佐藤寿人さん写真=RISE TOKYO)
結果を出し続けること「以外のこと」をしてこなかった――サッカー日本代表は、以前と比べて男女ともに人気が低迷している気がしています。近賀さんは2011年にFIFA女子ワールドカップで初優勝を収めた当事者として、現在なでしこジャパン(日本女子代表)の注目度が落ちてしまっている要因についてどう考えていますか?
近賀:まず、2011年に優勝してあれだけ日本が盛り上がったとき、選手たちはみんな本当に「ブームにならないように」と思っていたんです。オリンピックでも、金メダルを取った人や光を浴びた人が5年後にどうなっているのかというと、注目度を継続することはすごく難しいなと感じていたところもあって。
女子サッカーの認知度は高まったとは思いますけれど、あの盛り上がりから見てたとえばプレー環境が大きく変わったかといわれたら、そこまで変化はないんじゃないかなと。
ただ、選手の立場としては注目度が落ちている原因は何かをあまり考えてこなかったところがあります。「代表が勝ち続けて結果を出し続ける」ことだけを考えて、それ以外のことを全然やってこなかったことも一つの要因になってしまっているのかなと、ここ数年ですごく感じています。
――「それ以外のこと」というのは具体的にいうと?
近賀:海外のチームに行ったときに特に感じたんですが、海外の選手は自分たちのクラブや国の代表にすごく誇りを持っていますし、選手たち自身が、リーグも代表の試合も盛り上げるために外に発信することをけっこうやっていて。
そういったことを通して小さい子どもが見る機会だったり憧れる機会をつくるのは、選手がやることに大きな意味があるんじゃないかなと。2011年から10年たってやっとWEリーグというプロリーグが発足したので、そういった部分もちゃんと選手が担っていかなければいけないと思っています。
ただ、「一過性のブームになってしまった」というところでは、やはりまだまだ男子サッカーに近づけていない部分がけっこうあると思うんです。ヨーロッパでは男子と同じ地位まで上がってきている国も少しずつ増えてきているので、サッカーを取り巻くいろいろな意識改革が必要なのかなと思います。
――たしかに、2011年の優勝が一過性のブームのように感じてしまうような見方もありますけれども、あの優勝によって、日本女子サッカー界を取り巻く環境にいろいろな変化はありましたよね。
近賀:それは間違いなくあります。まず、認知度が上がったところ。それまでは女子サッカーといったら「女の子でサッカーをしているの?」とか、めずらしいというイメージが多くあったと思うんです。
一番変わったと感じるのは、女の子がサッカーをしているCMが普通に流れているときです。最初にアメリカで見たんですが、アメリカは女子サッカーが盛んなので「日本もこうなるといいな」と思っていて。それが実際に日本で流れたときは、「マイナー競技から、やっとここまで変わってきたのかな」と。環境も少しずつ変わってきたところはあると思います。
ただ、「Jリーグと肩を並べるようなクラブが女子サッカーに一つでもあるのか」と言われたらやっぱりない。そう思うとまだまだですが、優勝の経験をむだにせず、もう少し頑張って盛り上げていきたいなという思いはあります。
人気があるのは、若手選手よりもLISEM
――佐藤さんは日本代表も経験されて、今は現役を引退した立場から俯瞰的に見て、日本におけるサッカーの注目度の変化についてどのように感じていますか?
佐藤:「スタジアムに行ってその空間を味わう」というエンターテインメントがサッカーやプロスポーツだとすると、やはり時代の変化とともに、今はスタジアムに行かなくても気軽に味わえてしまうわけです。なので、サッカーを見るとか、日本代表の選手個人個人の注目度において、以前よりもハードルが高くなっていると思うんです。
選手の能力は間違いなく高くなっていますけれど、注目度では「代表戦のチケットが取れない」という時期と比べると低迷している。ただ、選手がそこを解決できるのかという問題ではなくて。どちらかというと、時代の変化とともにそうなっているのかなと思うんです。
選手はあくまでも能力を高めることに注力しなくてはいけないですし、まずはそれを個々がしっかりとやる。そして、代表での高いレベルや結果を求めていく。もちろんエンタメの側面で求める必要もあると思いますけど、あくまでも選手である以上は「競技レベル」をしっかりと考えていかなければいけないと思います。けっこう「日本代表人気が……」という声も聞こえてくるんですけれど、それは別にサッカーに限った話でもないですし。
人々がエンタメ全般に費やすお金の割合が、サッカーから他のところに移ったのかなと思います。その割合をどうやってまたスポーツやサッカーに向かせるのか。個人個人の消費行動に、サッカーがどうやって入り込んでいくのかという方向性になるのかなと思います。
――スマホやYouTubeをはじめ気軽に楽しめるエンタメサービスが周りにたくさんある中、本当に難しいことですよね。
佐藤:そうなんですよ。特にコロナ禍で人と接することが制限されている中で、誰かと一緒にスタジアムに行くよりも、一人で楽しめる時間にお金を使う、となっているのも一因だと思います。
そういう部分では、YouTubeが昨今の大きなコンテンツの一つになっているのは間違いないです。たとえば選手個人にスポーツメーカーがサプライヤーとして契約するにも、どちらかというと今は発信力があるYouTuberのほうが影響力がある。
メーカー側からすると、選手よりもYouTuberのほうがビジネス的にはメリットがあると判断されてしまうわけです。そこは、今まで選手たちが影響力の面でのメリットをしっかりと発信してこなかったツケが出てきてしまっているのかなと感じます。
――サンフレッチェ広島ユース出身YouTuberのLISEMも、子どもたちにも大人気ですよね。
佐藤:そうですね。「サンフレッチェの若い選手知ってる?」「LISEM知ってる?」と聞いたら、もしかするとLISEMを知っている子のほうが多いかもしれないです。
普通に考えたら、言葉は悪いですけれどプロになれなかったLISEMのほうがプロ選手より人気が高いというのは、プロの立場からすると少し寂しいですよね。でも今はそういう時代になってきている。
LISEMは、世の中が求めていることをしっかりと提供しているわけです。一方で選手は世の中に求められていることを提供できるのかというと、なかなか出せていなかったということでしょう。
――逆にいえば、時代に合わせた新しい文化にサッカーがうまく絡んでいくことで、JリーグやWEリーグの人気が伸びる可能性も十分ありますよね。
佐藤:そうですね。JリーグもWEリーグも、しっかりとアンテナを張っておく必要があると思います。もちろん、選手は能力を高めてさらにハイレベルなプレーを提供していかなければいけないわけですけど、競技性の部分とはまた別のところ。
特にスタジアムでは熱狂や非日常を味わってもらう空間だと思うので、その中でどういったものをどれだけ提供できるのか。今はいろいろな時代の変化がある中で、スポーツ界もそれにしっかりと順応していかなければなりません。
「過去にこうやってきたから」とか、「これはできない」とかじゃなくて、「過去は過去。今は何を求められているのか」というように、どんどんいろいろな扉を開いて、やってから反省する、ということになっていかなければ。新たなチャレンジを躊躇(ちゅうちょ)していると、すぐに世の中から置き去りにされてしまうんじゃないかなと感じます。
“なでしこジャパン”のレジェンドが新設チームに来た理由
――近賀さんは、選手同士で「今後のWEリーグを盛り上げていくためにはどうしたらいいか」というような話をすることはありますか?
近賀:たまに話はしますね。女子サッカーは特に、プレーだけを見に来る人って本当にサッカーが好きな人だけです。いろいろな方にリピーターとして来てもらうためには、サッカーだけではなくそれ以外の部分で楽しみがなければいけないのかな、と。
たとえば、昔でいえば女子バレーボールの試合前にジャニーズがライブをしたことがありました。サッカーだけにとらわれず、競技とはまた違う楽しさをスタジアムで味わえることで、いろいろな方に来てもらったりお金をかけてもらうことが大事なのかなということを話しています。
――INAC神戸レオネッサという強豪クラブの所属経験もある中、新設チームであるサンフレッチェ広島レジーナに来て、難しさを感じる部分は?
近賀:結果を出すことと、チームづくりの難しさを感じています。ゼロからスタートするチームに所属した経験はないので、それこそ「お客さんに来てもらうにはどうしたらいいのか」ということも考えなくてはいけないですし、チームの土台をつくる上で大事なサッカーの部分でもなかなか結果が出ていないので。
プロ初経験の選手も多いので、結果が求められている厳しい状況だという意識においても、チームの中で差がある部分もあります。
ただ一方で、サッカーはもちろん、それ以外の部分でもできなかったことができるようになる楽しさも感じています。たとえば、1年前に比べたらレジーナらしいものがどんどんできているかな、と。難しさと楽しさが入り混じっている感覚です。
――お話を聞くまで、日本代表として通算100試合も出場していて、日テレ・ベレーザ(現 日テレ・東京ヴェルディベレーザ)、INAC神戸レオネッサ、そしてアーセナル・レディース(現アーセナル・ウィメン)など国内外の強豪クラブでプレーして日本女子サッカー界のトップを走ってきた中で、なぜまったく新しい環境でチャレンジしたんだろうと思っていました。
近賀:単純に、これまでサッカーをやってきた中で、サンフレッチェに女子チームができたということがうれしかったんですよ。レジーナからオファーをもらう前から、WEリーグが開幕して、サンフレッチェが女子チームをつくるというニュースを聞いたときにただうれしかった。
女子サッカーは低迷してしまったけれど、もう少し盛り上げたいという気持ちもあって。そのためにこういった新しいチームで何か力になれるなら、という思いはありました。
新たなチャレンジでミスをしても、ミスから学んで次につなげてほしい――佐藤さんは、WEリーグを盛り上げるためにどのようなことが必要だと思いますか?
佐藤:選手って、本当にいろいろなことを考えているんですけど、実際にやれることってけっこう限られていると思うんです。
目の前の試合のために準備をして、勝つためにやれることを積み上げていくことをしながらも、近賀さんがおっしゃっていたように、おそらくいろいろな思いを持ちながら「もっとこういうふうにできたらな」とか。でも、近賀さんのお話を聞いてそういう話を重ねていきたいなと感じました。
レジーナは新たに立ち上がったクラブなので、いろいろなことをやるにも判断材料が不足している部分があると思うんです。でも、もし新たな取り組みをしてミスになったとしても、そのミスから学んでまた次につなげればいい。
ゼロからイチにしているわけですから、クラブとして何ができるかという事例をもっと数多くつくっていってほしいなと外から見ていて感じます。もちろんサンフレッチェもレジーナも、広島における発信をもっと増やしてほしいと思います。地域の人に自分たちを見てもらうことで選手が頑張る原動力にもなりますし、地域の方々にも選手を身近に感じてもらいたいですね。
――私もそう思います。
佐藤:さまざまなアクションを起こしていくにはやっぱり、どれだけ地域の方々に認知してもらうかが必要です。待っていてもだめなので、いろいろなところで仕掛けを行いながら、すぐに結果が出なくても種をまく作業を続けるのが絶対に大事だと思うんです。だから、“選手”にというよりも“クラブ”にもっとやっていってほしいです。
これはレジーナだけではなくてWEリーグのクラブ全体がかかえている課題だと思うんです。レジーナのようにJリーグクラブがある地域であっても、発信力や選手の認知度はまだ高くないというのが実情です。でも、WEリーグが始まったばかりで、チームも新たにできたばかりだからこそ、まだまだいろいろなことをやれるチャンスだと思います。なので、ぜひWEリーグやWEリーグクラブの関係者には、いろいろなことに積極的に挑戦していただきたいです。
<了>
PROFILE
佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年生まれ、埼玉県出身。元サッカー日本男子代表。ジェフユナイテッド市原(現 ジェフユナイテッド千葉)ジュニアユース、ユースを経て2000年にトップチームへ昇格。セレッソ大阪、ベガルタ仙台を経て、2005年より12年間プレーしたサンフレッチェ広島で3度のリーグ優勝を成し遂げた。2017年に名古屋グランパス、2019年に古巣であるジェフユナイテッド千葉へ移籍後、2020年シーズンをもって現役を引退。Jリーグ通算220ゴールの歴代最多記録を持ち、日本代表としても通算31試合出場、4得点を挙げ活躍した。現在は解説者や指導者として活動している。
近賀ゆかり(きんが・ゆかり)
1984年生まれ、神奈川県出身。サンフレッチェ広島レジーナ所属。湘南学院高校を卒業後、日テレ・ベレーザ(現 日テレ・東京ヴェルディベレーザ)、INAC神戸レオネッサで計7度のリーグ優勝を成し遂げた。その後アーセナル・レディース(現アーセナル・ウィメン/イングランド)他オーストラリアや中国といった海外クラブやオルカ鴨川FCを経て、2021年よりWEリーグ開幕とともに新設されたサンフレッチェ広島レジーナへ移籍、初代キャプテンに就任。サッカー日本女子代表では通算100試合出場、5ゴールを挙げ、2011年FIFA女子ワールドカップ優勝、2012年ロンドンオリンピック銀メダル獲得に貢献。2019年よりHEROs アンバサダーとして活動。