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空手界に蔓延る“誤審以上の誤審”に、月井隼南が起こす反乱。「いくらなんでもこれはやり過ぎ」

REAL SPORTS 2022年5月13日 11時50分

「誤審という言葉は使ってほしくない」。空手界で横行する深刻な判定問題について、フィリピン代表の空手家・月井隼南はそのように指摘する。空手界に存在する“誤審とは呼べない誤審”はなぜ生まれてしまうのか。月井が訴え続ける「ここまで空手に懸けているからこそ許せない」本当の敵とは?

(文=布施鋼治、写真提供=月井隼南)

月井隼南が指摘する判定問題。厄介な本当の敵

本当の敵は誰なのか。

伝統派空手のフィリピン代表・月井隼南は、時々そんなことを考え込む。もちろんコートで対峙(たいじ)する相手が敵であることはわかっている。ただ、対戦相手以外にも競わなければいけない対象があると気づいただけだ。もしかしたら、もう一つの敵のほうが厄介かもしれない。キャリアを重ねるにつれ、その思いは強くなる一方だ。

筆者から見て、空手は組手、形とも魅力的なスポーツに映る。オリンピック種目からは除外されてしまったが、再び採用されることを切に願う。しかしながら、そうなるためには改善すべき点が多々あるのではないか。

例えば、月井も指摘する判定問題。 

前回判定に関する彼女の魂の叫びを発表したところ、多くの反響があった。その大多数は彼女の主張を後押しするものだった。「旗一本の重みをしっかりと感じてほしいです」「勝敗の判定にそういうあやふやな点があるために、継続してオリンピック競技に採用されなかったと私は思っています」「正直、寸止めの伝統空手は素人にはわからない。形にしても組み手にしても。結局、わかりやすくしたテコンドーが世界を制したのはこれだろう」

空手には柔道やレスリングとの共通項がある。それは勝負の第一段階として、審判の「目視」に判定が委ねられることだ。正確にいえば、目視に加え、最近はビデオ判定も用いられることが多くなったが、まずは「目視」が優先される。そういう点では電子センサーがついた防具を用いることで判定するシステムを採用したテコンドーとは一線を画する。

「誤審という言葉は使ってほしくない」なぜなら…

もちろん、どんな優れた審判も人間だから過ちはある。篠原信一vsダビド・ドゥイエ(2000年シドニー五輪100kg超級決勝)を例に出すまでもなく、以前は柔道でもミスジャッジが大きな問題になっていた。だからこそ「誤審」という言葉が存在する。

もっとも、月井は空手界で「?」がつくジャッジをすべて「誤審」と見なすことに抵抗がある。そうすることで誤審の本当の意味を見失ってしまうのではないか。そう危惧しているのだ。月井は無名選手だったり、小国のチームがジャッジで泣く場面を何度も目の当たりにしてきた。誤審だったら無名の選手や小国のチームが勝つケースがあってもおかしくないのに、なぜかそういう場面には遭遇した記憶がない。

だから月井は「誤審という言葉は使ってほしくない」と提案する。

そもそも、誤審とはスポーツ競技で審判が誤った判定を下すことを指す。その理由としては見えない位置にいたり、スキルの低さが考えられる。月井の父で以前は国際審判のライセンスを取得していたワールドカラテアカデミー代表の月井新さんは審判の高齢化を指摘していた。ここに加えて新たにもう一つ。「見えなかった」「見落とした」というレベルではないと考えられる誤審とは呼べない誤審もあるのではないか。

例えば、昨年11月、ドバイで開催の世界選手権。エジプトと香港の間で争われた女子50㎏級の3位決定戦。残り時間20秒を切ったところで、香港の選手が2-1で勝っていた。その後、香港の選手の中段突きが決まり、旗を上げる副審もいた。その刹那、主審はエジプトの選手をドクターのところまで連れていく。鼻血が出ているという判断だったらしい。その後治療して戻ってきたところで、香港の選手に反則負けが宣せられた。

空手の中段突きは相手の胸部や腹部を狙って打つ突きである。顔面を狙うのは上段突きだ。中段突きで反則なんてありえないと不審に思った月井は失意の香港の選手に何が起こったのかを直接聞いた。 

「プロテスト(抗議)はしたの?」

香港のコーチは審判からこんな説明を受けたという。 

「あなたたちが今後の参考のために撮っていた映像には映っていないかもしれないけど、われわれ運営側が持っている映像では引き際かなにかにあなたの選手がバッティングをしているので反則をとりました」 

香港のコーチはすぐさま迫った。 

「だったらその映像を見せてほしい」 

審判は取り合おうとはしなかったという。 

「いや、その映像を見せることはできない」

開いた口がふさがらない。世の中に選手やコーチに見せられない映像があるというのか。

日本も巻き込まれているアンフェアなジャッジ

アンフェアなジャッジには、日本も巻き込まれている。昨年12月、カザフスタンで行われたアジア選手権。団体戦で日本はUAEとぶつかった。試合前にはビデオレビューを求めるためのカード(VRカード)が配られる。カードは団体でも個人でも1試合につき1枚。もしそのカードを行使し、審判団がその訴えを認めなかった場合、その時点でカードは没収される。

1試合目で日本代表はカードを没収された。次の選手は当然カードを行使する権利を有するが、カードは戻ってこない。「カードがない」と訴えると、審判は「カードは1チーム1枚」と主張した。結局、そのまま試合は続けられてしまう。日本チームが異議を訴え続けたため、審判が試合を止め事情を聞く事態になった。そうした中、日本選手がポイントをとったと思われる攻防でも旗が上がらない場面があったと聞く。結局、試合の流れはUAEがつかんでそのまま勝ち進んだ。 

決勝はUAEvsベトナム。団体戦は無差別で争われる。身長140cm台と思われる小柄なUAEの選手と180cm近くある長身のベトナムの選手が戦う機会があった。身長やリーチ差を生かしたベトナムの選手は何度も上段蹴りを決めたが、ポイントをとってもらえず0-1で敗北した。

現地でその一戦を見ていた月井は驚くしかなかった。「UAEの選手はダッキングしてちょこっと手を出しただけ。当たってもいなかったけど。対照的に相手をしっかりコントロールしきっているベトナムの選手の攻撃はとっていなかった」。

案の定、会場はブーイングの嵐となり、試合が一時中断することもあった。他の東南アジアのチームからも怒りの声が上がる。 

「いくらなんでもこれはやりすぎ」 

これ以外にも不可解な判定が続出したため、東南アジアの国々はこぞって正式に抗議した。選手個人の抗議はできないが(直接そういうことをしたら、その場で失格)、各国の連盟やコーチからのそれは認められている。

ただし、抗議するためにはお金がかかる。1回につき500ユーロ(約7万円)。抗議として成立しなかったら、そのお金は戻ってこない。活動予算が少ない国にとってはかなり痛い出費ではないか。案の定、東南アジア諸国の抗議によって審議された気配は感じられなかった。食い下がると、「確かにこれはよくない判定」と歩み寄りの姿勢を見せることもあるが、それで終わり。検証されることもなければ、判定が覆ることもない。

「AI化以前に改善できるところはいっぱいある」

武道の試合では微妙な判定で負けると、周囲が「次、頑張ればいい」と励まされるケースが多い。

多少の不満があるにせよ、判定は第三者が下した絶対的なものであり、それに逆らってはいけない。そういう考えをもとに励ましの言葉が出てくるのだろう。しかし、武道系の格闘技にありがちな我慢や忍耐にも限度というものがある。

「だったらテコンドーのように電子センサーを導入したらどうか」という意見もある。

実際、研究している機関や組織もあるようだが、以前その導入について一部の選手について話を聞いたところ、想像以上にアレルギー反応が強かった。月井は電子センサー導入などの近代化についてどう思っているのか。「そういう意見は理解できる」と前置きしたうえで、こう答えた。

「投げ技や道着をつかむ攻防が多い空手競技でセンサーの使用と誤作動も起こり得ます。ただ、それ以外にもAI化などを考えるにせよ、そうする前に改善できるところはいっぱいあると思う。審判の時間をかけた育成、ミスジャッジが起こったときの改善点の話し合い、金銭的には無料であることも多い審判の待遇改善……。目視にこだわっている人も多いけど、だったらなぜその前に目の前の問題点を改善しようと思わないのか」

他競技転向を封印。「子どもたちのために」やるべきこと

東京五輪への出場がなくなってから月井のもとには空手の他流派への挑戦だけではなく、MMA(総合格闘技)やキックボクシングへの挑戦話が多数寄せられた。

身長155cmという小柄な体のどこに隠れているのかと思わせるほどのエネルギーにあふれ、本人が「私は世界一の負けず嫌い」と公言するほど格闘技向きの性格。しかもフィリピンだけではなく、かつては日本代表としても活躍した実績もある。これだけの逸材はなかなかいない。

月井は「他競技に誘われて、一瞬迷ったこともある」と打ち明けるが、結局空手界に踏みとどまる決意をした。

その理由は?

「私が空手を退いたあと、残る子どもたちは何を目指していくんだろうと思ったんですよ。それで転向することに疑問を抱くようになりました。私が引退する日は近い。だったら最後に少しでもいいから、子どもたちにプラスのアクションを起こしてからやめたい。このままの状況が続くと思ったら、ゾッとします」

ある大会で理不尽な判定で負けた直後、月井が日本代表だったときの後輩がストレートに疑問をぶつけてきた。

「先輩の試合を見せてもらったけど、ジャッジがあからさまにおかしい。この理由は何なんですか?」

月井は声をかけてくれたことに感謝する一方で、「なぜそのような判定になったか、その理由がハッキリとわかっていない人もいる」と唇をかむ。「わかっているのに声を出さないのか。それともわかっていなくて声を出さないのか。アンフェアなジャッジを受けても、なんとなく相手側が贔屓(ひいき)されて終わったというふうに受け取って終わらせている人も多いと思います」。

武道系のスポーツには審判に逆らってはいけないという不文律がある。とりわけ日本ではその不文律がしっかりと根づいているような気がしてならない。だが、それはしっかりとした判定が下されているという大前提があればこそ。現状を考えると、黙って従うことが空手の明るい未来につながるとは思えない。

月井は「そもそも外国にいると、何かおかしいことがあると自分から主張しなければそれを認めたことになる」と日本と海外の差を説明する。「何もしないほうがよっぽどしんどいですよ。ここまで空手に懸けているからこそ許せない。自分が現役を退いたあとも同じ状況が続くなら、もっと許せない」。

Me Too――。月井隼南の、独りぼっちの反乱に終わらせてはいけない。

<了>






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