6月27日、ある報道が日本中を驚かせた。交渉役を務めた鈴木清明球団本部長ですら思わず「えっ、まじっ」と漏らしたという、秋山翔吾の広島東洋カープ入団。ファンにとってはいまだ興奮冷めやらぬさなか、シーズン真っ盛りのチームはこれといった策を打てないベンチワークを憂える日々を送っている。秋山の加入は、広島カープの何をどう変えることになるのだろうか――?
(文=小林雄二、写真=Getty Images)
現状のチーム状況は? 主力の離脱、失われた機動力、腹を据えない首脳陣…秋山翔吾との交渉に当たった鈴木清明球団本部長ですら、その言葉を聞いた時に思わず「えっ、まじっ?」と声が漏れたというが、それは広島ファンもまったく同じ。某タブロイド判の見出しの通り、「秋山翔吾まさかの“大穴”広島入り」であった。
その電撃ぶりはともかく、秋山の加入が広島にどのような効果をもたらせるのかだが、現時点ではどこをどう見ても、マイナス要素は見当たらない。
現状の広島外野陣を見てみると、堂林翔太、宇草孔基、上本崇司、野間峻祥、中村奨成、中村健人という布陣。この中で規定打席に到達している選手はゼロ。外野手唯一の規定打席到達者であり、打線の中軸・3番を任されていた西川龍馬は下半身のコンディション不良で復帰のメドが立たないというのは、言うまでもなく緊急事態である。こういう時に力を借りたいのはベテランなのだが、長野久義、そして松山竜平も存在感を示せず、どこかくすぶったままのようにも映る。(長野は6月28日に登録抹消)
一方、前出の中堅&若手はといえば、いい時は長続きせず、首脳陣も“この選手を育てる”と腹を据えるわけでもないから、どの選手も独り立ちには至らない。ちなみに、前出の6人はいずれも盗塁のできる走力もないはずはないと思うのだが、東出輝裕コーチによると「今のメンバーでは走らせられない。(走力のランク的に)SとかAというより、BやCが多い。失敗の確率が高い中で、リスクを冒す必要はない」という。
BでもCでも、“ツボ”さえ教え込めば、仮に盗塁にまで至らなくても、相手を揺さぶるすべはあるはずで、そもそも「BやC」であればその「BやC」でも“次の塁を狙う”あるいは“少しでも投手の気をそらせる”ためにコーチの存在があり、キャンプという大事な期間があるのでは?とも思うのだが……。
現状の采配&選手起用は「調子のいい選手を当て込んで、打てなければまた別の選手」そんな無策が如実に表れた一つが、交流戦での埼玉西武ライオンズとの最終戦。初回広島は宇草がヒットで出塁も、ベンチは初球から2番の菊池涼介に送りバントのサイン。走者の宇草は50m、5秒8なのだが、東出コーチによると「BやC」の部類なのだろう。相手投手に一球もけん制球を投げさせることもなく、無事(?)に送りバントで二塁へ進塁(結果、この回はおろか、この試合は0対11の完封負け)。こういった攻撃をしている以上は、1番打者を育てることなど到底無理、相手チームに警戒心を植え付けるのも到底無理だと思うのだが、首脳陣からすればそれは“選手の能力がないから”ということになるのだろう。
一方で「今は下位(打線)が固定できていない」(同コーチ)とも。固定できないのであれば、それでもチームが一体となってできるしぶとい攻撃、いやらしい攻撃などを徹底させるなど、できることはあるように思えるのだが、現状では“調子のいい選手を当て込んで、打てなければまた別の選手”という采配&選手起用に終始。結局、チームとしてどういう攻撃をしていくのかが見えないままにシーズンは進行。苦手な東京ヤクルトスワローズや交流戦でなすすべなく負け続けているのは、そういったチームとしての方向性や約束事といった、首脳陣が徹底させるべきことを示さないままに部分を選手任せにしているからだとも思うのだが……。
この原稿を書いた前日(6月29日)には、広島はヤクルトに8連敗。シーズン75試合目にして自力優勝の可能性が消滅した試合後の佐々岡真司監督は、今シーズン11試合(※6月29日現在)で9本塁打を献上している村上宗隆に対して「バッテリーとスコアラーで策は練っているんでしょうけど、結果、打たれたら、それは読みなのか、甘い球なのか、作戦通り投げているのかを把握して」とコメント。そんなこんなを取りまとめるのが監督であるはずなのだが、もはや他人事のようである。
さらには「昨年からずっとやられっぱなしで、今年も勝っていない。選手も悔しいと思います。バッテリー間で後半、打たれる、走られる、そういうところはいろいろ考えないと、今のヤクルトにはなかなか立ち向かっていけない」という。ファンからすれば、“そのための先導役が監督の仕事では!?”ということになる。
秋山の加入がチームに与える好影響はこれだけあるこのように、もはや采配に頼ることなどできないのが現在の(というか、ここ数年の)広島だ。同監督は今年で3年目。本来であれば集大成のシーズンのはずなのだが、お家芸の機動力は弱体化。投手陣も課題の中継ぎ陣は今もって不安定なまま。同じようなケースで同じような投手をつぎ込んで、同じようなパターン(無駄な四球や及び腰の配球)でやられているのだから、ファンの怒りが収まるはずもない。
そんなチームにファンが何を期待できるかといえば、選手個々の頑張り以外に何もないわけで、そんな広島に「秋山翔吾がやってくる!」のだから、ファンの期待は神頼みレベルであろう。
その秋山に期待される打順は、現状では西川の務めていた「3番」と予想される。現在3番の菊池涼介は言うまでもなく「2番」が定位置。前述したようなチーム状況なので「1番」は流動的になるであろうが、1番候補筆頭の野間にしても走攻守を備えた左打ちの秋山は、生きた教材となる。練習、そして試合に臨む姿勢の評価も高く、技術においては独自の理論を確立している秋山が、野間のみならず広島の選手に好影響を与えるのは想像に難くない。
前田健太や鈴木誠也らも、海の向こうから“喜びの声”を発しているところを見ても、“秋山はカープに合っている”と捉えているからにほかならないと考える。加えて言うなれば、日本代表で秋山と一緒だった會澤翼や菊池涼介も電話で直接ラブコールを送ったように、これだけ多くの選手が“秋山は広島に必要なピース”として考えているあたりにも、秋山という選手の必要性が見えてくる。メジャーでは3年間で通算142試合出場で打率.224、0本塁打、21打点と物足りなさ過ぎる成績に終わったが、本人にとってはその分、期するものもあるだろう。
そもそも、広島が秋山の獲得に乗り出したのは「ウチとしては今年すぐに働いてやってもらわないと、ということではなく、チームの今後も含めて」(鈴木球団代表)というように球団は“将来”を見据えていたわけで、“今すぐ”を求めていないという点は、秋山にとってもある意味では追い風になる。
「ありがたかったし、うれしかった」。それはファンから貴方への言葉ですもう一つ、秋山が広島を選択した要素として挙げた理由がこれだった。
「(鈴木球団代表に)“(日米通算)2000安打があと五百何本だよね”と言っていただいた。自分が2000安打への思いを持っていることをフロントの方が認識してくれていたのが、ありがたかったし、うれしかった」というように、球団に対する信頼感と、自身への発憤材料もある。
秋山がメジャーで経験し、そこでトライしてきた技術的なことに即効性があるかどうか不透明であることは否めない。ただし「3番」打者として、秋山が秋山であることを証明するような働きをすれば、現在4番に座るライアン・マクブルームの負担も軽減し、5番・坂倉将吾にもたらす効果も期待できる。クリーンナップが安定すれば下位打線にも勇気が湧く。現在戦線離脱中の西川が戦列に復帰すれば「1番・秋山」の構想も現実味を帯びてくる。「打」のみならず、広島が完全に機能不全に陥っている「走」でも秋山は高い技術を誇る。パ・リーグでゴールデングラブ賞を6回獲得した「守」はメジャーでも健在だったことは周知の通りだ。
「“入団してくれたら、カープの大きな財産になる”という(鈴木球団代表の)声は響きました」(秋山)というように、心に響いた声に応えるためには相当な覚悟が必要なはずだ。それを受け止め、「34歳」という若くない年齢で「西日本に住むのも、セ・リーグという環境も初めて。アメリカという知らない場所に飛び込んでいった時のような、新しいことを知りたいという思いがある」と新たな挑戦を決めた秋山には、秋山にしか知り得ない相当な想いもあるだろう。そんなこんなを含めて考えても、秋山加入は期待しか見当たらない。
“秋山選手、ようこそ、広島へ!”
思い切り、暴れちゃってくださいな。
<了>