野球人気が低迷しているといわれている中、昨今では女子の競技人口が増加しつつあり、女子野球部が増えたり、NPBから女子チームが創設されるなど明るい動きが見られている。一方で、2021年末に日本女子プロ野球リーグは無期限の活動休止となり、女子野球界は過渡期を迎えている。女子野球選手たちが新たな未来を切り開いていくためには、どんなことが必要なのか? 女子プロ野球選手として最長の11年間プレーし、現在は広島初の女子硬式野球チーム「はつかいちサンブレイズ」で選手兼監督として活動している岩谷美里に、女子野球の普及発展への思いについて語っていただいた。
(インタビュー・構成=阿保幸菜[REAL SPORTS編集部]、写真=はつかいちサンブレイズ)
「小さい頃から女子が野球を続けられる環境がどんどん広がってきている」――岩谷選手が野球を始めたきっかけを教えてください。
岩谷:小さい頃によくキャッチボールをしていて、それが面白くて「野球って楽しいな」と思ったのがきっかけではあるんですけど、実際は小さい頃って結構、いろいろなスポーツが好きだったんですよね。でも、バスケットボールなどいろいろなチームに入っていた友だちがいて「見に来なよ」と誘われたりしていたんですけど、親に「だめ」と言われたんですよ。
――野球だけは許してもらったんですか?
岩谷:そうなんです。小学5年生のときに野球を始めたんですけど、当時、新しく野球チームができるというので「見に行きたい」と言ったら、それは「いいよ」と言われたんです(笑)。
――ご両親が野球好きだったんですか?
岩谷:父はいろいろなスポーツが好きだったので特定のスポーツを強要されたことはないんですけど、母は野球が好きです。高校のときも野球部のマネージャーをやっていたりスコアをずっと書いていたというのを聞いていたので、自然と導かれたのかもしれません(笑)。
――面白いですね。競技によってはいまだに男の子がやるものというようなイメージを持たれて、「女の子なんだから」と言われて競技を諦める子もいると聞きます。
岩谷:いるみたいですね。私は「女の子なんだから」とか言われることはもちろん、スポーツをやることに対して何か言われたことはなかったです。
――岩谷選手が最初に野球を始めたときは、女子チームではなく男子チームに入った形だったんですか?
岩谷:はい。北海道出身なんですけど、今もですが当時もチームの数がそもそも少なくて、さらに女子野球チームというのはなかったので、男子の中に入ってやっていました。年下の女の子で野球をやっていた子はいましたが、やっぱりなかなか続かない子が多かったですね。
――なかなか難しいところですよね。岩谷選手の子どもの頃と比べて、今の女子野球環境についてはどういう部分に違いを感じますか?
岩谷:もう小学生の段階からあらゆる面に違いがあります。まずは小学校に女子の野球チームがある。選抜チームの大会があったりするんですけど、当時はなかったと思うので、そういったところに環境の変化を感じます。高校でも、全国高等学校女子硬式野球選手権大会の決勝だけ男子と同じように甲子園(阪神甲子園球場)でやれるようになりました。
――本当に最近、昨年からでしたよね。
岩谷:そうですね。春の大会(全国高等学校女子硬式野球選抜大会)も今年から東京ドームで決勝をやったり、そういった舞台が徐々に整ってきているのかなと。なお且つ、その先の大学やクラブチームの数も増えてきているので、小さい頃から女子が野球を続けられる環境がどんどん広がってきているなというふうには感じます。
女子野球をやっていてマイナスだなと感じたことはない
――女子プロ野球は2019年に大量退団があったり、2021年末に無期限の活動休止となるなどネガティブなニュースもありましたが、女子野球界全体を見ると少しずつ前に進んでいるんだなと感じました。
岩谷:私自身、小学生から野球を始めて11年ほど女子プロ野球選手も経験してきましたが、女子野球をやっていてマイナスだなと感じたことは正直なくて。
全体的に野球人口が減ってきている中で、「男子よりも女子がぐんと伸びていく時期だから」というのもよく言われます。男子の野球人口が減っているけれど女子は増えているということ自体プラスですし、逆にその先の将来の環境が、女子野球の課題なのかなというふうにも思ったり。
男子でいうとプロ選手を目指して、しっかりそこでお金を稼いでいくという未来が成り立つと思うんですけど、女子はやっぱりまだそのレベルまで行けていないところがあるので。女子プロ選手の時はもちろん野球だけで生活はできていたので、夢がある職業だなというふうには感じたんですけど。同時に、やっぱり女性の場合は結婚したりライフスタイルが変わっていく中で続けていくにはさまざまな難しさがあるなと感じます。
――その部分は、あらゆる女子スポーツにおいて一番壁になるところですよね。
岩谷:そうですよね。だから女子プロ野球の時もネガティブなことが話題になったりもしましたが、自分自身が日本女子プロ野球リーグの創設時から休止するまでの11年間ずっと女子プロ野球界にいたので。実際にそこで感じていたのは、やっぱり選手のことを一番に考えてくれていて、野球ができる環境をずっと作ってくれていたことに対するありがたさでした。その中で、方針が合わなかったり、それぞれの事情でそろそろ野球はいいかなとやめる人がいたりと、さまざまなタイミングが重なっての大量退団だったので、組織が悪いから一斉にやめたというわけではないんです。
――そうだったのですね。方針の違いというのは具体的にいうと?
岩谷:ずっと赤字が続いた中でも運営してくださっていたおかげで私たちがプロとして野球をやる環境がありました。ただやっぱり、続けていくためには収入も大事ですし、赤字の状況のまま続けていくわけにはいかないので、少し方向性を変えたときに、環境が変わるならやめたいという選手が出てしまって。選手たちも従来の環境に甘えてしまっていたのでわがままだと思われるかもしれませんが、自分としては、どちらの言い分も理解はできます。
ギネス世界記録の偉業も、メディアで話題にならない厳しい現実――日本女子プロ野球界で最も長く活躍してきた岩谷選手ですが、現在企業チームの選手として活動するようになってどういったギャップを感じますか?
岩谷:プロの時はやっぱり「野球をして稼ぐ」というのが主なので、自分のファンを増やして、例えばグッズを買ってもらったり、当時はチケット収入があったのでとにかく試合に来てもらって収益につなげていくというのがありました。ただ、そうはいっても自分の給料以上の価値が作れるかといったらやっぱりそこも難しいところで。シーズン終了後にタイトル表彰などがあるので、そこで夢が見られるかなという感じはあったんですけど。
一方で企業チームでは、もちろん野球の成績も良くないといけないというのはあるんですけど、それだけではなく会社に貢献できることをしていかなければいけない。逆にプロよりも大変なことが多いかなと思います。
――岩谷選手が2017年に獲得した首位打者、最多打点者、最多本塁打者の三冠という世界初の偉業は、ギネス世界記録にも認定されたんですよね。それって本当にすごいことじゃないですか。さらに日本ではこれだけプロ野球が人気なのに、そのことについてメディアなどで大きく取り上げられていませんよね。なんだかすごく寂しく思います。
岩谷:そうですね、大きく取り上げてもらう機会はなかったです。ギネス認定をもらった時に、本当にちょっとですけどテレビ番組の取材に来ていただいたりはしたんですけど、テレビに出てもなかなか話題にならなかったです。自分自身というよりも、やっぱり女子野球が注目されない現実に直面したという感覚でした。
――そういった現状を目の当たりにして、競技を広めていくためにはどんなことが必要だと考えていますか?
岩谷:まずは自分自身、競技力がないと注目してもらえないという思いがあるのでそこが第一かなと。あとは地域の方や周りの人たちに応援してもらえないと広まっていかないので、地域の人たちとの関わりやファンとの接点を増やす活動を地道にやっていくしかないのかなと思っています。
その中で今、NPB(日本野球機構)から女子チームの創設が増えてきて話題にはなりつつあるので、そこにはつかいちサンブレイズとしても乗っかっていきたいなと。やっぱり女子野球単体で盛り上げようとしてもなかなか難しいところがあるので、そういった力を借りながら、いかに露出して女子野球を見てもらう機会を増やしていくかというのも必要なことかなと思います。
――そういったところからまずは女子野球というものに興味を持っていただいて、試合に足を運んでくれる人が増えていくといいですよね。
岩谷:そうですね。現状、女子野球をまず見てもらいたいというのが第一にあって、ほぼ無料で観戦できるのでほとんどチケット収入がないんです。でも、来ていただける方が増えていけば、その先にチケット収入などにもつながって良い循環が生まれてくると思うので、まずは本当に一人でも多くの方に来ていただきたいですね。
女子野球界のレジェンドが思う、女子野球ならではの魅力とは――女子野球の課題点としては、まずは見にきてもらう人がなかなか増えないというところにあるのでしょうか。
岩谷:そうですね。あとはやっぱり男子と比べられがちなので、同じ競技ではあるんですけど、また違う競技としての視点で見てもらいたいなというのもあります。「ホームラン数全然少ないじゃん」とか、「ピッチャーの球遅いじゃん」といった見方ではなくて、女子野球ならではの楽しみ方を知ってもらえたらいいなと思っています。
――岩谷選手から見て、女子野球ならではの魅力はどんなところだと思いますか?
岩谷:野球というと、やっぱり今でもなんだか堅いイメージがあるのかなと思うんですけど、女子野球は良い意味でゆるいというか、選手とファンの方たちの距離感が近いので一体感を持って盛り上がれるところが魅力かなというふうに感じています。グラウンドに立つ選手たちの楽しんでいる様子が見ている人たちにも伝わって、みんなで野球を楽しめるというのが女子野球ならではかなと。あとは、例えば華奢な選手がすごい球を投げたりすることもあるので、男子にはないギャップも面白さの一つかなと思います。
――最近、YouTubeなどで野球動画をアップして話題になっている方もいますよね。 長年女子野球界で活躍している岩谷選手としては、今後の女子野球界に対してどんな願いを持っていますか。
岩谷:女子野球があることが当たり前の世界になってほしいですね。プロ野球のように野球で生活していけるようになるのが一番の夢ではあるんですけど、まずはやっぱりチームや選手を覚えてもらいたいし、街を歩いている人がサンブレイズのグッズを持って歩いているような光景を見てみたい。今はそれが夢です。
<了>
PROFILE
岩谷美里(いわや・みり)
1991年生まれ、北海道出身。小学5年生のときに野球を始め、中学では硬式野球、滝川西高等学校ではソフトボール部に入部。2009年に女子プロ野球リーグの第一回トライアウトに合格し、2021年12月末に日本女子プロ野球機構が無期限の活動休止となるまでの11年間に渡り女子プロ野球選手界をけん引。埼玉アストライア在籍時の2017年に打率・441、5本塁打、38打点で三冠女王となりギネス世界記録認定された実績を持つ。2021年9月にはつかいちサンブレイズに入団し、選手兼監督として活動している。