今年7月、Bリーグ所属京都ハンナリーズの社長に31歳で就任した松島鴻太氏。東海大学附属大阪仰星高校、東海大学、トップリーグ(現 トップチャレンジリーグ)のコカ・コーラレッドスパークスでラグビーを続けた元トップアスリートだ。26年から始まる新B1リーグに参入するために奮闘する31歳の若きリーダーに、ラグビーを通じて培ったリーダーシップや自らの強みについて聞いた。
(インタビュー・構成=五勝出拳一、写真提供=京都ハンナリーズ、本人)
クラブ経営に、元アスリートの強みを生かすコカ・コーラレッドスパークスでラグビーを続けた元トップアスリートから経営者に転身し、京都ハンナリーズやマツシマホールディングスの経営に取り組む中、松島社長は元アスリートならではの強みも感じている。
「選手に対する言葉の選び方とか、どういう言葉を使えば伝わるのかとか、今は練習中でこういうタイミングだから喋りかけたらあかんなとか、そういう空気感は僕も肌でわかるので、そういったところは強みの一つではあると思います。比較的年齢が近くスポーツ経験者というところで、選手たちもある程度オープンマインドで接してくれる印象です」
社長就任にあたり、チーム編成も見直した。経営参画以前と比べるとチームスタッフも倍増し、選手の強化も積極的に行った。世界的に育成に定評のあるヘッドコーチを招聘(しょうへい)したほか、シーズンを通じて高いコンディショニングレベルで戦えるチーム作りをすべく、トレーナー、理学療法士なども複数名採用した。
「クラブとしても第二次創業というところで、組織編成に関しても文化をもう一度構築していく必要があった。そういう意味でも、多くのスタッフや選手が入れ替わっています。全体の70%以上は人数が入れ替わっている状況です。そのような決断をした背景には、本気で登り詰めないといけないという危機感があります。
一つお伝えしておきたいのは、リセットすることが目的ではなく、強くしなやかな文化を構築するという意味でこのような編成をしました。選手の体づくりやコンディショニングに関しては、アスリートにとっては最重要かつ基本中の基本だと思っていて、超一流は当然のように全員そこに向き合っている。
京都ハンナリーズも、体づくりやコンディショニングについてはチームの基礎にしていきたいと思っています。自分の心や体と向き合い続けられる人は、プロフェッショナルになれる素質を持っていると思うので、そういう意味でもスタッフ充実を図りました」
京都ハンナリーズを率いる松島社長の「登り方」
日本人選手は昨年のチーム編成から若手を中心に、4人だけ残った。松島社長は「これから本当に日本代表になるであろう可能性を秘めた選手たち」と期待をかける。さらにチームの核となる外国人選手を獲得することで、継続性のあるバランスよい編成を目指している。
話を聞くと、その経営には節々に「共に登る」という松島社長ならではキャッチコピーが体現されている。改めて考える自身の強みについても聞いてみた。
「僕は、自分が先頭に立ってみんなを強烈に引っ張るタイプのリーダーではない。ラグビーにおいてもビジネスにおいても、僕一人の力だけでは全員を登り切らせることはできないと知っています。僕はやっぱりみんなに助けられて、みんなに支えられて、そういう人たちがいないと登れない人なんです。
ただ、何ができるかっていったら、『あそこがゴールやぞ』と。『ゴールはあっちや、あのゴールを登るんや』と声をかける。みんなを『登ろう』と思わせる力というか、そういう部分が自分の強みだと思っていて。常に僕の人生は仲間とともに登ってきたし、僕一人で登りつめたことはなくて。『やるのは俺だけじゃない』と、いつも社員のみんなには伝えています。『僕が何かをしたからといって、京都ハンナリーズが登っていくわけじゃない。みんなで一緒に登るんやで』って。
一緒になってやる、みんながそれを実現する。そういうマインドを持たないと、面白くもないし、京都ハンナリーズも強くならないし。ありがたいことに優秀なスタッフが集まってくれていますし、皆さんに支えられて自分がいます」
松島社長流の、仲間を惹きつけ、巻き込むコツはあるのだろうか。
「コツなんてものはないけど、僕はもう全然かっこつけないですよ。『助けてくれ』ってちゃんと言えます。自分も全く完璧な人間でないし、経験値が豊富なわけじゃないので。ただ、設定した目標というのはぶれないし、僕らは本気でそこを目指しているので、その実現のために自分が今できないことはできないって言うし、助けてほしいことは助けてほしいって言う。素直に『頼りにしている』って言うし、ありがとうを伝える。そういう意味では、ストレートに自分の気持ちを伝えることはやっていますね」
一生に一度の大勝負で、スポーツ産業をリードしたい
現状、日本では「スポーツ産業は稼げない」と言われることも少なくない。そんな業界全体の変化も望んでいる。
「僕自身はスポーツビジネスに足を踏み入れてからまだ日が浅いですが、スポーツ界の苦労話が頻繁に耳に入ってくるとともに、そこに誇りを感じてる人も多い気がしていて。そういうことではなくて、スポーツ界で働くということはポジティブで、面白いし稼げるし、働きやすいし、夢もあるってなったらすごく良い業界になると思う。今は理想論かもしれないですが、京都ハンナリーズはそのような状態をいち早く作っていきたいですね」
社長就任からは早3カ月が経過した。スポーツチームの社長としての日々について、等身大の言葉で松島氏は語ってくれた。
「正直なところ、めちゃくちゃしんどい。正直、サラリーマン社長やったらスポーツチームの代表は楽しいのかなとは思います。何億というお金のプレッシャーを背負って、苦労が多いわりにはリターンが少な過ぎる。今は楽しい、楽しくないとかではなく、ただただ責任感と覚悟をもって社長という役割に取り組んでいる。自分ならできると信じて突き進む。
スポンサー契約を決めていただいた時も、喜んだその直後には責任を感じています。結果を出さないといけないぞ、と。ただ、間違いなくやりがいはありますね。あと、いろいろなところで僕は結構でかいことを言ってきているので、これで結果が伴わなかったら、口だけって思われるんやろうなって。そういう意味では、自分にプレッシャーをかけてやっている側面もあります。
ただ、やっぱり自分の人生においてこれだけ大きなチャレンジができる機会は、もう一生こないと思うので。こんなチャレンジをさせてもらえること自体がすごく幸せなことだし、普通の人では経験できないことですし。どうせなら、結果として京都の経済界やスポーツ界の歴史に名前を刻めるような人物になりたい。そのことが結果として、僕の名誉というよりも京都ハンナリーズの繁栄につながると思うので。自分自身も高いプロ意識を持って、この役割に全力でチャレンジしていきます」
京都ハンナリーズは10月1日(土)に2022-23シーズンのB1リーグ開幕を迎える。
REALSPORTSでは、定期的に今シーズンの京都ハンナリーズと松島社長の奮闘を取り上げる予定だ。本インタビューは開幕を控える9月中旬に実施した内容であったが、10月から始まるクラブの躍進と松島社長の奮闘に期待をふくらませながら、筆者もBリーグの新シーズンを楽しみたい。
<了>
PROFILE
松島鴻太(まつしま・こうた)
1991年5月1日生まれ、京都府出身。東海大学大附属大阪仰星高校、東海大学を経て、2015年にトップリーグ(現 トップチャレンジリーグ)、コカ・コーラレッドスパークスに入団。17年に退団し、引退後は家業であるマツシマホールディングスに入社し、2019年より常務取締役に就任。22年より、京都ハンナリーズの運営会社であるスポーツコミュニケーションKYOTOの代表取締役に就任。
筆者PROFILE
五勝出 拳一(ごかつで・けんいち)
広義のスポーツ領域でクリエイティブとプロモーション事業を展開する株式会社SEIKADAIの代表。複数のスポーツチームや競技団体および、スポーツ近接領域の企業の情報発信・ブランディングを支援している。『アスリートと社会を紡ぐ』をミッションとしたNPO法人izm 代表理事も務める。2019年末に『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』を出版。