2022シーズンのJリーグも佳境を迎えている。3年ぶり5度目の優勝に向けて視界良好な横浜F・マリノスに欠かせないピースとなっているのが、水沼宏太だ。時にピッチの中で、時にベンチから――どんな場面でも絶やすことなく声を出し続ける。ただ、一言で“声”といっても、単に声を出せばいいわけではない。チームを勝たせるという目的のために意識している効果的な声出しとは一体どのようなものか? その答えには、この男の揺るぎない信念がある――。
(インタビュー・構成=野口学、写真提供=株式会社UDN SPORTS)
“声”を考えるようになったきっかけは、17歳の出来事――優勝争いをするチームにおいてプレーで絶大なる存在感を示しているのはもちろんですが、どんな場面でもとにかくよく水沼選手の“声”が聞こえてきます。水沼選手のキャリアの中で、“声”を意識するようになったのはいつごろからですか?
水沼:自分の中ではいつの間にか声を出していたという感じですが、一番大きかったのは、(2007年のFIFA)U-17ワールドカップでキャプテンを任せてもらったときです。チームを良くしていくためには何が大事なのか、すごく考えていました。プレーで引っ張るのはもちろんですが、みんなが同じ方向を向いて、みんなが同じだけのモチベーションを持って、みんなが前向きな気持ちでやっていかないと、絶対勝てないなと。試合でどんな状況になろうが、みんなを前向きにさせたいと考えて、少しずつ声を出し始めたのかなと思います。今ほど声を出していたかはあまり覚えていないんですけど……でも考えるきっかけになった一つではあるかなと思います。
――17歳のころからもう意識し始めていたんですね。
水沼:その後、プロになっていろんな先輩やキャプテンを見ていると、チームを引っ張るにもさまざまないろんなやり方があるなと感じました。中には、あまりしゃべらないけどプレーで引っ張って、“俺の背中を見ろ”というような選手もいたり。でも自分は小さいころからみんなで何かを成し遂げるのがすごく好きで、その中で積極的にみんなとしゃべったり、コミュニケーションを取っていました。そういう自分の性格もあって、声を出すようになっていきました。
あとは、今も別に意識してやっているわけではないんですが、自分が声を出してチームに発信することで責任が発生するのもあります。口で言うだけで行動が伴っていなければ、誰もその選手の言葉を聞きませんし。自分のペースをつかんでいく、ペースを上げていくという意味でも、自然と声を出しているという部分もあるかなと思います。
とにかく最終的な目的として「勝ちたい」がある――一言で声を出すといっても、いろんなシチュエーションがありますよね。ピッチ内で指示を出したり、みんなを鼓舞したり、ベンチにいてもチームメートがゴールが決めたら誰よりも喜んだり。どんなシチュエーションにおいても水沼選手の姿が思い浮かびます。
水沼:うれしいときにはみんなで喜ぶ。悔しいときにはみんなで悔しがる。それが自分のやりたいことですし、前向きに鼓舞したり、みんなが気持ちよくプレーできるような声掛けを意識しています。選手はみんなそれぞれ考えがあってプレーしているわけなので、「俺はこう思ったけどどう思ったの?」と聞いて、「そうだったんだね。こういうのもあったんじゃない?」とか「こうしてみようよ」と自分の考えを伝える。でも試合中はすごく感情的になっていて冷静に話すのが難しいこともあるので、そういうときはとにかく声を張り上げて「さあみんな一緒に行こうぜ」みたいな感じでやっています。みんなで声を出していけば、「みんなでやっているんだ」「仲間が近くにいるんだ」と。サッカーは仲間と一緒にやる競技なので、仲間が近くにいると感じられることが、安心感だったり自信につながっていく。そういうのも含めて鼓舞することが自分の中では多いんじゃないかなと思います。
――シチュエーションによって声の出し方は違うとしても、根っこにあるのは「全員が前を向いてポジティブになれるように」というのがあるんですね。
水沼:そうですね。前向きにいることでミスも少なくなると思いますし、もちろんポジティブにやっていてもミスすることはありますが、すぐに切り替えて「じゃ、次行こうぜ」と。90分の中でどんどん状況が変わっていくのがサッカーなので、ネガティブになっている暇はありませんし、そんな時間があるんだったら、「仲間みんなで一つになってやっていこうよ」という気持ちがすごく強いです。試合だけじゃなく練習も同じで、気持ちを高めてやっていくことが試合につながると思ってやっています。
――スポーツをやっているとどうしても感情的な声を出してしまいがちですが、そこで「何のために声を出しているんだっけ」と思い返すことが大事だと。
水沼:なかなかそれって完璧にできる人はいませんし、自分も全然できているとは思っていません。でもやっぱり「みんなでやろう」っていうポジティブな声掛けは、やろうと思えば誰でもできるのかなと。ただやるかやらないかというだけで。
とにかく最終的な目的として「勝ちたい」というのがあるので、勝つために前向きにやっていこうと。そのために誰かが声を出す必要があるんだったら、自分がやる。声が枯れようが、のどがつぶれようが、チームとして必要だと思ったときには惜しまずに声を張り上げますし、それが自分のやりたいことだと思っています。
自分たちが何をしたいか、自分たちのやるべきことは何か――今シーズンのJリーグも残りわずかで優勝が見えてきました。今の状況をどう見ていますか?
水沼:メディアではそう言われがちですけど、自分たちとしてはあまりそれを意識する必要はないかなと思っています。むしろそれを意識するよりも、一試合一試合をとにかく全力でやること。(ケヴィン・マスカット)監督も言っていることなんですが、とにかく目の前のことを全力でやって、試合に対する準備を練習からやっていくことが次につながっていくと思うので。残り試合が少なくなってきて、ちょっとずつ意識はやっぱり向きがちですけど、自分としてはとにかく次の試合に向けて、今自分のできることを最大限にやって。とにかく勝つためのプレーを僕自身はしたいなと思っています。
――どんな状況でも常に矢印は自分たちに向けるということですね。
水沼:そうですね。周囲から何か言われることでいろんな感情が生まれるけど、そこじゃなくて、自分たちが何をしたいか、自分たちのやるべきことは何か、しっかり整理してやることが大事かなと思います。
――それこそチームで意思統一するための声掛けが大事で、いつもと変わらないということですね。
水沼:そうですね。自分にできることは何でもやりたいなという気持ちです。
本取材は、水沼が所属するスポーツマネジメント会社、UDN SPORTSが新たに始動したSDGsプロジェクト『地方からミライを』のトークセッション後に行った。
桃田賢斗(バドミントン)、橋岡優輝(陸上)、楢﨑智亜、楢﨑明智(共にスポーツクライミング)、大竹風美子(7人制ラグビー)らと共に本プロジェクトのアンバサダーを務める水沼はトークセッションに参加。「関心の高いSDGsの17の目標は?」という質問に対して「飢餓をゼロに」を挙げ、「日頃から感謝の気持ちを持って、日常を当たり前だとは思わずにやっていくことが大事」と語り、「自分ができる支援をしたり、SNSを使いながら呼びかけをしたり、例えばチャリティー的な寄付の制度を自分でつくってみたり、自分にできることをどんどん増やしていきたい」と目標を掲げた。
後編では、水沼にSDGsに対する考え方から、2歳になる娘さんへの親としての想いを聞く。
<了>
PROFILE
水沼宏太(みずぬま・こうた)
1990年2月22日生まれ、神奈川県横浜市出身。中学から横浜F・マリノスのアカデミーに所属、2008年トップチームに昇格した。栃木SC、サガン鳥栖、FC東京を経て、セレッソ大阪に移籍。2017年にYBCルヴァンカップ、天皇杯で優勝。自身初のタイトル獲得となった。2020年横浜FMに移籍、10年ぶりの復帰となった。父は元サッカー日本代表の水沼貴史氏。2020年6月、第一子の長女が生まれた。