昨年11月10日、新監督マチェイ・スコルジャの就任を発表し、再出発を期するJ1・浦和レッズの新シーズンがついにスタートする。ポーランドリーグ4度優勝の実績を持つクラブ初のポーランド人監督は今季チームに何をもたらすのか? 浦和の沖縄キャンプを取材したライター佐藤亮太氏が、運に見放された昨季の戦いも振り返りながら、今年の浦和レッズに期待できる理由をひも解く。
(文=佐藤亮太、写真=Getty Images)
指導者一筋。名将の部類に入る新指揮官マチェイ・スコルジャ「今回の監督は当たりかもしれません」。1月上旬、ある関係者から電話があった。“今回の監督”とは浦和レッズで今季から新たに指揮を執るマチェイ・スコルジャ監督。
彼の人生は指導者一筋。選手生活を2シーズンで早々に見切りをつけ、指導者の道へ。その後、母国ポーランドで6チームを率い、昨季まで指揮したレフ・ポズナンなど指揮したクラブをリーグ戦4度、カップ戦3度タイトルに導いた。2012年には1シーズン、サウジアラビアのアル・イテファクを、2018年から2年間、U‐23 UAE代表監督を務めた。監督歴20年を迎えようとする51歳。名将の部類に入る指揮官だ。
人物像に対しては、電話口からは「人格が良いらしい」「日本向きの監督」という言葉が出てきたが、就任会見で見た新監督は「とにかくデカい」という印象しかなく、まったくしっくりこなかった。あくまで個人的かつ偏狭なイメージと前置きするが、外国籍監督のなかにはどこか居丈高で、自国のサッカーこそ世界一とばかりな態度が見え隠れすることがある。当然、それでもうまくいくケースはある。ただ、これまでの、そして今後の浦和を考えれば、それでうまくいくのか、大きく疑問符がつく。
実際、指導する姿を見てみないとわからない。1月11日から始まった沖縄・金武町で行われたトレーニングキャンプに20日から最終日29日まで取材したが、新監督にイメージはポジティブなものに変わっていった。
鋭い観察眼。「選手をよく見ている」「感情の起伏が少ない人」すぐに気がついたことがある。ピッチ上のスコルジャ監督の選手への指示は、練習前後に伝えることが多く、練習中は必要以上に口を挟まず、黙って見ている。合宿後半、直接指導するケースが少しずつ増えていったが、基本的には静観。チーム全体を、選手個々をくまなく、そして何かを確かめるように、観察し続けた。
スコルジャ監督を「感情の起伏が少ない人」と評する戸苅淳フットボール本部長は「ずっと一緒。欧州時代の試合の映像を見ても、ゴールが決まっても感情を爆発させて喜ぶわけでもなく、また怒るわけでもない。冷静な感情をずっと保っている」と話す。
指揮官にとって見る、注意深く観察するということは重要な作業であり、日常なのかもしれない。
その一つにスコルジャ監督は来日前、昨季の浦和の多くの試合映像を事前に目にし、多くのアイデアの準備をしたと語った。「選手をよく見ているなと感じる。昨年の試合を見てくれているなか、個人の特長を踏まえて提示してくれる」と岩尾憲。見る姿勢は選手にも伝わっている。
運に見放された2年目のリカルド・ロドリゲス監督体制ではスコルジャ監督は浦和に何をもたらそうとするのか?
ここで昨季の戦いを少々、振り返りたい。期待に胸を膨らましたリカルド・ロドリゲス監督2年目はどうも運に見放されていた。
開幕1週間前に行われたFUJI FILM SUPER CUP 2022では川崎フロンターレ相手に2‐0の完封勝利。勢いづいたが、開幕直前にチーム内に新型コロナウイルスの感染者や負傷者が相次ぐ。なかなか立て直せず、スタートダッシュに失敗。3月〜5月にかけて、クラブワーストのリーグ9戦勝ちなし(8分1敗)の憂き目にあった。
さらに8月、AFCチャンピオンズリーグ2022で決勝進出を決め、9月から攻勢と意気込んだが、またしてもコロナ感染、長期を含めたケガ人続出と思うような陣容がそろえられない。この苦境に伴い、目指すべき理想のサッカーと目の前の試合に勝たなければならない現実のあいだで煩悶する日々が続くことになる。
推測の域を出ないが、その契機の一つとなったのはおそらく5月に行われた第11節の横浜F・マリノス戦にある。前半0-3で折り返した浦和は後半、キャスパー・ユンカーのハットトリックで辛うじて引き分けた。後半、勝負に出るため、すべてをかなぐり捨ててリスクを負って攻めに徹したサッカーはある種、新鮮だった。一方、この成功体験で少しずつベースとなるサッカーを変容せざるを得なくなったともいえる。
岩波拓也とアレクサンダー・ショルツのセンターバック、守護神・西川周作を中心とした守備はシーズンを通して安定した堅守を誇った。一方、攻撃は試合を支配する主体的なサッカーから後ろに重心を置いた戦い方へ変化した。その戦い方も相手チームに分析され始めると、終盤にかけて失点が重なる悪循環に陥った。リーグ終了前の10月31日、ロドリゲス監督の退任が発表され、最終的に勝点45の9位で終了。そして11月10日、新監督就任が発表された。
「継続性」と「改善」。新たに手にした“ダイナミズム”監督が変われば、戦術も変わる。これまでのやり方は一変し、まったく新しいものをゼロからつくり上げなければならない。例えば、攻撃的なサッカーから急に守備的なサッカーと真逆になることはよくある。
だが、スコルジャ監督は違った。
「クラブ、チームへのリスペクトをとても感じる。これは監督だけでなくコーチたちも同じ」と西野努テクニカルダイレクター。さらに「昨年の試合の映像をよく見てくれたうえで、いままでの流れを大事にしてくれ、こちらに合わせてくれている」といまある長所を生かしつつ、課題をクリアにしていく。
そこに見えてくるのが「継続性」という3文字だ。
「リカルド・ロドリゲス監督は良い仕事をしたと感じる。良いところは残したい」とスコルジャ監督。昨季の映像を見たうえで「ハイプレスの回数を増やしたい」と改善点を挙げ、相手陣内深いエリアで奪い、素早くゴールを狙いたいとした。
おそらくその先には得点力の向上。さらには、チャンスあるいは決定機に対するゴール数向上がある。
岩尾は昨年を振り返り、こう話す。「昨季はペナルティエリア内に入る回数はJ1でも上位だった。しかしそのクオリティを上げることや、攻守が切り替わったあとのオーガナイズ、守備のスイッチについてなど、足並みをそろえることができなかった。(その点を改善すれば)攻撃の回数は増え、試合を支配することができるんじゃないかと監督から言われている」
実際、合宿で取り組んだ内容をおおまかに見ると、序盤は守備面を、中盤から後半にかけ攻撃面に多くの時間を割いた。強調したのがサイドチェンジの多用。裏への抜け出し。頻繁に「ダイナミズム」という言葉を使い、説明している。
攻撃の回数を増やす。試合を支配するという点は、練習試合ですでに表現されつつある。
1月21日・沖縄国際大戦(7-0)の2点目。左から右のサイドチェンジ。受けた酒井宏樹がゴール前にクロス。これを大久保智明が頭で押し込んだシーン。サイドチェンジの多用と背後のスペースをうまく利用できた。
1月25日・大宮アルディージャ戦(4-1)の2点目。左サイドからのクロスを髙橋利樹がヘディングシュート。GKが弾いたこぼれ球を小泉佳穂が押し込んだシーン。クロスもさることながら、複数の選手がゴール前に迫る動きを見せたことがゴールにつながった。
同じ試合の3点目。右サイドバック酒井宏樹が中央に持ち出すと。左サイドから上がった明本考浩にパス。これを滑り込みながら明本が決めたシーン。豊富な運動量のある両サイドバックが決めたダイナミックな得点だった。
監督ありきから「目指すサッカーありきの監督選び」へ昨季からの継続という点で、今回の合宿を「上積みと昨季の差別化」と位置づけた小泉佳穂はこう語る。「今年のキャンプで取り組んでいることは昨年のキャンプと重なる部分が多いので、その財産でチームがやってきているのは大きい。また僕も助かる。裏(のスペース)の使い方はアグレッシブだけどポジショニングの取り方は昨年と近い。同じ感覚をチーム全体が持っている」
酒井宏樹は「いままであったものを切って新しいものでやってしまっては何も残らない。いままでのものでもためになっているものはあり、次にチャレンジすることができる」と手応えを語った。海外クラブでのプレー経験が豊富なだけに説得力がある。
これまでチームが培った良いものを生かし、改善する手法をとるスコルジャ監督。その監督を探し、選んだクラブは「監督ありきのサッカー」から「目指すサッカーありきの監督選び」を選んだといえる。
クラブはさまざまデータを駆使し、分析を進め、提携先のフェイエノールト経由で複数人候補が挙がるなか、スコルジャ監督にたどり着いた。そして実際、スタッフが現地に飛び、人柄などを確かめながら、交渉を進めた。一方、スコルジャ監督は「まずは映像を見て自分の力でさらに強くできるかを考えた」と浦和からのオファーを簡単には受けなかったと語る。だからこそ両者納得の合意となった。
独特の憂いある表情と物静かなたたずまいで選手たちを見つめる観察眼と、「私の仕事のなかで大事な要素」とリスペクトを欠かせないスコルジャ監督は明確に「目標は優勝」と口にする。
「常に優勝を夢に、そして目標にしている。ポーランドでは4回優勝したが、5回目の優勝を日本で見られればいい」
大きなケガ人なく無事に合宿を終えた浦和レッズ。今年はちょっと違うかもしれない。
<了>