ついに“ミラノの支配者”が帰ってくる。昨季終了後に行った膝の手術のリハビリから復帰間近といわれるズラタン・イブラヒモビッチ。彼の帰還は、イタリア・セリエA連覇を目指すACミランにとって大きな追い風となるはずだ。そこで本稿では、昨年刊行された書籍『アドレナリン ズラタン・イブラヒモビッチ自伝 40歳の俺が語る、もう一つの物語』の抜粋を通して“イブラ”の偉大さを改めて振り返る。今回は、2021年のミラノダービーで勃発したロメル・ルカクとの因縁についてイブラヒモビッチ本人が語り尽くす。
(文=ズラタン・イブラヒモビッチ、訳=沖山ナオミ、写真=Getty Images)
ルカクは悪い男ではない。だが、一つだけひどい間違いを犯した2021年1月のミラノダービーの話をしよう。ルカクが自分のことを「ミラノの真の王」と称したことには笑わされたね。あいつは悪質なファールを仕掛けてきたわけではないが、試合中の言葉は撤回してもらわねばならない。
マンチェスター・ユナイテッド時代、彼は1年間口を開かなかったんだよ。子羊みたいなおりこうさんだったね。その後、イタリアにやってきた。記者が書いた記事を読んで、やつは自分がトッププレーヤーだと勘違いしてしまったんだな。それで自分が王だと思い込んでしまった。
ロメル・ルカクは悪い男ではない。だが、一つだけひどい間違いを犯した。俺様を敵に回したのだ。
ユナイテッドでの2年目、俺はひどい怪我をした。試合に出られなくなり、給料は20%だ。少しでも金を取り戻すために、彼に挑戦状を投げた。「おい、ロメル、おまえがトラップを失敗するたびに、俺に50ポンドくれるという賭けをしないか?」
「成功したら?」、やつはそう聞いてきた。
「俺がおまえをもっと強くしてやる。約束するよ。いいか、ロメル、俺が金持ちになる提案を受け入れてくれないか?」
彼は笑った。自分のレベルが高いと勘違いしてたんだな。だが、やつはトラップしてもうまくいかず、ボールを追いかけてばかりいた。
だがな、気を付けてくれよ。この挑戦は俺が勝つと確信していたが、目的は彼に上達のヒントを与えることだったんだ。俺は手を貸してやったわけだ。実際、その後彼は成長した。今ではユナイテッド時代より、相当うまくなった。だが、ユナイテッドでは俺に歯向かわなかったあいつが、イタリアに着くやいなや俺を挑発してきた。「ミラノの真の王」だとよ……。
あいつはジャングルの掟を学んでないようだった。新たにライオンキングになるやつは、まずそのときの王者を殺さなければならないのだ。
「ミラノに王がいたことはない。いるのは神だけだ」セリエAでのミラノダービーの日がやってきた。2020年10月。俺の2ゴールでミラン勝利だ。俺はSNSに載せた。「ミラノに王がいたことはない。いるのは神だけだ」と。
3カ月後、コッパイタリアで再度対戦した。ルカクはミランのキャプテン、アレッシオ・ロマニョーリと言い争いを始めた。まぁ、そんなことはよく起こる。誰でも口論はするものだ。しかもダービーだ。緊張感みなぎる試合だった。ところがルカクは、アレクシス・サレマーカーズとまで言い争いを始めた。
俺のチームは若い選手が多く、かつてのミランとは違っていた。かつては、ガットゥーゾに歯向かうってことは、殺されることを意味していた。
ゆえに俺は我に命じた。「ズラタンよ、おまえの出番だ」と。若いやつらは怖さを知らない。それゆえに弱者に転じる危険性がある。俺はルカクに英語で告げた。
「口を閉じろ。出しゃばるんじゃない」
彼はこう返してきた。「そうしないと俺に何するつもりですか?」
驚いたぜ。俺様に向かって何てこと言うんだ! やつは繰り返した。「そうしないと何するつもりですか?」。俺はやつに英語で説明してやった。
「今度口を開いたら、全身の骨をへし折ってやる」
やつは一歩近づいてきた。ある程度の距離までは近づくがいい。だが、その後、俺は自分の身を守る行動に出る。それがストリートの掟だ。
俺は自分の頭をやつの頭に預け、後ろに押した。すると、やつは俺の妻を侮辱し始めた。ならばしょうがない。俺はやつの弱点を攻めてやる。やつの母親とブードゥー教についてだ。
かつてルカクがエバートンからユナイテッドに移籍したとき、自分の母親がブードゥー教の儀式で「クラブを変えたほうがいい」というお告げを受けたと説明したからだ。この世界では何も作り話をしなくても、ユナイテッドに行きたいと言えば行くことができるんだよ。
俺はこう言ってやった。「おまえは母親の家に戻って、ブードゥーの儀式でもやってろ!」
するとやつはキレた。「俺の母親のことを何て言った? おい、何て言ったんだ?」
俺はあいつの母親については何も言ってない。攻撃もしていない。
前半終了。
ルカクは俺を脅した。「おまえの頭に3発ぶち込んでやる!」コロナ対策のルールで、両チーム揃ってピッチを出ることはできなかった。チームごとに分かれてロッカールームに続く通路に向かった。だが俺だけはインテルの選手たちとともにピッチを出た。俺がルカクの隣を歩き、笑顔を見せているシーンがテレビに映し出された。
やつにはこう話していたんだ。「一緒に降りよう。楽しい時間を過ごそうぜ」
俺は先に下に降りて、やつを待った。だがやつはまだ上に残っていた。ニコロ・バレッラに止められていたんだ。チビのバレッラがやつを止められるか? あの、でかいルカクを? そんなわけないだろう。ということはつまり、やつは俺に近づきたくなかったんだな。
ルカクは離れたところから俺を脅した。「おまえの頭に3発ぶち込んでやる!」
何だって? 俺はこう言ってやった。「おまえの頭の中の映画が終わったら、俺のところに来いよな」
インテルの選手たちは俺を追っ払いながら言った。「ズラタン、おまえが何考えてるかわかるよ。ルカクを興奮させたいんだろう?」
するとインテルの俺の友人が打ち明けてくれた。「ルカクはおまえのことで頭がいっぱいなんだよ。おまえがチームの仲間にプレゼントしたとき、数日後、ルカクも自分のチームメイトに同じことをしたんだ。おまえがやることは全部、ルカクも真似するんだよ」
俺はミランのロッカールームに戻った。その後、俺は一番に部屋を出て、ルカクがやってくるのを待った。彼が通り過ぎるとき、ゆっくりと拍手してやった。
「俺はここにいるぞ。待ってたぜ。さて、どうしようか?」
彼も拍手をしながら、そのまま、ピッチに直行した。俺は後半、2枚目のイエローを提示されて退場となった。だからといって、イラついたりはしない。俺には状況をコントロールする力が備わっていたからな。ちょっと挑発されたくらいで爆発するような若造とは違う。
いずれにしても、ルカクとは試合でケリをつけなければいけない。だが残念ながら、やつはセリエAを去ってしまった。UEFAチャンピオンズリーグでチェルシーと対戦することもなかった。まあいい。いずれ機会があるだろう。(編注:ルカクは2022年6月に期限付き移籍でインテルに復帰)
「1人で99人を相手に戦うテレビゲームがあるんだ…」1人で99人を相手に戦うテレビゲームがあるんだ。全員が島にいて、互いに撃ち合い、最後は1人しか生き残れない。
マンチェスターに住んでいたとき、そのゲームを知った。息子たちが遊んでいたんだが、最初はお子様向けのアニメーションだと思っていた。鼻であしらっていたが、マキシとビンセントが挑発してきたんだ。「パパなんて弱いから5分で殺されちゃうよ」
「よし、ならやってみようじゃないか。まず練習するからな。そのあと、パパが本当に弱いかどうか見てろよ」
こうして俺は、戦略、決闘、反射神経、アドレナリンに満ちたゲームにはまっていった。画面に「真の勝者」という文字が表示されたときは大興奮だ。全員を打ち破り、島の唯一の生存者となったわけだからな。俺が島でただ一人の勝者ってわけだ。
もし最後の決戦で敗れていたら、壁にジョイスティックを投げつけるか、ヘッドホンを真っ二つにへし折っていたかもしれない。
実際、息子たちに追い出された日もあった。「パパは激しすぎるから、もう一緒に遊んであげない!」
しかも、息子たちと同じチームで戦って離脱したときは、彼らのせいにした。俺は島でも彼らにプレッシャーをかけていたんだな。
夜中まで遊んでいたよ。スキンを装着した俺はハンドルネームでチャットに入り、チームで戦った。うっかり漏らした言葉から俺だとばれて、「え、もしかしてイブラ?」と聞かれたときはすぐに消え去った。そして別の場所からそいつを殺しにかかる。
その後、ゲームへの情熱は消えたが、ゲームの精神は残った。俺はその精神を常に携えて、サッカーをしている。王と名乗るものはすべて島から追い払ってやる。残るはただ一人の勝者のみ。
<了>