FIFAワールドカップ・カタール大会で躍動した日本代表GK、昨季J1得点王、パリ五輪世代の主力級の若手選手……。今季J2リーグを戦う清水エスパルスの戦力は、他チームのサポーターから“反則”だと揶揄されている。一方、今季開幕戦スコアレスドロー発進となったチームが掲げたキーワードの一つは「育成型」だった。二兎を追う清水の描く未来予想図とは?
(文=田中芳樹、写真=Getty Images)
豪華選抜メンバーをそろえるが…開幕戦ドローに大ブーイング2月18日、J2リーグが開幕した。清水エスパルスはホームIAIスタジアムでその時を迎え、昨季13位の水戸と対戦。今年の新システム3バックで挑んだ清水は、開始早々に権田修一のパントキックから北川航也が抜け出してGKと1対1の状況を作ったがゴールとはならず、そこから何度もゴール前に迫る場面を何度も作るも、最後までネットを揺らすことができず0-0で終えた。
開幕戦という独特の緊張感もあり、堅い試合になることは予想できた。しかし、サポーターのジャッジは厳しかった。今年から声出し応援が解禁され、この日のアイスタでは2020年の開幕戦以来となるサポーターの声援が戻ってきていた。しかし試合後、皮肉にもサポーターの声は、大ブーイングとしてスタジアムに響き渡った。
それもそのはずだ。清水のゴールを守るのは、ワールドカップ・カタール大会で大活躍をした権田修一、1トップには昨季のJ1得点王チアゴ・サンタナ、その後ろには昨季オーストリアのSKラピード・ウィーンから清水に復帰した北川航也、ボランチにはパリ五輪の中心選手として期待される松岡大起もいる。その他、J1リーグでもレギュラーを張れるような選手たちが先発に名を連ねているからだ。勝って当たり前だと思っても無理はない。
そもそも、クラブは厳しい目に晒されている。2015シーズンにクラブ史上初のJ2降格が決定。2016年は鄭大世、大前元紀、北川航也と攻撃陣にタレントを揃え何とか2位でJ1昇格を果たすが、そこから毎年のように残留争いを繰り返しており、昨季はシーズン途中に北川、乾貴士、ヤゴ・ピカチュウという大型補強も虚しく、17位で2度目のJ2降格となった。
清水が掲げるのは「“強い”育成型クラブの再建」今季の新体制発表記者会見で山室晋也代表取締役社長は、神妙な面持ちで「従来続けてきたこのクラブの体質や体制、これが限界にきているということです」と現状を語っている。これまでの悪循環から逃れるため、打ち出した1つのキーワードが「育成型」だった。
その会見で多くの時間が割かれたのは「エスパルス ヴィジョン2027」だ。ざっくりといえば、2027年に経営面では売上高55億円、平均観客動員数1万8000人、成績面では2027年にJ1優勝、ルヴァンカップor天皇杯で優勝という計画だ。それを達成するため、「“強い”育成型クラブの再建」という項目がある。そこにはこう書かれている。
「清水エスパルスが目指す育成型クラブとは、『アカデミー出身・新卒選手を含め、清水エスパルスに来た選手が成長する』クラブである」
大熊清GMは、「今の15、16歳の選手が育った時に、実力で今の選手たちを超えていけるような育成型にしないと真の強いクラブになれないと思っています。高いレベルでの競争をしてポストを勝ち取ってこそ、本物の育成型クラブだと思います」と育成型クラブを推し進める経緯を、このように熱く説明した。
「育成型」というと聞こえは良いが、単に資金力やさまざまな事情で戦力を増強できなかった時の言い訳のように聞こえることもある。実際清水も、多くのスター選手がチームを離れた2013年に育成型クラブを宣言している。その一環として練習場に照明設備が取り付けられ、夕方以降に近隣の高校を集めた練習会や、ユースとの交流も頻繁に行われていたが、その計画も次第にフェードアウトしていった。ただ、先に述べたように、今回は少なくともJ2ではトップクラスの戦力をそろえている。「逃げ」の育成型ではなさそうにも見える。
ユース所属・矢田龍之介ら若手にかかる期待。受け入れ態勢も万全今季のチーム始動後、2月12日の練習にはユースの田中侍賢、星戸成、小竹知恩が参加して、トップチームの選手たちと同じメニューをこなした。また、シーズンを戦う上での基礎を作るために大事な時期である鹿児島キャンプでも、ユースの選手を4人、また大学生を3人帯同させている。それぞれ、練習試合にも出場。40分×4本で行われた熊本戦では、4本目途中から多くの若手が投入された。その中の一人、ユース所属の矢田龍之介が出場わずか13分で2得点。3本目まで1-1の同点だったが、矢田の2得点で勝利した。矢田は直近ではU-16日本代表としてパラグアイで行われたCuadrangular Internacional U17に出場するなど将来を期待される若手だ。
彼らを受け入れるトップチームの体制も万全だ。というのも、ゼ・リカルド監督はブラジル時代、CRフラメンゴ、CRヴァスコ・ダ・ガマ、ボタフォゴFR、SCインテルナシオナルなど、日本でもお馴染みのチームで指揮を執っているが、下積み時代は長らくフラメンゴの下部組織の監督を務めていた。
その教え子の一人で現在清水に所属しているホナウドは、「選手みんな平等に接してくれて、選手のポテンシャルを最大限発揮させてくれたと思います。さまざまなことを教わり、ポジショニングに特化してプロの選手の映像を見せてくれたり、選手を進化させるためにいろいろと取り組んでくれた」と当時を振り返る。ホナウドは彼の指導の甲斐もあって、その後順調にトップチームに昇格している。
監督の右腕であるクレーベル・サントス ヘッドコーチ、ファビオ・エイラス フィジカルコーチもリカルド監督と同じようにチームを渡り歩いており、ジュアユース、ユース世代の指導経験は豊富。育成の環境はそろっているといえる。
短期・長期的目標。二兎を追う難しいミッションに挑む今季の戦い昨年清水ユースは、高円宮杯U-18プレミアリーグ創設以来初めてプリンスリーグに降格するという苦しい状況だったが、個人では有望な選手がそろっており、ここから多くの選手がトップに昇格し、将来のクラブを担う逸材となることは間違いない。ただ、今回のように充実の環境をそろえようとも、やはりトップチームの成績に左右されることになる。
今季J2優勝、そしてJ1昇格ということを目標としているが、リーグ終盤までに厳しい戦いが続いていれば、それどころでもなくなるだろう。そうなれば、再び悪循環に陥る可能性もある。清水にとって、J1昇格という短期的な目標と、将来の選手の育成という長期的な目標と、どちらも達成しなければいけないという、二兎を追う難しいミッションが課された今季の戦い。勝ち点1スタートとはいえ、まだシーズンは始まったばかり。われわれも短期・長期的、両方への期待を胸に見守っていきたい。
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