Infoseek 楽天

5年間で「38カ国、48レース」走って見えたスポーツの真価とは? 海外マラソンコレクターが走る理由

REAL SPORTS 2023年2月27日 11時50分

昨今の働き方の変化から、ワーケーションや生活拠点を変えるなど、さまざまなライフスタイルが確立されてきている。そんな中、1年のうち約半分は都内でOLとして働き、あとの半分は海外を旅してマラソンに参加する生活を続けている女性がいる。「海外マラソンコレクター」として活動し、6年目となる鈴木ゆうりさんにとって、海外のマラソンに参加することは「体を動かすこと」や「タイムの向上」が目的ではない。

(インタビュー・構成=阿保幸菜[REAL SPORTS編集部]、写真=本人提供)

新卒で就職した大手企業をわずか半年で退社

――鈴木さんは、都内でOLとして働きながら「海外マラソンコレクター」として世界中のマラソンレースに参加するようになってから、自身の人生にはどんな変化がありましたか?

鈴木:大学3年生のときに遊びに行ったハワイで初めてホノルルマラソンに出てから、大学4年生の春休みに世界一周旅行に行って、バルセロナマラソンに出たんですけど、実はそこで(海外のマラソンを巡る生活は)終わりにしようと思っていたんです。でも結局、大学卒業後に新卒で入った会社を半年で辞めたので、そこで人生がガラッと変わったと思います。

――大学卒業後にマラソンをやめようと思ったのは、社会人になるから?

鈴木:そうですね。今は突拍子もないことをやっていると思いますけど、当時は普通に就職して結婚すると考えていたので。大学卒業後、某大手メーカーに就職をして関東の郊外に配属されました。いまだに同期ともつながりがあるし、半年で辞めたのにお世話になった人事の方が異動されるときになぜかゲストで呼んでいただいたり、辞めるときにも応援してくださったりと、本当にめちゃくちゃいい会社でした。

 ただ、勤務していたビルの高層階から景色を見ると、周りに山しかなくて。当時22歳くらいの私は、「今は自分の時間を自由に使えるのに、ここで人生を過ごしていていいのかな?」みたいに考えるようになったんです。そこで「じゃあ自分は今、何がやりたいんだろう?」と考えたときに、もう少し世界を走って回りたいなって。それで、「よし、辞めよう!」と決心しました。

――自分の人生で今、何を一番大切にしたいかを考えたときに、やっぱりマラソンだったんですね。

鈴木:そうですね。

――もしマラソンをやっていなかったら今、どのように過ごしていたと思いますか?

鈴木:そのまま働いていたと思います。他に辞める理由がないくらい、本当にいい会社だったので。

――その会社で働きながら活動することはできなかったのでしょうか?

鈴木:海外のマラソンに行くのなら、がっつりと時間を取って行きたかったので、どうしても会社員を続けながら行くのは難しいと思いました。

――会社を辞めて海外のマラソンに出るとなると、やっぱり気になるのがお金の面です。当時、収入はどうされていたんですか?

鈴木:大学2年生のときにアルバイトをしていた会社が拾ってくれて、今はそこで働かせていただいています。普段はその会社で働きながら、マラソンに行くときには「明日から1カ月くらいいないから、よろしく!」と言って(笑)。

――その会社では、そうしたフレキシブルな働き方をされている方が多いんですか?

鈴木:私だけですね。大学時代から仕事に取り組む姿を見て、「頑張っているのは知っているから」とおっしゃって、無理をきいてくださっています。

――大学時代から、マラソンと仕事、両方に向き合う姿勢を見てくださっていたのですね。

鈴木:そうですね。私がフラフラしているのを見て、「暇してるんだったら手伝いに来い」と声をかけてくださって、そのまま働からせていただいています。そういった働き方をさせていただいているにもかかわらず、コロナ禍のときも「海外に行けないんだったら、とりあえず正社員になって働いて、行けるようになったらまた前の働き方に戻していいから」と言ってくださって。皆さんに本当によくしていただいています。実家も頼れる状況ではないので、本当に助かりました。 


「海外マラソンコレクター」×OL生活のリアル

――今の会社で働き始めて、マラソンとOLの両立生活がスタートしたのですね。

鈴木:そうですね。昨年は4~5月と、9月下旬~11月頭まで海外に行っていました。コロナ禍前の2019年は4カ月だけ日本にいて、それ以外は海外に行っていましたね。

――海外にいる間は、どのように生活しているんですか?

鈴木:できるだけ生活費を切り詰めながら、ドミトリーに泊まったり、『カウチサーフィン』というアプリで探して民泊したりしています。


――行き先はどういうふうに決めるんですか?

鈴木:だいたいは、出たいレースを1つ決めて、そのエリアの周りに何があるかを調べてツアーを組んでいます。例えば昨年は、9月末にベルリンマラソンがあったので、周りの国のレースを調べてクロアチア、ハンガリー、オランダ、スロベニア、その後また一度ドイツに戻って帰国という感じでした。


――それは、各所ですべてマラソンレースに出たということですよね?

鈴木:そうです。マラソンは本当にさまざまな国で行われていますし、海外では多くのレースが前日でもエントリー可能なので。日本は締切が早めで、半年前くらいにはエントリーしなくてはならないものもありますが、海外のレースは大きな都市でもだいたいいけます。ただ、オランダのアムステルダムマラソンのような人気レースは、2カ月前には完売していましたね。

――極論、旅行ついでにマラソンに出られてしまうんですね。

鈴木:本当にそうなんです。あと、4人で42.195kmを走るリレーマラソンを行っているところもたくさんあるので、一人で長距離走るのはハードルが高い……という方でも、より気軽に参加できると思います。

――旅先で、リレー形式でみんなで気軽に参加できるとなったら、ノリで「出てみる?」というふうな楽しみ方もできそうですね。

鈴木:そうですね。海外では、走りながら電話している人もいるくらい気軽に参加できるので(笑)。

――これまでに海外のマラソンで出会った中で、インパクトが強かった人は?

鈴木:ぶっ飛んでいるなと思ったのは、スペインのバルセロナでエッフェル塔を背負いながら走っていた人がいたり、3mぐらいの大きさの人形を押しながら走っていた集団がいて。「何で?」って思いました(笑)。


「日本のパスポートは世界一強い」のに…

――鈴木さんはSNSやnoteでマラソン生活を綴っていますが、どのような思いをもって発信されていますか?

鈴木:そもそも私はマメではないのでSNSが苦手で、発信を始めたのも2019年からなので遅いほうだと思います。こまめな発信は苦手ですが、文章を書き綴るのならできるかもしれないと思って始めたnoteは、自分のこれまでの海外マラソン体験記や痕跡を残しておこうと思い始めました。人間の記憶って、次の日には7割忘れてしまうというのを聞いたことがあるので、それから文章に残すようになりました。

 2019年の冬に、『Runtrip』さんというメディアがたまたま私の発信を目に留めてくださり、それからイベントに呼んでいただいたりするようになって。それを機に、2020年にはもっとたくさんのレースに参加しようと思い、50レースは出ようと思っていたらコロナ禍になってしまったんです。それからなかなか頻繁に発信できていないんですけど……。

――どちらかというと、最初は自分のための記録として残していったかたちなのですね。

鈴木:はい。正直なところ、最初は自分の活動をいろいろな人に知ってほしいという感覚はありませんでした。その考え方が変わったのは、やっぱりさまざまな国のレースに出ていろんな人に会ったからだと思います。なかなか海外のレースで日本人って見なくて。例えば、チリのパタゴニアでマラソン(ウルトラパイネ)を走ったときは日本人私しかいなかったんですよ。つまり、そこでは私が「日本代表」状態(笑)。


 日本のパスポートは、どこでもビザなしで行けるので世界で一番強いといわれています。マラソンで知り合ったモロッコ人の友だちがいるんですけど、「今度モロッコ行くね!」という話になっても、日本人の場合は航空券さえ取れればモロッコへすぐ行けます。でも、モロッコの人が日本へ来るには、ビザと身元保証人が必要で、保証人の預金口座を提出したりしなければならないんです。それくらい面倒なので、なかなか簡単には来られないんですよ。

 世界にはそういった国の人たちがたくさんいる中で、人口約80億人のうち日本人は1億人くらいいますが、80分の1の可能性で世界中どこにでも行ける権利を持って生まれているんですよね。その権利をもっと生かして、さまざまな国に行ってマラソンレースで走る人が増えたら、もっと輪が広がって良い循環が生まれていくんじゃないかなと思うようになって。私も日本人1人で出なくていいし(笑)。それから、もっとこの活動を広めていきたいと思うようになりました。


シリアでもイラクでも、同じようにマラソンレースは行われている

――今のライフスタイルはどれくらい続けているのですか?

鈴木:2018年から続けているので、もう6年目になりますね。

――マラソンをやめるときが来るとしたら、どんなときだと思いますか?

鈴木:子どもができたら、やめると思います。もうすぐ結婚する予定なのですが、相手が海外赴任の可能性があるので海外でワンオペで育児しながらとなると、さすがに今のようにマラソンに出るのは難しいと思います。これまでのように海外を飛び回るのは今年が最後かなと。

――現実的に考えると、やはり子どもができるとなかなか海外を飛び回るのは難しくなりますよね。

鈴木:いつか子どもができたら、一緒に走ったりできたらいいなとは思いますけどね。夫婦で交互にベビーカーを押しながら走っている人たちも、結構いるんですよ。

――すごいですね。

鈴木:ベビーカーを押しながら走るのは「バギーラン」といって、最近結構どこの国でも見かけます。「強ぇ……!」と思いながら見ているんですけど。海外では、子どもに対して寛容な国がすごく多いんです。

――今後はどんなことを目指していきたいですか?

鈴木:まず直近では、今年の10~11月は南アフリカのケープタウンへ走りに行く予定なんですけど、実はシリアのダマスカスで開催予定のレースと、イラクのエルビルで行われるレースに出ようと計画しています。(※インタビューは現地時間2023年2月6日午前4時17分に起こったトルコ・シリア大地震の発生前に実施)。

――これまでに、シリアやイラクで走ったことはあったんですか?

鈴木:初めてです。実はこの2大会は、以前からすごく出たかったレースだったんですけど、2020年に出ようとしたらコロナ禍で出られなくて。

 海外マラソンコレクターとして活動する中で最近よく言っているのが、走るというのは世界中どこでもできて、一番誰でも参入しやすいスポーツなんですよね。これまでロシアやルワンダなどの国でも走ったことがあるんですけど、そういう国ってなかなか実際のイメージって具体的に分からないじゃないですか。正直なところ、テレビのニュースで見たイメージしか分からないですよね。

 シリアは戦争があって、現地が今どうなっているのか知らない人はおそらく多いと思います。でも、そういうところでも同じようにマラソンレースがあって、走って、世界の国々の人たちと同じことをしているんですよ。そういった光景を自分の目で確かめに行きたいと思っています。

 まずは行きやすい国からでも、マラソンを走りながらさまざまな国について見て知っていく人が増えたらうれしいなと思っています!


<了>







PROFILE
鈴木ゆうり(すずき・ゆうり)
海外マラソンコレクター。2018年のハワイ旅行時に出場を決めたホノルルマラソンでマラソンレースデビュー。都内でOLとして働きながら世界中を旅し各国のマラソンレースに参加し続けている。55カ国を旅しながら、38カ国で48レースを完走。

この記事の関連ニュース