女子スポーツの課題の一つは、高校を卒業後に女子選手の競技登録者数が減少してしまうことだ。同時期を境に、バスケットボール73%、サッカー36%、ハンドボール82%減少するというデータ(各協会2021年公式データより)がある。国際大会で使用される公式試合球やスポーツエキップメントなどを手掛けるスポーツ用品メーカーのモルテンは、「KeepPlayingプロジェクト」と題して、競技継続を支えるメッセージを発信。担当の長谷川乃亜さんに、競技人口の減少の要因と、継続の可能性についてインタビューを行った。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=Kazuki Okamoto)
日本固有の問題ではない女子競技人口減少の現実――高校卒業後にスポーツの女子競技人口が大きく減少してしまう問題について、株式会社モルテンは「KeepPlayingプロジェクト」と題して活動されていますが、どのようなきっかけでこの取り組みを始められたんでしょうか。
長谷川:一つは、2022年にWリーグ(バスケットボール女子日本リーグ)と一緒に活動を始めたことです。東京五輪でバスケットボールの女子のチームが銀メダルを取るほどの活躍をした一方で、一般競技レベルでは競技を続けることの難しさへの課題が選手側から上がり、我々も18歳以上になると競技人口が減ってしまうことに対して問題意識を持っていたので、一緒に取り組みましょう、と。我々がWリーグに提供しているボールは一定期間で入れ替わるのですが、古いボールは廃棄されたりしてしまうので、それを中学や高校で使ってもらうプロジェクトを始めたんです。
また、私自身の熱量というところでいうと、もともとJリーグの下部組織でサッカーをしていたのですが、大学で続けられず、それでもプロの道に行きたいと思って海外に挑戦して、メキシコやドイツでプレーしたんです。その経験を通じて、友達をつくったり、価値観を形づくる上でもスポーツを継続することが大事だと考えるようになりました。その中で、日本で隣に引っ越してきた家族の姉妹がサッカーチームを探しにいった時に、数週間かかってやっと見つけたチームが、通うのに2時間ぐらいかかる場所で。そのように、プレーしたくてもできる環境がないことに対して、スポーツに関わる人間としてもっと声を上げる必要があるんじゃないかと思いました。それも、このプロジェクトを進めようと考えたきっかけです。
――プロジェクトの中では、どのような形でメッセージを発信しているんですか?
長谷川:昨年は、Wリーグさんと共同で、チームや選手によるSNSの投稿や、テレビ・雑誌、Web媒体での露出、試合会場でのブース出展などを実施しました。「バスケットボールの魅力に吸い付けられる」というデザインコンセプトのマグネティックボールも作成しました。また、今年2月8日には、都内でWリーグとWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)とJHL(日本ハンドボールリーグ)による「競技横断座談会」を開催しました。プロジェクトは各リーグの事務局やメーカーが旗振りをするのではなく、やっぱり選手の皆さんが感じられていることをサポートしていくのがいいと考えています。
WEリーグが行っている「WE ACTION MEETING」(編集部注:チーム、クラブ職員、パートナーやメディア関係者が意見を出し合い・共有するミーティング)でも、10代で選手たちがサッカーをやめてしまう問題が選手側から課題として上がっているんですよ。そのように選手がすでに課題認識していることなので、その声に寄り添っていきたいですね。また、ヒアリングを通じて、今後、発信方法も考えていきたいと思います。メッセージを広げるという点では、3月8日の多分国際女性デーを一つの旗印にしています。
――高校卒業を境に、競技登録者数でバスケットボール73%、サッカー36%、ハンドボール82%減少してしまうというデータは衝撃的でした。
長谷川:年齢別の競技登録者数はどの競技団体でも開示しているので一つの指標になりますが、私自身も驚きました。サッカーは小学校から中学生年代に差し掛かる12歳を境に大きく減ってしまう傾向があります。バスケは、ミニバスや部活で継続する選手が多く、ハンドも継続する選手が多いんですが、18歳以上になると一気に減ってしまう傾向がありますね。
――海外だと、プレーを「楽しむ」価値観が根付いているイメージがあります。この年代の競技離脱率の高さは、日本特有の問題なのでしょうか?
長谷川:日本と海外で環境の違いはあると思いますが、海外でも同じような課題はあります。モルテンは国際バスケットボール連盟(FIBA)のグローバルパートナーでして、FIBAも女性のバスケットボール参画を一つの戦略として掲げているんです。それで、彼らのグローバルレポートを見ると、全世界平均で見て20.3歳でドロップアウトしてしまうというデータがあるんです。日本よりも若干、競技継続年数が長いとはいえ、世界的に共通する課題だと思います。
競技横断座談会で見えてきた課題と可能性――18歳を機に女子選手が競技を離れてしまう要因としては、主にどのようなことが考えられますか?
長谷川:グラスルーツレベルでいうと、やはりプレーを続ける環境がないことは大きいと思います。また、卒業の節目で何を優先するかという優先順位の問題もあると思います。
――競技横断座談会では、高校卒業を境に競技をやめてしまう理由について、各競技の選手たちからも様々な意見が上がっていましたね。
長谷川:はい。座談会では「卒業の節目でやりきった」「選択肢がなかった」「ケガの影響」といった声が聞かれました。課題に直面しているプレーイヤーは何が困っているか、これから部活にヒアリングをしようとしているところです。例えばケガは、選手だけではなく、保護者の方もかなり気にかけている部分で、実は現場の応急処置の知識や理解が追いついてないという実態が見えてきています。そういったところで何ができるかは、注視していかなければいけないと思っています。
――ケガの予防や適切な処置には、インフラや人材面など、資金面の課題も大きいのでしょうか。
長谷川:それはあると思います。それと、部活では顧問対保護者という関係の中で、ある程度ケガの処置をしたくても、親御さん側が「こうしてほしい」と強く主張されるケースもあるので、世の中的に難しくなっている面もあると聞きます。そういうところに第三者の正しい視点を入れることが大切だと思いますし、我々としても貢献できる部分があるのではないかと模索しているところです。
――高校や大学でトップレベルでプレーしてきた選手たちがやめてしまうケースもありますが、その要因についてはどう考えていますか?
長谷川:トップレベルの選手たちは「アスリート」という肩書がつくので、そこから一般レベルで運動をするエクササイザーに切り替わる難しさがあると感じています。例えば「◯◯のチームのミッドフィルダーの選手」というように、肩書がある選手が競技を退いた時に、他のスポーツに切り替えにくい。それはスポーツ庁に派遣していただいた海外の女性スポーツのカンファレンスで共有されていた課題です。
――そういう課題もあるのですね。「競技を続けられた理由」について、競技横断座談会では「周囲の支え」「サポーターの応援に応えたい」「楽しいから」という声もありました。そうした声も踏まえて、競技継続にはどのようなことが必要だと思いますか?
長谷川:まずは、高校を卒業した後の選択肢をどう広げていくかが大きな課題だと思います。環境やコミュニティもそうですし、やめても他のスポーツを続けられるようにするなど、いろいろなイメージを持てるようにすることが大切だと思います。
モルテンはバスケットボール、サッカー、バレー、ハンドボールの4競技をメインに手がけていますが、その4競技だけでなく「スポーツを続けることで生まれる価値がある」と考えています。
――環境も必要ですし、スポーツが「楽しい」という気持ちを持ち続けられるようにすることも大切ですよね。
長谷川:そうですね。部活動に関してインタビューをする中で興味深かったのが、「友達に誘われてスポーツを始めた子は比較的離脱が早いのではないか」という仮説が立ったことです。特に、中学から高校に進級して今までのコミュニティから外れるときに、以前は「とりあえずサッカー部に入っておこう」とか、「何かスポーツをやっておこう」ということが多かったと思いますが、今は世の中がデジタル化したことで選択肢が広がって、スポーツ以外の選択肢も多くなっている。ですから「友達に誘われてやっている」というきっかけのままだと、モチベーションを保ちにくいんです。その中で、「自分はこのスポーツが好きだ!」と思える瞬間をつくれるか。例えばプレーデータが可視化されたり、家族も関われる何かができたらいいのではないか、などと考えています。
<了>
[PROFILE]
長谷川乃亜(はせがわ・のあ)
幼少からサッカーを始め、高校時はJリーグ下部組織に所属。大学在学中にサッカーを続けることを夢にメキシコ、ドイツでプレー。その後、日本・英国・米国での10年以上のマーケティング、ブランドマネジメントの経験を経て、2021年より株式会社モルテン入社。ブランドマーケティンググループのグループリーダーとして、グローバルで競技団体と協業した活動や商品のプロモーション、ブランドコミュニケーションなどの戦略や企画立案、実行を担当。