卓球のパリ五輪選考ポイント争いが、熾烈を極めている。現在ポイントで有利な立場にある、早田ひなと木原美悠。そして東京五輪のエース伊藤美誠の選出が有力視される中、虎視眈々と逆転を狙う選手たちがいる。3月に開催されたWWTスターコンテンダーゴア。この大会には、パリ五輪選出への一つのターニングポイントとなりそうな試合が多く展開された。早田がまさかの2回戦で敗退する中、オリンピック代表争いのダークホースとも目される実力者3人の“決め手”をひも解く。
(文=本島修司、写真=Getty Images)
“完全復調”が見えた平野美宇の戦いぶり激闘が続いている2024年パリ五輪選考ポイント争い。3月1日からインドで決勝トーナメントが行われたWWTスターコンテンダーゴアでの戦いぶりから、ここからさらに勢いを増すはずだと感じさせた選手が3人いた。
その一人が、今年に入って復調著しい平野美宇だ。かつて「ハリケーン」と称された両ハンドの速攻が、ここにきて再び調子を上げている。ゾーンに入ってしまえば一気に勝負を決定づける“誰にも止められない感”はやはり魅力だ。
WWTスターコンテンダーゴアではベスト4まで進出。内容も準決勝まですべての試合をストレートで勝ち上がってくる圧巻のパフォーマンス。まさに「強いときの平野」がよみがえってきた。
準決勝では、台湾の鄭怡静と激突。この鄭怡静は、Tリーグでは伊藤美誠に勝ち、そしてこの大会で早田ひなに勝利して上がってきた強豪中の強豪だ。
1セット目こそ取られた平野だが、2セット目からハリケーンが飛び出す。巻き込みサーブからの前陣速攻で、2ゲーム目、3ゲーム目を取り返す。特に3ゲーム目の9-7の場面では、バックの深い所にきたボールを、詰まりながらも台に張りついた位置で“こらえた”。この立ち位置で“こらえる”ことができると、さらにラリーのピッチが上がっていく。ピッチが上がれば上がるほど、平野の“ハリケーン”と呼ばれる展開になる。
今、最も勢いのある女子選手の一人、鄭怡静を相手に「中盤で盛り返してひっくり返せる」ところが、平野の復調を示している。4ゲーム目を9-11で取られると、最後も押し切られる形での敗戦となったが、「勢いに乗った平野はやっぱりすごい」と感じる一戦。
パリ五輪選考ポイントでも、現在伊藤を抑えての3位。さらに、この大会の戦いぶりで平野の完全復調が近いことを印象づけた。
勝負所の勘が冴え渡る、石川佳純の“技”もう一人は、ベテランの石川佳純だ。WWTスターコンテンダーゴア2回戦では、14歳にして今一番の注目株、張本美和といきなり激突。
前半は張本の猛攻撃に屈するも、3ゲーム目、4ゲーム目を取り返す形に。ストップ対ストップの攻防から、石川が攻めの体勢に入るシーンが目についた。前後に揺さぶる「大人の卓球」で張本の勢いを止めた。
5ゲーム目はバックの打ち合いから、張本が、石川のフォアへとストレートで打ち抜くドライブが決まり出す。結果は2-3で張本に敗れたが、中盤~後半にかけて一進一退の壮絶な打ち合いを演じた。
全盛期は過ぎているという声もあるが、石川は明らかにまだ強い。それは、石川に勝った張本美和の、その後の準々決勝、そして準決勝の試合ぶりで判明することになる。
好調維持する平野と石川。そしてもう一人…平野と石川。この二人の好調ぶりによって、代表争いが熱さを増している。
その一方で、ここにきて才能が爆発している「第3のダークホース」の存在にも触れないわけにはいかない。世界がマークし始めた新たな天才少女、張本美和だ。
張本美和のすごさの源はどこにあるのか?
これまで「張本智和の妹」として常に注目を浴びながらも、多くの卓球ファンからは「いつか兄の智和を超える存在」とも目されてきたその類稀な才能が、WWTスターコンテンダーゴアで解き放たれた。
準決勝で敗れ、結果はベスト4に終わるも、日本のベテラン石川佳純を下し、続く3回戦で台湾の実力者・陳思羽を、準々決勝では中国の新時代の主力選手である銭天一に圧勝。そして、世界が驚いたのはなんといっても準決勝での躍動だ。
対戦相手は、中国の王ゲイ迪。世界ランキングは3位。中国選手権2冠の女王を相手に、互角以上の試合を展開した。ゲームカウント2―3まで追い詰めた。“最強”中国女子の中でも、いま最も勢いに乗っているといえる王ゲイ迪を相手に、試合の前半では「勝てるのではないか!?」と思わせる場面を連発。世界中の卓球ファンが釘づけとなった。
流れるようなフォームは、まるで「ラリーの理想形」この大会で特に目立ったのは、「張本美和のラリー力」だ。
ラリーに入ると、打ち方がとても華麗で、流れるようなフォームを繰り出す姿が実に印象的だった。この流れるような「連動感」のある動きは、ラリー中の「戻りの速さ」も高める。
ラリーに入ってからの張本美和の動き。その光景は、卓球選手のラリーの打ち方の理想を具現化したものにすら見える。まるで、マンガの世界の主人公を実写化したようにすら感じてしまうほど、流れるように戻り、流れるように振る。
卓球の世界では、常に新しい10代のヒーローやヒロインが登場するが、その多くは、前陣でのカウンターや、抜群の反射神経でカウンター気味に打ち返す卓球、もしくは、打点の速さで圧倒していくスタイルが多かった。
少年時代の兄、張本智和も打点が速く、前でさばく卓球をする選手だ。同じく、少年時代の丹羽孝希なども、打点の速いカウンターを主体に世界ジュニアチャンピオンとなった。10代はまだ大人と比べるとリーチの差がある時期。そうしたことからも、打点の速さを含めて「前でできること」「台に張りついてできること」を極めた卓球になるのは当然のことだ。
しかし、張本美和の場合は極端な前陣速攻ではなく、通常の打点のラリーでも世界のトップと互角以上の卓球を展開している。このあたり、これまでに「天才少女」と呼ばれた選手たちとは明らかに異なる凄味を感じる。
銭天一戦では、第1ゲームから15-13の大激戦に。左利きの強豪に左右に振られながら、バックの深い所を突かれて打ち抜かれる場面もあったが、ラリーに入れば常に優勢に。12-12からはループドライブを挟んで緩急をつけた。最後はチキータで先手を取って奪取。その勢いのままに、2ゲーム目を向かえると、流れるような華麗な連打で13―11。3ゲーム目は逆転を許すも、4ゲーム目になるとバックの打ち合いのラリーでも圧倒。特に6-6に追いつくシーンでは崩れる様子がまったくないラリーを披露。最後は台の中まで体が入り込むようなドライブが決まり、3-1で完勝した。
一転、王ゲイ迪戦では、第1ゲームから世界最高峰のサーブの前に先手を取られるシーンが多くなった。
しかし、第2ゲームからは、持ち前の攻撃が決まり出す。このセットを奪取。第3ゲームは、ストップではなく、あえて下回転を思い切り切ったツッツキも混ぜて相手を翻弄。このセットも取り、逆転。
迎えた第4ゲーム。後がなくなった王ゲイ迪は、無回転のナックルを混ぜた。これで張本のボールを“上ずらせる”ような形に。このセットは王ゲイ迪が勝利。第5ゲームは、多種多様なサーブを繰り出し、張本も食らいつくが、8-11。惜しくも逆転負けとなったが、14歳の少女が世界に大きなインパクトを与えた一戦だった。
実力者3人の持ち味が、代表争いをさらに過熱させるかつて、平野美宇も17歳のときに中国のトップ選手を倒し、鮮烈な“世界デビュー”を果たした。だが、その後に壁にぶつかった時期もあった。
多くの天才少年、天才少女たちが、その壁と戦ってきた。世界での活躍が早ければ、当然、その後に試練の時期やスランプの期間も訪れる。その回数も多くなるかもしれない。この大会で、世界中がマークしてくる張本美和にも、きっとこれから何度も試練のときが訪れることだろう。
しかし、試練のその先には、間違いなく世界一の座が見えてくる。
パリ五輪には届かないかもしれないが、次世代の超新星の視界は、すでにロサンゼルス五輪をしっかりと捉えているのかもしれない。
平野の復調が、明らかな台風の目となっている。
石川の衰えのなさの前に、若手たちが苦戦する。
そして、そこに現れた超新星の張本美和。
熾烈な争いを生むこうしたループは、日本代表争いを「誰も油断できない、強くなるしかない状況」へと昇華させている。
大本命の早田と伊藤を含めて、パリ五輪の代表が正式に決まる、そのとき。この長く厳しかったオリンピック代表争いによって鍛え抜かれた最強の選手が、パリへと向かうはずだ。
<了>