令和以降、若者や女性を中心にブームが再熱しているといわれるゴルフ。さまざまな競技のアスリートがオフに楽しむスポーツとしても浸透している。彼らがゴルフにハマる理由はどこにあるのか? 昨年“ゴルフと温泉”をコンセプトとした異色の新ブランド「TOBATH.(トバス)」を立ち上げたゴルフ界注目の人物で、スポーツマーケティング領域の専門家でもある立木正之氏に話を聞いた。
(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真提供=立木正之)
ゴルフを“楽しむようになった”2018年の転機――アディダスに20年間勤務され、サッカーを中心としたマーケティング事業に携わっていた立木さんがゴルフと出会ったきっかけからお聞かせいただけますか?
立木:本格的な趣味として始めたのは2018年です。それまでは仕事の付き合いとしてや、契約アスリートや友人に誘われて気が乗れば行くくらいで。本当に年に2、3回。やっているとはいえないレベルでした。
――2018年にどういう転機があってゴルフを楽しむようになったのですか?
立木:よく行く飲み屋さんで仲良くなったマスター主催のゴルフコンペに誘われて行ったのがきっかけですね。行ってみたら飲み屋さんの常連さん同士でめちゃくちゃ仲良くなったんですよ。お店に行ったときにもゴルフが共通の話題になって盛り上がる感じで。ゴルフ仲間の輪も広がって、自然と趣味としてのゴルフが始まりました。それ以降、今はだいたい月4回、多い時は5回行っています。
――それまであまり楽しめなかったゴルフが週1ペースの趣味となったわけですね。ゴルフの楽しみ方自体が変わったのでしょうか?
立木:そうですね。誘いを断れずに渋々行っていたときは、積極的になにかを得ようとはしていませんでした。それがいまでは人とのコミュニケーションを楽しむ場と捉えていて、一緒にラウンドする人自体に興味を持って、会話を楽しんでいます。そこでなにかヒントをもらって自分のビジネスに着地することもありますし、チームとして一緒に仕事をする関係につながったこともありました。
なぜアスリートはゴルフにハマるのか? ゴルフ独特のあの空気って…――ゴルフにハマるスポーツ選手はすごく多い印象です。その理由はどのへんにあると考えられていますか?
立木:アスリートって基本的にみんな負けず嫌いなので、できないことがあると悔しいんですよ、おそらく。ゴルフのミスショットはすべて自分の責任なので、それが耐えられないのだと思います。特に球技の選手は、普段動いているボールをあれだけ巧みに操っているのに、止まっているボールを思ったところに飛ばせないストレスがゴルフにハマるきっかけの一つなのではないかと思います。
――ストレスや悔しさから入って、いつしか沼にハマるわけですね。これまで多くのアスリートと一緒にゴルフをされた経験のなかで、ゴルフにハマる人が特に多い競技はありますか?
立木:ゴルフ好きの野球選手は本当に多いですね。サッカーもかなり多いです。あとはバレーボール、ラグビーの方も多い印象です。
――ゴルフに向いていると感じるスポーツってあるのですか?
立木:野球の人はやっぱり飛びますね。昨年末にプロ野球のコーチをされている方と回ったんですけど、300ヤード飛ばしますからね。打つときの音が違います。あとサッカー選手はどうやって飛距離を出すのか、うまくカーブをかけて思い通りの場所に落とすのかという球捌きの勘所が鋭いように感じます。あとは競技にかかわらず、アスリートはみんな体を動かすプロなので、上級者から一度教わった動きはすぐに習得しますね。
――ゴルフをプレーすることで、その経験が競技にも生きたというお話は聞いたことがありますか?
立木:ゴルフをやると自然と会話が生まれるので、他競技のアスリート同士でトレーニングについて質問し合ったりという場面はよく目にします。競技のことはもちろん、セカンドキャリアについてもいろいろと話せる場になっていると思います。青空の下でリラックスしながら一日を過ごすゴルフ独特のあの空気って、なにを聞いても失礼ではない空間なんです。体を動かしながらの雑談ってじつは一番人間性がわかりますし、本音で語り合える場なんです。ゴルフのそういった面もアスリートがゴルフの魅力に取りつかれる理由の一つだと思います。
若い層を中心としたゴルフブーム。伝統に縛られるべきではない?――令和以降、ゴルフブームが再熱しているともいわれています。特に若者世代や女性の競技者が増えているとのことですが、その理由を立木さんはどのように分析されていますか?
立木:大きな要因の一つはコロナ禍だと思います。コロナ禍でさまざまなことが制限されたなかで、三密を避けたゴルフはいいよという空気感が生まれた。その流れでやってみようという人が増えたのが一つ。あとはオンラインミーティングが主流になって、人と会う機会が少なくなったことへの飢餓感もあると思います。リアルで会うための機会の一つとしてゴルフがチョイスされたのではないかと。最近はモノを買う際もネットではなくお店で買う人が増えているそうです。いま日本人の多くがリアルなコミュニケーションを求めているのではないかと思います。
――新規層を意識して、ゴルフをプレーするハードルを下げるためにドレスコードを廃止してTシャツやジャージでラウンドできるゴルフ場も出てきているようですが、このような傾向はどのように見ていますか?
立木:すごくいいことだと思います。私はゴルフがもっと気軽にできるスポーツになるべきだと考えているので。意味のわからないルールは早く撤廃したほうがいい。ゴルフはコミュニケーションスポーツだと思っているので、格式やハードルを上げすぎて、競技者層を狭めてしまうのには反対です。昨年立ち上げたゴルフブランドの「トバス」も伝統に縛られたトラディショナルな方向ではなく、カジュアルにゴルフを楽しみたい層にとって親しみやすいブランドであり続けたいと思っています。
――若い層を中心としたゴルフ人気は今後も高まり続けると思いますか?
立木:どうですかね。ゴルフ人口が急激に増えたりはしないと思います。横ばいぐらいじゃないですかね。近年ゴルフ人口自体は減少傾向ともいわれていますが、ゴルフはサッカーなどと違ってアマチュアゴルファーが選手登録をしているわけではないのでアップルトゥアップル(同一条件)の比較は難しいので、実際のところはわからないんですよね。
ただ、昔よりもゴルフ練習場に若い人が増えた実感はあります。若い人の多くは手ぶらで来て、レンタルクラブで球を打って帰っていくんですよ。友達同士で手ぶらでゴルフ練習場に行って楽しむというのもいいコミュニケーションになったりするんですよね。それもゴルフの楽しみ方の一つだと思います。
最高の1日ってなんだろう? ゴルフと温泉の持つ共通点――立木さんが立ち上げられた新ゴルフアパレルブランド「トバス」における「温泉」というキーワードもとても興味深く感じます。昨今は空前のサウナブームともいわれていますが、なぜあえて温泉だったのですか?
立木:トバスは「最高の1日をデザインする」というビジョンを掲げていて、「じゃあゴルフをするときの最高の1日ってなんだろう?」と考えたとき、仲間とゴルフをして、温泉に浸かって汗を流して、みんなでご飯を食べて、ぐっすり眠る。この24時間が最高の時間の使い方だなという考えに至ったことが一つ。
それから、私は日本の最大の魅力の一つが都会から少し足を伸ばせば触れ合える「自然」だと思っているんです。ゴルフ場も温泉も自然のなかにあって、心身ともに健康になれて、幸せを提供する共通点があるなと。そこを表現するためには、サウナではなかったんです。
あとはマーケティングの観点で、ブランドの展開を通して外国の方に日本の良さを知ってもらいたいとの思いもあるため、その意味でもサウナではなく、日本の伝統的な文化の一つである温泉でした。もちろん展開商品にサウナハットもありますし、サウナも温泉というカテゴリーのなかに含まれていると考えています。
――温泉ソムリエという肩書を持つ羽田宗一郎さんがブランドのアドバイザーに就任されています。「ゴルフブランド×温泉」という枠組みでは今後どういった取り組みをしていく予定なのですか?
立木:ブランドとして温泉をコンセプトの一つに掲げるのであれば、専門的な知見を持たなければいけない。その観点で羽田さんにアドバイザーに就任いただきました。今後、温泉とゴルフ場をフックにして、例えば潰れそうな温泉宿や温泉街に人を集めて活性化のお手伝いをしたりであったり、そういった地方創生の一端を担っていきたいと考えています。社会貢献につながるプランニングもどんどんやっていきたいですね。チャリティーイベントであったり、売り上げの一部を寄付する形であったり、スポーツを通じて子どもたちに夢を与えられるような取り組みをしていきたいです。
石塚啓次の存在。ブランド自体の歩みをストーリーに――トバスは元プロサッカー選手の石塚啓次さんのプロデュースで、石塚さんと立木さんは高校サッカー部の同級生です。サッカーで出会った2人がサッカーではなくゴルフブランドを立ち上げたなにか特別な理由はあるのですか?
立木:石塚くんがこの仕事を受けてくれた理由はすごくシンプルで「仲間だから」だったんです。サッカーを通じて小学生のころからの付き合いで、青春時代を一緒に過ごし、現在まで続く関係なので。石塚くんは元アスリートとしては珍しくまったくゴルフをやったことがなかったので、ゴルフ仲間というわけではなかったんですが(笑)。
――立木さんとしては、ゴルフに精通していない石塚さんにプロデュースをお願いしたのはどういった意図があったんですか?
立木:2005年にアパレルブランド「ワコマリア」を立ち上げた彼の実績と経験値はもちろん大きいですが、僕も「仲間だから」が一番の理由ですね。気の置けない仲間と一緒になにか新しいものを生み出したかったんです。ゴルフを知らないからこその面白いアイデアが出てくるのではないかという期待もありました。実際にその点はすごく斬新なデザインやブランド展開に生きていると思います。
――最後にトバスを通じて構想されている今後の展開があればお聞かせください。
立木:実はいま新しいことをやろうとしていて……。これまでは「スポーツをボンドさせる」ことを掲げた私が代表を務める会社である株式会社スポンドの一事業として展開していたのですが、株式会社トバスとして別会社をつくって、株式クラファン(株式投資型クラウドファンディング)をやろうとしています。トバスのファンを増やすために、多くの人にブランドオーナーになってもらおうと思っているんです。
――そういう運営の仕方をしているアパレルブランドって今までにあるのですか?
立木:今のところ聞いたことはないですね。ですがもうすでに応援したいと言ってくれているスポーツ選手が競技の枠を超えて複数いて、スポーツでつながるみんなでこのブランドを育て、みんなに幸せを提供していこうと準備をしています。スポーツを通して社会貢献を行う新しい形にもなるのではないかと思っています。
――まさにみんなでつくるブランドですね。
立木:考えて創作したストーリーではなく、ブランド自体の歩みをストーリーにしたいんです。みんなで共有して、試行錯誤を楽しみながら。
<了>
[PROFILE]
立木正之(たちき・まさゆき)
1974年4月3日生まれ、京都府出身。株式会社スポンド代表。山城高校時代に全国高校サッカー選手権で準優勝を経験、高校選抜にも選出。⻘山学院大学を卒業後、商社勤務を経て、1999年にアディダスジャパン株式会社に入社。スポーツマーケティング部門で15年、リテールマーケティング部門で 1年半、新規事業部門で 3年半、長くサッカー部門の責任者を務めるなどスポーツマーケティング領域のビジネスに20年間携わる。2019年に株式会社スポンドを設立し、スポーツマーケティング分野における新しい価値創造を開始。2022年11月にゴルフと温泉をコンセプトとした新ゴルフアパレルブランド「TOBATH.」を立ち上げる。