今年2月、日本バレーボールリーグ機構(Vリーグ機構)は、2024-25シーズンから新リーグを立ち上げる方針を示した。この壇上で構想を語ったのが、Vリーグ機構の副会長・大河正明。1995年から関わるJリーグで多大な貢献を果たし、2015年にはチェアマンとしてBリーグを立ち上げてプロバスケットボール界の礎を築いた日本スポーツ界屈指の重鎮だ。大河はどのような経緯でバレーボール界に足を踏み入れ、現在どんな役割を担っているのだろう。
(インタビュー・構成=大島和人、撮影=松岡健三郎)
サッカー、バスケ、そしてバレー界へ。“よそ者”大河正明の挑戦スポーツは日本でも数少ない成長産業だ。しかし知識や経験、実績を持つ人材が充足しているとは言い難い。そんな中で大河正明は稀有なビジネスパーソンだろう。2つの競技で枢要な地位を経験し、プロスポーツのマクロからミクロまで森羅万象に精通している人物だ。
大河はJリーグでは常務理事としてクラブライセンス制度の導入に尽力し、2015年からはバスケ界に転身。Bリーグ立ち上げに関わる実務を担い、開幕時のチェアマンとして立ち上げを成功させた。彼はそもそも三菱銀行(現三菱UFJ銀行)の行員で、1995年から97年にかけてJリーグに出向したことでスポーツ界との縁が生まれた。銀行でも3つの店舗で支店長を務めるなど順調なキャリアを歩んでいたが、2010年に請われてJリーグに“完全移籍”を果たして今に至っている。
洛星中・高時代はバスケ部に所属し、中学時代は全国四強の実績もある大河だが、バスケ界に足を踏み入れた当初は「サッカー業界の人」と見られていた。しかし未熟だったバスケのリーグ組織、クラブ経営を観察と対話で引き上げて急成長に大きく貢献した。
現在64歳の大河は3つ目のトップリーグに足を踏み入れ、2022年9月に日本バレーボールリーグ機構(Vリーグ)の副会長となった。彼は2020年にBリーグのチェアマンを3期目途中に退任した後、びわこ成蹊スポーツ大学に移り、現在は学長も務めている。Vリーグは非常勤で、チェアマンでなく「副会長」のポジションだ。
ただし単なる“お飾り”でなく、積極的に議論を引っ張り、記者会見などの発信も引き受けている。Vリーグはこの2月に、2024-25シーズンからの中期計画「V.LEAGUE REBORN」を発表したが、彼はその策定にも関わった。
大河に川合俊一・日本バレーボール協会会長のようなバレー界における知名度、人脈があるわけではない。だとしても他競技、特に同じアリーナスポーツであるバスケットボールで得た知見は、Vリーグでも生きるだろう。バレー界にとっては“よそ者”の大河が、なぜバレーボールと巡り合い、このリーグをどう観察しているかについて話を聞いた。
サッカー、バスケの次に可能性があるのはラグビーとバレー――そもそも大河さんとバレーボールとの縁はどうやって生まれたのですか?
大河:2年ほど前に、スポーツビジネスの関係者を介して、久光製薬とご縁ができました。大学の女子のバレーボールを強くしたくて、「どこか女子バレーのチームとのつながりができるといいな」という願いが発端でした。久光さんが大学との提携に興味を持ってくださって、パートナーシップ契約を結ばせてもらいました。そのとき僕の経歴が久光スプリングスの代表を務める萱嶋(章)さんに伝わって、お話をしている間に、「大河さんみたいな人がVリーグを手伝ってくれるといいのに」というようなことを仰ってくれたのです。
萱嶋さんはVリーグの理事もやっていた方なので、國分(裕之)会長に「大河さんに何か手伝ってもらった方がいいのでは?」と進言されたのだと思います。昨年の3月くらいに國分会長から連絡がきて、東京でお会いする運びになりました。
以前からサッカー、バスケの次に(スポーツビジネスとして成功する)可能性があるのはやはりラグビーとバレーだろうなとも思っていたので、力になれるならとお引き受けをしました。そうしたら(一般の理事でなく)副会長になってくれという話になったのですけど、時間を取るなら一緒だとお引き受けをしました。
――「改革の旗振り役」の役割を期待されていることは伝わってきていますけど、“副会長”という肩書は一般企業でもバリバリ仕事をするイメージがなくて……。なぜ「副会長」なんですか?
大河:そもそも僕がどういう知見を持っているのかについて、國分会長はいろいろ議論が始まるまでご存知なかったと思います。当初は「手伝ってほしい」くらいの感じでした。担当部門があって、事務局長がいて、そこから会長のラインがある中で、「何か困ったら助言をお願いする」という感覚だったと思います。
僕は内部の決裁作業はやっていませんけど、VリーグがそれこそV字回復していくために、必要なポイントは副会長という立場で協力はしますよという立場です。だから代表理事や業務執行理事ではありません。ただ私と会う人は経歴もお調べになるだろうし、この人に言っておくと届くというのは、少しずつ理解され始めていると思います。
男子バレーの客層は8割以上女性ファン。ファミリー層が不足――今は大学の仕事がメインとのことですが、それなりに時間や労力を使うVリーグの仕事を受け入れたのはどういう判断ですか?
大河:スポーツマネージメントやスポーツビジネスは、大学でも大切な研究・教育分野です。でも現場を知らない人が教えていることがよくあります。僕は2年ちょっと離れていましたけれど、現場に12年ほど関わってきました。しかし現場も変化します。Vリーグがこれから改革していく中で、ガバナンスだけでなく、放送配信の仕組みがどうなっているのかとか、どういうセールストークがあるのかとか、現場に関わる経験と人脈が、大学の発展にも絶対生きると思ったのです。この仕事は基本的にボランティアですから、大学の社会貢献でもありますけど、びわこ成蹊スポーツ大学の知名度アップであったり、学生への還元だったり、そういう部分でも圧倒的なプラスになると考えています。
――バレーボールに向き合える時間はどれくらいあるのですか?
大河:Vリーグの理事会や運営会議、分科会と日中の業務もありますが、Vリーグについては夜とか朝起きたときに考えています。寝ているときと風呂に入っているとき以外は、大体何らかの仕事に関わっているかもしれませんね。Vリーグには起きている時間の2、3割は割いていると思います。
――大河さんが2015年から関わったバスケットボール界の改革、Bリーグの創設は間違いなく成功事例で、バレーボールにも通じる部分があるはずです。ただバスケットボールは国際バスケットボール連盟(FIBA)の制裁処分があって「このままだと国際大会から追放される」という切迫感がありました。それに比べるとバレーは男子も女子も世界での地位が高くて、国際試合はテレビで中継されて、認知度も高い競技です。変革のマインドが生まれるか疑問です。
大河:それはその通りです。圧倒的に多くの人がバレーボールを知っています。Vリーグと代表の区別はついていないかもしれないけど、とはいえテレビでもやるし、ママさんバレーなどで「する競技」としても浸透しています。そして昔は女子も男子も金メダルも取った歴史がある。
バレーはチームを応援する文化というより、選手を応援する文化です。あと男子の試合を見に行くと、8割以上は女性ファンで、20代から40代の方が多い。まとまって応援するのでなく、カメラで撮影しながら、贔屓の選手を見ている感じです。
この前、ウィングアリーナ刈谷でジェイテクトSTINGSの試合を見たのです。刈谷はバスケで何度も行っていましたけど、バレーでは初めてでした。せっかくシャトルバスが出ているならと車内に入ったら、運転手と僕以外はみんな女性でした。
ただ、ファミリー感が足りません。競技者人口は多いけれど、昔バレーボールをやっていたお父さんお母さんが子どもを連れて見にくるようなグループが、ほぼ見当たらない。
――若い女性客が来ること自体はもちろんありがたい話でしょうけど、バランスが極端ですね。バスケも2015年以前のNBL時代も最前列の8割9割が女性……というイメージでした。
大河:今のBリーグは平均すると男性客が55%、女性客は45%くらいです。男子バレーは確かにそこの比率が極端です。Bリーグができる前は、そもそもバレーボールのほうがお客はたくさん入っていましたけれど、今のVリーグにとって「見るスポーツ」として最大のライバルはバスケでしょう。それなのに、バスケが何をやっている?という研究がほぼないですね。客層がどうとか、演出がどう違うとか、もう少し勉強するべきでは?と思います。
「顧客データベースがないB to Cほど悲しいものはない」――観客数は出していますけど、客単価や男女比、年齢、居住地のようなマーケティングデータはリーグで持っているのですか?
大河:ないですね。客単価は計算すればわかりますけど。Bリーグ創設時に「B・ID」といういわゆる統合データベースをつくって、スマホでチケットを買った人、ECサイトに訪れた人、ファンクラブに入った人をつなげましたよね。でもVリーグはそれができていません。デジタルマーケティングはすごく遅れているし、事務局内にそれを理解している人が見当たりません。
デジタルマーケティングは突き詰めるとチケットシステムです。Vリーグにはチケットシステムが顧客を把握するマーケティングデータベースという発想がそもそもないから、そこからですね。こうしたことを協業できるスポンサーさんができたらいいなと個人的には思っています。
――事業共創パートナー的な形で、企業と取り組む発想はお持ちなのですね?
大河:あります。実はデジタルマーケティングのところでスマホチケットをやったのは、野球よりJリーグよりBリーグのほうが早いはずです。それにわれわれはB to C(※)の仕事をやっているのに、顧客データベースがないB to Cほど悲しいものはなくて。
※Business to Customer/個人、一般消費者を相手にしたビジネス
――チーム単位でやっているところはありますよね?
大河:詳しくはわからないですけど、チケットシステムはLINEの機能を使ったスマホチケットやコンビニ発券の紙チケットなどがあります。ただリーグには顧客属性をマーケティングに活用するという発想があまりないと思います。一番顧客のデータを取れるとしたら、チケット購入者とファンクラブ加入者ですけど、ファンクラブの加入者数もあまり多くないですね。お客さまにどうやってリピーターになってもらうとか、無料のチケット配っても顧客データだけはいただくといったマインドも、これからつくっていかなければいけない部分です。
ラグビーは「関東中心」が問題視。バレーは逆の問題――よく「体育会」と言いますけど、競技ごとに文化の違いはあるはずです。大河さんはバレーボール界の文化をどうご覧になっていますか?
大河:やはり「われわれは世界に通用する国」という思いは、すごく強いですよね。僕が最初サッカー界に入ったとき、「こんなに自分の競技を愛している組織はない」と感じました。「自分の競技を愛する」というところはさらに上がいて、それはラグビーです。バスケの人はそこまでバスケにこだわらず、野球も見るし、他も見る感じでした。バレーボールはラグビーとバスケの中間くらいかな。
――ラグビーは協会もリーグも「ラグビー出身者」で固まっています。バスケはバレーの元全日本選手だった三屋裕子さんが協会の会長をやって、「バスケの人」が良くも悪くも見当たらない体制です。Vリーグはバレー経験者が主体ですか?
大河:そうですね。バレー以外は僕の他にほとんどいないのではないかな? 國分会長も東京大学のバレーボール部出身です。
――同じアリーナ競技でもバスケはカジュアルで、バレーは耐える美学というか『アタックNo.1』的な情緒を感じたりします。
大河:『アタックNo.1』と『スラムダンク』の、時代の差がそのままカルチャーにも出ていると思います。
――もちろん今は『ハイキュー!!』が人気ですけど。
大河:そうですね。でも年配の人はみんな『アタックNo.1』ですし、『巨人の星』と一緒ですよね。「血の汗を流す」「苦しくても何があってもやり通す」みたいなマインドが根強い印象はあります。あと、やはり年功序列はあるかもしれないですね。
――バスケのときは20歳代、30歳代でチームを立ち上げた方もいたし、自力で資本を集めている「独立系」の経営者が多くいました。Vリーグのクラブ側は、どういう人材がいますか?
大河:バスケは良くも悪くも若くて、独立系の社長がいっぱいいました。その人たちのベンチャー精神が、Bリーグの立ち上がりにフィットしたのは間違いないですね。企業チームもB1に5つありましたけどマイナー勢力でした。それに秋田(ノーザンハピネッツ)や琉球(ゴールデンキングス)を見て、「自分たちも変わらなきゃ」となりました。
だから、Vリーグでもその見本になるようなチームはつくりたいですよね。「このチームの応援を見てくれ」「このチームの運営は参考になる」というロールモデルがあると、他チームの後押しにもなるはずです。東京グレートベアーズとか、女子のヴィクトリーナ姫路とか、クラブチームの中にはそうしたチームがあるのですが、まだ常に満員に入っているところまでいっていません。あと名古屋と大阪にチームが多くて、関東圏が少ない。
――ラグビーは「関東中心」が問題視されているけれど、バレーは逆の問題があるのですね。
大河:V1男子は愛知に2つと大阪に3つありますけど、関東は東京グレートベアーズだけです。首都圏での露出度をどう高めるかはメディア戦略上も大きいし、あとスポンサーさんも何だかんだ東京にありますから。
<了>
[PROFILE]
大河正明(おおかわ・まさあき)
1958年5月31日生まれ、京都市出身。びわこ成蹊スポーツ大学学長、日本バレーボールリーグ機構副会長。京都大学法学部卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。1995年、日本プロサッカーリーグに出向。その後、複数支店で支店長を勤めたのち、2010年に日本プロサッカーリーグに入社。管理統括本部長、クラブライセンスマネージャー、常務理事などを歴任する。2015年からは日本バスケットボール協会の専務理事兼事務総長、ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグチェアマンを務める。現在は、びわこ成蹊スポーツ大学学長を務めながら、スポーツ振興に尽力。2022年9月、日本バレーボールリーグ機構の副会長に就任。