延べ1万人のアスリートと向き合ってきたプロスポーツメンタルコーチ・鈴木颯人氏は、個々のアスリートと向き合いながら、団体競技のチームもサポート。全国大会の連覇など、実績も残してきた。「試合で結果を出せるチーム」が持つ雰囲気や、チームを強くする指導者や選手に共通することは何だろうか。引退を考えるプロアスリートが直面する「セカンドキャリア」の捉え方についても話を聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=鈴木颯人)
強いチームはサブを見ればわかる――ズバリお聞きしたいのですが、強いチームと弱いチームの1番の違いって、なんでしょうか?
鈴木:サブのメンバーやメンバー外の選手が、どれだけ出ているメンバーを支えようとしているかだと思います。ミスしても知らんぷりしていたり、「自分が出ていない理由がわからない」と不満を抱えている選手が多いチームは勝てないです。
自分が出ていない試合で、チームを応援できないという選手もいますよね。チームスポーツでは、そういう立場の違いも含めて、自分の役割に徹することができるチームが理想です。
――勝てる指導者は、どんなことを大切にしているのでしょうか?
鈴木:個人的には、オシム監督の言葉にはすべてが詰まっているなと思います。一番大切なのは、選手一人一人を理解することだと思います。今は、サッカー日本代表の森保一監督がそれをすごくされている印象があります。
――選手のモチベーションを引き出すという点でも、指導者の声の掛け方は重要ですよね。
鈴木:それはめちゃくちゃ大事です。結果だけ褒められてしまうと、人ってどんどんプライドができ上がっていくんです。そうすると、今度はチャレンジできなくなってしまいます。だから、結果を褒めてあげることも大事ですが、過程の部分、チャレンジしたことに対して具体的に褒めてあげることは、選手の成長を促しやすいです。
チームに必要な“陰と陽”のバランス――個人的には女子サッカーをよく取材しているのですが、女性アスリートは人間関係を大切にしていて、精神的に粘り強い選手が多い印象があります。そのような特徴を踏まえたアプローチで心がけていることはありますか?
鈴木:それはあると思います。女子チームは特に横のつながりを大事にしていて、女性アスリートは、人とのつながりを求める傾向が強いと感じますね。人間は社会的な動物ですが、ホモ・サピエンスは集団で生きる中で社会性を発展させていったからこそ、自分たちよりも大きかったネアンデルタール人よりも進化してこられた歴史があります。女性は子育てをしていく中で、子どもを他の人に預けたり、助け合って横のつながりを大事にしてきた中で、うまくいくことがありました。チーム作りにおいても、そういう横の関係をどうやって作ってあげるかを考えます。
男性は狩猟を行なっていたハンターとしての気質や、農耕民族として農作物を育ててきた歴史があります。生活していくためには農作物をしっかり育てることも重要で、積み重ねが大事でした。典型的なスター選手ではイチローさんとか、大谷翔平選手が積み重ねを大事にしている選手ですよね。そういう特徴を意識しながらアプローチしています。
――人類の歴史を辿ると面白い傾向が見えてきますね。海外選手との違いはどんなところにありますか?
鈴木:ヨーロッパの選手たちは「ピラミッドの頂点に立ちたい」とか「有名になりたい」という思いが強い選手が多く、最近では日本人選手も欧米化してそういう傾向になりつつあると私は思っています。しかし、日本人選手はイチローさんとか大谷選手のように、陰陽の「陰」に入れる人がチームを勝たせることができます。WBCで大谷選手がバントをしたことが話題になりましたよね。彼は日米のスター選手で「陽」の存在だと思いますが、そのスター選手がバントを打つことで陰の役割に徹することができたのは、日本人らしさを象徴してくれた事例だと思います。
日本のサッカー界ではよく、「得点を決められる選手がいない」と言いますが、それは、潜在的に人の陰に立ちたい人が多いことも、傾向としてはあると思います。
――そう考えると、チームのバランスとしては陰に入れる選手が多いチームが強いのでしょうか。
鈴木:そうですね。ただ、本田圭佑さんのような「陽」の人がいることも大事なんです。なぜならば、他の人が陰に入りやすいからです。そうすると、バランスが取れやすいと思うのです。リオネル・メッシ、ネイマール、キリアン・エンバペを擁するパリ・サンジェルマンのように、そういう陽の存在が2人以上いると、チームのバランスが崩れてまた大変ですが(笑)。
――指導者はそういうチーム内のバランスも考えた方が良いのですね。
鈴木:指導者に対してそういうコンサルティング的なことをしていくのも、スポーツメンタルコーチの仕事です。海外のシステムや育成理論を真似していても、根本のプレーヤーである日本人を理解している指導者は多くないと思います。逆に、海外から来た指導者はまず日本人を理解しようとする。オシムさんの言葉にはそういうものが詰まっていたように思います。
「夢の代謝」ができない人は、夢を引きずってしまう――選手からはセカンドキャリアの相談も受けるのですか?
鈴木:はい。引退後のことに悩みを抱える選手は多いですし、アスリートの晩年に携わることもここ最近増えてきました。そこをしっかりケアして先の見通しがつくと、「今、この瞬間に何をするべきか」に集中できます。その見通しがつかないことにストレスを感じている選手もいますが、キャリア理論から考えて、私はいつも「セカンドキャリアは何とかなるよ」と言っています。
――セカンドキャリアの準備は、現役のうちからある程度しておいた方が良いと思われますか?
鈴木:アスリートの人生は短いです。その時間を次の仕事の準備のために使うのは個人的には本末転倒だと考えています。たとえば、カヌー競技で活躍された羽根田卓也選手は企業に手紙を送ってスポンサーになってもらったり、自分がやれることをすべてやって、アジア人で初のメダリストになりました。それだけやってダメだったら、合っていないのかもしれないし、諦めもつくと思います。ただ、セカンドキャリアを考える前に、最初のアスリートとしてのキャリアをそれぐらい全力でやり切った方が良いのではないかと思うんです。その中で人生の目的を見出すことができれば、たとえ自分自身の活躍する場が変わっても、うまく次のキャリアを歩めると考えています。だからこそ、アスリートとしての時間をもっと大切にしてほしいのです。
また、セカンドキャリアに備えることを声高に伝える風潮の裏には、これから労働人口が減っていく日本において、一つのことをやり抜く能力であったり、言われたことをきっちり最後まで遂行できる能力を備えたアスリート人材を採用したい企業の思いが見えてきます。そのことに囚われて、選手としての人生をやり切れないまま終わってほしくないと思っています。
――納得できるまでしっかりとやり抜いてから次のステップに進んだ方がいい、ということですね。
鈴木:そう思います。キャリア理論の考え方の一つに「偶発性理論」という理論があります。ある方は「夢を代謝する」必要性を説いています。夢の代謝ができていない人はその夢を引きずって、歳を取ってから「昔の私はすごかったんだよ」と言うことになる、という解釈です。
マイケル・ジョーダンは、31歳の時にバスケットボールから野球に転向したんです。それは、子どもの頃の夢だった野球選手になる夢をかなえるためでした。それから、1年後にまたバスケットボールに戻って、結果を出しました。夢をしっかり代謝できたので、次に進むことができたんです。
――今の夢をしっかりと消化することで思い切り次のステップに進める、という印象的なエピソードですね。
鈴木:そうです。そういう例は他にもあります。この間、引退するかしないかで悩んでいたあるアスリートの方が私のところに来てくれて。アスリートとしてはすべての夢をかなえたので、引退して新たに挑戦したいと思っていたことがありました。しかし、その方は生活面を考えれば競技を続けた方が安定は得られる点で葛藤していました。
最終的にはコイントスで「表が出たら引退、裏が出たら続ける」という条件で決めようと提案しました。そうしたら表が出て、その方はその場で引退を決断したんです。一か八かの決め方に思えますよね? しかし、人によってはコインの表(引退)という結果が出た瞬間に、「やっぱりやめられない」という本音が出るんです。そうしたら「そっちに進んだ方がいいよ」と伝えるつもりで、心の声を聞くためのコイントスだったんです。
その後、新しい活動を通じて、引退した競技に違う形で関われるようになりました。思ってもいなかった一番いい結果になったので、本当に良かったなと思います。彼の場合は、引退後にやりたいことが明確だったからこそ、今回の結果につながったのだと思います。しかし、彼のように次にやりたいことが見つからない人の方が多いかもしれません。そういう選手であっても、まずは何をしたいのか? 何をしたくないのか? という心の声に素直になれば、自然と次が見つかると思います。そこで、収入や名誉などの外発的な理由で職業選択をしてしまうと職を転々としてしまいがちです。
私自身も高校で野球をやめてしまったので、「やり切れない」つらさはよくわかります。アスリートの皆さんには今のキャリアをやり切ってほしいですし、それでもなんとかならなかったら、その時はぜひ私を頼ってきてください。
<了>
[PROFILE]
鈴木颯人(すずき・はやと)
1983年、イギリス生まれの東京育ち。プロスポーツメンタルコーチ/一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会代表理事。中学までは野球部のピッチャーとして活躍し、強豪校にスポーツ推薦で入学するものの結果を出せずに挫折。その後、ビジネスの世界でも様々な経験をし、自身の経験を生かして脳と心の仕組みを学び、2011年にプロスポーツメンタルコーチとして独立。プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートをサポート。野球、サッカー、水泳、柔道、サーフィン、競輪、卓球など幅広く、全日本優勝、世界大会優勝などの実績を導いている。これまで8冊の著書を出版。