東京2020オリンピックでの若き日本人選手の躍動が話題を呼んだスケートボード。先日千葉・ZOZOマリンスタジアムで行われたエクストリームスポーツの国際大会『X Games』の男子ストリートでは、13歳の小野寺吟雲が史上最年少で優勝を飾り、日本におけるスケートボードの注目度は高まるばかりだ。
アメリカ発祥のX Gamesが日本で行われるのは2021年に続いて2年連続2回目だが、その翌々週、日本発の新たなスケートボード国際イベント『UPRISING TOKYO Supported by Rakuten』(以下、「UPRISING TOKYO」)が開催される。
本日、5月26日から28日までの日程で東京・有明アリーナで開催される同イベントを主催するのは楽天グループ株式会社。なぜ楽天は、スケートボードのイベントを開催するのか? 楽天グループ株式会社コマース&マーケティングカンパニー エンターテインメントコンテンツ事業IPコンテンツ事業部の藤岡秀剛シニアマネージャー、大場尊史ヴァイスシニアマネジャーの両氏に話を聞いた。
(構成・文=大塚一樹、写真=GettyImages)
始まりは金メダリストとの出会いと“戦略的パートナーシップ”楽天といえば、国内においてはNPBの東北楽天ゴールデンイーグルス、Jリーグのヴィッセル神戸を保有し、国外でも2017-18シーズンから2021-22シーズンまでの5年にわたるFCバルセロナとのパートナーシップ、NBA・ゴールデンステイト・ウォリアーズとの契約など、世界的に見てもスポーツ事業に注力してきた企業だ。
野球、サッカー、バスケットボールと日本におけるプロスポーツ市場が盛り上がる中で、楽天のグローバルスポーツ事業の「次の一手」がスケートボードだった。
「始まりは、2022年4月の堀米雄斗選手との契約でした」
楽天グループ株式会社でエンターテインメントコンテンツを扱う藤岡秀剛氏は、『UPRISING TOKYO』開催の経緯の端緒は、日本が世界に誇る金メダリストとの邂逅だったと語る。
「堀米選手と単なるスポンサー契約ではなく、戦略的パートナーシップ契約を結ばせていただいています。堀米選手との契約を機に、国内外でスケートボードの文化醸成に寄与することを一緒にやるプロジェクトがスタートしました。『UPRISING TOKYO』はこのプロジェクトの一環として実行する初めての試みになります」
スケートボードをカルチャーと捉える堀米雄斗との“約束”堀米自身、楽天と契約を結んだ会見で「一緒にスケートカルチャーを広める活動をしたい。オリンピックだけで終わらせたくなかった。もっと盛り上がる活動をしたい」と抱負を語っていた。
「堀米選手との契約に際していくつかの“約束”がありまして、そのうちの一番大きなものが『社会におけるスケートボードのポジショニングをより上げていく』というものでした。堀米選手は、スケートボードは単にスポーツというだけでなく、カルチャーだと常々言っていて、今回のUPRISING TOKYOはスケートボードのカルチャーの部分を体現するイベントを目指しています」
UPRISING TOKYOは、世界10カ国以上から男女合計80人以上のプロおよびアマチュアのスケートボーダーが参加する“大会”ではあるが、そのフォーマットやコースはこれまで国内で行われてきた一般的なコンテストとは一線を画し、アーティストやダンサーのパフォーマンス、スケートボードにまつわるアート作品の制作・展示も実施される。さらにサブアリーナでは、プロスケーターによるスケートボードクリニックも行われるという。
野球やサッカーにはないスケートボードの持つ新たな可能性
スケートボードが多くの人の目に触れる大きなきっかけになった東京2020オリンピックでは、堀米雄斗、西矢椛、四十住さくらの金メダルを始め、銀1、銅1のメダル獲得数が話題をさらった。同時に女子パーク決勝で岡本碧優の逆転を狙った大技「フリップインディ」へのチャレンジと、結果的には失敗に終わった試技を参加したスケーター全員でたたえる光景は、大会のベストシーンの一つとして人々の記憶に刻まれた。
「堀米選手との契約はオリンピック後でしたが、楽天としては球団、クラブを保有する野球、サッカーに代表されるメジャースポーツに続く新たなスポーツとの出会い、可能性についてはずっと探していました。グローバル企業として、人々と社会をエンパワーメントするという企業理念を掲げている楽天にとって、人種や言語に関係なく、老若男女に感動を与えられる、多くの人を熱狂させることができるスポーツというコンテンツは非常に魅力的です。競技者自身が『スポーツではなくカルチャーだ』という新たなスポーツであるスケートボードはさらにその可能性を広げてくれる存在だと思ったんです」
スポーツであると同時にライフスタイルであることのメリット堀米との戦略的パートナーシップによって、多くの日本人にとってまだ「未知のもの」であるスケートボードに早くから関わり、一緒に盛り上げていける。これは一球団、一クラブを保有するのとはまた違った意味合いがある。
自身もサーファーとして週末は波に乗る機会も多いという藤岡氏は、スケートボードがカルチャーであることが、楽天が求めていた新しいスポーツの可能性につながると言う。
「カルチャーということを自分の経験に落とし込んで考えてみると、私にとってサーフィンは身近で生活の中に入り込んでいるものなんですね。カルチャーというのはライフスタイルでもある。なので、スケートボードカルチャーには、スケートボードにまつわるファッション、音楽など、あらゆるものが含まれます。グループとして70以上のサービスを持つ楽天としては、ライフスタイルとしてのスケートボードと関わることで、楽天のサービスを利用してほしい人との幅広いタッチポイントを得ることができると考えています」
ファッションや音楽、アートにつながるカルチャー藤岡氏の同僚である同IPコンテンツ事業部の大場尊史ヴァイスシニアマネジャーも、スケートボードにこれまでのスポーツとは少し違った魅力を見出していると言う。
「20年以上スポーツビジネスに関わってきて、スケートボードには競技性だけではない、勝ち負けを超えた魅力があると感じています。スケートボードから派生するファッションが好き、音楽が好きという人たちを惹きつける可能性をカルチャーと表現させていただいています。これがスケートボードの持つ魅力なんだろうなと思っています」
スケートボードと同時にオリンピック競技として実施されたサーフィンも、一足先に冬季オリンピック正式種目となったスノーボードも、もともとは、楽しいからやっていたことが、仲間内で技を見せ合うようになり、いつのまにかコンテストになって、ルールが生まれていった自然発生的なスポーツだ。多くのスポーツの成り立ちもそう変わらないものだったはずだが、スポーツを取り巻くさまざまな要因でその本質が変わっていったという指摘もある。
スケートボードを競技の側面だけでなく、多面的に捉えてカルチャーの部分に目を向けることは、スポーツの本質、スポーツを身近なものとして取り戻すことにもつながるのかもしれない。
スケートカルチャーを体現すべく生まれたUPRISING TOKYOのこだわり
「そのためにも、UPRISING TOKYOでは、まず本物を見せることにこだわりました。本物イコール、スケーターたちの技とか、スキルのすごさを追求することがベースにあって、ただのイベントではなく賞金を設定して競技として結果を求める真剣勝負の舞台を整えました。その上で、元プロスケーターで、国際的なスケートボードの大会イベントを多く手がけているケニー・リードさんにアドバイザーとして監修いただき、スケートパークの施工では他に類を見ない実績を残しているカリフォルニアスケートパークさんにコースの施工をお願いしました」
今回のコースには、ロサンゼルスのハリウッド高校にある12段ステアなど、アメリカや日本に実在するスケーターたちにとっての聖地を再現したレプリカが採用されている。大場氏は「スケーターたちが滑ってみたい、このコースならあんなトリックができるかもと期待してくれることもカルチャーを知ってもらう上で重要」と、UPRISING TOKYOのフォーマットとコースビルディングへのこだわりを語ってくれた。
“ネクスト堀米”は次の金メダリストではない「もう一つ、堀米選手から託されていたのが、次世代のスケーターたちのためのイベントにしてほしいということでした」
藤岡氏は、この“次世代”というキーワードも、楽天のビジネスとのシナジーを生むものだと話す。見逃せないのがZ世代への訴求力だ。
「スケートボードは、誰かが新しいトリックを成功させたらそれが瞬時にSNSで広まっていくということもあり、デジタルとの相性が非常にいいんです。みなさんご存知の通り、選手自身が10代、若い選手が多いことからモバイル事業なども含め、これから楽天のサービスを利用していってくれる世代との接点にもなる」
堀米とのミーティングの中でメッセージとして強調されたのは、自分に続くスケーターたちがどんどん育つ環境をもっと充実させたいという要望だったという。
「これに関しては、UPRISING TOKYOの成功がまずは前提ですが、国内外からやってくる80人以上のスケーターの中から、10年後、実はUPRISING TOKYOがきっかけで世界に羽ばたく選手が出てきてくれれば嬉しいですし、観に来た人の中からあのイベントがきっかけで僕は……、みたいなことがあれば最高ですね」
オリンピックの金メダルで一躍時の人になった堀米は、主に日本国内での自身に対する評価の変化に戸惑う発言も残している。堀米自身、スケーター人生の目標は「いつか最高のビデオパートを残すこと」と、競技や金メダルという他者との競争ではなく、自身の考える「かっこよさ」を追求するスケートカルチャーを大切にするタイプのスケーターだ。
堀米の言う自分に続く“ネクスト堀米”は金メダルを継ぐ競技者ではなく、あくまでもカルチャーを体現するスケーターなのだろう。
カルチャーはつくられるものではなく根付いていくもので、ある程度の時間を有する。X Gamesに続き、UPRISING TOKYOが日本で行われることこそ、スケートボードがカルチャーとして根付くための第一歩なのかもしれない。
<了>