今週末、最終節を迎えるドイツ・ブンデスリーガ。堂安律が所属するフライブルクは、クラブ史上初のUEFAチャンピオンズリーグ出場を懸けてフランクフルトと対戦する。今季チームに加入した堂安律は、シーズンを通して自身のプレーの質を上げ、幅を広げ、チームの快進撃を主軸として支えている。明確な“クラブ哲学”を掲げて昨シーズン最優秀監督に選出されたクリスティアン・シュトライヒ監督と、その期待と信頼に応えて大きく成長を遂げた堂安が織りなす充実のシーズンを振り返る。
(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)
所属選手に求められる“クラブ哲学に合った”選手像とは?堂安律がフライブルクに加入したことはクラブにとって決して当たり前のことではなかった。
健全経営で知られるブンデスリーガの中でも特に経営コンセプトが明確で、厳格なのがフライブルクだ。選手一人を獲得するのにじっくりと時間をかけて丁寧なスカウティングを行い、選手としてのクオリティだけではなく、人間性的にもクラブ哲学に合った人物かどうかが精査される。
では“クラブ哲学に合った”とは何が求められるのか?
「地に足をつけて、自立的にハードワークに進んで取り組んで、成長に貪欲であること。勝っても負けても謙虚に自分と自分たちを振り返り、改善点に取り組み続けること」
現役ブンデスリーガ監督で最長の12年目を迎えるクリスティアン・シュトライヒ監督がフライブルクのスタイルについてこんな風に語ってくれたことがある。「フライブルクではどの選手も攻守に高いインテンシティでプレーすることが求められていますね」という筆者の質問に対して、じっとこちらの目を見つめながら答えてくれた。シュトライヒは続ける。
「このレベルで戦うためにはそれ以外に他の選択肢はない。それができなければここでプレーはできないだろう。チームとしてみんながそれぞれの役割を担えなければ、ブンデスリーガの試合で勝つのには問題が生じる」
シュトライヒがその点を特に強調するのには理由がある。ブンデスリーガにも守備的な戦いを選択し、ゴール前に多くの選手を配置して堅い壁を築き、スピードある選手を前線に並べてカウンターに活路を見出す戦い方をするチームだって少なくはない。
だがそれはフライブルクにとって、シュトライヒにとって受け入れることができないスタイルなのだ。彼に「サッカーとは?」という根源的な質問をしたことがある。シュトライヒは迷うことなく滑らかに言葉にしてくれた。
「いつでもバリエーションを持ってプレーすること。そして強いチームに対してもサッカー的にアプローチをすることが大切だ。どんな試合でも自分たちでボールを持つ時間を作ることが大事。多くの選手がボールに触る状況を作り出す。そして自分たちでボールを持ってビルドアップをしてボールを運んでいく。ボールを失ったら相手に対して適切にアタックしていく。後ろで守備を固めて守るなんてしたくない。それなら負けたほうがいい。ボールを持ってプレーし続ける。それが私が思うサッカーだ」
フライブルクの攻撃を一段高みへと押し上げた堂安律フライブルクには一人で状況を打開してくれるワールドクラスのスキルを持った突出した選手はいない。それでも“サッカー”をするためには、ピッチに立った選手全員が互いに支え合いながら、一人一人がチームのためにハードワークをして、その中でそれぞれのクオリティを発揮することが前提条件にならなければならない。
堂安はそうしたクラブビジョンに合った期待の新戦力として迎え入れられたのだ。攻守におけるインテンシティが必須といわれても、それだけでは相手守備は崩しきれない。ハイインテンシティでプレーしながら、攻撃面できっかけや変化を生み出すことのできる選手がチームには必要だった。
堂安もそうしたクラブだからこそ、フライブルへとやってきた。攻守にハイインテンシティでプレーしながら、それでいて自分の長所もチームの武器として発揮しなければならない。そうした環境こそが自身をさらに成長させるためにとても重要だと確信していたからだ。堂安はリーグ戦5位と好調の理由をこう説明する。
「一人の選手がさぼっていたら、自分たちの戦術がハマらない。そしてそういうさぼる選手がいないことが、いまのクラブの順位に出ていると思います」
近年、フライブルクの攻撃は左サイドに集中していた。イタリア代表MFヴィンチェンツォ・グリフォが前線でタメをうまく作り、最適なタイミングとコースでオーバーラップしてくるドイツ代表左SBクリスティアン・ギュンターとのコンビで崩しをかける。そのハーモニーはリーグ全体で見ても高いレベルにあったが、そうなるとさすがに相手にも警戒される。フライブルクには別の攻撃バリエーションが必要となっていた。
堂安のボールキープ、ドリブル、パス、裏への飛び出し、シュートへのアプローチが、フライブルクの攻撃を一段高みへと押し上げたのは間違いない。
右サイドでボールを受けると相手とすぐに対峙して積極的に仕掛けていく。小刻みなステップとキレのあるペースチェンジで相手を置き去りにし、一気にペナルティエリア内へと運んでいくので、堂安がボールを持つとホームスタジアムのファンはわき上がる。
「突破ができるということはもう既に証明しているので、あそこから結果につながるようなプレーを意識しているところです。得点というのはもちろん思っていますけど、焦りながらも焦りすぎず、自分のプレーに集中することでいつか流れがくると思ってプレーしています」(堂安)
すべての状況にマッチする選手として評価される理由相手に守備を固められると苦戦していたフライブルクが、今季多くのシュートチャンスを生み出せるようになった背景にも堂安の存在がある。
「特に下位相手だと自信のないチームはなかなかボールを取りにこず、引く傾向があるので、トップ下のポジションで張っていれば縦パスが入ってくるなって感じましたし、なかなか良い効果があったと思います」
相手選手間のスペースに顔を出してパスを呼び込み、ゴール方向へと向かう。体をぶつけられてもつぶされずにボールを運び、展開することができるから、味方選手も次のプレーへ移行しやすい。
また攻撃だけではなく、堂安の守備での貢献も無視できない。
相手ボール保持時にボールがサイドへ出たときはスライドし、相手CBが持ったらパスを警戒しながら距離を詰め、相手が少しでも背中をみせたら一気に飛び込んで激しい守備にいく。相手にプレスをかいくぐられたり、前へのパスを許したら足を止めずに猛ダッシュで戻り、ボールを奪い切るシーンが何度あったことか。
守備時も次に何をすべきかが頭の中で整理されており、その連続性は高いレベルで安定していた。ピッチ上で常に最適な判断を行い、状況が変われば修正し、連続して順応していくのは簡単なことではない。
監督には監督の狙いがある。相手によって、時期によって、チームの調子によって、戦い方も、布陣も、起用法にも変化があるのは当然だ。しかし、さまざまな狙いや戦い方がある中で、シーズンを通して常に堂安が選択肢に入っていたことが興味深い。
守備を固める相手に、サイドから攻撃を仕掛けてくる相手に、ロングボールを蹴ってくる相手に……。堂安はそのすべての状況にマッチする選手として評価されているのだ。
「リツはデイビスのスピードに対して必要」対バイエルン戦で見せた成長UEFAチャンピオンズリーグ出場権を争うほど上位進出していたら、うまくいかない試合のあとにはメディアからの批判も増えるようになる。負けるとシステムや選手起用について質問が飛ぶ。シュトライヒは丁寧に説明をするが、その意図を正しく理解できない記者も少なくはない。
例えばUEFAヨーロッパリーグ決勝トーナメント1回戦、ユベントスとのセカンドレグ、あるいはリーグ第27節のバイエルン戦、そしてドイツカップ準決勝のライプツィヒ戦ではグリフォがベンチスタートとなり、メディアを賑わした。なぜチームトップスコアラーでセットプレーの名手でもある彼を外すのか、と。
グリフォが優れた選手であるのは間違いない。でもサッカーはチームスポーツだ。誰を、どこで、どのように起用するかは、相手によっても変わってくる。
シュトライヒはバイエルン戦後に堂安を下げずにピッチに残した理由について次のように答えていた。
「リツに関しては、デイビスのスピードに対して必要という感覚があったんだ」
カナダ代表アルフォンソ・デイビスが誇るそのスピードは世界有数のものがある。第10節のアウェイ戦ではディビスにいいようにプレーされ、チームも0-5で完敗している。
迎えたホームでの一戦ではそのデイビスと堂安は終始バチバチの戦いを展開していた。奪って奪い返しての連続。デイビスは得意の縦への突破がほとんどできず、ワンツーパスでも堂安をはがせない。相手の距離を一気に詰め、それでいて飛び込みすぎない。相手の動きにも的確についていくお手本のような1対1の対応。堂安本人も手ごたえを口にしていた。
「デイビスには10節に対戦した時にかなりチンチンにされたイメージがあるので、今日はやられずに押し切れたかなとは自分自身手ごたえはあります。そこは自分自身の成長を感じています」
2年連続ヨーロッパの舞台へ。「すごく幸せに感じながら…」シーズンを通して大きな成長を遂げた堂安だが、常にコンディションが最良だったわけではない。体調不良に苦しみ、膝をケガしてレーニングに参加できなかった時期もあった。それでも本人が大丈夫だといえば試合では起用されている。そこには監督と選手の確かな信頼感が存在した。
「監督からの信頼は感じていますし、監督が求めるものは自分もわかっているので。コミュニケーションを取っていますし、僕も信頼しています。監督が求めてくれれば僕も返す気持ちでいるので。いい関係は築けているかなと思います」
どれだけ活躍してもすぐに自分の課題と向き合い、サッカーに最大限集中して取り組み続けているからこそ、シーズンを通して試合を重ねるごとに成長を遂げ、選手としても、そして一人の人間としてもさらに成熟する。
監督と選手、スタッフ、首脳陣、ファンが皆同じビジョンで戦えているフライブルク。
今季はすでに最低でも5位以上の順位が確定しており、2年連続ヨーロッパの舞台への出場権を獲得している。最終節の結果次第では、クラブ史上初となるUEFAチャンピオンズリーグ出場権獲得の可能性もある。残留争いをクラブ最大の目標としていた時代は終わりを告げようとしている。ヨハン・ザイアーSDも「クラブはいま次のステージへ進もうとしている」と話していた。堂安も充実感を口にする。
「フライブルクって少しずつビッククラブになりつつあると思いますけど、そんなクラブでこれほどリスペクトされて、監督、チーム、サポーターから愛されるような状況ってこれからのキャリアでもなかなかないと思うので。すごく幸せに感じながら毎日過ごしています」
<了>