今月6日、八村塁がロサンゼルス・レイカーズと正式に再契約を果たした。翌7日には渡辺雄太がフェニックス・サンズと2年契約を結ぶなど、以前では夢物語だった日本人がNBAで活躍する未来が到来した。個人の活躍に引っ張られるように、長らく国際大会への“出場”も難しかった日本代表のレベルも着実にアップし、世界と戦える人材が次々に生まれている。八村、渡辺はともにNCAA(全米大学体育協会)ディビジョン1の大学出身だが、日本バスケ界全体のレベルアップには、Bリーグの誕生を機に明確な目標ができた育成年代の充実が挙げられる。なかでもBリーグに直接多くの人材を送り込む大学バスケは今後ますます発展飛躍が求められるカテゴリだ。昨年スタートした日本発の大学年代の国際大会 Sun Chlorella presents World University Basketball Series(以下、WUBS)は、日本の大学バスケが世界と戦うための試金石でもある。8月に行われる第2回大会は、ついにアメリカNCAAからラドフォード大学が来日。前回大会準優勝、今大会も日本王者として参加する東海大学の陸川章監督に話を聞いた。
(インタビュー・構成=大塚一樹、写真提供=©︎WUBS)
王者・東海大学が肌で感じた“世界”現役時代は自身も日本代表のセンターとして活躍。2001年に東海大学男子バスケットボール部のヘッドコーチに就任すると、2部からのスタートだったチームを就任4年で1部昇格に導き、5年目の2005年にはインカレ初優勝、以降、インカレ7度制覇、竹内譲次(大阪エベッサ)、田中大貴(アルバルク東京)を筆頭に多数の日本代表、Bリーガーを輩出している。
“学生のためのオリンピック”、ユニバーシアードには3度ほど指導者として参加した陸川監督にとっても、WUBSは待望の大会だったようだ。
陸川:これまで選抜チームでの国際大会への参加というのはありましたけど、単独チームとしての大会参加は初めてのこと。昨年参加させてもらったWUBSでは、選抜チーム、または単独チームでの遠征とはまったく違う経験ができました。
――昨年行われた第1回大会では、チャイニーズ・タイペイの国立政治大学、インドネシアのぺリタハラパン大学、そして決勝ではフィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学と対戦しました。国際大会ならではの経験とはどんなところにあったのでしょう?
陸川:サイズの違いは数字の上ではわかっていたのですが、身長の高さ、体の大きさ、フィジカルの違いはやはり改めて実感しました。私たち東海大学は、ディフェンスをしっかりがんばることを基本にしているのですが、いいエントリーをさせない、リズムをつくらせなければ勝負できるという手応えは感じました。
国際試合ならではということでいうと、初戦の国立政治大学との試合から“激しさ”の部分はまさに国と国同士のぶつかり合いということを感じられました。コンタクトが起きても、お互いにイーブンでぶつかり合っているからなかなかファウルにならないんですね。私も初戦で国際試合の楽しさを思い出しました。
国際試合の経験値を上げることの意味――やはり国際試合では国の代表という思いもある?
陸川:現役時代から、国際試合ではどんなときも日本代表としてのプライドを持たなければいけないといわれて育ちましたし、そういう気持ちでプレーしていたので、私はそうなってしまっていますね(笑)。そんなに甘いものじゃない。国を背負ったぶつかり合いになるので、思いが強い方が勝つ。国立政治大学とはまた今年も一回戦で当たるんですが、今度は負けてなるものかと向かってくると思うのですが、それがまたいいんですね。
――決勝で対戦したアテネオ大学には、59-68で惜敗しました。フィリピンは世界的にもバスケットボールが盛んな国の一つですよね。
陸川:フィリピンではバスケットボールは国技のようなもので、以前から人気・実力ともにすごく高いです。国内プロリーグPBAは、とても長い歴史を持っていますし、Bリーグでもキーファー(滋賀レイクス)、サーディ(三遠ネオフェニックス)のラベナ兄弟、身長220cmのカイソット選手(ドラゴンフライ広島)などの選手が活躍していますよね。
決勝のアテネオ大学戦は、ロースコアに持ち込めたという点では、東海大のディフェンスは通用する、十分戦えると感じた部分もありました。フィリピン国内では大学バスケもとても人気があって特にアテネオ大学は別格だとか。個人技も、アメリカの影響を強く受けた戦術も非常によく準備されたいいチームでした。
――現在は、日本でも高校年代から留学生がプレーしていたりして、2mに迫る高さを経験したり、世界レベルの個人技を体感する機会もあると思うのですが、やはり国際大会でこれを経験するのは違うものなのでしょうか?
陸川:昨年の4年生に島谷怜というガードがいたのですが(現在はレバンガ北海道でプレー)、彼がマッチアップしたアテネオ大学の選手が、U-18アジア選手権のMVPだったそうなんです。そういう選手と対峙して、「守れたし、スティールも奪えた。すごく自信になった」と言っていたんですね。こういう経験は彼の今後にすごく役立つと思うんです。
――18歳以下の年代の時の差と現在を比較できる、継続的な国際舞台があるというのはたしかに大きいですね。
日本大学バスケ界の名将から見たNCAAディビジョン1の重み――「世界を知る」という意味では、今年はついに、アメリカNCAAからラドフォード大学が参加します。明誠高校から昨年、ラドフォード大学に進んだ山﨑一渉選手もいますが、NCAAディビジョン1のチームと対戦できるかもしれないというのはどうですか?
陸川:山﨑くんともNTCで偶然会って、がんばろうと話しましたが、NCAAのしかもディビジョン1と対戦できるかもしれないというのはすごいことですよね。私もデイブ・ヤナイさんとのご縁で、アメリカの大学(ディビジョン2)に留学させてもらった経験がありますが、ディビジョン1は本当に“選ばれし者”しかプレーできないところです。サイズも、フィジカル、スキルもそうですが、学業もおろそかにできない。私が留学させてもらっていたときに、NBAのキャンプから声がかかるほどの主力プレイヤーが1単位を落としてしまったことがあったんです。それでも一定期間プレーすることができなくなり、ようやく戻ってこれたときにはチームにフィットできずにちぐはぐになってしまったんです。それを目の当たりにして「本当に厳しい世界なんだ」と驚きました。
恩師であるデイブ・ヤナイさんは長くディビジョン2の大学のチームを率いていらっしゃったのですが、ディビジョン1は、編入で途中から入ってくる選手もいるし、当然途中でのカットもあり得る。才能があっても学業との両立が求められ、ある意味では「勝つことがすべて」の世界だと。
ヤナイさんには名門UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)からアシスタントコーチ、そしてNBAのレイカーズからディフェンスコーチのオファーもあったそうなのですが、「勝つことがすべてではなく、私はバスケットボールを通じて人生を教えたいんだ」と常々おっしゃっていたんです。
私がNKKの廃部に伴って社会人を経験し、その後に指導者を志したときに「大学」という年代を選択したのは、こうしたヤナイさんの教えがあったからかもしれません。
「技術」と「心」二つの山を求めて陸川監督がことあるごとに学生に話しているのは「心」と「技術」、二つの山の存在だ。
「人生の中で、子どもから大人になる大学という時期に、心と技術、二つの山を登ろう」
八村塁、渡辺雄太のようにNCAAディビジョン1経由でNBA入りする日本人選手が登場し、また国内でもBリーグの誕生で、プロとして成長できる舞台が整った現在、大学バスケに求められる役割は、この二つの山を登るために努力することにあるのかもしれない。
陸川:学生だからとかプロだからとかじゃなくて、どんなカテゴリにも必要なことだと思っていますが、子どもから大人になる過程にある大学生には特に伝えたいと思っていることが心と技術の二つの山を登ろうという話です。
技術の山、これは戦術や判断力、スキルの部分。練習によって一人でも登れる山です。大いに登ろうと努力して、練習して、上達すればいい。そして、もう一つの山が心の山、これは努力すること、負けない気持ち、仲間を思いやる人間力です。これもまた一人でも登れます。この二つの山を登った先に、チャンピオンの山が見えてくる。これは一人では登れません。皆で押し上げたり、引き上げたり、助け合って、最後はチームで一丸となってチャンピオンの山頂を目指し、初めて目標が達成できます。
――二つの山を越えるためにも、WUBSのような国際大会で、同年代の世界トップクラスの選手たちのプレー、チームのあり方、戦い方を “体感”できることは大きな経験ですよね。
陸川:昨年初めての大会となったWUBSに参加させていただいて、東海大学もチームとして大きく成長することができました。第2回大会は、オーストラリア、アメリカ、韓国からの大学も加わってさらに色々な経験がさせてもらえる可能性が広がりました。
また、ここ数年はコロナ禍ということもあり、バスケットボールの試合や練習でさえできないという状況にあった学生もいました。そうした中で、国際大会、国を背負った真剣勝負を経験できたことは本当にありがたいことですし、今年の第2回大会でも、初戦の国立政治大学との再戦、アテネオ大学にも雪辱したいと思っていますし、ラドフォード大学ともぜひ戦ってみたいと思っています。
<了>