メジャーリーガー・藤浪晋太郎のトレード移籍が大きな話題を呼んでいる。7月19日(日本時間20日)にMLBのオークランド・アスレチックスからボルティモア・オリオールズへのトレード移籍が発表され、ア・リーグ西地区の最下位チームから、激戦区ア・リーグ東地区首位チームへの移籍を果たした。“電撃トレード”と驚きの声も多く上がる中、MLBのトレード事情を踏まえながら、この移籍の背景を追った。
(文=花田雪、写真=AP/アフロ)
「電撃トレード」ではない。既定路線のトレード成立現地時間7月19日。MLBのオークランド・アスレチックスに所属する藤浪晋太郎が、ボルティモア・オリオールズにトレード移籍することが発表された。昨オフ、阪神タイガースからポスティングシステムを利用してアスレチックス入りした藤浪は、所属して4カ月足らずでチームを離れることになった。
一報を受け、日本のメディアもこのニュースを大々的に報じている。その中には「電撃トレード」といった見出しも散見されるが、実は今回の移籍は「電撃」でもなんでもない。むしろアスレチックス、藤浪の双方にとっては思惑通り。既定路線のトレードだと言っていい。
NPBとMLBでは、トレードの意味合いが少し違う。NPBのそれは大抵の場合、自チームでは出番に恵まれずにいるが、相手チームにとっては補強ポイントとマッチする選手同士が交換対象になる。一方のMLB、特にトレード期限(現地時間8月1日)間近の場合は「今シーズン、本気で世界一を目指す球団」から有望な若手選手が放出され、「来シーズン以降の飛躍を目指す再建期の球団」から主力=即戦力の選手が放出されるケースが大半を占める。また、後者の「即戦力の選手」には、近い将来(ほとんどの場合は当該シーズンのオフ)フリーエージェント(FA)になる選手というただし書きもつく。
現在、アメリカン・リーグで本塁打ランキングトップを独走するロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平がトレード候補として話題になっているのも、それが理由だ。大谷は今オフ、FAになる。つまり、他球団に移籍する可能性がある。その場合、エンゼルスへの見返りはゼロだ。加えて今シーズンのエンゼルスはマイク・トラウトを筆頭に主力に故障者が続出。勝率5割前後を行ったり来たりしており、プレーオフ進出ラインからは4.5ゲーム差と微妙な位置にいる。もしプレーオフ進出を逃すようなことがあれば、ワールドチャンピオンになれないまま、MLB最高峰の選手である大谷を“タダ”で放出することになるのだ。であれば、このタイミングで今シーズンには見切りをつけ、大谷の代わりに将来有望な若手選手を獲得し、来シーズン以降のワールドチャンピオンを狙うのも、一つの選択肢になる。
能力を見せつけるのを“待つ”という選択話を藤浪に戻そう。
アスレチックスはコロナ禍で短縮シーズンとなった2020年にア・リーグ西地区で優勝を果たしたが、翌2021年には地区3位とプレーオフ進出を逃した。それと同時に、主力選手であったマット・チャップマン、マット・オルソン、クリス・バシットらを相次いで放出。わかりやすく「チーム再建期」に突入した球団だ。事実、昨シーズンは60勝102敗で地区最下位、今シーズンも27勝71敗、勝率わずか.276(7月21日時点)という歴史的なペースで黒星を積み重ねている。
そんなアスレチックスが昨オフ、NPBでくすぶりながらも、ポテンシャルの高さを評価されていた29歳の160キロ右腕・藤浪晋太郎を年俸325万ドル(約4億5500万円)で獲得した。契約期間は1年間だ。年俸そのものはMLB全体を見れば高額ではないが、実はチーム内では5位に相当する。決して、安い買い物ではなかったわけだ。これらを鑑みると、そもそもアスレチックスは藤浪を「シーズン中のトレード要員候補」として獲得した可能性が非常に高いことがわかる。
契約条件はもちろん、今シーズンの起用法からもそれは透けて見える。開幕当初は先発ローテでスタートしたものの、デビュー戦から打ち込まれて防御率は14点台まで悪化した。それでも、チームは藤浪を一度もマイナーに降格させず、リリーフとして起用し続けた。契約にマイナー落ちを拒否できる条項が含まれていた可能性はあるが、当時、打たれても打たれても降格しない藤浪に対して日本国内でも多くの疑問の声が挙がった。
チーム状態が悪かったことも要因として挙げられていたが、MLBはNPBとは比較にならないほどマイナーに大量の選手を抱えている。語弊を招く言い方かもしれないが、開幕当初の藤浪の成績であれば“代わり”はいくらでもいた。それでも、アスレチックスが辛抱強く藤浪を起用し続けたのは、MLBに適応し、トレード要員に足りうる能力を見せつけるのを“待つ”という選択をしたからだろう。
「世界一を本気で狙う球団」から戦力として評価された証では、トレード相手のオリオールズはどうか。
2014年にア・リーグ東地区優勝、2016年に同2位でプレーオフ進出を果たしたが、2017年以降は下位に低迷し、「再建期」に突入。ドラフトで有望選手を獲得しながらここ数年間は浮上のきっかけを虎視眈々と狙っていた。そして昨シーズン、地区4位ながら83勝79敗と6年ぶりに勝率5割以上を記録し、現在は再建期を脱却するタイミングにある。
今シーズンは開幕から同地区のタンパベイ・レイズが歴史的なペースで勝利を積み重ねていたが、ここにきて首位を奪還。しかし、同地区は最下位のヤンキースまで、所属する5球団すべてが勝率5割以上で今なおプレーオフ圏内にいるというリーグ屈指の激戦区。地区優勝、その先のワールドチャンピオンを目指すためにはさらなる戦力補強が急務だ。
再建期真っただ中でハナから“トレード候補”として藤浪を獲得したアスレチックスと、再建期を脱却してワールドチャンピオンを本気で狙う位置にいるオリオールズ。そんな両者の思惑が合致し、藤浪のトレードは実現したのだ。
同時に、このトレードは藤浪自身が「世界一を本気で狙う球団」から戦力として評価されたことの証でもある。
トレード相手と報道されたイーストン・ルーカス投手は今季、マイナーで21試合に登板し、30回2/3を投げて防御率2.93、奪三振率11.75をマークしている26歳のプロスペクト(有望若手選手)。オリオールズは今シーズン、中継ぎ陣の防御率がメジャー6位の3.71と決して投手陣の層が薄いチームではない。それでも、自軍の有望左腕を差し出してまで藤浪を求めたのだ。
藤浪の投球スタイルが近代野球のトレンドにマッチした?藤浪の今シーズン成績は34試合、5勝8敗3ホールド、防御率8.57。この数字だけを見れば、お世辞にも「即戦力」とは言えない。ではなぜ、そこまでの評価をつかむことができたのか。
一つはMLBへのアジャストが進んでいる点だ。
開幕当初は打ち込まれるシーンが目立ったが、7月に限れば7試合で防御率2.25。1イニングあたり何人走者を許したかを示すWHIPは0.50。失点したのは1試合のみと、リリーバーとして確かな安定感を示し始めている。シーズントータルで見れば防御率8点台は安定感に欠けるが、直近の投球内容を見て、オリオールズは獲得に値すると決断したのだろう。
また、最速102.1マイル(約164キロ)、平均球速98マイル(約158キロ)を誇る直球も大きな魅力の一つだ。
この数値はMLBでもトップクラスに位置しており、好調時にはフォーシームだけで打者を圧倒できる威力を誇る。95マイル(約153キロ)前後のスプリットを兼備し、49回1/3を投げて51奪三振(奪三振率9.30)と「三振を奪える」のも大きい。近年のMLBでは勝敗や防御率よりも奪三振数やWHIP、球速や変化球の変化量といったボールの質そのものが高く評価される傾向にあり、藤浪の投球スタイルが近代野球のトレンドにマッチしたともいえる。
ここからが本番。現状は「第1ステージクリア」に過ぎない「藤浪晋太郎のMLB挑戦はここからが本番」と考えることもできる。
アスレチックスでの3カ月間は、いわば他球団に対するアピール期間。最初はつまずいたが、そこから持ち直し、当初の目論見通りにシーズン途中で強豪チームへの移籍を実現させた。
ここから求められるのは、「チームの勝利に貢献する投球」だ。再建期のアスレチックスとは違い、オリオールズでは勝利という結果が求められる。1年という契約期間はトレード先でも有効なため、藤浪は今シーズンを終えた時点でFAになる。ここからポストシーズンまでの3カ月間でどれだけの投球を見せるかによって、藤浪の市場価値は大きく変わってくる。
今シーズンはリリーフで立場を築いたが、日本時代から先発へのこだわりも人一倍強い。MLB移籍後に心境の変化がないとは限らないが、新天地で圧倒的な数字を残すことができれば、オフのFA交渉では起用法も含めた有利な条件を引き出すことも不可能ではない。
誰もがそのポテンシャルを高く評価しながら、残念ながら日本では本来の力を発揮できなかった藤浪。アメリカという地で、その才能を開花させることができるだろうか。願わくば、移籍当初、さらにシーズン開幕直後に本人にぶつけられた多くの否定的意見を覆すような、そんなピッチングをこの目で見たい。
メジャーリーガー・藤浪晋太郎にとって、今回のトレードは「第1ステージクリア」に過ぎない。本当の勝負は、ここからだ。
<了>