FIFA女子ワールドカップで、ベスト8進出を決めたなでしこジャパン。好調のチームを支えるものの一つが、「食事」だ。今大会は、男子日本代表の専属シェフ、西芳照氏が女子のワールドカップで初めて帯同。「食事が一番の楽しみ」と選手たちからも大好評だ。なでしこの勝ち上がりを支える西シェフの勝負メシとは? 現地ニュージーランドから、そのメニューの一端と、選手たちの声を届ける。
(文=松原渓、写真提供=JFA)
「全員が戦える状態にある」コンディションを支える食事FIFA女子ワールドカップで、なでしこジャパンが前回大会のベスト16の壁を破り、3大会ぶりの頂点を目指して挑戦を続けている。
4試合で14ゴール。アフリカ、南米、ヨーロッパと、タイプの異なる相手に対してポゼッションとカウンターを柔軟に使い分ける戦いぶりに他国も注目し、日本の練習場には海外メディアも多く訪れるようになった。
「なぜ、日本はこんなに強いのか?」
海外のテレビレポーターやジャーナリストから聞かれた。筆者は「丁寧な準備、変化への対応力とチームの一体感」だと答えている。だが、それは他国も試合ごとに高めてきているだろう。一方、今大会で他国との差を明確に感じるのは、コンディションだ。
敗退が決まったアメリカやドイツ、カナダやノルウェーなどの強豪国は、何人かの主力が万全の状態には見えなかった。一方、日本は過去の大会に比べてもケガ人が少なく、コンディションもいい。キャプテンのDF熊谷紗希は、「毎試合に向けて、全員が戦える状態にあるのは本当に自分たちの強みだと思う」と自信を見せる。
そのコンディションを支える一つの要因が「食」だ。
今大会は、男子日本代表を支えてきた西芳照シェフが女子ワールドカップでは初めて帯同している。J3今治をサポートする中原剛シェフがサポートにつき、2人で選手たちの食卓を支えている。
西シェフは福島県のナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」で総料理長を務め、2004年からはサッカー日本代表を専属シェフとしてサポート。2006年のドイツ大会から5大会連続でチームに帯同してきた。女子は昨年1月のアジアカップで初めて同行し、選手やスタッフから大好評だったという。
「女子の選手たちはみんなが反応してくれて喜んでくれるので、作り甲斐があります。男子の選手たちは黙々と食べてくれますが、(反応は)如実に違いますね」と、西さんは笑う。実際、食事の話になると、なでしこの選手たちの顔がほころび、言葉に熱がこもる。
ここまで4試合にフル出場しているDF南萌華は、「試合後はなかなか食欲がないのですが、西さんや中原さんがおいしいご飯を作ってくれるので、しっかりと食べて回復につなげることができています。ここまでみんながコンディションよくこられているのも食事のおかげだと思うし、食事って本当に大事だな、と改めて感じています」と言う。
日替わりで楽しむブッフェスタイル
長期間の国際大会を戦う上で、「食べる」ことの重要性は言うまでもない。なでしこジャパンはこれまで、海外遠征ではインスタントのみそ汁やお茶漬け、海苔や梅干しを持参するなど、各自が工夫をしていた。その国の食事が口に合わないケースもあるし、ビュッフェも、バリエーションが変わらないと飽きてしまうからだ。
ヨルダンで開催された2018年のアジアカップでは、炊飯器を持ち込んでおにぎりを作るなど工夫していたが、それでも大会中に体重が変動してしまう選手がいた。
だが、今大会は、西シェフが栄養と味にこだわった多彩な料理でなでしこジャパンの食卓を支えている。「みんな食事が一番の楽しみだと思う。そのために練習を頑張ってお腹を空かせています」とGK山下杏也加が言うように、一日3食の食事が選手たちのモチベーションにもなっている。
ある日の夕食メニューは以下のような感じだったという。
サラダ、豚じゃが、鶏ももブロッコリー塩だれ焼き、サーモンオーブン焼きポン酢、いわしとレーズン出し巻き、切り干し大根、ナスとチンゲン菜みそ炒め、蒸し野菜、十六穀米炊き込みご飯、白米、パスタ(ムール貝のペペロンチーノ)、パスタ(ニョッキトマトソース・グルテンフリー)、みそ汁、人参とコリアンダースープ、フルーツ、ヨーグルト。
メニューから、彩りや栄養バランスの良さが伝わってくる。日頃から栄養管理を意識しているFW田中美南は、「タンパク質ならタンパク質でいろんな種類があって、炭水化物はパスタや美味しいお米も炊いてくれて。いろんなバリエーションでおいしいものが食べられるので毎回、楽しみです」と、練習後の食事を心待ちにしていた。
食材は9割を現地で調達。女子選手ならではの食材も
2人のシェフの1日は、朝6時に始まる。8時の朝食の準備をした後は、13時のお昼の仕込みをして、午前練習を終えた選手たちを迎える。束の間の休憩を取った後は、19時過ぎの夕食に向けて仕込みをスタート。お腹が空いた時のために、軽食用のうどんやおにぎりなども用意している。
西シェフの得意分野は和食で、中原シェフは洋食。男子と女子では、メニューにも変化をつけているという。
「女子の場合は鉄分が不足しがちなので、貧血にだけはならないようにほうれん草とかレーズン、ドライフルーツやプルーンなど、鉄分を含む食材をなるべく使っています。(メニューの横に)鉄分が入っている表示も出します」(西シェフ)
ただし、開催国のニュージーランドは食品の持ち込みが厳しく、肉や魚、乳製品や卵などを含む食品は加工品でもNGになる場合がある(筆者はインスタントのみそ汁を税関で没収された)。そのような事情もあり、食材の9割方を現地で調達しているという。ニュージーランドの野菜は、色や大きさが日本のそれとは違う。だが、西シェフはさまざまなアレンジを利かせて和食に変身させる。
「彩りと味で勝負しています。例えば、パプリカはグリーンよりも赤とかオレンジとか黄色のほうが栄養価が高いし、ナスも、焼きナスにするとか、揚げてみそ汁にするとか。肉はビーフとポーク、チキンと、魚介系を1種類入れます。皆さんが喜ぶのはひじきとか、切り干し大根とか。そちらのほうが減り(具合)もいいですね」
「飽きないように、手を替え品を替え、和風にしたり、今日は納豆パスタにしようかな?とか。そういうことを笑顔で想像しながら作るのが一つの楽しみです」
普段、なかなか和食を食べられない海外組にとっては、なおさらありがたいだろう。スウェーデン1部でプレーするFW浜野まいかは、「スウェーデンにいる時より、何倍も日本食を食べられてうれしいです」と喜ぶ。浜野は、大会前に肩を負傷し、一人だけ別メニューをこなしていた時期があった。その時は、スタッフのアドバイスで疲労がたまらないように、糖質を多めにとるなど工夫していたという。
“勝負メシ”はハンバーグ。「なでしこで世界を熱くしたい」
西シェフが仕掛ける“サプライズ”も好評だ。一番人気だったのは「鍋」だという。
ニュージーランドは南半球にあり、現在の季節は冬。グループステージ第2戦のコスタリカ戦が行われたダニーデンでは、気温がかなり冷え込んだ。試合前日の練習後、選手たちを待っていたのはキムチ鍋。「少しでも暖かい中で落ち着きながらワイワイやってほしいと思った」と西シェフは振り返る。
翌日、日本はコスタリカに2-0で完勝し、最短でグループステージ突破を決めた。おいしい食事が並ぶ食卓が、チームの一体感を高めた。
試合前日の夜に食べる“勝負メシ”には、ハンバーグを準備しているという。「予算的に男子と違ってうなぎなんて言えないので」と西シェフ。だが、なでしこジャパンはハンバーグでスタミナをつけ、ここまで勝ち上がってきた。
2人がスタジアムで試合を最後まで見ることはできない。試合の日も夕食の仕込みがあるためだ。ただ、中原シェフは「共に戦っているという気持ちは料理で表現するしかないので、そこに全力を注いで日々作っています」と、料理に念を込めて選手たちの帰りを待つ。
日本は11日に行われる準々決勝のスウェーデン戦に勝てばベスト4に進出し、最大試合数(7試合)を戦うことができる。負ければ翌日に帰国だ。重要な一戦に向けて、料理を作る腕にも力がこもる。
「『世界で一番暑い夏にしよう!』と、選手が言っていましたけど、まさにその通りだなと。なでしこで世界を熱くしたい!という気持ちで、一品一品、作っています」
全員で、幸せな食卓を1日でも長く囲むことができるように。選手とスタッフが力を合わせ、総力戦で勝利を掴みに行く。
<了>