サッカーの世界において、優れたスカウトマンが見初めた選手の活躍の場は、ピッチ上だけとは限らない。元ガンバ大阪の伝説的スカウト・二宮博が著書『一流の共通点 スカウトマンの私が見てきた成功を呼ぶ人の10の人間力』のなかで、“一流になった人物”の一人として名を挙げたのは、現在、従業員数が1000人を超えるバリュエンスグループ CEOを務めるビジネスマン・嵜本晋輔だった。かつて無名の高校生だった嵜本をガンバ大阪へスカウトした二宮は、現在のビジネスパートナーでもある彼の凄さは“傾聴力”だと語る。本稿では7月に刊行された二宮の著書のなかに収録された二人の対談の抜粋を通して、サッカーにもビジネスにも共通する成功者の共通点を探る。
(インタビュー=二宮博、写真提供=徳間書店)
プロとして成功している「人間力」のベスト10の1位が傾聴力嵜本:僕はガンバ大阪に入り、戦力外通告を受け、そのタイミングがターニングポイントだった。だからこそ、今がある。何の悔いもないですし、本当に最高の人生を歩めています。
二宮:嵜本社長と会話すると、私が99%話している状態になります。Jリーグのアンケートだと、プロとして成功している「人間力」のベスト10の1位が傾聴力。嵜本社長がプロになり、ビジネスで成功しているのは、この傾聴力が影響しています。もちろん、ほかにもたくさんの要因はありますが。
嵜本:自分よりも優秀な人、各界で活躍する人、父も、兄たちもそう。僕よりも経験があって優秀という人たちの話を聞くことで、自分が成長できると思っています。それには立場は関係ありません。たとえば、今の10代、20代は僕にない感覚、価値観をもっていて、彼らの考え方とか価値観に耳を傾けてキャッチアップし、それを自分のものにする。
まねる、学ぶみたいなステップで話を聞くことが重要ですね。ずっとその感覚で生き続けてきたし、今もそのスタンスは変えていません。だから、そこを二宮さんが見てくれているのはありがたいですし、うれしいです。僕がいちばん大切にする考え方とか価値観が、人の話にちゃんと耳を傾けること。ただ聞くだけではなく、相手の立場に立って話を聞くことが傾聴だと思います。
二宮:両親をはじめとした家族の影響もありますが、いろいろな人の話を聞いて成長につなげるのは、なかなかできないことです。
たとえば右サイドが得意だとか言っていると…嵜本:新入社員や中途採用の社員には、「限界をつくるな」と訓示しています。無意識に自分はこんなもの、こうあらねばといった定義づけをすることで、自分の可能性にふたをしてしまっている人がすごく多い。僕がリユース業界で成長できた理由を考えると、自分の可能性を自分自身で広げ続けたからだと思います。自分はもっとできると、ポジティブな面にフォーカスし、矢印を向けてきました。身の丈とかという考え方ではなく、自分の現状はこんなレベルだけど、高い理想を掲げ、その理想を広げ、現在地とのギャップを把握して、常に自分の限界を定めず、むしろ可能性にフォーカスするほうがいい。確実なものより、可能性を取りにいったんです。
多くの人は目の前の成果を望み、確実なほうを選択しがちです。しかし、確実なものからは、そんなに多くのものが返ってきません。一方で、可能性にフォーカスすれば、返ってくるまでに時間はかかるかもしれませんが、いつか大きなリターンが得られるはずです。10代とかの若い選手でいうと、自分はこうだとか、これじゃなければ力を発揮できないというのは損。自分の武器が何であるかを把握する必要もあると思いますが、たとえば右サイドが得意だとか言っていると、右サイドしかできないという言葉が頭に浮かんだ瞬間に、自分の可能性は右サイド以外になくなります。
やはり思考の癖とか、言葉の扱い方とか、そのあたりを幼少期から訓練していかなければと思います。そうすれば、自分の可能性はどんどん広がる気がします。僕が当時からできていたかというと、そうではありません。しかし、矢印をどこに向けるかが自分の可能性を開花させた要因になると思うので、若く才能あふれる子どもたちは、とにかく自分の可能性にフォーカスして生きてもらいたいと思います。
ビジネスでの成功を後押しした「ガンバ大阪時代の経験」二宮:そういった思考になったのは、ガンバ大阪時代の経験が生きていますか?
嵜本:そうですね。人って都合の悪いことが起こったときに、逃げに走りがちだし、他責になりがちです。それをガンバで学べて、これからは自責で生きると決めました。元サッカー選手という枕詞もなくして、可能性にフォーカスし始めたきっかけになりました。
二宮:とはいえ、ご自身の著書にも書いてありますが、嵜本社長が洋菓子店の経営を始めたときに、最初のお客さんがガンバのサポーターだったと。元サッカー選手という肩書がつくった縁です。そういうつながりも大切にして、大きなウエートを占めていますよね。
嵜本:その大切さはのちに気がつき、反省しました。サポーターとかファンの方って結構熱狂的で、毎日練習を見に来てくれるんです。練習内容もそんなに変わらないと思うんですが。つまり僕に会いに来てくれるサポーター、ファンがいて、毎日のように僕の写真を撮るんです。何の変化もないはずです。でも、毎日撮ってくれる。そういうことに対して、感謝ではなく、少しネガティブな感情を抱いた時期もありました。
でも、戦力外通告を受けてケーキ屋を始め、初めて来ていただいたお客さんが当時のサポーター、ファンだったわけです。その瞬間に反省でしたね。サッカー選手としての嵜本ではなく、次のキャリアも応援してくれる。その体験は、本当に僕の人生を改めるきっかけになりましたね。そして、そのサポーターやファンが口コミで広げてくれて、その方以外のサポーターも来てくれました。ガンバ大阪の試合会場周辺でキッチンカーを出したりもしたのですが、そこにも大勢のサポーターやファンに来てもらえました。サッカー選手の次のキャリアをみなさんが購入というかたちで応援してくれたんです。
<了>
[PROFILE]
嵜本晋輔(さきもと・しんすけ)
1982年、大阪府出身。関西大学第一高校在籍時にスカウトの目に留まり、2001年にJリーグのガンバ大阪に入団するが、2003 年に戦力外通告を受け退団。その後JFLの佐川急便で1年プレーした後、22歳でサッカー界から引退。2011年12月にブランド品のリユースなど、サステナブルな事業を行う株式会社SOU(現 バリュエンスホールディングス株式会社)を設立。その後、設立から7年で東証マザーズ市場に上場。元サッカー選手としては初めての上場企業社長となる。そして現在は、過去に自身が在籍していたJリーグのガンバ大阪のオフィシャルパートナーとなるほか、2021年9月には「キャプテン翼」の著者である高橋陽一氏がオーナーを務める関東1部リーグのサッカークラブ南葛 SCの株式を33.5%取得。株式会社南葛SCの取締役も務め、東京23区で初めてのJリーグチームをつくるべく、 邁進している。2022年6月にはDリーグ参入を発表し、Valuence INFINITIES(バリュエンス インフィニティーズ)を結成。
[PROFILE]
二宮博(にのみや・ひろし)
1962年生まれ、愛媛県出身。中京大学卒業後、生まれ故郷で公立中学の保健体育教諭として10年間勤務。1994年からJリーグ、ガンバ大阪のスカウトとして多くの選手の発掘、獲得に携わった。その後は育成組織であるアカデミー本部長などを歴任。組織の充実などに努め、「育成のガンバ大阪」の礎を築いた。2021年、定年を前にガンバ大阪を退社し、自らがスカウトした元Jリーガー、嵜本晋輔氏が代表を務め、ブランド品の買取や販売事業を手掛けるバリュエンスホールディングス株式会社に入社。社長室シニアスペシャリストとしてスポーツ関連事業に携わるほか、大学や企業で講演活動などを行っている。神戸国際大学客員教授。