8月20日に決勝が行われたFIFA女子ワールドカップは、スペインの初優勝で幕を閉じた。波乱も多かった今大会だが、ベスト4に残ったチームは、92人の選手のうち、84人が欧州のクラブに所属しており、女子サッカーのメインストリームは依然として欧州にあることも示した。スペインの強さと欧州リーグの活況、4年後の大会に向けて日本の女子サッカー、そしてWEリーグが目指す未来を考える。
(文=松原渓、写真=ロイター/アフロ)
スペインは三世代で世界王者に8月20日にオーストラリアのシドニーで行われたFIFA女子ワールドカップ決勝は、スペインがイングランドを1-0で下し、女子サッカー界の新王者に輝いた。
同国は昨年に行われたU-17およびU-20ワールドカップに続き、A代表でも悲願の世界一に。全カテゴリーでのタイトル制覇は日本に次いで2カ国目だが、スペインは国内リーグでもバルセロナが欧州クラブ王者に輝くなど、代表でもクラブレベルでもまさに黄金時代を迎えている。
今大会のスペインは、32カ国中最も若いチームだった。
昨年9月にホルヘ・ビルダ監督の解任を求めて代表の主力15人が招集を拒否するなど、スペインサッカー連盟を巻き込んだ問題が後を引き、今大会はバルセロナのマピ・レオン、パトリ・ギハロなど、一部の中心選手が招集されず。一方、世界最高の万能型MFアイタナ・ボンマティや代表最多得点者のFWジェニファー・エルモソ、バロンドール受賞者で3度目のワールドカップとなったMFアレクシア・プテジャスら熟練のメンバーと、19歳のFWサルマ・パラルエロを筆頭に若き才能が融合。
ハイプレス、即時奪回、ボール保持を基本スタイルとし、長短のダイレクトパスでスペースを使った厚みのある攻撃でフィニッシュに持ち込む――育成年代からA代表まで一貫して受け継がれてきた「ティキ・タカ」のDNAは新戦力の融合をスムーズにし、メンバーを入れ替えても一貫した戦いができる。ベースにあるのは、個々の高い技術と戦術眼だ。
しかし、日本戦では最後までスペースを作り出せず、0-4で大敗を喫した。ビルダ監督も試合後に「これほどの大敗は初めてだ」と動揺を隠せない様子で、スペイン国内でも批判の声は高まった。だが、ノックアウトステージでは前線の顔ぶれに変化を加えて攻撃を活性化。決勝で見せたサッカーは、グループステージよりも一回りスケールアップしていた。
攻守の歯車の中心となり、ペップ・グアルディオラが「女子サッカー界のイニエスタ」と絶賛したボンマティがMVPを獲得。ヤングプレーヤー賞には、個人で三世代のワールドカップ優勝を経験したパラルエロが輝いた。
日本はスウェーデンに敗れてベスト8敗退となったが、スペインから2得点を奪い、5試合で5ゴールを記録したMF宮澤ひなたが、2011年大会の澤穂希さん以来、日本人2人目のゴールデンブーツ(得点王)を受賞。トップで4試合に先発したFW田中美南が、アシスト数「3」で大会トップタイに並んだ。
勢力図の変化を感じさせる大会に今大会は全64試合で約200万人(1試合平均約3万人)の観客数を記録。これまでの記録を60万人以上も更新したという。優勝賞金は前回大会の約3倍になり、優勝国が受け取る賞金額は429万ドル(約6億2000万円)、加えてスペインの選手たちは優勝賞金とは別に1人あたり27万ドル(約4000万円)のボーナスを受け取ることとなった。
内容面では初出場国が24から32に増えたことで、大会全体のレベルが下がり、点差が開く大味な試合が増えることを不安視する声もあった。だが、それは杞憂に終わっている。
南アフリカ共和国やモロッコ、ジャマイカ、コロンビアなどが歴史を塗り替えた一方、東京五輪王者のカナダや世界ランク2位のドイツ、南米王者のブラジルがグループステージで敗退。ワールドカップ2連覇中だった王者アメリカは、過去最低のベスト16で大会を去ることとなった。
ベスト8は欧州(5)アジア(2)、南米(1)と分散。7カ国を欧州勢が占めた前回大会に比べると、勢力図が変化している。ただし、ベスト4(スペイン、スウェーデン、イングランド、オーストラリア)の顔ぶれに驚きはない。
特筆すべきはそのベスト4の選手たちの所属クラブで、全92人中、84人が欧州のクラブでプレーしていた。特に多いのはイングランドの女子スーパーリーグ(WSL)の38人で、次いで多かったのがスペイン1部(24人)。
クラブ別で見ると、最多は、チャンピオンズリーグ王者のバルセロナ(スペイン)が12人。次いでマンチェスター・シティ(イングランド)の10人だった。オーストラリアはベスト4では唯一のアジア勢だったが、23人中18人が欧州リーグでプレーし、うち10人がWSLでプレーしている。
イングランドとスペインという決勝のカードは、国内リーグが盛り上がっている2カ国の対戦だったわけだ。
WSL活況の理由と、海外挑戦で培われるメンタリティWSLは、2011年に欧州初の女子プロリーグとして発足し、男子プレミアリーグのチームが女子の強化にも力を入れる形で成長を続けてきた。戦略的なリーグの強化と宣伝によって大手企業が冠スポンサーにつき、昨年のUEFA欧州選手権の優勝によって国内リーグの活況はさらに加熱。
入場者数を次々に更新して、放映権は年間16億円といわれるまでになり、昨年末にはWSLチェアのドーン・エアリーが「20年間で10億ポンド(日本円で1600億円)規模の売上を目指す」ことを明言した。その中で各国のトップクラスが集まり、ハイレベルなリーグを形成している。
「FIFA.com」によると、オーストラリアのエースで、WSLのチェルシーに所属するサマンサ・カーは準決勝で敗れた後にこう話したという。
「相手は毎週のように一緒にプレーしたり対戦したりしている選手たちでした。全員がワールドクラスであることは知っています」
昨年からマンチェスター・シティでプレーするMF長谷川唯は、WSLについて、「最後の局面を個人で突破してクロスを上げたり、パワーで押し切って自分で持っていくことができる選手がたくさんいる。それは、日本が国際大会で勝つには必要だなと感じます」と話していた。
長谷川自身、今大会は個人で違いを見せるプレーが多く、イングランドでプレーした1年で大きく成長した姿を今大会で見せた。
スペイン1部は、2022年から完全プロ化を実現。選手や審判がプロとしての待遇改善を求めるストライキなどを行い、勝ち取ってきた環境の向上を今大会で結果に結びつけた。特に、バルセロナのサッカーは代表に通じる部分も多く、その強さを今大会でも存分に発揮した。
観客数が多い試合で培われるメンタリティの強さは、今大会で日本の左サイドを活性化したMF遠藤純の言葉にも象徴されている。遠藤が所属するアメリカ(NWSL)のエンジェル・シティFCは、平均観客数1万9000人を超える人気クラブだ。
「以前は(大舞台で)緊張して硬直する部分が多かったんですけど、今は負けたら終わりという厳しい状況をすごく楽しめるようになった。それは、迷わずプレーできている要因だと思います」(スウェーデン戦前日)
そのように、実力やメンタリティを磨くための「環境を選びぬく目」も、世界と戦っていく上では重要になる。
再び王座を目指すために、WEリーグの盛り上がりは不可欠日本はベスト8で大会を終えたが、今大会では、年代別代表で世界一になった三世代の選手が融合。戦術的なバリエーションも多く、4年後への期待感を残した。
今大会は海外組が過去最多の9人だったが、国内のWEリーグでプレーする選手も14人がピッチに立った。得点王の宮澤はマイナビ仙台レディースで、アシストでトップになった田中はINAC神戸レオネッサでプレーする国内組だ。
ただし、スペインやイングランドの躍進を見てもわかるように、日本が来年のパリ五輪、そして4年後のワールドカップで頂点を目指すためには、WEリーグの競争力を高めていかなければ厳しいだろう。
日本は2021年にプロリーグ(WEリーグ)を発足させ、今年で3年目に突入している。8月7日にメディア向けのブリーフィングで公表されたWEリーグのテクニカルフィードバックによると、昨季(2年目)のWEリーグは、以下のような傾向が見られたという。
・パスを多くつないで組み立てている(欧州リーグよりも1試合あたりのパス本数が多い)
・エリア内には侵入しているが、ゴール期待値(どのようなシチュエーションで打っているかというデータの蓄積による値)が低い
・守備から攻撃への切り替えが早く、奪ってからゴールに向かうスピードが13〜15秒
・守備のハイプレスの値が高く、ファウルが少ない
・ハイプレスを試みるチームが増えたことで、アンチプレス(相手のプレスを回避しながらの攻撃)もハイレベルに
個人の走行距離や攻守のチャレンジなどの数値はデータが公表されていないためわからないが、上記の傾向を見る限り、全体的なプレー強度も上がっていることは間違いないだろう。
一方、ワールドクラスの外国人選手がいないことは、リーグ発足当時からの課題だ。年俸や、通訳も含めた予算の確保なども含めて、欧米に匹敵する環境づくりへのハードルは少なくない。
第一歩として、まずはリーグの魅力を広く伝え、1試合平均1400人にとどまっている観客数を地道に増やしていきたい。代表選手がそろう三菱重工浦和レッズレディース、INAC神戸、日テレ・東京ヴェルディベレーザのトップ3をはじめ、全12チームがしのぎを削るWEリーグカップは、8月26日に開幕する。
今大会でなでしこジャパンに興味を持ち、スタジアムに足を運んだ人々が魅力を感じるような運営や試合に期待している。
<了>